482話 「遺跡について 後編」


「ねえ、ロボットについては? 兄さんはあれが何か知っているの?」


「ロボット…か。知っていることは知っているが、どれだけ理解しているかはわからない、というのが現状だな」


「回りくどい言い方しやがって。知っていることは全部吐け」


「べつに隠すつもりはない。知ったところで、どうにかなる問題でもないしな。ただ余計な混乱が起きないように黙っていただけだ」


「同じだろうが。ったくよ、偉そうにしやがって。てめぇだけ特別だなんて思うんじゃねえぞ」


「いちいち突っかかる男だな。程度が知れるぞ」


「てめぇほどじゃねえ!!」


「グリモフスキーさん、しっ!」


「ああん!? なんだそりゃ!?」


「黙ってくださいって意味です」


「犬じゃねえんだぞ、こら!」


「そうやってすぐ吠えるのは、弱い犬の証拠ですよ」


「んだと…!! ちっ!」


「ほら兄さん、続きを教えて」


「…やれやれ、仲良くしすぎな気がするがな」



 そうやって軽口を叩けるのも距離感が近いからなので、若干心配になる兄であった。



 改めてレイオンが、あの機械についての説明を始める。



「あれについても先生は調べていた。マングラスを調べることは、結果的に遺跡を調べることにも繋がるからな。先生が入手した文献…おそらくは日記によって、ラングラスの入り口で接触したロボットは『診断者』と呼ばれるものであることがわかった」


「診断者…? 何かを診断するのが目的ってこと?」


「ああ、そのようだな。その日記の持ち主は、ここの遺跡で実際に暮らしていた人間が書いたものらしく、当時の状況が少しだけ描かれていたんだ」


「そいつぁ…すげぇ代物だな。前文明の記録ってのは、ほとんど出てきちゃいない。貴重なお宝だぜ」


「そうなんですか?」


「一万年以上昔にあったといわれる前文明だが、詳しいことはわかってねぇんだ。こうやって遺跡や遺物は見つかるが、肝心の詳細がまるでわからねぇのさ。そんな状況なら日記であっても、学者連中にとっちゃ相当なお宝だろうな。イクターが見つけたとしても、かなりの高値で売れるからお宝になる」



 前文明の遺産は、現在でも残っている。


 たとえば神機もそうだし、魔剣や聖剣、さまざまな術具、呪具といったものもそうだ。


 だが、そうした明らかに人間が関わった形跡があるにもかかわらず、どんな生活をしていたか等の情報が完全に失われている。


 学者が頻繁にイクターを雇って遺跡を調査するのは、それだけ学術的価値が高いからだ。


 いまだ発見されていない『生活習慣』や『価値観』等々を示す文献は、彼らにとっては喉から手が出るほど欲しいものだろう。


 ちょっとした日記であっても軽く数百万の値がつくに違いない。



「俺も実物は見せてもらったことはないから、どの程度のものかはわからない。ただ、どうやらその文字は『大陸語』で書かれていたらしい」


「ああ!? 大陸語だ!? おめぇ、そりゃ大丈夫なのか? 偽物じゃねえだろうな!?」


「え? どういうことですか?」


「今俺たちが使っている大陸語ってのは、【大陸王】が作ったもんだ。だいたい七千年くらい前の話さ。となると、おかしい話になる」


「えと…それくらい前ってことは……古いんですね」


「どういう捉え方してんだ、てめぇは! いいか、もし本当に前文明の文献なら、【文字が違う】んだよ。大陸語で書かれているわけがねぇだろう」


「あっ…なるほど! そういうことですか! 昔は文字って違ったんですか?」


「文字どころか言葉も違うさ。正直、文字と発音の研究だけで数百年以上もかかっているらしいぜ。俺の親父と一緒に遺跡を探索した学者連中の話だと、最近になってようやく発音の意味がわかってきたってくらいだからな」


「へぇ、歴史があるんですね」


「おい、レイオン。その日記ってのは本物なのか? けっこう怪しいぜ」


「ふむ、お前がそこまで博学とは知らなかったな」


「うるせぇな。てめぇは無警戒すぎるんだよ。医者の言葉を鵜呑みにして、いいように使われているだけじゃねえだろうな?」


「その疑念も、もっともだな。俺も先生に言われるまでわからなかったからな」


「んだぁ? 知ってやがったのか?」


「ああ。大陸語で書かれているということは、お前の指摘通り、たしかに現文明が確立してから書かれたものだ。それは先生も言っていた」


「…医者もそれには気付いているってことか。ってことはその日記は、この遺跡を研究した現代人が残したものだってのか?」


「そのあたりが理解を複雑にしているところでもあるんだ。この遺跡だが、どうやらそれぞれの時代でいろいろな用途に使われていたようなんだ。今もグラス・ギースが収監砦の一部として使っているのと同じだな」


「なんだそりゃ? 居抜きかぁ?」



 居抜きとは、たとえばラーメン屋が潰れたあとに、そのまま違うラーメン屋が入るようなことを指す。


 そのほうが設備をそのまま使えて初期費用を抑えることができるのでお得だ。


 似たような店が何度も生まれては消えていくことを繰り返す傾向にあるのは、こういった事情が影響しているといえるだろう。


 この遺跡も同じで、施設をそのままにして異なる者たちが、それぞれの時代ごとにそれぞれの目的で使用していた形跡があるのだ。


 遺跡があるからといって、単一の民族や人種だけが使っていたとは限らない。


 冷静に考えてみればありうる話だが、遺跡という言葉に踊らされると気付かないであろう、ちょっとした盲点でもある。



「じゃあ、その日記も、そのどれかの時代のもんだってのか?」


「そのようだな。お前たちの話に少し出てきたが、神殿の女神像が発した言葉は『大陸語』だったそうだな」


「あっ!!! そうだわ! たしかに…あれは私たちの言葉だったわ!」


「ちっ、そうか…! うっかりしていたぜ。聞き取れたってことたぁ、そういうことだ」



 カスオと戦った場所にあった女神像は、『大陸語』を話していた。


 そうでなければ「避難」という言葉を聞き取ることができなかっただろうし、その意味も理解することはできなかったはずだ。


 一方で、ダンジョン内で見つけた祭壇では、大陸語はまったく通じなかった。


 もともとあの女神像に音声機能が付与されていなかったこともあるが、グリモフスキーが発した「過去の言葉」だからこそ反応したのだ。



 そういった事情を考慮すれば―――




「このあたりのエリアは、大陸暦が生まれてから『増築』あるいは『改築』された可能性がある。だから大陸語が通じるんだ」




 という結論になる。


 アンシュラオンが感じていた違和感も、このあたりにあるのだろう。


 前文明の遺跡とは明らかに違った他文明の事情を色濃く映しているから、アンバランスさが際立ったのだ。



「そうなると、私が連れていかれた場所は…比較的新しいエリアってことね」


「そのようだな。そして、そのあたりにいるロボットも、その時代に造られたものである可能性が高い。思い起こしてみれば、彼らも大陸語のような音声を発していたはずだ」


「そうね…たしかに」


「で、その『診断者』ってのは、いったい何を診断してやがるんだ?」


「詳細はわからん。だが、危険な者かどうかをチェックしているのは間違いない」


「おいおい、随分と漠然としてやがるな。人間の善悪がわかるってかぁ?」


「じゃあ、そこに引っかからなかったグリモフスキーさんは、善人ってことですね」


「ああ!? そう言われると気持ち悪ぃな!!」


「素直に嬉しいって言えばいいのに…」


「ふん、あれだけのクズがここに入れられているんだ。善悪という判断をしているとは思えないな」


「てめぇがそれを言う資格はねぇだろうが!! あっ!? 喧嘩売ってんのか、こら!」


「あー、はいはい。二人とも、おとなしく話し合ってくださいね。それで兄さん、続きは?」


「…ああ。彼らが判断するのは、そういった『小さな善悪』ではないようなんだ。もっと大きな害悪となるものを判断しているらしい」


「もっと大きな害悪…わかりにくいわね」


「この遺跡が暴力を禁止しているのは、なぜかわかるか?」


「治安が悪化するから?」


「俺たちから見ればな。だが、彼らの観点からすれば異なった見方になるはずだ。日記によれば、ここでは人間の『闘争本能を鎮める』実験が行われていたようだ」


「どういうこと? ちょっとよくわからないわ」


「だろうな。俺もまだよく理解はしていない。しかし今日…もう昨日になるが、ホワイトの妹と戦って、それがよくわかった気がしたよ。『本物の暴力』の怖ろしさをな」



 黒雷狼の怖さは、今まで感じた人間の暴力性とは比べ物にならなかった。


 すべてを破壊し尽す獣。


 あれこそ最大の暴力が具現化した姿である。あれと比べれば、普通の人間が抱く憎悪や攻撃本能など微々たるものであろう。



「あの『診断者』は、そういった本当の暴力が出現しないか、常に監視する役割があったんだ。すでに気付いている者もいるだろうが、この遺跡の壁や扉には『戦気を遮断』する術式がかけられている。それは人の闘争心を抑えるためだ」


「闘争心を抑えるだと? んなことができるもんかよ。俺たちは争いあって生きてきたんだ。人間がよ、そんな綺麗に生きられるもんか」


「俺に言われても困る。当時の遺跡を造った人間が、そう考えたのだから仕方ない」


「でも、もし争いのない世界ができたら、それはそれで素敵なことね」


「はっ、所詮はおままごとだぜ。人間ってもんは、そんなに甘くねぇ。そもそも武人ってやつは、戦うために存在しているんだぜ。生まれ持っての闘争心を捨てられるもんかよ。そいつは人間が愛を忘れるようなもんさ」


「意外です。グリモフスキーさんも愛なんて言うんですね」


「だから一言多いんだよ、てめぇは! 自分で自分を愛することもできねぇやつが、何かを成せるわけもねぇ。完全にあやまった考えってやつだぜ」


「俺も武人である以上、グリモフスキーの意見に賛同するしかない。俺たちは戦うことで可能性を示してきたつもりだ。それを否定されることは、存在そのものを否定されることに近いからな」


「女の私からすれば、あまり賛同はしにくいけれど…戦うことが必要な時があることは理解したわ。負けてはいけない時があるもの」


「そうだな。それもまた闘いだ。人生ってやつは闘うことで道をひらくものだからな」



 カスオに対して立ち向かった強い心。


 それもまた闘争心の一つの形だろうし、それを失ってはもはや人間とはいえない。


 人間はある種、戦いを義務付けられた存在なのだ。


 戦いを怖れることは、生きることを怖れるのと同じである。


 だがしかし、当時の人々はそれを抑えようとした。それもまた一つの解答ではある。


 それが上手くできれば、だが。



「その実験は上手くいったのかしら?」


「結果的にこの土地に文明が残らなかったことを思えば、失敗したのだろう。なにせ彼らも『暴力』をもちいていたんだ。人間の中に『危険な兆候』が現れた者がいれば…処分されることもあった。それを担当していたのが、ホワイトが破壊した『猟犬』だ」


「猟犬? なんだか物騒な名前ね」


「狩るのが目的だからな。妥当な名前だろう」


「へっ、自分たちの意に沿わないやつは排除か。やっていることは今と変わらねぇな」


「そうだな…。だが、俺も日誌で存在は知っていたが、実物を見たのは初めてだ。あれに狙われたら俺でもどうなるかわからないな」


「で、ホワイトの何に対して、そいつは反応したんだ?」


「…わからん。あいつの中に眠っている何か怖ろしいものに反応した、としか言いようがないだろう。つまりあの男は、遺跡に狙われるだけの何かを持っているんだ。だから俺も忠告に行ったんだが…結局は防ぐことはできなかった。いろいろと動き出したことを思えば、むしろそのほうが良かったのかもしれないがな」


「ふん、俺たちは何も知らずに殺されるかもしれなかった、ってことかよ。その意味じゃ、ホワイトのやつに感謝したいくらいだな。で、あの機械人形のほうは何だ? あれは相当ヤバイやつだぜ」


「それも詳しくはわかっていないが、その文明とは違う前文明とやらの遺物らしい。猟犬たちも、その機械人形というものを参考にして造ったと書かれている」


「つまりは、隣にあるやつは正真正銘の遺跡の遺物ってことか」


「そうなるな。それについては彼らもよくは知らなかったらしい。はっきり言ってしまえば、彼らもたまたま居ついた場所に遺跡があった、という感じかもしれん。想定はしていなかったのだろう」


「それってグラス・ギースの祖先ってことかしら?」


「それはねぇな。今のグラス・ギースは、五英雄たちの子孫をベースにしている。そいつらが滅びた後に、改めて五英雄たちがこの場所に都市を作ったんだろうぜ」


「先生もそう結論付けていたな。そのあたりも遺跡をややこしくしている原因だろう。結局彼らは消えてしまった。理由はわからない。遺跡について俺が知っていることは、これくらいだ。これ以上訊かれても俺は何も知らないからな。期待するなよ」


「ってことは、このあたりについては、てめぇらもよくわかってねぇってことか?」


「そうだ。未知のエリアだ。少なくとも俺は、今日初めて知った」


「まだてめぇは肝心なことを話してねぇな。なんでここにいやがる? どうやってここに来た?」


「むっ、そうだったな。それについても話しておこう」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー