480話 「レイオンの目的」


生命せいめいの…石……だと?」



 その言葉を聞いたグリモフスキーが、目を見開いて硬直する。


 まったく予想していないところから「例の言葉」を聞いたのだ。


 この反応も無理もないだろう。



「ああ、その生命の石が今回の…」


「どうして知っている!!」


「え…?」


「レイオン! どうしてその石のことを知っていやがる!!」


「な、なんだいきなり!」



 グリモフスキーがレイオンに掴みかかる。


 そこにあったのはいつもの敵意ではなく、何かを求めるような激しい感情、激情を宿した顔であった。


 当然レイオンがグリモフスキーの過去など知らないので、その迫力と勢いに思わず呑まれる。



「あの石は…親父が! 親父がずっと探していたものだ!! なぜてめぇが知っている!! どういうことだ!!」


「落ち着け!! 何を言っているのか理解できんぞ!」


「グリモフスキーさん! 落ち着いてください! どうしたんですか!?」


「ちぃいっ…あれは…!! 親父の……ちくしょう!」



 ミャンメイに抱きつかれるように制止され、ようやく離れるグリモフスキー。


 だが、まだ興奮は続いているようで、身体は動いていなくても仕草が非常に慌しい。


 もともと落ち着きがある男ではないが、これはさすがに異常である。



「もしかしてグリモフスキーさんのお父さんも、それを探していたんですか?」


「………」


「そうなんですね」



 グリモフスキーは何も答えないが、ミャンメイはそれを肯定と受け止めて頷く。


 その様子からレイオンも事情を察した。



「…どうやらお前も知っているようだな。だが、もしかしたら別物の可能性もある。生命の石なんて名前は、付けようと思えば誰でも付けられるからな。だからまずはこちらの事情を話そう。それでいいな?」


「…ああ、わかった」


「すでに話したが、俺はセイリュウに殺された。それでも生きているのは『生命の石』があったからだ。そして、それこそがすべての元凶でもあるんだ。先生はその石を見つけてしまったから追われることになったのさ」


「石って…ジュエルのこと?」


「見た目はな。中身がジュエルなのかどうかは、よくわからん。しかし、それを使えば俺のような死んだ人間を動かすこともできるんだ。何かしらの力は宿しているのだろう」


「嫌な言い方ね。兄さんは生きているのでしょう?」


「…そうだな。意思があるということは、生きているのだろうな」


「で、バイラルのやつは、その石をどこで手に入れた?」


「………」


「イクターだった俺の親父は、それを手に入れようとして死んだ。簡単に手に入るもんじゃねえ。どこで手に入れた? まさか誰かから盗んだんじゃねえだろうな? たとえば、イクターからとかよ」


「グリモフスキーさん、それって…」


「いいから答えろよ」



 グリモフスキーの言葉には、今までにない強さが宿っていた。


 本気の本気で訊いている。


 だからこそ、レイオンも嘘偽りなく答える。



「【人体の中】だ」


「…あ?」


「この石は、人の身体の中から発見された」


「…てめぇ、マジで言ってのか? 俺が本気で訊いていて、それに対してその答えをマジで言ってんのか?」


「…そうだ。事実は曲げられない。先生は石を奇病で死んだ人間の体内から発見したんだ。お前が勘ぐるような、誰かから盗んだものではないと断言できる」


「マジ…なのか?」


「嘘は言わない」


「なんだってんだ…訳がわからねぇ…。なんでそんなところから…」


「俺も同じ気持ちだ。普通は信じられないだろうな。それにもちろん、すべての患者から発見できたわけではない。せいぜい五十人に一人くらいからだ。大きさもまちまちだし、発見される箇所もすべて異なる。だから石は極めて貴重なんだ。正直全部で十個あったかどうかだ」



 レイオンが五十人から一個という計算をしていることを考えれば、最低でも五百人は犠牲になったことになる。


 その十個あった石も、レイオンの延命でほとんど使ってしまったので、もはや無いに等しい。


 延命に使えそうもないほど小さなものは、バイラルが研究用として使っているが、こちらはこちらで出力が小さく死人を動かすほどの力はないという。



「それって…身体の中で造られたってことなの?」


「その疑問も、もっともだな。魔獣の心臓が結晶化する事例も確認されている以上、人間でもそれが起こらないとは言いきれん。ただ、今回の場合は、身体に石を入れられたと考えるべきだ。その作用によって病気が起きたのだろう」


「それじゃ、おばあさんも…?」


「そうだろうな。当人に訊いても自覚はなかったから、おそらく何かの食材に混ざっていたとか、誰かが薬と偽って飲ませたのかもしれん。拉致して移植などをすれば、さすがに覚えているだろうし、目立つだろう。相手がそこまでのリスクを負うとは思えん」


「てめぇの話を聞く限り、生命の石の効果は『若返り』なのか? で、それが失敗すると萎縮っつーのか? 筋肉が弱るんだな?」


「…今のところは、そう考えるしかない」


「だがよ、当主の連中は死んだんだろう? オヤジはまだ生きているようだが、ログラスは死んだはずだ」


「ああ、そうだ。死んだことは間違いない」


「その違いってのは何だ? オヤジとログラスは何が違う? それとも石自体に種類があるのか?」


「そこまではわからん。何かが影響していることは間違いないが…」


「一番気になっていたのがよ、若返らせるなら、それは【良いこと】じゃねえのか?」


「…なっ」


「やつらの肩を持つつもりはねぇぜ。人体実験をするような連中を好きになれるわけがねぇ。だが、もし若返らせるだけが目的だったらよ、そいつは悪いことじゃねえはずだ。特に今の本家は血筋が多いわけじゃねえ。いつ途絶えてもおかしくはない。当主には長生きしてほしいと誰もが思っているはずだぜ」


「だ、だが…やつらは多くの者たちを…」


「てめぇはいつも色眼鏡で物を見る悪癖があるな。たしかにてめぇにとっちゃ自分自身の仇敵だからな。そう思うのも仕方ねぇ。だが、四大市民の直系となれば、それくらいの犠牲があっても釣り合うし、それでも足りないくらい価値がある存在だぜ。少なくともグラス・ギースではな」


「………」



 ここでグリモフスキーが、また違った角度から意見を発した。


 これも長年グラス・ギースで暮らしているからこその「感性」である。


 外から見れば不可思議でも、中からすれば妥当で当然に思えるのだ。


 レイオンの中では、セイリュウたちは「敵」であり「害悪」である。


 自分を殺した者なのだから憎まないわけがない。


 が、彼らがやっていることを冷静に見ると、その一点に関しては別の意味合いを持つことになるのだ。



「ではお前は、やつらの目的は当主の延命だというのか?」


「やっていることだけを見ればな。だが、実験で芳しくない結果が出たものを当主に使う段階で、かなり危険性が高いもんだってのは間違いない。ラングラスにもジングラスにも跡継ぎがいたことを考えりゃ、最悪は失敗してもいいと思ったのかもしれねぇが…分の悪い賭けに思えるな」



 ラングラスにはソイドファミリーという本家筋がいるし、ジングラスにはプライリーラがいた。


 また、キャロアニーセにしてもベルロアナという跡継ぎがいる。


 一応は失敗しても大丈夫なように保険をかけてはいたのだ。そういった面を周到に考えているからこそ、よりあくどいともいえるが。




「やつらが危険な連中なのは間違いない」



 ただやはり、レイオンにとっては害悪にしか思えない。


 それもまた外部から見た妥当な印象であろう。



「それには同意だ。ただ、上が誰になろうが変わらないってのも、この都市に住む人間の本音だろうぜ。一般人に興味があるのは、安定するかしないかってだけの話さ。で、それはいいとしてだ、【てめぇの目的】は何だ?」


「俺の…目的?」


「医者とてめぇが追われているのはわかった。その石はやつらにとっちゃ、一つのボーダーラインだったんだろうな。そこまでは踏み込んじゃならなかった。そのうえで、てめぇはなんでここにいる? どうして都市を出なかった?」


「俺の命は、つい昨日まで潰える寸前だった。先生の近くにいる必要があったんだ。仕方ないだろう」


「なるほどな。頭の悪いてめぇにしちゃ、それなりに説得力がある言葉だ」


「…何が言いたい?」


「どんなに言い繕ってもよ、てめぇはやつらに【復讐】したいだけなんだ。違うか?」


「それは当然だろう。このまま逃げるわけにはいかん」


「だよなぁ。それは俺にも理解できるぜ。やられた借りは返さねぇとな。だがよ、妹を巻き込む権利はてめぇにはないぜ」


「なに?」


「追われているご身分でよ、てめぇは妹を賞品にして闘技場で戦い続けた。そうやって無理にでも試合をして、身体を活性化する必要があったんだろうが、てめぇはてめぇの復讐に妹を巻き込んだ。それに変わりはねぇ」


「先生を匿う必要があったんだ。注意を逸らす目的もあった。そのためにあんな真似を…」


「ははは!! とことん嘘がつけない野郎だな! てめぇは自分の命が短いことを知っていた。だから妹を【餌】にして、やつらをおびき出そうとしていた。どうせ勝てやしねぇのによ! 自爆も満足にできねぇやつが、他人の命を気安く背負ってんじゃねえよ! だからてめぇは無責任なんだよ!!」



 ミャンメイも狙われている以上、いくら地下であれ、彼女を表に出すことは危険だ。


 本来ならばバイラルと一緒に、奥に隠すべきである。


 それをしなかったのは、残りの寿命が少ないことをレイオンが知っていたからだ。


 バイラルとの会話からわかるように、残りの生命の石の数は極めて少なかった。


 あれはあくまで「サンプル」であり、レイオンを蘇生させた時も半ば実験的要素が強かったのだ。


 レイオンが強靭な肉体と精神力の持ち主だからこそ、かろうじて命を取り留めたと言っても過言ではないだろう。


 そんな彼が思うことは、たった一つ。


 やつらへの借りを返したいという【復讐心】だけだ。




 そう、レイオンは―――ミャンメイを【餌】にした。




 それでセイリュウに勝てるのならばいいが、勝ち目などまったくないだろう。


 それどころかミャンメイを危険に晒すことにつながる。



「貴様…! 言わせておけば!! 俺がミャンメイを犠牲にするわけがないだろう!!」


「妹だけ逃がすこともできたはずだぜ。やつらも他の都市までは追ってこないだろう」


「………」


「どうした? ほかに言い訳はねぇのか?」


「グリモフスキーさん! もういいです! これ以上、兄さんを責めないで!」


「よくはねぇだろう。てめぇがよくても、それに巻き込まれるやつもいるんだぜ」


「無理にお前が関わる必要はない。話を聞いたら、おとなしく逃げ帰ればいい。やつらもお前には興味がないだろう。そのほうが身のためだ」


「はっ、やっぱりな。だからてめぇは、自分を過大評価してるって言われるんだよ」


「言っているのはお前だけだろうが!」


「ホワイトのやつだって同じように言うはずだぜ。結局、てめぇは守れなかった。俺がいなければ妹は死んでいたかもしれねぇ。そういう状況だっただろうが。まずはそれを認めろよ。そうしないと…今度は【手遅れ】になるぜ」


「………」



 グリモフスキーの言葉が突き刺さったのか、しばしレイオンは黙る。


 今までは身体が死んでいたことで、半ば自暴自棄な感情があった。


 しかし、こうして普通の身体に戻ってみれば、かなり危ういことをしていたことに気付く。



(そうか…俺は……間違っていたのかもしれないな。自分一人で全部背負ったつもりでいたが、それこそが無責任だったのだろう。力がなければミャンメイどころか、自分自身を守れもしないのだからな)



 アンシュラオンやサナとの出会いによって、それを痛感した。


 本物の力がなければ、あの連中に対抗することなどできないのだ。



「ねえ、ということは…クズオさんの背後にいるのって、その人たちってことなのかしら? その人たちが私に何かさせようとしたの?」



 ここでミャンメイが兄を想ってか、少しだけ話題を変える。


 といっても、これもかなり重要な問題といえるので、濁したままではいられないだろう。


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