470話 「ダンジョンという存在 前編」


「いいか、油断なんてするなよ。まだ俺たちは帰る手段を何も見つけて…」


「あっ、お腹空いていませんか? もう夕食の時間帯だと思いますし!」


「ああ!? メシぃ!?」


「はい、ご飯ですよ。ご飯。人間にとって一番重要です!」


「メシってお前…人の話を…」


「まずはご飯ですよね? ね?」



 グリモフスキーの高まった緊張感を、ミャンメイがばっさりと切り裂く。



(この女は…なんなんだ。何を考えているのか、もう訳がわからねぇ。食うことしか考えていないんじゃねえのか?)



 食欲が一番かどうかはともかく、睡眠と性欲に並ぶ三大欲求の一つなので、彼女の言うことも間違いではない。


 が、その能天気さ、いや、その逞しさには呆れるしかない。



(まあ、パニックになられるよりはましか。女のヒステリーやパニックだけは最悪だからな)



 こうした状況で一番困るのが、ストレスによるパニック症状である。


 特に感受性の高い女性は、想定外の事態に恐慌状態に陥ることも多いので、喚いてその場から動かないということも往々にしてある。


 それと比べるとミャンメイの心は、とても安定していた。


 今までの、ぼーっとした状況とはまるで違う。これが本来の彼女の輝きなのだろう。



(俺も独りだったら、どうなっていたかわからねえな。その意味じゃ感謝しているが…)



「べつに腹は減ってねぇが…まさか、そいつを料理するってんじゃねえだろうな?」


「そのつもりですけど、なにか?」


「…たいしたもんだよ、てめぇは。その度胸はさすがだ」


「度胸もなにも、食べるだけじゃないですか」


「本当に魔獣でも平然と捌いて料理しそうだな…こいつぁ」


「じゃあ、さっそく取りかかりますね!」




 その後ミャンメイは、これらの野菜を使ってサラダを作った。


 作ったといっても、たいした調味料も器具ないので単に切って並べ、たまたま持っていた塩を軽く添えただけにすぎない。


 それでも素材の味が良いことに加え、ミャンメイのスキルが発揮され―――




(やべぇ…これはやべぇえ…! なんじゃこりゃぁああ…! く、口の中がトリピカルジャングルやでぇええーーーー!)




 グリモフスキーが、あまりの美味さに硬直する。


 「葉っぱなんて女々しいもんは食わねぇ」と最初は突っぱねたが、半ば強引に一枚を進められて食した結果が、これである。


 普段適当な食事を作らせて食べていただけの彼にとっては、まさに目から鱗だったに違いない。


 トロピカルジャングルの意味が若干わからないのだが、これはさまざまな風味を感じるさまを言い表していると思われる。


 ミャンメイのスキルで強化されれば、単なる葉っぱでも極上の味になるのだ。改めて素晴らしい能力といえる。


 そして、「こんなもんで腹が膨れるか」と文句を言いつつ完食するグリモフスキーを、ニコニコしながら見つめるミャンメイであった。


 料理人にとって、たとえそれがサラダであっても、美味しく食べてもらえることが一番嬉しいのだろう。




 軽い食事を終え、ミャンメイが保存用にいくつかの野菜を採取する。


 食糧が見つかったのは朗報だが、いつまでもここにいるわけにはいかない。


 二人はさらに奥に進まねばならないのだ。



「準備はいいな? 行くぞ」



 グリモフスキーが立ち上がり、歩き出す。



「あっ、あの子たちはどうするんですか? 持って…いくんですか?」



 ミャンメイが、採取して失われた場所を補完しようと、新たに種を植えている箱型ロボットを見る。


 その目には、ロボットへの愛着が見て取れた。



「心配するな。あれは放っておく」


「え? いいんですか? お金になるんじゃ…」


「俺らはここに勝手にやってきた。そこで食いもんまでもらった。世話になった借りを返す道理はあっても、さらに奪う権利なんてねぇ。ここじゃ金より食い物のほうが価値があるからな。それを作っているなら、放っておいたほうがいいだろうよ。また世話になるかもしれねぇしな」


「グリモフスキーさん……あ、ありがとうございます!」


「なんでてめぇが礼を言うんだ。俺は筋を通しただけだ。まあ、やつらに礼をしようとも、何が好きかもわからねぇがな。土産も選べねえよ」


「そういえばあの子たち、何を食べて生きているんですかね?」


「さぁな。あいつらも水があれば生きていけるんじゃねえのか?」


「あっ、たしかにお水を飲んでいましたね。あと日向ぼっこも!」


「…気楽なもんだな。俺らもロボットになりたいもんだぜ」


「グリモフスキーさんが…ロボットに。ふふふ、可愛い」


「どんな想像してんだ、てめぇは!!」



 あの小さなサイズのグリモフスキーロボットならば、強面が逆にアクセントとなって人気が出そうだ。


 そんな想像をして思わず笑ってしまう。



「ったく、くだらねぇこと言ってないで、さっさと行くぞ」


「はい!」





 二人は奥に進む。


 その先は螺旋状の通路が続いており、どんどん地下へ地下へと向かっていくことになった。


 本当は上に行きたかったのだが、通路が向かう先は下方向しかなかったので、これも致し方ないことだろう。


 転移できる場所さえ見つければ位置は関係ないはずだ。一気に地下に降りられたのならば、再び上にも一気に昇れるはずである。


 目下の目的はそういった怪しい場所、特に同じ神殿風の場所を見つけることであった。


 彼女たちには知識と情報がないため、それだけが頼りである。



 多少不安を抱きつつも、また戻れば最低限の食料だけは確保できる安心感もあって、歩みに迷いは見られなかった。


 ただ、慎重に進んだ結果、かなり時間を費やしてしまったのは間違いない。


 時間としてはもう夜、おそらく深夜に差し掛かった頃だろう。


 昼間の段階では、夜こんな場所にいるとは思っていなかったので、人生とは誠に不思議なものである。




 そして、そのあたりから周囲の様子がさらに変わっていた。





 そこに広がっていたのは―――草原。





 今までの建造物めいたものから、草原が広がるエリアに出たのだ。



(草原…? こんな場所にどうして…)



 薄闇に包まれた世界を、光る草が地上から照らす不思議な場所。


 所々に咲いている金色の花から白い胞子が舞い飛び、それらがキラキラと光って幻想的な空間を生み出している。



 しばらくミャンメイは、その場でじっと景色に見惚れていた。



 ずっと見ていると、まるで現世と黄泉の境目のような、非現実的な感覚に陥る。



 美しく、儚い。



 ここには、その言葉がぴったりだ。


 美しくありながらも、心のどこかに儚さを訴えかけてくる希薄さを併せ持っているのだ。



「………」



 ミャンメイは、その光景に呑まれる。


 身動きもせずに、ただただ見つめることしかできなかった。


 それは一緒に見ているグリモフスキーも同じだったが、ここで長くグラス・ギースに暮らしている者とそうでない者との差が出る。


 グリモフスキーが、ふとこんなことを呟いた。



「そうか…ここは『輝霊きれい草原地下墳墓』か…」


「え…? き、きれいそうげん…? はぁ、たしかに綺麗ですけど…」


「そっちのキレイじゃねえよ。【輝霊きれい】だ」


「輝く霊…ですか? 不思議な響きですね。どんな意味なんでしょう?」


「意味までは知らねえが、この都市の地下に巨大ダンジョンがあるのは誰でも知っていることだ。そうか。考えてみれば当然だったぜ。地下ってことは、そこに繋がっていても不思議じゃねえわな」


「みんな知っているんですか? 私は初めて聞きましたけど…」


「てめぇはグラス・ギースに来て間もないからな。といっても、俺たちも知っているには知っているが、ここには領主のディングラス家しか入れねえから、存在そのものを意識したことがないんだ。まさかよ、収監砦の地下からここに入れるなんて思わねえよな。入り口は領主城の地下って聞いていたからよ」



 『輝霊きれい草原地下墳墓』。


 プライリーラのところで軽く説明に出てきたが、グラス・ギースの地下には広大なダンジョンが広がっている。


 ハローワークにも登録されているダンジョンなので、それ自体は誰でも知ることができる情報だが、結局は入れないので普段は存在を忘れてしまう。


 頭の中で「領主城からしか入れない」と考えてしまうと固定観念が生まれて、他の場所から入れるとは夢にも思わないのだ。


 だが、考えてみれば当然。


 物理的な話でいえば、遺跡の外壁を破壊できる力で真っ直ぐに掘り進めば、どこからでもここにたどり着くことができるのだ。


 それが無理だから忘れるわけだが、このダンジョンの真上で人々が生活していることには変わりがない。



「へー、ダンジョンですか。すごいですね」


「…まずいな。思ったよりヤバイ状況だ」


「え? なんでですか?」


「もしここから本当にダンジョン区画だとすると…」



 なぜ、単なる遺跡なのに『ダンジョン』と呼ばれるのだろう。


 もともとの意味合いはともかくとして、この世界でもダンジョンという言葉には特別な意味と『役割』が与えられている。


 もしここに何もいなければ、それはただの場所であり、ダンジョンにはなりえない。


 ダンジョンという存在において『必須の存在』がいなければ、そこはダンジョンではないのだ。




 その必須の存在とはもちろん―――




 ずず ずずっ



 周囲の土が蠢く音が聴こえる。


 その中で何かが動いて這いずっているような、なんとも嫌な音だ。



 ぼごんっ がぎごぎっ



 そして、軽くて丈夫な物同士がこすれる音を響かせながら、『ソレ』が出てきた。


 もともとは白かったのだろうが、土の中にいたせいか茶色を帯びている。


 しかし、形状は元のままを忠実に再現しており、一部を見た瞬間でも、それが何かがわかるという困ったものだ。



「…ひうっ!」



 案の定、視界にソレが入った瞬間、ミャンメイが硬直する。


 気持ちはわかる。こんなものを見たら誰だって恐怖するだろう。


 それが特に戦いに慣れていない女性ならば、なおさら致し方ない。



 ずず ずずっ がごん ぼきぼきっ



 それが、すべての部位を現す。



「ちっ…! こんなところにも出るのかよ! そりゃそうだな。あんな食い物があったなら、そりゃ当然だ。ミャンメイ、てめぇの言った通りだったな。たしかにここには人間はいねぇよ」



 グリモフスキーが、目の前の存在を睨む。



 それは―――【骨】だった。



 しかも人間の骨である。


 所々欠けた部分もあるが、概ね人間の全身を忠実に示したものと言ってよいだろう。


 もしかしたら学校の理科室に、こんな白骨標本があるかもしれない。(だいたいは作り物だが、たまに本物が交じっていてニュースになる)


 かこん かこん


 その白骨が関節を鳴らしながら、こちらに近づいてきた。


 完全なるホラー現象に、思わずミャンメイがグリモフスキーの後ろに隠れる。



「な、なんですか…あれ! う、動いていません!?」


「見るのは初めてか?」


「骨自体は見たことはありますが…動いているのは初めてです!」


「卒倒しないだけでも助かるぜ。ありゃぁな、『骸骨戦士さん』だ」


「…は?」


「だから『骸骨戦士さん』だ」


「…聞き間違いじゃない…ですよね? なんですか、それ?」


「知らねぇのか? 有名だぞ。武器を持っていないから、やっぱり戦士さんだな」


「いやいやいや、言っている意味がわかりませんけど…! なんですか、あれ? も、もしかして…お化けですか!?」


「ああ? 馬鹿なこと言ってんじゃねえ。ただの無機物だろうが」


「無機物って雰囲気じゃないですよ。何がどうなっているんですか!?」


「説明なんて面倒くせぇ! 知りたいなら、ハローワークの指南書でも見とけ!」



 残念ながらここはハローワークではないので代わりに説明すると、これこそダンジョン恒例の『骸骨戦士さん』である。


 見た目はまんま、人骨である。人骨と呼ぶしかないほど見事な人骨だ。


 それが動いて攻撃してくるので、扱いとしては【モンスター】となっている。


 モンスターとは、ダンジョンで遭遇する人間の敵全般に使われる用語なので、魔獣であってもここではモンスターと呼ばれることになる。


 そしてこのモンスターこそが、ダンジョンにとって必須の存在といえるだろう。


 モンスターのいないダンジョンなど、スパイスのないカレーのようなものだ。


 それだけ切っても切り離せない大事な要素ということだ。



「ど、どどど、どうすれば…」


「ちっ、てめぇは距離を取れ!!」



 グリモフスキーが骸骨戦士に近寄り、拳を放つ。


 ドガッ ぼぎんっ


 拳が顔面にヒット。骨を砕きながら吹き飛ばす。



「ひぇー、罰当たりな!」


「うるせえ! 無機物だって言ってんだろうが! ただの動く骨だ!」


「それが怖いんですよ!」



 ちなみに、この世界に「アンデッド〈不死者〉」という存在はいない。


 ファンタジーでは定番の不死者であるが、そもそも人間の霊は死なないし、厳密な意味では霊自体が不滅なので、虫や微生物を含めたあらゆる生命体すべてがアンデッドになってしまう。


 この宇宙に死は存在しない。


 水の蒸発のように、もともとあったものが形を変えて存在するだけだ。


 失われるものは何一つないのだ。エネルギーは常に一定である。



 よって、この人骨に生者への恨みといったものは存在しないし、特定の意思があるわけでもない。


 では、どうしてこのように動くのかといえば、生前の【生体磁気】が残っているからだ。


 たとえば人間が死ぬと、幽体の一部を地上に切り捨てていく。


 それは意思の世界には不要な、より物質的な部分なので捨てて問題はない。蛇の抜け殻のようなものである。


 ただ、それが殻となって残るので、稀に人間の霊などが「地上に戻りたいな」と思うと、それに反応して動くことがある(ほぼ無意識)。


 これが幽霊という存在の一つの正体である。


 我々が見て驚くものの大半がそうした殻であり、大地に刻まれた【磁気データ】でしかないというわけだ。



 で、話を骸骨戦士さんに戻すと、こうして動き出すタイプの骨は、【元武人】が圧倒的に多い。


 武人の生体磁気の強さは、知っての通りである。


 それが骨にまだ残っている状態だと勝手に動くこともあるし(死後、人間がちょっと動くのも同じ理由)、それをダンジョン側が持っている「意思」や「思想」あるいは「傾向性」によって刺激されて動き出すことがあるのだ。


 説明すると長くなるし、ややこしくなるので大部分は割愛するしかないが、ともかく霊が宿っていないので生前の記憶などは存在しない。


 これは完全に無機物と考えたほうがいいし、そういうタイプのモンスターである。


 ましてや一般人に彼らに対する忌避感も存在しない。


 ただ若干の気色悪さと、単純に危険なので警戒感があるだけだ。


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