483話 「過去との遭遇 前編」


 なぜレイオンがここにいるのか。


 その最大の謎が、まだ解き明かされていない。


 しかし、当人もまた事情をよく理解していない面があるのも事実だ。



「俺はミャンメイと別れた後、先生のところに向かった。しかし、先生は自室にはいなかったんだ」


「珍しいこともあるもんだな。いつもは引き篭もっていやがるくせによ」


「そうだ。先生は追われている立場でもあるからな。基本的には外に出ない。どうしても医療の力が必要な場合だけ、途中の部屋まで運び込んで治療するくらいだ。だから俺も何かあったのかと慌てて捜したのさ」


「それで、バイラル先生は見つかったの?」


「…うむ。ちょっとした場所でな。お前たちは事情をあらかた知っているから、もう言ってもいいだろう。実は俺たちも遺跡については日々調べていた。俺はあんな体調だったし、最低限のことしかできなかったが、先生もお前たちの言う『神殿』を見つけていたんだ」


「神殿!? あの神殿がほかにもあるの!?」


「先生の部屋には扉があり、その先にもずっと遺跡は続いているんだ。その最奥に神殿があったのさ。見つけたのはだいぶ前だがな。しかし、そちらの話を聞くまでは単なる祈りの場だと思っていたから、さして注意を払っていなかったんだ」



 バイラルとレイオンは、グマシカたちに対抗するために地下遺跡を調べていた。


 とはいえ、レイオンは常時瀕死だったし、生命の石の研究も困難を極めていた。


 そのような状況で満足に調査もできずにいたが、神殿への道だけは早期に発見していたという。


 当然、それが転移装置であることなど知る由もない。


 単なる宗教的な場だと思って重要視はしていなかったらしい。



「そんな場所が残っていたのね。よく入れたわね」


「先生の部屋の扉も特殊なジュエルによって開く仕組みだ。鍵さえ見つけてしまえば開けるのは難しくはない。その意味では、カスオというやつが拾ったものに近いかもしれない」


「先生はどこで鍵を見つけたの?」


「最初から持っていたようだな。その石を持っていたからこそ、遺跡に身を隠そうと思ったのかもしれん」


「不思議ね。どこで手に入れたのかしら? 外で拾ってもそうだとはわからないだろうし…その『協力者』って人がくれたのかしら?」


「直接訊いたわけではないが、その可能性はあるだろうな。最初からあそこを根城にするつもりだったようだからな」


「協力者…か。そいつも、かなりうさん臭ぇな。信用できるのか?」


「できるもなにも、するしかないだろう。ほかに伝手はないんだ。それに、強大な権力を持っているグマシカたちを危険視している人間が、ほかにいてもおかしくはないはずだ」


「…なるほどな。他派閥の人間にとっちゃ、マングラスの存在は厄介で危険だ。少しでも力を削ぎたいと思うのが自然か。現在の状況だと『一強状態』だしな」


「そういうことだ。上の事情だけを見れば、他派閥が手を組めば対抗できるように見えるが、実際は違う。マングラスは文句なしに最強だ。普通にやって手に負える相手じゃない」


「バイラル先生の目的って、何なのかしら?」


「ん? どういう意味だ?」


「先生の目的も兄さんと同じ…【復讐】なのかしら? 言葉は悪いけれど、自分を蹴落とした人に恨みを抱いているとか?」


「…うむ。俺としては正しいことのために…というのを期待しているが…これも直接訊いたわけではないからな」


「はっ、てめぇも妹と同じく頭の中がお花畑かぁ? 馬鹿なこと抜かすんじゃねえよ。いいかぁ、権力者を追い落としたいやつってのは、どいつもこいつも自分が成り代わりてぇだけさ。どんな建前があろうとも、考えているこたぁ誰もが同じだぜ。医者もその協力者ってやつも、グマシカたちの代わりに権力が欲しいのさ。それでてめぇらを利用しているだけだぜ」


「誰もがグリモフスキーさんみたいに、ひねくれていないと思いますけど…。もしかしたら都市のためを思って抵抗しているのかもしれませんし…」


「ったく、本当にてめえは世の中を知らねぇな。ガキならそんな夢を抱いたっていいが、ガキだっていつかは大人になるんだ。大人になりゃ、嫌でも世の中の常識ってやつを知るようになる。そんな甘い世界じゃねえよ」


「うーん、夢がないですね」


「…残念だが、グリモフスキーの言う通りだろう。世の中は思い通りにいかないものだからな。ただ、俺は自分を助けてくれた先生を信じているし、その協力者がどんな思惑を持っていようが、結局は頼るしかないのだろう。俺たちは弱者だからな」


「ふん、敵の敵は味方…か。使えるもんは使うしかねぇな」


「そういうことだ。話を続けるが、その後、俺は神殿にいた先生と合流したんだ」


「医者は神殿で何をやっていたんだ?」


「そこまではわからない。祈っていたのかもしれないが…」


「医者がお祈り…ねぇ。俺にはそうは思えねぇな。医者の野郎は、そこが移動装置だと知っていたんじゃねえのか?」


「それは…わからん。仮にそうだとしても独りで移動することは危険なはずだ。先生は武人ではない一般人だ。自衛力に乏しいからな」


「ダンジョン区画でなければ安全だと思うがな。まぁいいぜ、続きを話せよ」


「…ああ。そこで俺は簡単な応急処置だけを受けて、一緒に部屋に戻ろうとしたんだ。しかし、その時だった。大きな『揺れ』が起きた。あんな揺れは今まで感じたこともなかったから驚いたものだ」


「あっ、それって私たちと同じだわ! まさか兄さんもその時に…!」


「そうみたいだな。それで俺たちも飛ばされる羽目になった。完全に想定外だったよ」


「医者も飛ばされたのか?」


「…たぶんな」


「たぶん? 先生は一緒じゃなかったの? あっ、そういえば兄さんは独りだわ! ということは…」


「…そうだ。気付いたら独りで見知らぬ場所にいた。それから大変だったんだ。俺も今まで遺跡をさまよっていたのさ」



 彼らは神殿が転移装置とは思ってもいなかった。知らなければわかるはずもないだろう。


 そして地震が発生し、ミャンメイたちと同じく『緊急避難』によってランダム転移が起きてしまったというわけだ。



「てめぇはどこに飛ばされたんだ?」


「お前たちほど過酷ではなかったな。見知らぬ場所ではあったが、遺跡と呼べる範疇だった」


「なんだか不公平ね。どうして私たちだけ、あんなに苦労したのかしら…」


「俺に言われても困る。それこそ女神様に訊いてくれ」



 独りで未探索エリアに飛ばされたレイオンであったが、転移した場所が平穏であったことと、彼が武人であったことが幸いし、特段危険らしい危険には遭遇していないらしい。


 扉も特にロックはされておらず、基本的には淡々と遺跡を進んできたという。


 ただ、ミャンメイたちと同じ時間さまよっていたのだから、かなりの距離を移動したし、いくら武人であっても怪我をしているので疲労も溜まったことだろう。


 彼は彼で、なかなかハードな旅をしてきたのだ。




 その後、ここに到着。




 とりわけ大きな扉があったので調べていたところ、突然現れたグリモフスキーを発見するに至る。


 これがレイオン側(視点)の出来事というわけだ。




「ねぇ、これも疑問だったのだけれど…どうしていきなり殴り合ったの?」



 ミャンメイにとって、いまだに納得のいく答えが出ない疑問があった。



 なぜか出会った瞬間に、二人が殴り合ったことである。



 ほかにも気になることはあるが、これもまた、まったくもって理解できなかったのだ。


 だが、その答えは思った以上にシンプルだった。



「そりゃてめぇ、レイオンを見たからに決まってんだろう」


「え? それだけですか?」


「こんな場所に飛ばされて、むしゃくしゃもしていたしな。そんな時にこいつがいたら、殴りかかるのも当然だぜ」


「それって、当然じゃない気もしますけど…」


「ふん、俺はもっとちゃんとした理由があるぞ。こいつの後ろにミャンメイが見えたからな。てっきり何かされたのかと思って、殴りかかったんだ」


「いや、それも普通じゃないからね。普通は事情を訊くじゃない」


「こんなクズが、こんな場所でミャンメイを連れている。これはもう殴るしかないだろう」



 二人の意見は、ここでも奇妙な一致を見せる。




―――そこにそいつがいたから殴った。




 であった。





(…駄目だわ。まったくわからないわ…)





 結論―――よくわかりませんでした





 理由を聞いてもわからない。


 世の中にはそういうこともある。深く考えてはいけない。


 この二人は正直、馬鹿なのだ。頭が悪い。


 殴り合うこと以外考えていないのである。理解しようとするほうが馬鹿らしいのだ。





「でも、心配ね。先生はどこに飛ばされたのかしら?」


「もしかしたら先生は、まだあの場所に残っている可能性もある。たまたま俺だけ移動したのかもしれない」


「そうだといいけれど…かなりのお歳だし、変な場所に飛ばされたら危ないわ」


「いねぇやつのことを心配してもしょうがねぇ。死ぬときゃ死ぬさ。どうせ俺たちには何もできねぇんだからよ」


「…そうです…ね」


「口惜しいが、今は何もできない。先生に何かあったら困るから早く戻りたいところだが…まずは自分自身の心配をする必要がありそうだ。これからどうするかも重要な問題だ」


「戻るしかなさそうだけど…ずっとそう思っていたはずなのに、なぜかどんどん先に進んじゃったのよね。本当に戻れるのかしら?」


「一番最悪なことが、遺跡で野垂れ死にだな。グリモフスキーと一緒に死ぬのだけは勘弁だ」


「あぁ? そりゃこっちの台詞だぜ。こんなところで死ぬわけにはいかねぇよ。俺はてめぇを犠牲にしても戻るからな」


「お前がそういう態度なら、こちらも気楽でいいさ。仲良くするつもりはないから安心しろ」


「もうっ、二人とも! 今はそんなことを言っている場合じゃないでしょ! 協力して脱出しないといけないのよ!」


「ミャンメイ、油断するなよ。こいつのことはまだ信用していないからな」


「何度も言ってるが、てめぇがそれを言うんじゃねえよ! こんな重要なことを黙っていやがって!」


「お前には関係ないだろうが」


「勝手に巻き込んだようなもんだろうが!」


「もうっ! 喧嘩しないの! わかりました! なら、これからの方針は私が決めます!」


「なんでてめぇが…!」


「私が決めます! いいですね!」



 シュッ ギラリ



「包丁を取り出すなよ! 癖になってんぞ!」



 人を脅す…説得する時は包丁を見せると効果的です。







 ということでミャンメイが仕切ることになり、三人は遺跡からの脱出を目標にすることにした。


 まずは戻らねば話にならない。


 すべてはそれから、という一点については協力し合えると思ったからだ。


 が、探索の途中で言い争ったり、場合によってはまた殴り合いになる等、相変わらずの仲の悪さが目立っていた。




※このあたりの探索の様子も長くなるので割愛




(はぁ、仲が悪いってことは、逆に良くなることもあると思うんだけど…やっぱり難しいのかしら。せっかくグリモフスキーさんとは良い雰囲気だったのにな…)



 レイオンにとっては、ミャンメイがグリモフスキーの肩を持つことが面白くないし、グリモフスキーにとっても改めてレイオンが嫌いであることを思い出させることになる。


 憎しみがひっくり返れば愛になる、というのはやはり理想論だろうか。


 結局のところ相性が悪い者同士は、いがみ合うことになるものだ。そりが合わないのだから、こればかりはどうしようもない。


 しかし、平常時ならばまだいいが、この緊急事態ではあまり好ましくない状況だろう。




 微妙で気まずい雰囲気の中、三人は遺跡を進む。




 遺跡自体の造りは、そう今までと大差はない。


 モンスターと出会わないところを見ると、このあたりはダンジョン区画ではないのだろう。


 特に何かの敵性勢力と出会うこともなく、外面上は平和に突き進んでいた。


 ただ、遺跡を進めば進むほど、圧迫感のようなものも感じられて気分が良いとは言えない。




(この感覚、なんなのかしら? やっぱりこの先に進まないほうがいいんじゃ―――)




 ウィーンッ ごろごろごろごろ




 遺跡の扉は、相変わらず自動で開いていく。


 まるでミャンメイを迎え入れるかのように、スムーズに進んでいった。


 しかし、次に彼女が目を開けた瞬間、まったく想像もしていない光景が広がったのであった。





 そこにいたのは―――何人もの【人間】




 と




 それと戦う―――機械人形たち




 であった。




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