478話 「レイオンの秘密 中編」


「代表理事が一般人の治療をするのか? まず聞かねぇ話だな」


「そうなんですか?」


「ああ、医者にかかること自体、グラス・ギースではそう多くねぇはずだ。金もかかるしな。代表理事クラスにもなれば、上級市民くらいしか会うことはできねぇはずだぜ」


「でも、おばあちゃんは下級市民ですけど…」


「なら、ますますありえねぇな」



 ホワイト診察所に大量の患者が駆けつけたのは、病気になっても医者にかかれないからである。


 医療技術が発展していないこの都市では、薬も希少でかなり高価だ。


 生活するだけで精一杯の下級市民以下の人間は、よほどのことがない限り医者を呼ばない。


 しかも医師連合のトップともなれば、基本は上級市民しか相手をせず、領主やグラス・マンサーのお抱えになるのが普通である。


 現在の代表であるスラウキンも、基本的には上級市民しか診察をしていない。


 それも医師連合の理事会掌握のために嫌々やっていることであり、彼にとっては研究こそが一番重要なのだ。


 だが、バイラルは生粋の医者ということもあり、その慣習に囚われない男だったという。



「先生は医療を多くの人のために役立てるべきだと考えていた。だから下級市民だろうが誰だろうが、求める人がいれば駆けつけていたらしい。もちろん上の目もあるから、重篤な患者に限っていたそうだがな」


「それだけてめぇのばあちゃんの病気が珍しかったってことか?」


「そういうことだ」


「どんな病気だ?」


「筋肉が弱って動けなくなる病気だ。半分寝たきりだな」


「老衰とは違うのか?」


「急激に弱ったんだ。病気だろうな。これは世間では秘密だが、領主の妻も同じ病にかかっているそうだ。だから先生も興味を持ったし、他の理事からも文句は出なかったようだ」



 その病の症状はベルロアナの母親、キャロアニーセの症状と酷似していた。


 そのためバイラルが下級市民の治療に赴くことに異論は出なかったという。



「領主の妻…キャロアニーセ様が? そいつは…意外だな。つーか心配だな…」


「あっ! グリモフスキーさんが『様付け』してる!」


「ああ!? それがなんだ」


「だって、人のことを絶対に様付けしなさそうでしたし…、しかも心配しています」


「俺をなんだと思ってやがる! 俺だってな、尊敬できる人には様付けくらいはするさ。あの人は出来た人さ。いまだに市民が領主を見限らないのは、あの人のおかげだからな」


「グリモフスキーさんからも慕われるなんて、すごい人なんですね」


「てめぇはいちいち言い方に棘がありやがるな! つーか、なんでてめぇがバイラルのことを知らねぇんだよ! ばあちゃんが世話になっていれば、すぐにわかるだろうが!」


「会ったことはありますけど…そのあたりは兄さんに任せていましたし、詳しい素性は知りませんでした。とても人の好さそうなおじいちゃんでしたよ。でも、地下で見たお医者様は、そんな雰囲気じゃなくて…まったく結びつきませんでした」


「…たしかにな。あの医者は無愛想というか近寄りがたいというか…俺らが元筋者だからそういう態度だと思っていたが…てめぇにもそうだったのか」


「はい。ちらっと見えた顔も、前に見た先生とはかなり違っていた気がします。あれはわかりませんよ」



 ミャンメイも、祖母を治療していたバイラルと会っている。


 その時は穏やかな笑顔の好々爺、といった様子の人物だったらしい。


 それが地下で会ったときは、まるで別人。


 他人を寄せ付けない強い拒絶のオーラを放っていたので、それがどうしても前に見たバイラルとは結びつかないのだ。



「そのあたりにも事情があるんだ。そこも含めて話をしないとな」




 レイオンは話を続ける。



「先生はさまざまな革新的な医療方法を試していたから、その中の一つが幸運にも効果を発揮して、祖母の病状は少し改善した。それでも寝たきりではなくなった程度だが、今までのことを思えば十分な成果だっただろう」


「それってよ、人体実験じゃねえのか?」


「言葉が悪い。臨床試験と言え」


「同じだろうが。要するにキャロアニーセ様に使えるかどうか、てめぇのばあちゃんで実験したんだろう?」


「…それは否定しない。そういう名目がなければ、一般人の治療は行えなかったんだ。仕方ないし、結果が出たのだから文句はないさ」


「へっ、物は言いようだな。で、それからどうなった? そのままめでたしめでたし、ってわけじゃねえんだろう?」


「…ああ、残念ながらな。その後の二ヶ月程度は問題なく生活していたが、ある日、夜中に外に出ていた俺は、隠れるように移動している先生を見つけた。どうやら誰かに追われているらしく、かなり必死だった」



 レイオンは、フードを着て夜の闇の中を逃げるバイラルを発見した。


 本当にたまたま偶然のことだが、ただ事ではないことはすぐにわかり、バイラルの後を追うことにした。



「俺は先生の後を追って…」


「夜中に外に出て、兄さんは何をしていたの?」


「…え?」



 レイオンも話を盛り上げようと気持ちを込めて話そうとした矢先、ここでミャンメイの素朴かつ強烈なカウンターが炸裂する。



「夜中に外に出る理由が思いつかなくて…何をしていたのかなって」


「………」


「………」


「………」



 その問いに、言葉を失う兄。


 まさかその角度から攻められるとは思わなかったのだろう。目がきょとんとして絶句している。


 すぐに答えられない段階で、やましいことがあるのは確実なのだが、それを理解していない妹の追撃は続く。



「夜、外で何をしようとしていたの?」


「そ、それは…なんというか…見回りというか…」


「なんで兄さんが見回りするの?」


「な、なんで!? う、うむ、世の中の役に立とうと思ってな」


「見回りは衛士隊の人がいるよね? 兄さんは衛士じゃないし…どうして?」


「うっ!」



 言葉に詰まる兄。


 なぜ人間というものは嘘をつこうとすると、しどろもどろになるのだろう。


 心が清い人間ならばそもそも嘘をつかないので、こんなところで口ごもらないはずだ。


 レイオン、意外なところでピンチである。



「いやそりゃ…てめぇ……いろいろあるんだよ! 男には夜限定で、やらなきゃいけねぇことがよ!」


「ぐ、グリモフスキー! お、お前…」



 見かねたのか、ここでまさかのグリモフスキーのフォローが入った。


 同じ男として黙ってはいられない場面と察したのだろう。



「いいか、ミャンメイ! 男にはいろいろあるんだ! 言えねぇことあるんだよ!」


「どうして言えないんですか?」


「男は、そういう生き物だからだ!! それで理解しとけ! なっ! そのほうが幸せだ!」


「…よくわかりませんが…そうなんですね」


「そうだ! これ以上は言ってやるな! てめぇの兄貴のライフがゼロになるからな!!」



(くっ、グリモフスキー! 感謝はせんぞ! だが…痛み入る!)



 敵にも情けをかけねばならない時があるのだ!!


 括り方、分け方が違えば、敵も味方になるという一例であろう。




「そ、それよりだ。今問題なのはそこじゃない。真面目な話、俺が夜に周囲を見回っていたのは、ミャンメイに付きまとう連中が多くなったからなんだ。最初はただのナンパだと思っていたが…どうやら違うことに気付いた。付きまとうやつらの気配が明らかに普通と違ったからな。最初は話しかけるくらいだったが、だんだんと追いかけられるくらいにまで悪化していった」


「なんだぁ? 前から狙われていたんじゃねえか。しかも、けっこうやべぇレベルだな」


「そういうことになるな。仕方ないから、その都度『説得』して帰ってもらっていたが、一向に付きまといが減る気配がない。衛士隊にも相談したんだが、具体的な対応は特になかった。だから俺は自衛策として、ミャンメイを一時的に遠ざけて隠すことにした。追われている先生を見つけたのは、その時でもあったんだ」


「まあ、衛士隊なんざ、クソの役にも立たねぇ連中だからな。期待するほうが悪いぜ」


「都市に来たばかりだから、そういうこともわからなかったのさ。今思えば、お前の言う通りだ。そもそも衛士隊はマフィアの行動には干渉しないからな」


「…その言い方、てめぇの妹に絡んできたのは筋者ってことか?」


「筋者…か。結果的にそういうことにはなっているが……」


「あぁん? 煮えきらねぇ言い方だな、おい」


「ううむ…どこまで話せばいいか…」


「兄さん、全部話してちょうだい。隠すことはないわ。どうして私が狙われるのか、もう知っているんでしょ? 知っているなら教えて」


「…はぁ、わかった。お前には知る権利があるだろう。このことはホワイトにも伝わってしまっているからな。いまさら隠す意味はないか。…ミャンメイ、お前に『特別な能力』があることは知っているか?」


「え? 特別な…能力? 何のこと?」


「そうか…自分では自覚がないか。グリモフスキーがいる前で言いたくはないが、お前が作る料理には『特別な作用』があるみたいなんだ。食べた相手が元気になるというか…能力以上の力を与える要素がある。その作用なのか、味も良くなるみたいなんだ」


「っ!! だからか!! あんな葉っぱがやたら美味かったのは、そのせいか!!」


「…どうやらお前も知っているようだな」


「ええ!? そうなの!? 私は普通に料理を作っているだけよ?」


「無意識のうちに力を使っているのだろう。長く一緒にいた俺は昔から気付いていたが、それほどたいしたものではないと思っていた。これも身内の油断というやつかもしれんな」



 アンシュラオンも知っているミャンメイのスキル『愛情料理でアップアップ』および『料理活性化』スキルである。


 当人は単に、美味しく料理を食べてもらっていると思っているようだが、実際の効果はかなりのものだ。


 良質な食材を自由に使わせ、さらにミャンメイのレベルが上がれば、効果は倍増する可能性がある。


 これだけでも誰もが欲しがる貴重な能力であろう。



「おばあさんが良くなったのは、お前の力も影響しているんだ」


「え!?」


「お前も料理を作って介護していただろう? 先生が言うには、それが生命力を与えることに繋がったそうだ。新しい治療方法はかなり独創的だからな。普通の状態では成功しなかったと聞いている」


「じゃあ、もしかして…その能力のせいで狙われたの?」


「…俺もそうだと思っていた。ただ、実際はもう少し事情が複雑だったんだ」


「複雑?」


「たしかにお前の能力は極めて珍しく、なおかつ貴重だ。それ単体でも十分価値があるだろう。ただ、これは最近になってわかったことだが、お前にはもう一つの『素養』があるらしいんだ。もしかしたら、能力の源泉もそこなのかもしれない」


「どういうこと?」


「ややこしくなるから順番に話そう。俺は自衛策としてミャンメイを逃がしたが、まだ安心できずに何日か周囲を見回っていた。そこで夜の裏路地で追われている先生を発見した。いいか、けっして他の目的があったわけじゃないぞ! 誤解するなよ!」


「そこはもういいだろう! さっさと次にいけよ!」


「あ、ああ、そうだな。それで当然気になったから、そのまま先生の尾行をした。だが、やはり先生は一般人だ。すぐに追いつかれて捕まりそうになっていたから、俺が助けたんだ。かなり手荒な真似をしたが、そこは仕方なかった」


「兄さんなら、そうするわね。正義感が強いもの。先生が悪いことをするとは思えないし、助けるのは正しいことだと思うわ」


「正義感…か。ホワイトならば、力のない正義に意味などはない、と言いそうだな。…それは事実だろう。俺は先生を助けるには助けた。先生は『逃げろ、関わるな』と言ったが、どこかで自分の力に慢心していたんだ。そして俺は、【あいつ】に出会った」



 レイオンはバイラルに迫ってきた連中を倒した。


 その者たちもかなりの手練れだったが、レイオンでも対処ができるレベルだった。


 レイオンは強い。


 第八階級の上堵級の戦士に該当するので、かつてのラブヘイアと同等レベルの強さを誇っていた。


 それはこの都市では、マキやファテロナといった各派閥の最強の武人に次ぐ実力者であることを示している。


 簡単にたとえてしまえば、ヤキチやマサゴロウと同等以上にあると思えばいいだろう。


 彼ならば裏スレイブと戦っても勝つことができるはずだ。一騎討ちならば、まず負けないに違いない。


 当人もそれなりに腕に自信があった。だから忠告を無視して追っ手に立ち向かっていった。




 が、その自信は脆くも崩れ去る。




 【その男】が―――桁違いに強かったからだ。




「あいつには手も足も出なかった。追い詰められ、少しずつなぶり殺しにされたほどだ。今でも背中に傷が残っている」


「相手は独りか?」


「…ああ、そうだ」


「それで背中に傷…か。そりゃ屈辱だな」


「どうしてですか?」


「そりゃおめぇ、こいつが無様に逃げ惑ったってことだからな。背中に付けられる傷は武人にとっちゃ一番の恥だ。もちろん集団戦で背後を取られることは往々にしてあるがよ、相手が独りなら実力で圧倒的に負けていることを示す。屈辱だぜ」


「で、でも、それは…バイラル先生を庇いながら戦ったからでしょ!?」


「いや、あいつは先生を追わなかった。俺が引き付けて距離を作ったこともあるかもしれないが…おそらく逃がす方向に切り替えたのだろう。意図的なものに感じられたな」


「なんでそんなことを…追っていたのでしょう?」


「…わからん。放っておいたほうがメリットになると思ったのかもしれない。何かしら考えがあったのは間違いないが…あんなやつが考えることだ。どうせろくなことではないだろう」


「てめぇがそれだけ怖れる相手ってことか。どこのどいつだよ?」


「暗くてはっきりと顔は見えなかったが…ある程度調べはついている。やつの名は―――」







―――「セイリュウ」






―――「『マングラスの双龍』の一人だ」





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