477話 「レイオンの秘密 前編」


「いてて…てめぇ、よくもやりやがったな!」


「グリモフスキーさんが、人の話を聞かないからですよ」


「人の話を聞かないからって、いきなり刺すやつがいるか!?」


「おかげで話を聞けるようになったじゃないですか。ちゃんと重要な臓器は避けて刺しましたから大丈夫ですよ」


「相変わらず怖ぇな、てめぇは! どんだけ冷静だ!」


「二回目ですし、慣れました」



 ミャンメイに刺された脇腹を治療するグリモフスキー。


 容赦なく突き刺さったが、幸いにも致命傷にはならなかった。


 なっていたら、こんなに呑気に話せてもいなかったので、それだけは本当に幸運だろう。


 ミャンメイもミャンメイで、人を刺すのがカスオに続いて二回目だったせいか、極めて冷静に狙う箇所を選んでいたらしい。


 慣れとは怖ろしいものだ。



「ミャンメイ…お前、実の兄を刺すなんて……」



 そして、刺された者はもう一人いる。


 兄のレイオンである。


 こちらは実の妹に刺されたショックからか、いまだに呆然と立ち尽くしていた。



「こんな…お前は……お前は……」


「へっ、妹にまで見限られるとは、いい気味だぜ!」



 ショックを受けているレイオンの姿は、なかなか面白い。


 そう思って冷やかすグリモフスキーであったが、この男の脳みそが常人とは少し違うことを忘れていた。



「ミャンメイ!! 俺は嬉しいぞ!!」


「はぁああああ!??」


「こんなにも全力でぶつかってきてくれるなんて…俺は…俺は……嬉しい!! お前の気持ちは、しっかりと伝わったからな!!」


「てめぇ…何言ってんだ?(震え声)」



 何やら突然、喜び出した。


 どうやら打ち震えていたのは、感動と喜びからくるものだったことが判明。


 ここ三年、妹と微妙な距離感だったせいか、スキンシップというものがまったくなかった。


 それがこの数日で一気に縮まり、元の仲睦まじい兄妹に戻ったことが嬉しいのだろう。


 しかし、妹に腹を刺されて喜ぶとは、発想が完全に脳筋である。


 思わずグリモフスキーも震え声になるほど、「こいつ、やべぇ」感を醸し出している。



「おい、レイオンの野郎がおかしいぞ!」


「昔はいつもこんな感じでしたよ」


「いつも!?」



 これが通常仕様です。




 ともかく、これで会話ができる態勢が整った。


 ようやく核心に触れることができる。




「兄さん、どうしてここいるの?」




 そう、それが一番の疑問点だ。


 なぜレイオンがここにいるのかが最大の謎であろう。



「世の中には三人、自分と酷似した人間がいるって話だが…」


「兄さんは本物です」


「だよなぁ。妹に刺されて喜ぶような変態なんて、そうそういないよな」



 アンシュラオンならば、サナに刺されても喜びそうだが、一般の概念ではそうだろう。



「失礼なやつだな。というか、それはこちらも同じだ。どうしてここにいる? しかもそんなクズと一緒に」


「あぁん! 人様のことをクズ呼ばわりしやがって、てめぇは何様のつもりだ!」


「クズをクズと言って何が悪い! このクズが!」


「上等だ、このやろう!! またぶっ潰してやるからな!」


「まただと? お前に負けたことなど一度もない! 身の程を思い知らせてやる!」


「ああ、こいやぁああ! 相手になって―――」


「えーーい!」



 ブスッ



「ぎゃっ!!」



 グリモフスキーを刺すミャンメイ。


 もうかなり手慣れている。怖い。



「て、てめぇ! また刺しやがったな!」


「喧嘩するからですよ。喧嘩両成敗です」


「それならあいつも刺せよ!」


「…いえ、刺すと喜ぶので…やめておきます」


「さぁ、ミャンメイ! いつでもこい!」


「…なるほど」



 満面の笑みで待ち受ける兄。その笑顔は、とてもキモい。


 思わずグリモフスキーが「なるほど」と言ってしまうほど、ヤバイ笑顔だ。


※「なるほど」の使い方は、218話参照



「話が進まないから、まずは私たちのことから話すわ」


「ああ、聞かせてくれ」



 まずはミャンメイが、今までのことを話すことにする。




 かくかくしかじか




「!」


「っ!?」


「!!」



 というように、レイオンにとっても意外な話だったのか、かなり驚いていたようだ。


 カスオの下りもそうだし、グリモフスキーが助けた話にもしかめ面をしていたものである。





「これが私たちに起こったすべてよ」


「それでお前は、こいつを信じたのか?」



 ひと通り話を聞き終えたレイオンが、グリモフスキーを睨む。


 話は受け入れたものの、まだ信じきれていないようだ。


 今までのことを思えば、それも当然だろう。



「信じるもなにも、一緒でなかったら生き残れなかったわよ」


「この男が、カスオというやつをそそのかした可能性もあるだろう」


「兄さん! 色眼鏡で見るのはやめてよ! グリモフスキーさんはクズじゃないわ! 思ったより立派なクズなのよ!」


「…それ、褒めてんのか?」



 若干言い方は気になるが、ミャンメイ的には褒めているらしい。



「な、なんだ。どうしてこいつの肩を持つ! ま、まさかお前たち…」


「変な誤解はしないで。本当に普通に過ごしていただけよ」


「グリモフスキー、妹に変な真似はしていないだろうな!」


「あ!? んなわけねぇだろうが!」


「お前のようなクズが一緒にいて、妹に欲情しないわけがないだろう! 白状しろ!」


「あああああ!? 俺にも好みってもんがあるんだよ! どうしてこんな女を―――」


「えーい!」



 ブスッ



「いてっ!!」


「二人とも、どうしてすぐに喧嘩するの!! 子供じゃないんだから、やめてください!!」


「なんで俺だけ刺すんだよ!!」



 二人が喧嘩をすると、なぜかグリモフスキーだけが刺されるシステムが構築されつつあるらしい。


 まったくもって世の中は理不尽なものである。




「私たちのことはいいのよ。こうして生きていることだけでも十分だもの。それで、兄さんはどうしてここにいるの? 私たちからすれば、そっちのほうが気になるわ」


「………」


「おいおい、俺たちの事情は話したぜ。てめぇだけ、だんまりかよ」


「………」


「普通に考えて、おかしいよな。なんでてめぇがここにいるんだ。ここに来るまで俺たちは相当苦労したぜ。それこそ死ぬかもしれない状況にまで陥った。そんな場所に簡単に来られるわけがねぇ」


「…たしかにそうですね。かなり長い道のりでしたし」


「ああ、そうだ。それにもかかわらず、こいつは最初からこの部屋にいた。これはどういうことだ? 俺たちが使った神殿には、他の人間の痕跡はなかった。つーことはだ、こいつは違う場所からここにやってきたってことさ」


「そういうことに…なりますね」



 この遺跡は特殊な術式がかけられているので、あまり汚れていない。


 しかし、埃(塵)を完全に除去する機能はないため、そこから痕跡を調べることが可能だ。


 人形たちがいた神殿にあった埃から察するに、あそこは長らく使われていなかったことは間違いない。


 あのルートを使ったのは、グリモフスキーとミャンメイだけである。


 ならばレイオンはどこから来たのか、という疑問が生じる。



「レイオン、俺はてめぇを信用してねぇ。それだけは、はっきりと言っておくぜ。てめぇは何か知っていて隠していやがる」


「え? そうなんですか?」


「妹なんだから、それくらいは気付けよ!!」


「そりゃ私だって少しは気付いていましたけど…この遺跡に関係しているとは思っていませんでした」


「こいつはな、ずっと前からコソコソと何かやっていやがったんだ。俺の目は誤魔化せねえぜ! ホワイトが壊したロボットを回収したのもてめぇだったな。俺を蹴落としたのも、このエリアで自由に動くためだろう! 違うか! あぁん!?」


「………」



 グリモフスキーは、ずっと疑問を抱いていた。


 なぜレイオンは、このラングラスエリアのキングになったのだろうか。


 もちろんクズたちが嫌いだった、という理由もあるだろうが、そのわりにはエリアへの無関心や不干渉といったものが目立った。


 ミャンメイを景品にしている等、その行動には怪しい点がかなりある。


 だからグリモフスキーもレイオンを目の仇にしていたのである。


 そしてついには遺跡の奥底で出会うのだ。疑うのも無理はない。



「兄さん、どういうことなの? 何か知っているのなら教えてよ」


「うむ……だが……」


「いいか、レイオン! てめぇが何かを秘密にしていたって、こうやって妹が狙われるんだぜ! それはてめぇの責任だ! いいかげん、責任ってやつを果たしたらどうだ!! それが筋ってもんだろうが!」


「ちっ、貴様に何がわかる」


「てめぇこそ、何がわかるってんだ!! 自分を過大評価してんじゃねえよ! ホワイトの野郎にも勝てないやつがよ、粋がるんじゃねえ!」


「くっ…」


「グリモフスキーさんは少し言いすぎだと思うけど、こんな目に遭ったら、さすがに私も黙ってはいられないわ。お願い、兄さん。知っていることがあったら全部教えて!!」


「………」



 レイオンは、しばし沈黙。


 もともとは感覚派で感情を表に出すタイプなので、こうした仕草をすること自体が珍しい。


 逆に言えば、それだけ言うのが憚られる内容だということだろう。


 しかし、ミャンメイがこうして狙われた以上、彼もいつまでも黙っているわけにはいかない。


 ようやくにして重い口を開くのであった。



「…わかった。知っていることは言う」


「最初からそうすりゃいいんだよ。もったいぶりやがって!」


「だが、すべての情報を得ているいるわけじゃない。俺が知っているのは断片的な内容だけだ」


「ああん? そりゃねぇだろうが! まだ隠すつもりか!?」


「だから違うと言っているだろう。俺はこういう性格だからな。万一のことを考えて『先生』も多くは伝えていないんだろう。まあ、巻き込みたくないという感情もあったのは理解できるが…」


「先生だと? てめぇが先生っていうと…あの【医者】か?」


「ああ、すべてが先生を助けたことから始まった。先生…バイラル・コースターとの出会いでな」


「バイラル・コースター…? それがあの医者の名前か?」


「ああ、そうだ。いまさら隠しても仕方ない」


「おい、待てよ。バイラルっていやぁ、まさか…。だが、医者でバイラルっていえば…やつしかいねぇよな」


「グリモフスキーさん、知っているんですか?」


「おい、レイオン! そのバイラルってやつは、もしかして医師連合の代表理事だったやつじゃねえのか!?」


「えっ!?」


「バイラル…そうだ。間違いない。そいつは【医師連合の代表者】の名前だぜ。どうりで腕がいいはずだ。グラス・ギースで一番腕の立つ医者だからな」



 グリモフスキーも長い間、グラス・ギースにいた男だ。


 しかも医療関係のラングラスにいたのだから、医師連合の代表が誰かくらいは知っている。


 ある意味で常識だろう。知らなければ、もぐりだ。



「ああ、そうだ。俺は詳しくは知らないが、医師連合という組織で何十年も代表理事を務めていた人だ。今は違う人間が代表をやっているそうだがな」


「そりゃそうだ。だってよ、そのバイラルってやつぁ、三年以上も前に行方不明になっているからな。そんときゃ医師連合でもかなり揉めたらしいぜ。…って、三年…? 三年前っていやぁ、てめぇらが地下に来た頃か!」


「だからそう言っているだろうが。頭の悪いやつだ」


「てめぇだけには言われたくねぇ!!」


「こら!! すぐに言い争わないの! 兄さん、そこのところ詳しく教えてもらえる?」


「…こうなっては仕方ないな」




 レイオンにとっては苦々しい思い出でもあるが、渋々といった様相で話し始める。




「俺たちは祖母の体調が悪いという報せを受けて、東の都市からやってきた。それが三年と何ヶ月か前の話だ。そこで祖母の治療をしていたのが、先生だった」



 レイオンの祖母は、珍しい病気にかかっていたらしく、普通の医者ではなく医師連合の代表自らが関わっていた。


 その人物こそが、バイラル・コースターだ。


 それが初めての出会いである。


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