481話 「遺跡について 前編」


「そうだな。そのカスオという男も気になる。そいつについて何か知っていることはあるか?」


「あいつは単なるカスだぜ。人間のクズのお手本みたいなやつだ。そんなやつにコネがあるとは思えねえし、ましてや駒として使うなんて、よほどの物好きだな。俺だったら危なくて使えねえよ」


「使い捨ての道具という意味では、存外扱いやすい男だったのかもしれないな。金で動くのならば安いと考えたのかもしれん。だが、やつらがこういう手段で接近してきたのは初めてだ。それも油断と言われれば申し開きもないが…」



 レイオンは、けっして注意を怠っていたわけではない。


 それでも今回のことを防げなかったのは、相手が初めてこうした手口を使ってきたからだ。



「犯罪を犯すのに末端の連中を使うのは、よくある手だ。麻薬の売買もそんな感じだしな。俺らからすれば普通だが、セイリュウたちがそれを使っていなかったのは意外だぜ」


「それだけやつらが中枢にいるということだ。人を増やせば秘密が漏れやすくなるからな」


「今になってカスを使う理由か。人手不足…ってわけじゃねえよな」


「もしかしてクズオさんに取引を持ちかけた人は、別の人だったのかしら?」


「可能性がないとは言わないが…どちらにしても遺跡に詳しい人物だろうな。ほかに手がかりはないのか?」


「うーん…そういえばクズオさん、『人形の腕』を見つけたとか言っていたわよね。それに腕輪がついていたって。あれって何か意味があったのかしら?」


「それが原因ってか? たしかに珍しい話ではあるがよ、たったそれだけで…」


「人形? 何のことだ?」


「あら、聞いていなかった? クズオさんは、新しく開いた扉の先で人形の腕を発見したのよ。それでまた違う扉を開いて~って話だったわよね」


「そういえば…さっき言っていたな」



 レイオンも混乱していたせいか、すべての情報が頭に入らなかったようだ。


 カスオの下りも、ミャンメイが襲われたということで頭が一杯で、素通りしていたらしい。


 だがここは、たしかに気になる点である。



「人形…か。人型なのか?」


「聞いた感じだと、そうみたいね」


「ふむ…不思議だな」


「そんなに人形が気になるなら、あっちにたくさんあるぜ。まあ、その前にもっとヤバイお人形を見ることになるがな」


「何のことだ?」


「隣の部屋に大きなロボットがあるのよ。すごく強そうな」


「…まさか…それは…!! ど、どこだ!」


「私たちが入ってきた扉よ」


「開けるのか!?」


「たぶん―――」


「いや、もう開かないだろうな」


「え?」



 簡単に開くと思っていたミャンメイを、グリモフスキーの言葉が遮る。



「言葉で言うより、実際に見せたほうが早いな」



 困惑しているミャンメイをよそに、グリモフスキーは扉に近寄って腕輪をかざす。



 シーン



 腕輪をかざしても扉は反応しない。


 うんともすんとも言わなかった。



「え? どうして…!?」


「そりゃ、俺たちが入ってきた場所が【出口側】だったからさ」


「…出口? どういうことですか?」


「どうしてあんなに簡単に扉が開いたと思う? 中にすごいお宝があるのによ。普通に考えておかしいだろう」


「言われてみれば…そうですね。もっと防犯意識があってもいいような…」


「なんてことはねぇ。簡単な話さ。今俺たちがいる『こっち側が通常のルート』なんだろうよ。本来ならよ、この扉を開けるためには何かの条件が必要だったのさ。だからレイオンの野郎も、ここで立ち往生していたんだろうな」


「…その通りだ。俺もこの扉が開かないか調べていた。そのときにお前たちがやってきたから本当に驚いた」


「だが、俺たちは出口側から来た。反対方向からは簡単に開く仕組みになっていたんだ。遺跡の仕掛けではよくあるもんだぜ」


「す、すごい! 最初からそれを知っていたんですか?」


「あの神殿の様子を見た時に、そういう印象は受けたな。あまりに寂れていて使用された気配がなかったからよ。次の扉が簡単に開いた時には、そうだろうと確信したぜ」



 玄関に鍵がかかっているのは、無断で他人が入らないようにだ。


 だが一般的に、内部から鍵をかけることはそうそうありえないし、簡単に開かないと不便である。


 よって、あの神殿は「出口側」あるいは、「内側のルート」だったと想定するべきだろう。



「そのことからもわかるが、ここに来るルートはいくつかあるんだろうよ。レイオンの野郎がここにいるのは、違うルートから来たってことだ。そうだな?」


「…そのようだな」


「どうして私たちはあそこに出たんでしょう?」


「さぁな。女神様のきまぐれかもしれねぇな」


「そんな無責任な…」


「俺が造ったわけじゃねえから知らねぇよ。カスの一件もそうだが、この遺跡も気になるぜ。結局よ、あのカスを操っていたやつは遺跡に詳しいやつなんだろう? だったらよ、この遺跡が何かを知れば相手の正体にも近づくってわけさ」


「ああ、なるほど! そうですね!」


「感心してる場合じゃねえぞ。今のところ一番怪しいのが、てめぇの兄貴だからな」


「ええええええ!? どうしてそうなるんですか!? 兄さんがそんなことをするはずがありません!」


「…その根拠は何だ?」


「てめぇがやたら遺跡に詳しいからさ。さっきの反応を見ると、あの機械人形についても何か知っているみたいだな。カスが見つけた人形のことも知っているのか?」


「いや、そっちは初耳だ」


「そっちは…か。どっちにしてもよ、てめぇは何かまだ隠してやがる。それを話さない限り、信用するわけにはいかねぇな」


「…兄さん」


「そんな困った目で見るな。大丈夫だ」


「…うん。説明してくれる?」


「わかっている。まったく、説明は苦手なんだが…しょうがない」



 カスオの一件については、裏に誰がいるのかは話しても所詮は推論にしかならない。


 それは実際に当人に訊かなければわからないことだろう。


 ただ、それと関連して、レイオンに対してもう一つの疑問点がある。




 それは、なぜロボットについて詳しいか、だ。




「じゃあ、訊くぜ。てめぇはなんで機械人形について知っている」


「知っているのはそれだけじゃない。ホワイトが壊したものについても知っている」


「なぜだ?」


「先生がこの遺跡について調べていたからだ。俺の情報源はそこだ。ホワイトが壊したものも先生のところに運んだんだ」


「医者が? 修理でもするのかよ?」


「さすがに先生でも、それは不可能だろう。専門はあくまで人間だ。だが、この遺跡について知るには、そういう知識も必要になる。俺たちがここに避難したのは偶然ではないんだ。むろん、俺はあとから知ったことだがな」


「そうだったの? あの時は混乱していてよく覚えていなかったけれど…」


「そのあたりも説明しろや」


「わかっている。…先生はやつらに追われる少し前から、この遺跡に隠れることを考えていた。狙われていることに薄々気付いていたこともあるし、この遺跡にこそ謎が隠されていると思ったかららしい。実際にここの遺跡にあるものは、俺でも貴重だとわかるからな」


「たしかにな。あんな物騒なものが平然と置いてあるなんて、それだけでも身震いするぜ」


「この遺跡に関しては、グラス・マンサーたちも把握はしているだろう。領主に至っては、ダンジョンへの入り口も管理しているんだ。知らないわけがない。にもかかわらず、グラス・ギースの人間は遺跡に対して無関心だと思わないか?」


「それは…その通りだわ。どうして誰も興味を抱かないのかしら? これだけの遺跡なら、他の都市からも研究する人がやってきてもおかしくないもの」


「そうだな。イクターの連中にとっても、こんなお宝の山ならば放ってはおかねぇだろうよ。まあ、四大市民が管理しているから簡単には入れないんだろうが…」



 遺跡は都市の地下に広がっており、その一部は収監砦を見てもわかるように、都市機能の一つとして利用されている。


 しかしながら、これだけの遺跡だ。


 仮にグラス・ギースの人間が無関心でも、他人からすれば宝の山だろう。


 過去の遺物である戦闘用の機械人形など、その価値は計り知れない。


 それだけでグラス・ギースは、大都市にすら昇格できるほどの可能性を秘めている。



「そうだ。この遺跡は【公然の秘密】なんだ。少なくとも五英雄の本家筋だけが保有する貴重な情報でもある」


「知っていながら放置する理由ってのは何だ? 経費でもかかるのか?」


「そうかもしれないが…それ以前の問題がある。どうやら月日が経つにつれて、この遺跡の情報が子孫に伝わらなくなったらしいんだ。【ある時期】を境にぶっつりと途切れている」


「ある時期…? いつのことだ?」


「すべて先生の受け売りだが、おそらくは…【大災厄】の時だろう」


「大災厄…三百年も前か。だが…そうか。それくらいの混乱があったなら仕方ねぇな。生き残るだけでも精一杯だったろうしな」



 大災厄の被害は、全世界に及んでいる。


 特に火怨山が噴火し、強力な魔獣が周囲に広がった東大陸の北部では、その被害も甚大だった。


 緑溢れる大地が、七日間で砂漠になってしまうほどの怖ろしい災厄が訪れたのだ。その前では人間など無力に等しい。


 五英雄の本家筋が少ない理由も、そのあたりが原因だと思われる。


 そこで血族の多くが死に絶えた結果、今の少数の血筋だけが生き残ったと考えられるからだ。



 そして、そのあたりを境にして遺跡の情報がぶっつりと途切れている。



 プライリーラが遺跡について、ほぼ無知だったのはそのためだ。


 ログラスも、四大会議場以外のことはほとんど知らなかったに違いない。



「俺たちが産まれていない頃の話だ。詳細はわからない。ただ、その混乱時に遺跡の情報が【意図的に隠蔽された】ことは間違いない」


「…あ? どういうことだ?」


「今では領主さえも知らない遺跡の内情だが、唯一この遺跡の情報を受け継いでいる者がいる。それがマングラスの本家筋だ」


「なっ…てめぇ、そりゃ……何を言っているのか…わかってんのか?」


「ああ、わかっている。これも事実だから仕方ないだろう」


「え? グリモフスキーさん、なんでそんなに驚いているんですか?」


「てめぇ…わからねぇのか?」


「はい?」


「…どうやら本当にわからねぇみたいだな。…ったくよ、どうしてお前らはこんなに無防備なんだよ…」


「なんでそこに俺が含まれる」


「てめぇだって似たようなもんだろうが! 少しは考えて動けよ!」


「お前に言われる筋合いはないぞ!」


「グリモフスキーさん、どういうことなんですか?」


「ああ、説明してやるよ。できれば、てめぇ自身で気付いてほしかったがな…」



 グリモフスキーは、思わず天を仰ぐ。


 ミャンメイは相変わらず絶好調だ。天然ボケもここまで来ると平和である。



「いいか、こいつの話が本当なら、この遺跡は『マングラスの支配下』にあるってことだ。俺たちは、敵の中枢に迷い込んだってことなんだよ」


「ええええええ!? そ、そうなんですか!? た、大変!」


「今頃慌てても仕方ねえ。なにせ相手はこの遺跡について、俺たちよりも何百倍も詳しいってことになる。地の利が完全に相手にあれば、どうあがいても勝てやしねぇぜ。つーか、よくそんな場所に逃げようと思ったな、おい。自殺行為だろうが」


「お前の言う通りだ。相手の懐に逃げ込むようなものだからな。圧倒的に不利なのは事実だろう。ただ、話にはまだ続きがあるんだ」


「続きだぁ? これ以上、不利な情報じゃねえだろうな」


「逆だ。俺たちがここに逃げ込んだことには、しっかりとした理由がある。まあ、先生がそれだけ用心深かったということでもあるんだが…ここは相手の管理下にはないエリアなんだ」


「そうなのか?」


「大災厄の混乱に乗じてマングラスの本家筋は、この遺跡の情報を隠匿した。その理由はわからない。単純に権力を独占したかったのか、そうするしかなかったのか、当時の状況を知らない俺たちにはわからないことだ。しかし、いくらマングラスが情報を独占したとて、すべてを完全に支配下に置くことはできない。この遺跡が巨大かつ複雑なことは、お前たちもすでにわかっただろう?」


「…そうか。ここが手付かずで残っているってこたぁ…」


「そういうことだ。まだやつらの手が及んでいない証拠だ」



 情報を独占することと、そこを支配下に置くことは別物だ。


 情報は重要なので極めて優位には立てるが、それだけで力を得たわけではない。


 この巨大な遺跡は、いまだに未踏破状態なのだ。



「外部からの調査隊などが来ないのは、マングラスが…おそらくはグマシカたちが防いでいるからだろう。セイリュウもそういった外敵を排除する役割を担っている。やつが惨殺を好むのは、そうした理由もあるはずだ」


「なるほどな。理解したぜ。だが、医者のやつはどうやってそれを突き止めた? かなりの秘密だぜ。いくら医師連合の元トップとはいえ、簡単にわかるとは思えねぇな」


「俺にもわからん。どうやら【協力者】がいるようだが、それはさすがに俺にも話してはくれん」


「はっ、たしかにてめぇに話すのは危険すぎるな」


「なんだと…?」


「自覚くらいあるだろう? いつも危ない真似ばかりしやがってよ。てめぇが余計な正義感を振り回して医者に関わらなければ、そもそもここにいねぇだろうが」


「…ふん、大きなお世話だ。正義感がないお前よりはましだろう」


「へっ、てめぇみたいな偽善者になるよりはましだぜ」


「あら、グリモフスキーさんは意外と真面目よ」


「てめぇは少し黙ってろ!」


「酷い! せっかく褒めているのに。ねっ? こういう人なのよ」


「おい、グリモフスキー。あまり妹に近寄るな」


「お前ら、マイペースすぎるだろう!!?」



 なんだか二人の保護者になった気分になり、ますます気が滅入るグリモフスキーであった。


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