475話 「水と油 中編」


 自分の意思で神殿の機能を動かせない二人は、移動を選択。


 出口である扉は自動で開いたので、そのまま通路を歩いていた。



 歩くこと数十分。



 通路は延々と続く。これでもかと続く。


 まったくひと気がないこともあり、徐々に不安が募ってきたのか、ミャンメイが愚痴を吐く。



「なんだか戻れる気がしなくなってきました…。本当にここに食べ物があるんですかね?」


「うるせぇな。んなこたぁ知るかよ。黙って歩け」


「でも、どんどん奥に行っていますし…圧迫感みたいなものも感じません?」



 歩けば歩くほど、足取りは重くなる。


 その理由は疲労でもあるし、先行きが見えない不安のせいもある。


 が、もう一つの理由に、何やら奥から感じる妙な『圧迫感』があるのだ。



 まるでそう、「ダンジョンのボス部屋」が近づいてきているかのように。



 ダンジョンは何のためにあるのか?


 その単純な問いの答えも極めて単純だ。


 その奥に大切なものがあるから、人に知られたくないものがあるから、である。


 あるいは、そこにたどり着くこと自体が試練であり、資格を得た者に何かを渡す目的もあるだろう。


 そのためにダンジョンには仕掛けがあり、モンスターがおり、侵入者を頑なに阻むのである。


 この遺跡もダンジョンの一部であるのならば、その奥には何かしら重要なものがあってしかるべきだ。


 そして、お宝の前には「ボス」がいるのが常識である。



(こいつの言う通り、圧迫感は出てきたな。上の比じゃねえ。…だがこの感じ、悪くはねぇな)



 グリモフスキーも、ミャンメイの言う圧力は感じていた。


 だが、彼にとってそれは「期待」と呼んでもよい感情であった。


 胸の高鳴りと緊張感が入り混じったような複雑な感情だ。遠足前の期待感に似ているだろうか。


 そんな自分に思わず笑ってしまう。



(腐ってもイクターってことか。血は隠せねぇな。だがよ、こいつを巻き込むわけにもいかねぇな。こいつだけは帰してやらねぇと…)



 自分の期待感とミャンメイの安全は別問題だ。


 たしかに彼女にも遺跡の謎を知る権利はあるのだろうが、それで死んでは意味がない。



「じゃあ、ここで暮らすのか? あの人形どもとよ。その歳で人形遊びってなると、随分と意味が変わってくるがな」


「?? 意味が変わるって…どういう意味ですか?」


「それがどんな意味かわからないようじゃ、まだまだてめぇはお子様ってことさ。やっぱり人形遊びがお似合いだぜ」


「えー、なんですかそれ。馬鹿にしてません?」


「馬鹿にするもなにも、食い物がなければお前だって、近いうちにあれの仲間入り確定だぜ。それでもいいのか?」


「それは…絶対に嫌です」


「俺だって嫌だ。だから歩くんだよ。歩いて行き着くしかねぇ。人間ってのはな、歩みを止めたら死ぬんだ。歩けなくなっても歩け。今はそうするしかねぇ」


「…もしかして、励ましてくれてます?」


「んなわけあるか。てめぇがうだうだ愚痴を吐くからだろうが」


「愚痴くらい吐いてもいいじゃないですか。私とグリモフスキーさんの仲なんですから」


「ああ? いつからそんな仲良くなったんだよ」


「もうなってますよ。お友達です」


「へっ、出会った時から誰でもお友達か? 気楽でいいなぁ、てめぇは。この世界に友達なんて存在しねぇよ」


「ひねくれすぎですよ。だから怖がられるんです。もっと心を開かないと」


「開いて金になるのか?」


「もうっ、すぐそうやって悪ぶるんですから」



 不思議だ。まるでアンシュラオンがそこにいるかのような発言だ。


 もしかしたら、あの男とは極めて気が合うのかもしれない。


 ちなみにアンシュラオンの場合は悪ぶっているのではなく、本気でそう思っているからこそ、なおさらたちが悪いのだが。


 あの男の人間不信も相当なものである。



「そうよね。歩かなきゃ。私はこんなところで死ねないんだから…」



 この会話があったせいか、ミャンメイも少しはやる気を取り戻す。


 たったこれだけで元気が出るのだから、人間とは改めて不思議なものだと感心する。





 そうして歩き続けると、徐々に通路は大きくなっていき、目の前に巨大な両開きの扉が姿を見せた。



 地下闘技場にあるものよりも数倍大きく、高さ三十メートルはあるだろうか。


 グラス・ギースの城門にも匹敵する大きさなので、こうして見上げると迫力があった。



「えーと、思ったより場違いなところに来ちゃった気がするんですが…」


「だとしても、ここしか道はねぇんだ。行くぞ」


「開きますかね?」


「開かなくても開けるしか―――」





 ギギギギッ ギィイイイイ




 とグリモフスキーが言いかけた瞬間には、扉は開いていた。


 拒否されているような感覚はまったくない。


 むしろ歓迎されているような開放的なものにさえ感じられた。



「開いちゃい…ましたね。腕輪を使ったんですか?」


「いや、これは違うな。少なくともこちら側からは何のアクションもしてねぇ。たぶんだが、勝手に開くようになっていたんだろうよ」


「こんなに大きな扉なのにですか?」


「うーむ、もしかしたら…そういうことなのか? さっきのあの場所といい、まさかな……」


「…え? 何がですか?」


「いや、開いたんだからいいだろうが。さっさと行くぞ」


「あっ、待ってくださいよ」



 目の前に道が示された以上、先に進む選択肢しかない。



 二人は緊張しながらも部屋に入る。



 次に入った部屋、それはもう『空間』と呼んだほうがいい大きさだろうが、そこもなかなかにして壮大で荘厳な場所であった。


 入った瞬間にまず見えたのが、全長四メートルはある大きな【ロボット】である。


 否。


 ここはやはり【機械人形】と呼ぶのが、より正しい表現だろう。


 まず何より、今まで見たカブトムシや調査用のロボットとは、見た目が相当異なる。



 そのロボットは【四肢】を持っていた。



 まだまだ無骨さは残るが、ゴリラのような太い体躯と腕を持ちつつ、しっかりと両足で立っている『人型』であった。


 人を模した何かの物体。だからこそ『人形』という言葉が似合うのだ。


 そうした人型の機械人形が、これまた壁に沿って並べられている。


 しかも造ったプラモデルを観賞用に並べたかのように見事に整列しているのだ。明らかに意図的な配置だ。



(なんだこりゃ…こいつは、やべぇな)



 見た瞬間から、グリモフスキーはこれが危険なものだと理解できた。


 武人である彼にはわかるのだ。


 これはきっと【戦闘用の機械人形】であると。


 カブトムシが一般兵だとすれば、こちらは『部将(部隊長)』と呼ぶべきか。


 そんな特別な威圧感を持った、今までとは違う存在である。



 だが、驚くにはまだ早い。



 その先には、さらに大きな全長六メートルほどもある機械人形がそびえていた。



 その姿、外殻は、やはり機械と呼べるていをしているが、精巧さという意味合いで他のロボットを凌駕している。


 見た目は、どことなく仏像を彷彿させ、今見た部将を数段超える威圧感と神々しさを宿している。


 その光景に圧倒され、しばしグリモフスキーは言葉を失う。




(落ち着け。動いているわけじゃねえ。こっちに攻撃を仕掛けてこないなら本当に人形と同じだ。焦るな。問題はない)



 数十秒後、徐々にゆっくりと思考が戻ってくる。


 人形はあくまで人形。


 動かす者がいなければ置物でしかないので、無駄に怖れることはない。


 少し余裕が出てきたので、じっくりと観察してみる。



(地下闘技場の前にも石像があるが、あれに似ているな。あれはおそらく噂に聞く『神機』を模したものだろう。大きさも近い。ここにあるやつも似ているが…ちと雰囲気が違うな。同じ技術で造ったもんだろうが…目的が違うのか?)



 アンシュラオンのように実際に戦うという馬鹿なことをする者は極めて少ないが、神機の存在自体は半ば伝説の形で各地に残っているので、知っている者も多い。


 それが古代遺跡を追うイクターであれば、なおさらのことだ。


 グリモフスキーも父親からいろいろな話を聞かされ、幼少時代は心躍ったものである。


 ただ、神機の大きさや形状はさまざまであれど、どれもが最低でも十メートル以上の大きなものだ。


 竜界出身のものともなれば、全長は百メートルは優に超えるし、最上位の存在は三百メートルから五百メートル近くにおよぶ超巨大ロボットである。(伸びた場合の全長)


 それと比べると、ここにあるものは若干小ぶりだ。


 このようなものは記憶にないし、伝承の類でもあまり見られないものであった。



「すごい…ですね」



 後ろでは、ミャンメイも機械人形に驚いているようだ。


 これはグリモフスキーのような危機感ではなく、単純にすごい技術で造られているなーという程度の驚きだ。


 知らないということは幸せだ。知ったところで無駄に恐怖するだけなので、そのほうがいいに決まっている。



(この遺跡にこんなもんがあるなんてな…。大発見と喜びたいところだが、知らないほうがよかったかもしれねぇな。これが争いの種になるかもしれねぇ)



 不思議なことに、グリモフスキーに感動や興奮はなかった。


 ここにある代物は、彼が子供の頃感じたドキドキ感とは、また違うものだったのだ。



(中には戦闘に役立つものを発見して喜ぶやつらもいるが、親父は違った。もっと人のためになるような…純粋な喜びになるようなものを探していた。それは少なくとも人を傷つけるもんじゃなかったはずだ。俺が欲しいのも、そういうもんかもしれねぇな)



 これを売れば、金にはなるだろう。


 怖ろしいまでの大金を手に入れられるかもしれない。


 だが、満たされない。自分の中の欲求が満たされることはないのだ。



(ここのことは見なかったことにするさ。必要ないからな。墓場まで俺が持っていけばいい)



「おい、さっさと行くぞ」


「え? もう行っちゃうんですか?」


「こいつらを食うのか?」


「食べないですって。というか、食べ物じゃないですよ」


「だったら価値はねぇ。俺たちが探しているのは食いもんであり、出口だ。それ以外は無視しろ」


「すごい発見のような気がしますけど…いいんですか?」


「必要ねぇよ。人間ってのは不必要なものを持つべきじゃねえ。どうせ余らせてゴミになるだけさ」


「あまりに凄すぎて、グリモフスキーさんのお宝の概念には該当しないってことですか?」


「微妙に鋭いところを突いてきやがるな! まあ、そういうことだ。加工用の石を探しにきて大きなダイヤを見つけても、あまりに想定が違いすぎて興醒めするってもんだぜ」


「はぁ、そんなものなんですね。意外と欲がないというか慎ましいというか…」


「てめぇだって食い物以外に興味がないだろうに。わかったなら、行くぞ」


「はい」



 ミャンメイもそれ以上の興味はないのか、素直に付いてきた。


 それでいい。そのほうが彼女にとっては幸せである。




 うぃいいいいんっ ごろごろっ




 そんなことを考えながら、次の扉を開いた瞬間である。




「…あ?」




 グリモフスキーの眼球がゆっくりと定まるにつれて、一つの輪郭を映し出す。


 それが最初、何かわからなかった。


 この何時間かは、骸骨戦士さんやら人形やら、あるいは今見たような機械人形やらを見てきたので、今回もそれと同じだと思ってしまった。


 だが、それは確実に今までとは違うものであった。





 目の前に―――【人】





 見間違いでも人形でもなく、本物の人間だったのだ。




 その人物と―――視線がかち合う。




 きっとグリモフスキーは、目を見開いて驚いていたことだろう。



「…っ!!」



 しかし相手もまた、同じように驚愕の表情でこちらを見ていた。


 こうした感情表現ができること自体が、相手が間違いなく人間であることを証明している。


 そして、もしこれが互いに知らない人間同士ならば、しばらく様子をうかがっていただろう。


 だが、ここでさらに奇妙な縁によって、二人が巡りあう。




「て、てめぇ…! なんでここに…!!」



「な、なぜ…お前が…」




 そこには、グリモフスキーが思ってもみない人物がいた。




 それは―――




「…え? 【兄さん】?」




 後ろから付いてきたミャンメイも、その人物、【レイオン】を視認する。


 自分の兄だ。見間違えるわけがない。


 特徴的な同じ青い髪の毛に加え、筋骨隆々の身体。


 まだ身体には包帯が巻かれているので、サナの雷爪で切り裂かれた箇所を治療したものだと思われる。


 何度見ても間違いない。




 彼は―――キング・レイオン!!




「兄さん、なんで兄さんが―――」




 と、ミャンメイが問いかける間もなく―――




「てめぇ! レイオォオオオオオオンッ!」



「グリモフスキィイイイイイイー! 貴様!!」




 両者が突然走り出し、間合いに入った瞬間に拳を打ち合う。


 先に届いたのは、意外にもグリモフスキーの拳だった。



 ゴンッ!!



 本気で殴りつけた拳打が、レイオンの顔面に当たる。


 が、すでに戦闘態勢に入っていたレイオンは、あえてそれを受けたのだ。


 頑強な骨と首の筋肉で衝撃をいなし、そのまま反撃の拳。


 鋭いボディーブローがグリモフスキーの腹を抉る。



 ドゴンッ!!!



 巨躯から放たれた拳は重い。


 衝撃が身体を突き抜け、一瞬意識を失いそうになる。



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