472話 「生命の石 前編」


 輝霊草原地下墳墓は、なかなか興味深いダンジョンである。


 グラス・ギースとほぼ同じ面積の階層が、何十にも渡って存在しているのだ。


 底はいまだ不明であり、この区画も全体のほんの一部分でしかないと思われる。


 踏破はもちろん、探索するだけで死に物狂いになるほどの高レベル遺跡だ。


 特に「正規ルート」から入らない場合は、その傾向が顕著になる。


 入り口は、あくまで領主城の地下である。


 実はそこから入れば難易度はたいしたことがないのだが、それ以外の場所から侵入した場合、ダンジョンは極めて外敵に対して苛烈に襲いかかる仕組みになっている。


 それこそ巣穴に侵入された虫のごとく、徹底的に排除しようとしてくるのだ。



 ミャンメイとグリモフスキーの二人は、そんな危険なダンジョンの探索を続けていた。



 否。続けるしか選択肢がなかった。


 帰ろうにも出口がわからないので、ただひたすらに進むしかない。


 グリモフスキーの警戒心の強さがなければ、ミャンメイだけでは生き残れなかったかもしれない。


 その意味では彼女もまたグリモフスキーに感謝していた。この二人は案外、良いコンビなのかもしれない。



 さて、奇妙な二人の冒険もそれなりに楽しく、まだ見続けていたい欲求にも駆られるが、探索の詳細については『割愛』という形にさせていただくとしよう。



 ここでの目的はダンジョン探索ではない。


 それはまた後日、「とある人物」の冒険譚によって明かされるだろう。(それもまた割愛されるかもしれないが)


 どちらにせよ、ミャンメイたちは当てもない探索を続けて疲弊していった。


 最初からダンジョンに挑むつもりで来ているわけではないので、それも仕方がないことだ。



(なんだか、よくわからなくなってきちゃったわ。…そもそも遺跡の謎をすべて解くなんて不可能なことじゃないかしら。そこにダンジョンの話まで加わったら、もうお手上げね。私が知りたいのは遺跡の謎じゃなくて、私自身のことよ。そこを重点的に考えるべきね。そして何より、死なないことだわ)



 目的をシンプルに保つことは、このつらい旅路においては重要である。


 まず大切なのが、死なないこと。これが大前提だ。


 そのうえで運が良ければ帰り道を見つけ、さらに運が良ければ自分に関する謎を解くこと。


 せいぜいこれくらいに絞らなければ、いざというときに動けなくなる。


 幸いにもアンシュラオンがくれた包丁を握ることで、彼女は精神の安定が図られていた。


 触ると不思議と心が落ち着くのだ。これも命気の効果なのかもしれないが、アンシュラオンとの結び付きが強くなった結果ともいえる。



(グリモフスキーさんは、どうなのかしら? もともと帰ることを勧めてくれていたけれど…今でもそうかしら?)



「あ? なんだよ?」


「あっ、いえ…疲れたなーと」


「我慢しろ。帰るまでの辛抱だ。戻ったら好きなだけ寝ていろ」


「はい、そうします」



(よかった。グリモフスキーさんは大丈夫だわ。変な欲求にも取り憑かれていないわ)



 グリモフスキーは、金になるものが見つかればいいと思ってもいるが、それはすでにロボットの残骸の段階で半分クリアしている。


 あとはその情報を持ったまま戻るだけ。帰ることだけに集中しているようだ。


 ミャンメイを護衛してもいるので相当疲れているはずだが、その中でも目的を見失わないというのはたいしたものだ。


 さすが裏社会で生きてきた男でもある。



(裏社会…か。グリモフスキーさんもマフィアの人なのよね。こんな良い人が、どうしてここにいるのかしら? 訊いたら教えてくれるかしら?)



「グリモフスキーさんって…なんでラングラスにいるんですか?」


「あ? んなことを訊いてどうする」


「どうするって…気になったからです。あんな場所に来たのに、まだ組織に忠実みたいですし…普通、嫌気が差しませんか?」


「多くの連中はそうかもしれねぇな。こんな場所に追いやられてまで忠義を尽くそうとは思わねえよな。気持ちはわかるぜ。気持ちだけはな」


「グリモフスキーさんは違うんですか?」


「受けた恩は返すってだけさ。それが筋ってもんだろうが」


「何かラングラスに恩義が?」


「拾ってもらったことだけでも十分な恩義だろう。最近の若いやつらは、すぐそういった恩義を忘れちまうが、こんな荒れ果てた大地で拾ってもらうってことは、命を救ってもらうのと同じだ。それは死ぬまで返すべき恩だぜ」


「はぁ…昔気質というか真面目というか…それで、どういう経緯で入ったんですか?」


「あぁん? どうだっていいだろうが」


「暇なんです。ぜひ教えてください」


「俺の人生はてめぇの退屈しのぎか!! …ったく、たいした話じゃねえぞ? つまらなくても文句を言うなよ」


「大丈夫です! ありがとうございます!」



(あっ、教えてくれるんだ。やっぱりいい人だわ)



 なんだかんだで教えてくれる。


 安定のグリモフスキークオリティである。


 正直なところ、彼もまた過酷なダンジョンが続いて疲弊しているのだろう。


 そのガス抜きとして会話はありがたいのかもしれない。


 普段ならば絶対に話さないことだが、この環境が優しく促してくれる。



「そうだ。グリモフスキーさんのお父さんって何をしていたんですか?」


「ああん? 親父ぃ? んなことが知りたいのか?」


「はい! 興味あります」


「…親父か。俺の親父は『イクター〈掘り探す者〉』だったが、とあるダンジョンに出かけてから二度と戻ってくることはなかったな。きっと罠か何かで死んだんだろうよ」


「それは…その…お気の毒に。いきなりハードなお話になってしまいました…」


「気にするな。あんな仕事をしていれば仕方ねぇ」


「グリモフスキーさんが何歳の頃ですか?」


「あれは…十歳かそこらか? 三十何年か前の話さ」


「イクターって、探検家でしたっけ?」


「そんな可愛いもんじゃねえよ。ただの『盗掘屋』だ。ロマンや新発見を求める珍しい輩もいないわけじゃねえが、たいていが盗掘で生計を立てている盗人さ。親父は学者連中の道案内などもやっていたそうだが、よく発掘品をちょろまかしていたもんさ」



 サナのジュエルに使われたペンダントトップも、そういった盗掘品の一つである。


 遺跡自体の所有権が誰かにあるわけでもないので、盗掘を咎める者はいない。ここでは立派な職業といえるだろう。



「お父さんがいなくなったあとは、どうしたんですか?」


「俺もしばらくはイクターになろうとダンジョンに潜っていた。親父にいろいろと教わっていたからな。技術を生かそうと思ったのさ」


「だから骸骨戦士さんのことも知っていたんですね」


「ああ、そうだ。ただ、ここのダンジョンにいるやつは、俺が出会ったものより数段強い。戦気さえ使ってこなければ、武器や道具でなんとか対処できるんだぜ。ちと高ぇが、爆破系の術具があれば問題なく倒せる。ここのやつは、それを使ってもギリギリだろうがな」


「へぇ、そのダンジョンで何か見つけました?」


「ガキが行けるような場所なんて、たかが知れているぜ。すでに盗掘された場所から残りもんを集めて、捨て値でもいいから金にしていた感じだな」


「あっ、だから今でも好きなんですね。ガラクタ集め」


「ガラクタって言うなよ! …まあ、てめぇの言う通り、ガラクタだよな。んなことはわかってるんだ。だが、あの頃は…それがお宝に見えたのさ」



 初めて行く場所にある、初めて見るもの。


 それがどんなに価値がないものであっても、心がときめいたし、ドキドキしたし、ワクワクもした。


 何も知らない子供にとっては、すべてが宝物だったのだ。


 その興奮は今でも忘れられない。その体験こそが本当の宝物と呼べるくらいに。



「こんな話を聞いて面白いか?」


「面白いです! その後はどうなったんですか!?」


「…そ、そうかぁ? 面白いならいいが…。で、結局ガキが稼げる額なんてたいしたもんじゃねえ。それよりは傭兵のほうが金が稼げたからな。数年後には、そっちが本職みたいになっちまったよ。がたいも良かったし、食う分には困らなかった」


「グラス・ギースにずっといたんですか?」


「いや、この都市に来たのはラングラスに拾われたからだ。傭兵の仕事中、魔獣にやられちまってな。商隊は壊滅だ。そこで死にそうになっていたところを、たまたま通りがかったオヤジに拾われたのさ」


「オヤジ?」


「ツーバ・ラングラスさ。名前くらいは知っているだろう? ラングラスのトップだ」


「はい。名前は知っている…かな? グラス・マンサーですよね?」


「ああ、そうだ。あの頃オヤジは、ラングラスの戦力を拡大しようとしていた。そこでちょうど出来たばかりの組織、ソイドファミリーに入れてもらったのさ。俺はたいして強くなかったから外回りが多かったがな」


「もしかして麻薬に関わっていたのって…怪我をしたからですか?」


「ん? そうだな。それもあるかもしれねぇ。カスどもは遊びで麻薬をやるが、傭兵たちには必須のものだ。俺も死にそうになったときには麻薬が痛み止めになったもんだ。それは悪いもんじゃねえ」


「でも、ソイドファミリーの印象って悪いですよね」


「んなもん、どこも同じようなもんだろう。同じマフィアだ。扱っている分野が違うだけさ。ジングラスやハングラスだって、裏じゃけっこうえぐいことをやっているぜ。遊びで暮らせるほど、ここは甘くねぇからな」


「そうですね…。そういえば、どうして地下に来たんですか?」


「…いろいろとあったのさ。それはてめぇが知る必要のない…いや、知らないほうがいい事件だろうな。ただ思えば、あれから少し狂ったのは事実かもしれねぇ。なんというか…口じゃ上手く言えねぇが……いろいろとおかしくなったな…」



 あの事件は今でも、いろいろと思うことは多い。


 ありえなくはない話とはいえ、そこまでする理由がないように感じるからだ。



(目的は違うところにあったのかもしれねぇな。たまたまそうなっただけで…目的はよ…。だが、どちらにしても許せねぇし、忘れることはできねぇな)



 ソイドビッグが誘拐された事件のことだ。


 あれによってソブカは変わってしまったし、グリモフスキー自身もここに入るきっかけになった。


 ありふれた事件の一つとはいえ、現状を鑑みれば、その結果が与えた影響はかなり大きいといえるだろう。


 もう終わったこと。過ぎたこと。


 そんなことを悔やんでも仕方ないことはわかっているが、自分の中には「しこり」として残っているのも事実であった。



「お父さんって、何か探していたんですか?」


「…あ?」


「だって、イクターになったことには理由があるんですよね。お父さんのお父さん、おじいさんもイクターだったんですか?」



 そんな憂鬱な気持ちを切り裂いたのは、ミャンメイの一言だった。


 相変わらず、何も考えていない能天気な一言だ。


 だがそれは暗闇を切り裂く一つの光明になりえるものだった。


 誰だって陰鬱な気分のままいたくはない。グリモフスキーは気持ちを切り替え、ミャンメイの話に心を委ねる。



「じいさんは…どうだろうな。俺は物心ついた時から親父と一緒にいたからな。じいさんのことまではよく知らねえな。だが、たしかじいさんが…何か探しているってのは聞いたことがあったな。親父もそれを探していたのかもしれねぇ。あくまでついでにだろうが…」


「へぇ! 秘宝とかですか!?」


「秘宝…? んん? あれは…なんだったか……たしか…そうだ。何かの石。おとぎ話で出てきた……何かの……石だったな。親父がいなくなる前の日に、たしか『ようやく見つかるかもしれない』って…言ってたな。あれは…なんだったか…」




 ミャンメイの一言から、過去の記憶が少しずつ蘇っていく。



 それは親子が移動しながら暮らす、小さなテントの中。


 小さいが、少年の中にある唯一の温かい思い出の場所だ。


 あの日、少年は言った。




「父さん、おれも連れていってよ」


「ははは、もっと大きくなったらな。ちょっと今回は危ない場所なんだ。ずっと探していたものが見つかりそうなんだよ」


「ぞれって…何かの石だっけ?」


「ああ、そうだ。お偉いさんの学者がな、文献を見つけたんだ。すごいぞ、これは。次のエリアには、絶対にとんでもないものが眠っているはずなんだ。たぶん親父が…お前のじいさんが探していたものに違いないな! 見つかればすごい発見だぞ!」


「すげぇや! やっぱり俺も行きたい!」


「だから、駄目だって言ってるだろう。その代わりたくさん見つけたら、ちょっとくすねてくるから見せてやるさ」


「本当だね!? 約束だよ!」


「もちろんだ! 男と男の約束だ!」




 それから父親は、これまたくすねた学者が書いたメモを見て、にやりと笑う。





「そうだ。これはすごいぞ。なにせあの…―――の遺産だからな。その一つである『生命の石』が見つかれば、一山当てたどころの騒ぎじゃないぞ。俺は…俺は歴史に名を遺すイクターになれるんだ! 家族にだって楽をさせてやれる! 俺はやるぜ! 必ず見つけて戻ってくるからな!」





 しかしその後、二度と父親を見ることはなかった。




 父親を失った少年は生きるために必死で、傭兵になり、マフィアになり、今に至っている。


 そんな元少年が唯一覚えているのは、最後の映像だけ。


 その中にあったフレーズだけだ。



「石…せいめいの…いし? たしか親父はそんなことを…」


「あっ、グリモフスキーさん! あそこに何かありますよ!」


「っ! なんだぁ…あれは?」


「小屋…ですか?」


「あぁ!? なんでこんな場所に小屋が…」



 思い出が言葉によって切り裂かれ、視界が現実のものとシンクロした直後、通路の最奥で【小屋】を発見した。


 掘っ立て小屋くらいの簡素なもので、扉もなく、中がそのまま見通せる造りになっている。


 そこから見えたのは、またもや『女神像』である。



「ぞ、像がありましたよ! これって、上の神殿と関係あるんじゃないですか!? やった、ようやく見つけましたね!」


「…ったくよ、誰がこんなもんを建てたんだよ。何の脈絡もなく見つかりやがるな」


「いいじゃないですか。見つかったんですから。それを言ったら、あの場所だってそうですよ。昔の人は信心深かったってことでしょうか?」


「信心だけで何かを得られたら、そんなに楽なことはねぇよ。女神様は願いを聞いてくれないもんだからな」


「またそうやってひねくれる。悪い癖ですよ」


「うるせぇな。さっさと調べるぞ」



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