473話 「生命の石 後編」


 ついに二人は女神像を発見するに至る。



「はぁ…やっと見つけましたね……。女神様、ありがとうございます」



 ここに来るまでに相当疲れていたミャンメイが、安堵感から崩れ落ちる。


 女神にでもすがりたい、というのはこういう気持ちだろうか。今は祈りたくて仕方がない気分であった。


 女神像はそんなミャンメイを労わるように、穏やかな表情で鎮座していた。


 周囲は神殿ほど立派な造りではないし、女神像もそこまで綺麗とはいえないが、最低限の体は成しているように見える。



 それを考慮すると、ここは【祭壇】なのかもしれない。



 なぜか至る所にある神殿や祭壇に疑問を抱くが、日本でも道を歩けば、地蔵やら小さなやしろが道端でよく見られるはずだ。


 単純に信仰心が元になったものもあれば、一方では【鎮魂】を目的としたものもあるだろう。


 霊自体は死なず、肉体が滅びれば大半が霊界(この世界では愛のその)と呼ばれる次元に赴くわけだが、知識がない人間は地上に取り残される場合がある。


 いわゆる未浄化霊、成仏していない霊といった存在である。


 彼らは死んだことに気付かない。


 霊が不滅であることを知らないので、肉体が死んでも霊体で生きていることに気付かず、そのまま想念の中で暮らすことがある。



 幽霊のもう一つの正体が、これだ。



 基本的に肉眼で霊体は見えないが、稀に何かしらの条件が整うと霊眼が作用し、そういった人を見ることがある。


 驚きはするものの、同じ人間なので怖がることはない。ただの迷い人にすぎない。


 この場合、その人に見えたということは、迷い人を守護している霊がそうさせた、と考えるほうが妥当だろう。目覚めさせる手段として、その人を利用したのだ。


 そういう意味では、鎮魂や慰霊には意味がある。


 彼らが死んだことを自覚させ、本来の領域に戻すためにはそれなりに有用だ。


 ただ、もっと重要なことは、この世界は段階的に進化する仕組みになっており、地上は真ん中より少し下くらいの霊域に存在する【途上の世界】であるということだ。


 人生の目的は地上で霊性進化することであり、死後にさらに高い霊域に赴くことだ。そこを見誤ってはならない。


 もしすべてが地上で完結するのならば、これほど不条理で不平等な世界はないだろう。


 だが、そんなことはないので安心してほしい。すべては良きに計らわれる。


 そして、すべての霊が女神の段階に至ることを夢見て、人は祈る。




 「ああ、女神様」と。




 べつにこれが言いたくて説明したわけではないが、誤解を招くので、そろそろ話をミャンメイたちに戻そう。




「これって、さっきの骸骨戦士さんたちを慰めるための祭壇でしょうか?」


「んなわけねぇだろう。むしろあいつらに必要なのは、自分の闘争本能を満たしてくれる野獣みたいな相手さ。自分を徹底的に壊してくれるくらいのな」


「ああ、なるほど、供養の仕方もそれぞれ違うんですね」


「供養もなにも、あいつらは単なる無機物だけどな。骸骨の心配をするより、自分の心配をしておけ。問題は、ここが行き止まりってことさ。最悪は、あの草原に戻る必要がある。それだけは勘弁だぜ」


「女神像があるんですから、ここから戻れませんかね?」


「そんな都合良くいくか? やるにしてもよ、どうやって起動させるんだ?」


「………」


「………」


「…た、大変です。やり方がわかりません!」


「だから最初からそう言ってんだろうが! ああ、もう! てめぇがそういうやつだってことはもう十分わかったぜ!」



 やっぱりミャンメイは、どこか抜けている。


 ただ、シャイナとは違って性格が素直であり、愛嬌があるので憎めない。


 こういった天然ぶりも、単純に可愛らしいと思う異性のほうが多いだろう。そのあたりは得な女性である。



「でも、これしか頼れるものはないですし…なんとかしないといけませんね」


「やれやれ、女神さんよ。迷子の俺らを助けてくれよ。…って、聞いてくれるわけもねぇか」


「グリモフスキーさんが悔い改めれば、助けてくれるんじゃ…」


「あぁん!? 何を悔い改めるんだよ!」


「いろいろと悪さしたことへの謝罪とか…女神様への不信心とか。思い当たることとかありません?」


「ありすぎてどれかわからねぇよ。俺はよ、生きるだけで精一杯なんだ。いちいち懺悔なんてしていられるか。祈る暇があるなら、今日の食いぶちを稼ぐほうを優先するさ」


「…そうですね。生きるって大変ですよね」


「ああ、そうだ。俺らは死ぬまで生きるしかねぇんだよ。…頼ったって誰も助けちゃくれねぇよ。いつだって、てめぇ自身でやるしかねえのさ」



 自分でやる。自分で闘う。


 それが少年が学んだ一番大事なことだ。


 父親がいなくなったことに絶望して、心を病んでしまう可能性だってあったに違いない。


 日本に限らず地球上のどの国でも、そうした話はよく聞く。


 それだけ聞けばかわいそうであり同情もするのだが、女神様は乗り越えられる試練しか与えないものだ。


 そこで潰れるのも自分次第。乗り越えようと努力するのも自分次第だ。


 そこには【自分の意思】がある。選択する権利が与えられている。


 そして、グリモフスキーは諦めなかった。生きることを諦める理由がなかった。




 だから今回も諦めない。




 グリモフスキーは、女神像を動かそうといろいろと試していく。


 触ったり撫でたり、今まで拾ったものをお供えしてみたり、あるいは嫌々祈ってみたり。


 だが、そのどれもが効果を発揮しない。



(ちっ、どれも駄目か。女神様ってのは、こういうときに何もしてくれねぇからな)



 頼りにならない女神像を見つめるグリモフスキーの目に落胆の色はない。


 最初から期待しなければ裏切られることはないのだ。誰かを責めるのは、誰かに頼っている証拠でしかない。


 彼の心の強さは、もちろん生来の魂の強さもあるのだろうが、あの日見た夢を忘れられないからでもある。



(親父がいなくなったことはつらかった。憧れていたからな。だが、それはしょうがねぇ。人間なんていつ死ぬかわからねぇ弱い生き物だ。親父だって死にたくて死んだわけじゃねえだろう。それはいいんだ。そんなもんさ。だから俺は、死ぬまで自分自身の夢を追いたい。追っていたい。…ああ、そうなんだな。今になってよくわかったよ。まだ俺の中には【大きな夢】があるんだ。…そうだ。ガキの頃からずっと憧れていたのは…)



 ダンジョンで見つけたガラクタの輝き。


 誰が見てもゴミでしかなかったガラクタでさえ、少年には黄金に見えたのだ。


 新しいものを発見する喜びは最高だ。自分だけの感動だってかまわない。それが輝いて見えれば、その瞬間こそが宝物なのだ。


 ただ、元少年の中には、いまだに心残りがあった。



(親父が追い求めていた…あの石。俺が見つけてやりてぇな。どんなものか知らねえが、きっとすげぇお宝なんだろうな。せめてそいつを見つけて、親父の墓にでも供えてやりてぇよな。それだけが俺の中では心残りだぜ)



 ずっと疑問だったのだ。


 父親がそこまで欲したものとは、いったい何だったのか。


 命をかける価値があったものなのか。それともただのガラクタだったのか。


 真相はどちらでもかまわない。父親が満足していれば問題はない。


 そのうえで自分もそれを見てみたい。手に入れてみたい。


 単純に自分自身の知的好奇心からも、それを見たい。



(いつ死んでもかまわねぇ。だが、あれだけは…あの石だけは…妙に気になる。そいつを見つけるまでは、こんな場所で死ぬわけにはいかねぇんだよ。それが俺の生きる原動力ってやつだ)



「生命の石…か。なぁ、女神さんよ、俺にその石を見つけさせてくれよ。一生のお願いだ。チンケな人間のチンケな願いだが、あんたは聞いてくれるかい?」



 なんとなしに呟く。


 祈りにしては挑発的かつ皮肉が交じったものだ。これも独りで生きてきた彼の性分というものだろうか。



「………」



 その言葉に対し、女神像は何も応えない。


 当然だ。ただの呟きに意味はない。もとから期待していたわけではない。



(何か反応するわけもねぇか。そりゃそうだな。そもそもがよ、この女神像だって昔の遺物なんだろうしよ、昔のもんなら昔の言葉じゃないと意味だってわからねぇよな。ははは、こりゃ笑えるぜ。女神様には通訳が必要ってか。そりゃ祈りも通じないわけだ。……ん? そういえば…あのメモに……呪文みたいなのがあったような……あれは昔の言葉なのか?)



 記憶の残滓が、かすかに脳裏に蘇る。


 父親が次の日の探索にそなえて眠りに入った頃、興奮した少年は思わずメモを盗み見していた。



 少年は夢中でメモを読みふける。



 ほとんどは理解できなかったが、【ある言葉】だけはよく覚えていた。


 いつか自分も追いついてやろうと、それだけは心の中で何度も反芻していたものである。


 だからこそ、やろうと思えば今でも言葉に発することができる。



(そういやガキの頃は、よく呟いていたな。ははは、まったくもって本当にガキだったな。あんな意味もわからない言葉を毎日呟いてよ…。恥ずかしいにも程があるぜ。さて、どんな言葉だったか。たしか…こんな感じの…)



 多くの者は子供の頃、漫画やアニメに出てきた魔法の呪文を覚えるために、何度も練習したことがあるだろう。


 魔法少女の変身の台詞でもいいし、攻撃魔法の詠唱だっていい。憧れたものに近づきたいという欲求が自然とそうさせるのだ。


 グリモフスキーも、それは同じである。


 父親に憧れ、彼が追い求めたものに憧れる。だからこそ心に輝くものを得られる。



 そして、目を瞑って輝いていた過去を思い出しながら、何気なく呟いてみた。






「ネグロティア・プランバ・ヴィア・ヘビアヴォラン」






 意外と淀みなく言葉が出てきた。


 文字で見ただけなので発音などわからないため、適当に自分でアレンジした「どうでもいい音」だ。


 意味もわからない。さして格好良い言葉でもないし、好んで呟こうとも思わない。


 されど、そこには少年の夢が込められていた。


 夢があるからこそ久しぶりに発した今でも、これほどスムーズに出てきたのだろう。


 ただただ懐かしい。懐かしさしか感じない。



(やれやれ、俺も疲れているんだろうな。まったく、こんな場所で何やってんだか。早く戻って俺も休みたいぜ)



 何も変わるわけがない。何もないさ。


 そんなことはわかっている。ただちょっと疲れて言ってみただけだ。


 ちょっとしたお遊び。遊び心でしかない。




「これからどうしたもんか―――」




 うっかり呟いてしまった気恥ずかしさから、女神像から目を逸らそうとしたが―――



 ブウウウウンッ



 女神像が光っていた。





「…あ? この像って、こんなに光っていたか―――」





 ぽわんっ





 そして、何の予告も何のアクションもなしに、二人がふわっと消えた。


 グリモフスキーだけでなく、傍で台座を調べていたミャンメイも消えた。



 この現象は、とても見覚えがある。




 地下神殿からダンジョンに飛ばされた時と同じ、【転移】だ。




 今まで何も反応がなかったことを考えれば、やはりグリモフスキーの言葉に反応したと考えるべきだろう。


 それに加えて、彼がはめていた腕輪も関係があったと思われる。


 それでもさすがにこれはないだろう、という言葉にも頷けるが、そんなことを言われても困る。


 なにせグリモフスキーがそれを呟いたのは、本当に偶然だったのだ。


 いや、もしかしたら彼の直感が、あるいは彼の霊が真実の一部に気付いたのかもしれない。


 いやいや、もしかしたら本当に単なる偶然だったのかもしれない。


 いやいやいや、そんなことはない。これもまた運命なのかもしれない。



 かもしれない、かもしれない。かもしれない。




 ええい、うるさい!!




 かもしれないなど―――存在しない!!





 はっきり言おう。



 これは完全に【必然】だったのだ。



 ミャンメイがここにいることも、グリモフスキーがここにいることも、すべては必然の中にあった。


 仮にここではない違う祭壇であっても、この遺跡内ならば「そこ」にたどり着くようにプログラムされていたのだ。


 だから、彼と彼女がそこに行くのは決まっていたことである。




 グリモフスキーが呟いた言葉は、学者が見つけた文献から抜粋されたものだった。



 言葉の意味は、こうだ。





―――ネグロティア・プランバ・ヴィア・ヘビアヴォラン




―――〈黒の叡智よ、生命の螺旋へと我らを導きたまえ〉





 そして、女神様は願いを叶え、二人は【螺旋】へと導かれる。


 この遺跡が生まれた理由の一つ、真実の一端へと。



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