471話 「ダンジョンという存在 後編」


 グリモフスキーの拳が、骸骨戦士さんにヒットする。


 所詮、人骨だ。


 冷静に考えると、ただの動く骨など何の怖くもない。


 なぜならば力やパワーというものは、筋肉によって生み出されるものだからだ。


 それが少ないどころかまったく無いのだから、彼らにはパワーも耐久性もまったくないことになる。


 がたいの良いグリモフスキーの拳を受ければ、一発でKOだ!



 と、油断することなかれ。



 この骸骨戦士さんの怖ろしいところは『元武人』であるということだ。


 当人の霊はとっくにいなくなっていることが多く、記憶はない。


 にもかかわらず、【技の記憶は覚えている】のが厄介なところである。



 くわっ! ぴかっ!



 「しゃれこうべ」の眼窩がんかが赤く光る。


 よくファンタジーでも光るが、どうして光るのだろう。実に不思議である。


 あえて説明すれば、骨に残った生体磁気に刺激が与えられ、「点火」した際に起こる発火現象だと思われる。


 つまりはグリモフスキーの攻撃によって、骸骨戦士さんに火が入ったのだ。



 がこんっ ぶんっ



 骸骨戦士さんは、骨とは思えないフットワークを見せて体勢を整えると、反撃の鋭いパンチを放ってきた。



 ドゴドゴドゴッ!



 細かいジャブが的確にグリモフスキーの顔面、胸、みぞおちを狙う。



「ぐっ!!」



 骨だから威力がなさそうに見えるが、その攻撃力は思った以上に高い。


 なんとか防いだものの、体の大きなグリモフスキーがよろめく。



「骨のくせに生意気な攻撃をしやがってよ! おらっ!」



 グリモフスキーの反撃。再び拳で攻撃する。


 が、骸骨戦士さんはアームブロックで、筋肉を引き絞って放たれた一撃を華麗に防ぐ。


 いや、訂正だ。


 骨なので、アームボーンブロックだろうか。


 ミシミシと骨が軋みながらも、カルシウムをたくさん摂っていたのか、やたらと硬い防御で防ぎきる。



 続いて骸骨戦士さんの反撃。


 さらに細かい連打を放ってきた。


 ドゴドゴドゴッ ドゴドゴドゴッ


 まるでボクサーの高速ジャブを彷彿させる攻撃だ。華麗にステップで舞い、蜂のように刺す。


 一撃で倒されるような攻撃ではないが、鋭い攻撃の前にグリモフスキーが動けなくなる。


 筋肉がないのに、なぜこんな動きができるのか謎だ。



「ちいいいっ! ちょこまか動きやがる!」


「ぐ、グリモフスキーさん!」


「いいから、お前はそこにいろ! 周囲に気を配るのを忘れるなよ!」


「でも、負けそうで…」


「負けそうとか言うんじゃねえ! こんな骨に負けるかよ! ただちょっと苦戦しているだけだ!」



 はっきり言おう。


 苦戦するのを負けそうというのである。



(くそっ! 俺が知ってる骸骨戦士さんより強ぇ!! 骨のくせによ! 元は随分と強かったみたいじゃねえか! 半端モンの俺とじゃ、地力が違うぜ!)



 この骸骨戦士さんであるが、当然ながらすべてが一定の強さではない。


 元になった武人の性能の一部を受け継ぐので、強い武人であればあるほど強い骸骨戦士さんになっていく。


 骨状態での身体能力は三割程度になっていると想定しても、元は第七階級の達験級の武人に匹敵する猛者だったのだろう。


 ギリギリ中鳴級に入るかどうかのグリモフスキーでは、分が悪い。


 だが、骨にはないものを彼は持っている。



「くらえや!!!」



 グリモフスキーが掌を向け、発気。


 圧縮された戦気が拡散するように広がり、骸骨戦士さんの全身に襲いかかる。


 戦気掌である。


 ありふれた技というか、戦気術の基礎技の一つなので、グリモフスキーでもこれくらいは扱える。


 そう、自分にあって相手にないもの。



―――【戦気】



 である。


 戦う意思と生体磁気と神の粒子が結合した、人類が手にした最高の攻撃手段だ。


 武人にとって、これこそが最大の武器といえる。



(これでどうだ!! こんがり焼いてやったぜ!!)



 汗を滲ませながらも笑うグリモフスキー。


 常人が浴びれば丸焦げ必至の一撃だ。骨にだってダメージは通るはずだ。


 火葬場で骨が残ることを思えば、一瞬で消し炭は難しいだろうが、耐久性を落とすことは十分可能だと思われた。


 しかし直後、彼の汗は本当の冷や汗へと変化することになる。



 ぎょろり ぴかー



 再び骸骨戦士さんの眼窩が光り、こちらを見つめてきた。


 そこまでは最初と同じだが、明らかな変化も見受けられる。


 赤く光ったのは眼だけではない。



 じゅううっ ボボボボッ



 骸骨戦士さんの体表にも、うっすらと【赤い戦気】が展開されていたのだ。


 それによって戦気掌のダメージは、ほとんど通っていないことが判明した。



「うそ…だろう。や、やべぇ。そりゃぁよ、話には聞くぜ。レベルの高いダンジョンにはよ、戦気を使う骸骨戦士さんがいるって話はよ。でもよ、それがたまたまここでなくても…いいよな?」



 戦気の発動条件は、意思の力、生体磁気、神の粒子たる普遍的流動体だ。


 生体磁気は骨に存在するのでクリアだ。これはいいだろう。


 肝心の意思だが、この骸骨戦士さんになる条件に「闘争本能の残留」というものがある。


 アンシュラオンたちを見ればわかるように、武人とは闘争を至上の悦びとする狂った存在である。


 元来がそんな連中であるのならば、その激しい闘争本能が死んでも残ることは不思議ではない。


 残滓として骨に染み入り、いまだに残っているのだ。


 骸骨戦士さんが巧みに攻撃を仕掛けるのも、残留した闘争本能からデータを読み取っているからにほかならない。


 サナが「怒り」という激しい闘争本能によって戦気を生み出したように、これだけの条件が整えば、周囲にある無限の力、神の粒子が引き寄せられることになり、戦気が発動することになる。


 当然、それは生身の人間よりは弱い。遙かに劣る。


 が、戦気は戦気だ。


 これによって骸骨戦士さんの戦闘力はさらに増大する。



「がんばれー! グリモフスキーさん、がんばれー!」


「………」


「そんな骨に負けちゃ駄目ですよ! ガンバれー! ガンバです! ファイオー!」



 そんな状況も知らずに、後ろではミャンメイが満面の笑みで声援を送っている。


 あどけない期待の眼差しが痛い。


 これがアンシュラオンならば、無理にでもなんとかしてしまうのだが、ここにいるのはグリモフスキーである。


 彼は即座にその決断を下す。



「…て」


「…て?」


「…てったい…」


「てったい…? ていたい? 手痛い? 手でも痛い…」





「て、て…撤退だぁあああああああああああ!」





「撤退…? え!? 撤退って…え!?」


「逃げろ!! 全力で逃げるぞ!!」


「ええええええええええええ!? た、倒さないんですか!?」


「分が悪い! つーか、勝ち目がねえ!」


「だって、たかが骨だって!」


「たかが骨! されど骨だ!!」



 汚い。大人は汚い。


 いつだってそうやって都合が悪くなると逃げるのだ。


 しかし、彼の決断は正しかった。



 ぼこぼこ がこんがこん



 周囲から、さらに人骨が出現を始めたではないか。


 しかも、その中には―――



 がしゃん がしゃん



「なんですか、あれ! 武装していますよ!」


「ちいい! 『骸骨剣士さん』までいやがったか!!」



 骸骨戦士さんがいるのならば、骸骨剣士さんがいてしかるべきだ。


 彼らは文字通り、剣士タイプの武人の骨である。


 戦いの最中で死んだりすれば武器は残るし、稀に闘争本能からか、自ら武器を探すという現象まで見られるらしい。


 これが準魔剣類が眠っているダンジョンで出没すると、極めて危険な存在となる。


 なんと、本来ダンジョンの報酬?であるはずの魔剣を、彼らが使っている場合があるのだ。


 武人当人が使うよりはましであるが、対話が一切できないという意味では、彼らもかなり危ない連中だといえるだろう。


 こんな骨が何体も出てきたら、それはもう逃げるしか道はない。




「にげろおおおおおおおおお!」



「きゃああああああああああ!」




 二人は絶叫しながら逃げる。



 もう逃げる方向など考えている暇はない。


 空いたスペースにひたすら逃げ続ける。


 幸いながら一定の範囲外に到達すると、骸骨たちは追うのをやめてくれるが、次から次へと出てくるので足を止めるわけにはいかない。


 どうやらこの草原全体に骨が埋まっているようで、至る所から骸骨が出てくる。


 勝ち目などない。ひたすら逃げることしかできないのだ。





 そうして逃げること十数分。





 二人は汗だくになりながら、たまたま見つけた扉の中に逃げ込むことに成功する。


 扉は手動で開いたので、中に入ってから近くにあった岩などで封鎖し、ようやく一息ついたのであった。


 まったくもって激しい逃走劇であった。捕まっていたら命はなかっただろう。



「ひとまずこれでいいだろう。あいつらにたいした知能はないからな。入ってこないと…思う。たぶんだがな」


「はぁはぁ…グリモフスキーさんって……もっと強いんだと思っていました」



 座り込んだミャンメイが、若干恨みがましく呟く。


 それは言わないであげてほしいと思うが、彼女としては華々しい戦いを期待していたのだろう。


 頭にはカスオに華麗に勝ったイメージが刷り込まれているのだ。それも仕方がない。



「うるせぇ、悪かったな!」


「骨に負けるなんて…」


「だから期待するんじゃねえって言っただろうが! こんなもんだよ、俺はな!」


「でもやっぱり、骨呼ばわりしていたわりには…」


「つーか、あれはただの骨じゃねえんだよ! くそっ、出てきた連中の全部が相当な手練れだぜ。くそが! どうなってんだよ!」


「グリモフスキーさんの活躍を期待していました。ショックです」


「しつけぇな! 勝手に期待するな! 俺はてめぇの兄貴とは違うんだからよ!」


「その姿勢が悪いんだと思います。グリモフスキーさんは、やればもっと出来る子だと思います」


「出来る子とか言うな! なめてんのか!」


「ところで兄さんなら、あの骨に勝てましたか?」


「…ふん、ヨレヨレのあいつじゃ勝てなかっただろうがな。昼間の試合のあいつなら余裕で勝てただろうさ」


「あっ、観てたんですね」


「あいつがやられるのを楽しみにしていただけさ。だるくなって、途中で出たがな」



 どうやらグリモフスキーは、サナとレイオンの試合を観ていたようだ。


 観戦したのは、ちょうどレイオンが復活してサナを倒したところまでらしいので、幸いというべきか、もったいないというべきか、黒雷狼の存在は見ていないらしい。



(なんだかんだで、結局気になるのね。素直じゃないんだから…)




「さっきの骸骨って、自然発生するものなんですか?」


「骨が勝手に生まれるかよ。ここで武人が死んだってことだろうな。それも相当強い連中がな。普通の人間の骨じゃ骸骨戦士さんにはならねぇから、それなりの数の武人がここで死んだのさ」


「もしかして、ここで暮らしていた人たちでしょうか?」


「かもしれねぇが…さっきの水畑から考えると、ちょっと合わねぇな」


「合わないって…どういう意味ですか?」


「俺からすれば、さっきの場所は本当に平和な場所だぜ。そりゃ武人の中にだって落ち着いた生活を求める連中もいるが、これだけの数の武人が集まって、あそこで平和的に暮らせるか? 仲良く畑仕事ってよ。…なんか合わねぇな。ちぐはぐだ」


「そういえば…そうですね。あそこは私みたいな普通の人間が暮らすのには適していそうですけど…兄さんがたくさんいたらと思うと、ちょっと合わないかもしれません」


「相変わらず、てめぇの発想はすげぇな。つまりはそういうことだ。…しかしあの武装…どことなく面影がある気がするな」


「面影?」


「骸骨剣士さんが持っていた剣だが、刃が無いものまであった。ちらっと見ただけだから断定はできねぇが…ありゃぁ、地下闘技場の剣かもしれねぇな」


「え? それって…どういうことですか?」


「俺らがここにいるってことは、あいつらも地下の人間だったのかもしれねぇってことさ」


「もしかして、行方不明になった人たち…ですか? 同じように飛ばされて、ここで…死んだ?」


「わからねぇ。それにしちゃ強すぎる気もするぜ。『地下墳墓』ってくらいだから、本当に墓として使われていた場所なのかもしれねぇしな。それならば人骨があっても納得がいくぜ」


「ああ、その可能性もありますね」


「そのあたりは何でもいいぜ。んなことより、こんな金にもならない場所からは、早くおさらばしねぇとな。あんな連中の仲間にはなりたくねぇよ」


「グリモフスキーさんが死んだら、あんなふうになるんですか?」


「ああ!? なるかよ。俺はそこまで戦いに興味があるわけじゃねえからな」


「ええ!? そんなに暴力的なのにですか?」


「てめぇ、やっぱりなめてるだろう。ふん、俺は武人としては半端もんだ。そこにはある程度、見切りをつけているぜ。腕力だけがすべてじゃねえからな」



 すべての武人の骨が、こうして骸骨戦士さんになるわけではない。


 激しい闘争の欲求を残した「未練」と、それを利用するダンジョンの傾向性が合わさって初めて誕生するものである。


 武人が闘争本能を満たして死にたいと願うのも、死後こんな惨めな姿を晒したくないからなのかもしれない。


 一方グリモフスキーのような、こう言っては悪いが「中途半端な武人」は、そこまで未練がないことが多い。


 上との差がありすぎるので、そういった夢さえも見られないのだ。



 こうして二人は、ダンジョンが怖ろしい場所であることを認識するのであった。



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