476話 「水と油 後編」


 レイオンのボディーブローが炸裂。


 悶絶級の一撃だ。これは厳しい。



「ごふっ…! なろおおおお! そうくるのはわかってんだよ!!」



 が、グリモフスキーは、その一撃に耐えた。


 彼もまたレイオンが腹を狙うのがわかっていた。


 何度も闘技場での戦いを見ているので、レイオンがボディブローを好むことを知っていたからだ。


 防御の戦気を腹に集中させてダメージを半減させることに成功。



 ぐぐぐっ



 それによって足腰はまだ生きている。


 身体全体で反動をつけて、体勢が低くなったレイオンに頭突き。



 ゴンッ! メキッ!



「ぐっ!!」



 ちょうどボディーブローを放って無防備になっていたところに、頭突きが炸裂。


 目の下、頬の当たりにくらってしまって、レイオンが一瞬怯む。


 ヤキチが使っていたが(あれはヘルメット付き)、この頭突きというのも強力な攻撃方法の一つである。


 上手く相手の顔面等に当てることができれば、鼻をへし折ったり頬骨を砕いたりすることができる。


 昏倒させる力もあるので、一撃で相手をノックアウト、ということもあるだろう。


 一応、覇王技には頭突き技もあるにはあるが、顔を相手に向けること自体が危ないので、こうした超接近戦の限定的な攻撃手段と捉えたほうが賢明である。



「ちぃっ! どけっ!」



 だが、レイオンもこの程度でやられはしない。


 復活した身体は、打撃に対して極めて強い耐性を持っている。


 面の皮が厚いというわけではないが、この頭突きの一撃にも耐え、グリモフスキーを突き飛ばして間合いを作る。


 そこから豪腕のラッシュ。



 ドガドガドガドガドガッ ミシミシミシィッ



 この巨躯の太い腕から繰り出される攻撃は、やはり脅威だ。


 防ぐグリモフスキーの腕が、一発殴られるごとに軋んでいく。


 このままではサンドバッグのように殴られ続け、あっという間にボロボロにされるに違いない。



「いつまでも好き勝手殴れると思うなよ! ここはリングじゃねえぜ!!」



 グリモフスキーは、倒れ込むようにしながら背後に跳躍。


 それによって拳撃のラッシュから逃れる。


 レイオンは追撃を仕掛けるが、広い空間のために逃げる場所はいくらでもあるので、グリモフスキーはさらに背後に逃げ続ける。



 そう、ここはリングではない。



 ギラリ


 グリモフスキーが懐からナイフを取り出す。



「くらえっ!」



 そして、離れた場所からナイフを投擲。


 骸骨戦士さんには通じないのであえて使わなかったが、カスオからミャンメイを助けた時に使ったナイフは持っていたのだ。


 ここは狭い無手の試合会場ではないし、道具にも特に制約があるわけではない。ナイフを使ってもなんら問題はないのだ。


 正確に放たれたナイフがレイオンに襲いかかる。



「こんなものが効くか!!」



 レイオンは首のひねりで、ナイフを一本かわす。


 二本目、三本目は、拳で迎撃して叩き落した。


 ナイフにも戦気が宿されているが、『集中維持』の戦気術はなかなか高度なため、遠くに投げれば投げるほど威力が軽減される。


 カスオ程度にならば脅威となる投擲ナイフであっても、レイオンほどになれば、これくらいはかわすまでもない。簡単に弾く。


 だが、それによってわずかに体勢が崩れたのは事実だ。


 そこに再び向かってきたグリモフスキーが迫る。



「このやろおおおおお!」



 どんっ!!


 そのまま全体重をかけたタックルをかます。



「ちっ!」



 迎撃の打ち終わりに体当たりをくらったので、レイオンの体勢がさらに崩れる。


 レイオンの巨躯ばかりが目立つが、グリモフスキーも良い身体をしている。


 レイオンがプロレスラーだとすれば、グリモフスキーは空手家のような体付きといえばわかりやすいか。


 どちらも屈強な体躯をしているが、グリモフスキーの間合いはレイオンより若干長い。



「やられたことはやり返すぜ!! おらおらおらおら!!」



 さっきのラッシュのお返しとばかりに、グリモフスキーはレイオンの射程外から高速のジャブを繰り出す。


 腕をしならせて放つ拳で、いわゆるフリッカージャブというものに近いだろうか。


 グリモフスキーはやや腕が長いので、通常よりもわずかに長い間合いで攻撃できるのだ。



 シュバンッ シュパンッ



 ムチのような攻撃がレイオンに当たる。



「相変わらず逃げるような戦い方をする! だからお前は臆病者なのだ!」


「うるせえ! てめぇと真正面からやれるか!! この筋肉ダルマが!!」



 ガードしているため、ジャブはたいして効いていない。


 しかし、レイオンが追おうとするとグリモフスキーもまた下がるため、なかなか捕まえることができない。


 そのため徐々に相手を苛立たせる効果が期待できる。



「こいつ!!」



 挑発じみたジャブをくらい、苛立ったレイオンが修殺しゅさつの構えに入った。


 正直、覇王技には中遠距離攻撃が少ないのが泣き所だ。


 すでに述べたように『集中維持』の戦気術は難しいし、武器を使って放つ剣王技と比べると出力が弱い傾向にあるので、それならば術符を使うほうが効果的だろう。


 アンシュラオンの覇王流星掌のような規格外の技を、誰もが使えるわけがない。


 あれは技を極めた超一流の武人だけに許された領域なのだ。それと一般の武人を比べるほうがかわいそうだ。


 ただしその中で修殺は、戦士の基本的な中距離攻撃手段として一定の地位を獲得している。


 一撃一撃はさほど重くないものの、連発したり回転させて周囲を巻き込んだりと、さまざまなバリエーションを持つため、あらゆる状況に対応できる利点がある。


 ここでレイオンが修殺を選択したのも当然のことだ。



 が、これはグリモフスキーの思惑通りだった。



「おおおおお!」



 修殺の構えに入った瞬間に、グリモフスキーが突っ込む。


 この瞬間だけはレイオンのガードが完全に下がっている。


 技は一定の動作を行わないと発動しないので、どうしても隙が生まれてしまうのだ。


 技の出が早い修殺とはいえ、この近距離では時間的にかなりのロスとなるだろう。


 グリモフスキーは、そこを狙ったのである。



「かまわん! そのまま吹き飛べ!」



 レイオンはそれにもかまわず、修殺を放つ。


 反動ダメージを受け入れて技をキャンセルする選択肢もあったが、ギリギリ間に合うと判断して押し通したのだ。


 当たれば一発ノックアウトは間違いない。


 相手が少しでもおののいてのけぞれば、当てるのも容易となる。




 それに対してグリモフスキーは―――





「うおおおおお!」





―――加速




 目の前で技が発動しようとしているのに、まったく怖れることなく突っ込む。


 レイオンの技が完成。


 修殺が放たれる。



 ブオンッ!!



 豪腕から放たれる一撃は、修殺になっても凶悪だ。


 周囲の大気を巻き込んだ砲弾のような一撃が迫る。



 グリモフスキーはスピードを落とさず、スライディング。



 すぐ真上を凄まじい圧力が通り過ぎていき、巻き込まれた髪の毛が弾け飛ぶ。


 もともとバリアートで髪の毛が刈り込まれていたが、そこにさらに新しい溝が刻まれることになった。


 だが、それだけで済んだことは見事だ。


 少しでも勢いを緩めていたら完全にロックオンされ、技を当てられていただろう。


 ここは彼の勇気を褒めるべきだ。



「このやろう!! よくも俺の髪の毛を!!」



 素早く体勢を整えたグリモフスキーが、跳ね上がると同時にアッパーカットを放つ。


 どーーーんっ!!


 身体ごとぶつかる強烈な一撃だ。


 普通ならば首の骨が折れてしまうほどの衝撃を受けるだろう。



「ぬぐぐっ!! ふんっ!」



 が、こちらも普通の人間ではない。


 ギシギシと筋肉が引き絞られ、骨をしっかりとガードする。



「貴様の髪など、最初からあってないようなものだろうが!!」



 どごんっ


 反撃のボディーブロー。



「ぐふっ…! 腹ばっかり狙うんじゃねえよ!!」



 ゴンッ!!


 反撃のアッパーカット。



「お前も首ばかり狙いやがって!!」



 バッゴーンッ!


 反撃のフック。



「ぐはっ!! いてぇ…な!!」



 ドン!!!


 反撃の前蹴り。





 その後も、両者は殴り合う。




 ひたすら殴り合う。


 ここでまず疑問に思うことがあるだろう。



 どうしてグリモフスキーが、レイオンと互角に殴り合えるのか



 である。


 一瞬でボコボコにされたように、本来の両者の実力差はかなりあるだろう。


 しかし、レイオンはサナとの試合で全力を出し尽くしているし、常人ならば死ぬほどの大怪我まで負っている。


 強靭な戦士の回復力をもってしても簡単に治るものではない。そこでハンデが生まれる。


 また、グリモフスキーもレイオンの戦い方を研究していた。


 彼が嫌々ながらも試合を観に行っていたのは、そのためだ。


 いつかレイオンに勝つために、さまざまなシミュレートを行っていたのである。



 この両者の特殊な事情があり、現在では攻防が拮抗することになる。




 しかし、である。




 それ以前の問題として―――





「え? …え? なんで?」




 完全に置いてけぼりにされているミャンメイを忘れてはならない。


 なぜかいきなり殴り合う両者を唖然として見ている。



(なんで兄さんがここに? グリモフスキーさんも、なんで殴り合ってるの? 意味がわからないわ!!)



 現在彼女は、困惑のさなかに取り残されていた。


 だが、唯一わかることは、これが【不毛】だということだ。


 二人が争う意味はない。特にこの場では。


 よって、当然の結論として止めに入る。



「ちょ、ちょっと! 二人とも! やめて!! どうして戦っているのよ!」


「死ね、レイオン!!」


「お前が死ね!!」



 ドン バキ ドガ グシャ


 ミャンメイが叫ぶが、二人はまったく聞き入れようとしない。


 戦いに夢中になっているのだ。聴こえるわけがない。



「やめて! やめてったら! ここで戦う意味なんてないわ! 落ち着いてよ!」


「てめぇだけは許さねえぞ!」


「逆恨みを! このクズが!!」


「んだとおおおおお! てめぇだってクズだろうが!!」


「一緒にするな!! 気持ち悪い!!」



 ドン バキ ドガ グシャ


 ドン バキ ドガ グシャ


 ドン バキ ドガ グシャ



 男同士の戦いに、女の声が届くわけもない。


 いつだって戦いで犠牲になるのは女だ。


 これはどちらかが倒れるまで終わらない戦いなのだ。


 女は涙を流しながら、それを見守るしかない。




「うううっ…うううっ!!!」




 などと、誰が決めたのか。



 ミャンメイのこの呻き声は、けっして弱々しい感情から来るものではない。


 今この場にいる彼女は、体内に白い力を宿した【強い女性】である。


 たしかに男性に泣かされる女性もいるだろう。


 しかしながら歴史を振り返れば、女性に泣かされた男のほうが圧倒的に多いのだ。




 ミャンメイが―――叫ぶ。





「こらぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」





「やめなさあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああいいいいいいいいいい!!!」






 身体の奥底、芯から発せられた言葉は―――





「っ!!」



「うっ!」




 骨の髄にまで響く。


 ミャンメイの言葉によって、男二人の動きが止まった。


 これで一件落着。ここから話し合いだ。



 なんてことにはならない。




「そんなに戦いたいなら、私が相手になります!!」




 何を思ったのか、ミャンメイが二人に向かって走り出す。


 しかも無手ではない。


 包丁を握りしめて突撃する。



「なっ!!」



 それに虚をつかれたのか、グリモフスキーはまったく対応できなかった。



 身体に―――刺さる。



 ズブッ!



「いてぇえ!」



 ミャンメイが、まったく躊躇せずに包丁を突き刺した。


 正直、怖い。


 いや、相当怖い光景である。


 これが包丁であることが、妙なリアリティを与えているのだろう。実際の家庭でも起こりえる光景に思えて恐怖が増大する。



「みゃ、ミャンメイ! そうか! 俺のために…」



 レイオンは一瞬、自分を助けるためにグリモフスキーを刺したのだと思った。


 仲の良い兄妹なのだ。そう思うのが自然だろう。



「このおおおおおおおおおおお!」


「え?」



 が、包丁を引き抜いたミャンメイは、実の兄のレイオンに対しても突っかかる。


 そして、これまた躊躇せずに、包丁を突き刺した。


 ズブッ!!



「うぐっ!」



 普通にやったら刺さらないと思ったのか、反射的にサナに抉られた傷痕を狙って突き刺すという冷静さを見せる。


 当人は知らずとも包丁にはアンシュラオンの命気が宿っているので、それが切れ味をさらに上げることになり、レイオンの肉体すら簡単に貫くのだ。


 もっとも、妹に刺されるとは思ってもいなかったので、最初から防御の戦気を展開していなかったことも大きな要因であるが。




 こうして【喧嘩両成敗】と相成った。




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