479話 「レイオンの秘密 後編」


「セイリュウ…だと?」


「グリモフスキーさん、その人のことを知っているんですか?」


「知っている…というか、この都市では有名人だ。悪い意味でのな。最近では外で見かけなくなって久しいから、半ば都市伝説になっているくらいだ。…そうか。まだ生きているのか…」


「すごい汗ですよ。なんだか気分が悪いみたい…。大丈夫ですか?」


「…ああ、大丈夫だ…」



 グリモフスキーにいつもの迫力がない。


 ただ名前を聞いただけなのに、じっとりと汗まで滲んできている。



「やつはやべぇ。本当にやべぇやつだ。なるほどな。てめぇが負けるのも仕方ねぇ。医者の言う通り、関わるべきじゃなかったな」


「いったい何者なんですか?」


「今こいつが言ったように『マングラスの双龍』の片割れだ。マングラス最強の武人の一人だぜ」


「そんなに強い人なんですね…兄さんよりも」


「あいつはそんなレベルじゃねえ!!」


「えっ…!?」


「…はぁはぁ、いや、すまねぇ。思い出しただけで気分が悪くなる。…俺がこの都市に来た頃は、まだ派閥間の争いもかなり酷かった。闇討ちなんてもんも当たり前にあった時代だ。そりゃ俺らもマフィアだからよ。ひでぇことはするさ。だが、あいつは…やべぇんだ」



 当時のことを知る者は、誰もがセイリュウの【怖さ】を知っている。


 アーブスラットも若かりし頃にセイリュウを目撃して、アンシュラオン以上の激しい警戒感を抱いたと聞けば、どれほどのものかはすぐにわかるだろう。


 その怖さは、【非人間性】にある。



「やつは平然と人を殺すが、それだけじゃねえ。愉しみながら人を殺せるやつなんだ。聞いた話じゃ、ホワイトもそういった人種かもしれねぇが、もっとこう…違う感じなんだ。人を人と思わねぇっつーか、イカれているやつってのは本当にいるもんだぜ。あれこそまさにクレイジーだ」



 セイリュウに殺された者の死体は、ほとんどが惨殺といってよい姿になる。


 人型が残っていれば、まだいいほうだろうか。


 モザート協会の会長であるジャグ・モザートが見た、蛆が湧いた半分腐った頭部などは、セイリュウにとっては普通の所業なのだ。


 恐怖で人を支配する手法は効果的とはいえ、セイリュウのやり方はグラス・ギースにおいて、もっとも残忍といえるだろう。


 そこに人の温もりや優しさがまったく存在しないのだ。



「その話は俺も仕入れた。セイリュウはマングラスの粛清を担当しているそうだからな。過度に痛めつけることを好むのは当然だろう。そして、イカれているやつって意見にも賛成だ。あれは楽しんで人を殺せる男だ。実際にやられた身としては賛同するしかないな」


「そんな危険な人が都市にいるのね…怖いわ」


「ただ、無差別に人間を殺して回っているわけじゃない。それだけでもましと思うしかないな。どちらにしても、やつらの好きにさせるわけにはいかないが」


「ちょっと待て。ってことは、てめぇらの敵はマングラスってことか? 最大勢力じゃねえか!!」


「マングラスって…三位じゃなかったですか?」


「馬鹿言うな! そいつは地下での話さ。上じゃ文句なしの最大派閥だぜ。それを敵に回したってんなら、マジでやべぇ」



 マングラスという存在について、今まであまり述べられてはこなかった。


 その漠然とした大きさだけが語られてきたと思うのだが、都市全体の人の動きを把握しているマングラスは、紛れもなく四大市民の中で最強だ。


 そんな連中を敵に回すとなれば、負け戦もいいところである。


 グリモフスキーがビビるのも仕方がないだろう。



 しかし、レイオンは首を横に振る。




「いや、敵はマングラスではない」


「セイリュウの異名は『マングラスの双龍』だろう? なら、マングラスが敵だろうが」


「それが複雑でややこしいところなんだ。それを理解するまで俺も混乱したものだ」


「…どういうことだ? 訳がわからねぇぞ。医者が追われていたなら、マングラスに目を付けられたってことだろうが」


「…ふむ、何をもってマングラスとするかが問題だな」


「…あ? 何言ってんだ?」


「俺たちが知っているマングラス…いや、派閥というものは何を指すのか、ということだ。ラングラスという派閥も、どこまでが派閥なのかという話をしている」


「そりゃ…末端組織までだろうが。所属するなら最下層のチンピラも含めるだろうな」


「そういう意味ならば、やはり敵はマングラスではない」


「…ああ? だから何言ってんだ!? もっとはっきり言えや!!」


「俺だってはっきり言いたいが、わからないことが多いんだ!! 今は黙って聞け!」


「あぁん! 聞いてるだろうが! ちゃんと説明しないてめぇが悪い!」


「しているだろうが! 理解できないお前が悪い!!」


「なんだと!!」


「ちょっと二人とも、声を荒げないの!!!」


「ちっ…」



 ミャンメイが包丁をちらつかせて、二人を黙らせる。


 包丁を見せると若干兄が喜ぶのが不快ではあるが。




「兄さんが言いたいのは、そのセイリュウって人が独断で動いているってこと? 組織とは関係なく?」


「そのあたりはわからない。ただ、セイリュウという男は、主人のグマシカ・マングラスに絶対服従らしい。それなりの権限は持っているだろうが、やつが独断で動くとは思えん。その裏にはグマシカという男がいるのだろう」


「なら、マングラスじゃねえか」


「お前が言うマングラスは、やつらにとって何の価値もない」


「…あ?」


「そうなんだ。あいつらにとって重要なのは、グマシカ・マングラスだけなんだ。あるいはその意思というべきか…。それ以外はどうでもいいのさ。お前が言った末端組織なんてものは、駒にすらならないと思っているだろうな。事実、マングラスという組織にグマシカの意思は宿っていない。それぞれが自由に活動しているだけだ」


「言っている意味がわからねぇ…。組織ってのは数が重要だろうが。特にマングラスは数で勢力を拡大してきた連中だ。数こそが命のはずだぜ」


「そうだ。だが、それには組織は関係ないんだ」


「こんがらがってきちゃったわ…。ねえ、兄さん。先生はどうして追われていたの? そこは知っているのでしょう?」


「ああ、知っている。先生が追われていたのは、この『都市の秘密』に気付いてしまったからだ」


「秘密?」


「埋蔵金でも眠ってるのか?」


「ここを見る限り、それもあながち嘘ではないな。しかし、今回の場合は経緯が少し違う。この都市の『権力の構図』と、『その者が引き起こす害悪』についてが問題だ。いろいろと仮定や推測も交じるが…この都市は、たった【一人の人間によって支配】されている」


「一人? 領主…じゃねえな。あれはそんな器じゃねえし…ほかに考えられるとすりゃ、単純にグマシカ・マングラスって話にならねぇか?」



 グマシカの名前は、都市にある程度精通している人間ならば誰でも知っている。



 一番の権力者は誰か?



 その問いに、多くの者がグマシカの名を挙げるだろう。


 彼の指示があれば衛士隊だって動かせるのだ。もはや立場は領主よりも上である。


 しかし、レイオンが言っている人物は、それを超えた存在であるという。



「グマシカは支配者ではない。その裏には他の人間の思惑があるんだ」


「ああ!? 本気で言ってんのか!?」


「信じられないのも無理はないが、それが俺たちがたどり着いた結論だ。一つ訊くが、お前はグマシカを見たことがあるか?」


「あるわけねぇだろうが。話に聞けば、よれよれの爺さんだってのは聞いたことがあるけどな」


「多くの者がそうだろうな。そもそもセイリュウたちの存在についてすら、ここの都市の人間は知らない者もいる。グマシカがどこにいて、その中でどういう位置にいるのか、正確に把握しているやつはいない」


「それを言い出したらキリがねぇだろうが。そんなの誰にもわかりゃしねえ」


「…そうだな。問題はそこではないのかもしれん。重要なことは、セイリュウたちが都市の中枢を握っており、暗躍しているという事実だ。先生はそれに巻き込まれた…いや、悪行を暴いてしまったんだ」


「秘密を知ったから狙われた。妥当な理由だな。で、何を知ったんだ?」


「先生は医師連合のトップという立場から、いろいろな難病や奇病に出会うことが多かった。領主の妻もそうだし、実はツーバ・ラングラスも不思議な病にかかっているので、その診察もしていた」


「オヤジが? たしかに病気だとは聞いているが…」


「実際に先生が診察をしたんだ。間違いない。そして、その奇病は…【若返る】というものだ」


「はぁぁ!? 若返る!? からかってんのか!? 与太話じゃねえだろうな!?」


「ここまできて嘘をつくものか。グリモフスキー、お前も武人ならば知っているだろう。武人の血が濃い人間の中には、いつまでも若々しい身体を保っている者がいることを」


「そりゃ知ってはいるが…あくまで老化が遅いってだけだろう? 若返るわけじゃねえ」


「あっ、でも、兄さんが試合会場で蘇ったように、身体を造りかえるような現象もあるんじゃないですか?」


「あれは相当珍しい例だとは思うがな。だが、なくはないか…」


「ツーバ・ラングラスは強い武人ではないらしい。肉体能力は、ほとんど一般人と同じだろう。そんな人間が自力で若返るとは思えん。そして、この病と同じ症状に陥った人物がもう一人いる。元ジングラス当主のログラス・ジングラスだ」


「んだと!? 二大派閥の当主が、同じ奇病にかかったっていうのかよ!!」


「彼の担当も先生だったんだ。それも間違いない」



 馬車の中でプライリーラがソブカに語っていた内容と同じことから、その信憑性は高いといえるだろう。


 彼女が言っていた、父親を診察していた医師連合の代表とは、このバイラル・コースターのことである。



「四つしかない派閥の当主のうち二人が、この奇病にかかった。不思議や偶然だけで済ませられる問題ではないだろう」


「そうね。明らかにおかしいわ」


「先生はその病気について調べていた。同時に、筋肉が萎縮する病気についても調べていた。そしてついに、その両方に関連性があることがわかったんだ」


「…おいおい、話がさらにやばくなってきたぜ。その筋肉の病気ってやつぁ、つまりはキャロアニーセ様のことだろう? もし関連があれば…」


「そうだ。領主の家を含めた【五英雄の家系】にだけ起きているんだ。まあ、キャロアニーセという女性は外からやってきたから、厳密に言えば直系ではないんだが…家単位で見れば同じことだ」


「てめぇのばあちゃんはどうなんだ?」


「言うまでもないが、うちは一般人だ」


「じゃあ、たまたまってこともあるだろう」


「いいや、違う。先生が担当した患者は、うちの祖母だけじゃない。ほかにもこうした病になっている人が都市にはいたんだ。病状としては当主たちより軽いが、その多くが難民やら下級市民だった。話題にもならずに死んでいく者も多かったそうだ」


「兄さんは、その病気が【人為的なもの】だって言いたいの? その裏で操っている人が、そうさせたってこと?」


「そうだ」


「そんな…何のために!?」


「最終的な目的は掴めていない。先生なら知っている可能性もあるが、少なくとも俺は知らない」


「それならよ、どうして断定できるんだ。その関連性ってのは何を根拠にしているんだ?」


「…先生が実験した結果、わかったことだ」


「あぁん!? そりゃなんだ? また誰かを実験台にしたってことか? これじゃどっちが悪者だかわからねぇぞ!」


「先生のやり方の是非を問うても仕方ない。毒を制するには同じ毒をもちいるしかないんだ。なにせやつらは、俺の祖母を実験台にしたんだからな」


「…え? どういうこと?」


「筋肉の衰弱が起こるのは、若返り現象の副作用であることがわかった。簡単に言えば『失敗』した場合、その症状が起こるんだ」


「そ、そんな…え!? それって…まさか……」


「文字通り、実験台ってことかよ!! 金のない連中が病気になったところで、誰も気にすることもねぇからな! それが本当ならよ、マジで胸糞悪い話だ!!」


「当主たちに試す前に実験したか、何かしらのデータを取っていた可能性はある。マングラスの力を使えば、人を選ぶのも楽だろうからな。だが、何度も言うが、マングラスが敵ではない。マングラスの組織は、あくまで利用されているにすぎない。上から命令が来るから、淡々と仕事をこなしているだけの存在だ。詳細は何も知るまい」


「酷い…どうしてそんなことを…」


「バイラルの野郎は、それを知ったから狙われたのか? かなりの大事だ。たしかに知ったらやばそうだ」


「いや、それを知った段階では、先生はまだ安全だった。追われてもいない」


「おかしいだろう! なんでだよ! 秘密を知ったから狙われたって言ってたじゃねえか!」


「お前がそう思うのも無理はない。なぜならば、俺たちとあいつらの認識に大きな違いがあるんだ。俺たちからすれば『陰謀』なんだが、向こう側からすれば『日常』なんだ。日常の行為を知られたからといって、べつに恥ずかしがるほどウブではないだろう」


「…そんなことをしていても? 普通、人を傷つけただけでも怖くなるのに…信じられないわ」


「そうだ。だから危ない連中なんだ。俺たちとは価値観が…人道観念がまるで異なる存在だ。あいつらは他人のことを『家畜』程度にしか思っていないのさ」



 アンシュラオンは、プライリーラに言った。


 グマシカたちは、悪だと。生粋の悪だと。


 そして、正義では悪に勝てない、と。


 なぜならば正義から見れば、悪の価値観はまるで理解できないからだ。


 マッドサイエンティストが人体実験を平然とするのは、それが彼らにとって普通のことだからだ。


 むしろ彼らにとって、それは【正義】でもある。


 一方で、その行動に対抗する正義の味方は、彼らからすれば【悪】とみなされる。


 そこを根底から理解していないプライリーラでは、彼らに対抗などできないことをソブカが証明している。



「ねえ、一つ訊いていい?」


「なんだ?」


「気になっていたのだけれど…兄さんはさっき【殺された】って言ったわよね。なんか変な言い方じゃないかしら?」


「そういや…言ったな。『なぶり殺しにされた』ってよ。生きているんだから、半殺しにされたでいいじゃねえか。盛りやがって」


「ああ、そのことか。吹かしても盛ってもいない。事実、俺は死んだからな」


「あぁ? 生きているじゃねぇか」


「今はな。だが、セイリュウに殺されたのは間違いない。心臓が止まっていたのは先生も確認しているし、その時の記憶はまるでない。それでもこうして生きられたのは、三つの幸運があったからだ。一つは、セイリュウが俺を『バラさなかった』こと。もしバラバラにされていれば、さすがにどうしようもなかっただろうが、そうはしなかった」



 セイリュウは見せしめのために、基本的には相手の身体を分解する。


 だが、この時は急いでいたのか、あえてそうしたのかは不明だが、死んだレイオンをそのまま放置して立ち去ったのだ。



「二つ目は、先生が戻ってきてくれたことだ。他の追っ手は俺が倒したから、セイリュウがいなくなったことで先生も動けるようになった。そこで死んで間もない俺を発見してくれたことだ。だから助かった」


「じゃあ、バイラル先生が兄さんを治してくれたの?」


「いくら医者でも、死人を治せるわけがねぇ。仮死状態だったんだろうぜ」


「いいや、死んでいた。ただ、それを一時的に動かすための【道具】を先生が持っていたんだ。それが…ある意味においてすべての原因となっている―――」








―――「【生命の石】という存在だ」







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