469話 「ロボットの存在意義 後編」


 箱型ロボットを先頭に通路を進む二人。


 にょろにょろ にょろにょろ


 ロボットは、触手をミミズのように収縮させながら器用に進んでいく。



「わぁ、すごいねぇ。よく歩けるね」



 普段子供たちと接する機会が多いミャンメイは、ついついロボットに対しても同じ口調で接していた。


 小さいものが可愛く映るのは、人間でも動物でも同じだろう。


 庇護欲を掻き立てるというべきか、弱いものを守りたいという欲求が生物には存在するのだ。


 子猫の歩行を見守る母猫の気分で、ミャンメイは後ろを歩いていた。



(なんだかなぁ…。なにしてんだ、俺ぁ)



 そんな女性一人とロボット一体の後ろを歩く、元マフィアの強面構成員(半分現役)。


 彼は周囲を警戒しながら、何かあったらすぐに動けるようにしているのだが、前を歩く二人?の能天気さに呆れるばかりだ。


 相変わらず、実に奇妙な組み合わせである。


 アンシュラオンが来た影響は、グリモフスキーという存在にまで及んでいる。


 あの男が来なければ遺跡も反応しなかっただろうし、彼がこんな目に遭うこともなかっただろう。




 そんな奇妙なメンバーが歩くこと、さらに数分。



 細長い通路の途中に、小さな部屋があった。


 そこを通ると―――



 ぶしゃーーーー



「きゃっ、なに!?」


「なんだぁ!?」



 周囲から霧状の何かが噴射される。


 その間、部屋が一時的に明るくなったので、何かの罠かと思ってグリモフスキーが強引の突破しようとしたが、噴射はすぐに終わった。



「な、なんだったんでしょう?」


「毒じゃねえだろうな、おい!? トラップだったら死ぬぞ!」


「くんくん…匂いはしないですね。んん? あっ、これ……水じゃないですか?」



 ミャンメイが指で水滴に触れてみる。


 無色透明で、匂いも特にない。



「水ぅうう!? なんで水なんかぶっかけるんだ!?」


「そんなのわかりませんけど…綺麗にしたんですかね?」


「ああん!? 汚物扱いかよ!!」


「うーん、とりあえず害はないみたいですよ。やっぱり水ですね、これ」



 何度も確かめるが、出てくる答えは同じだ。



 噴射されたのは―――『水』



 その水がミャンメイたちの身体から汚れを洗い流していた。


 不思議なことに服は濡れていない。表面だけを見事に掃除したようだ。


 そのことから、ここが洗浄室の類であることがうかがえる。



「ちっ、ふざけやがって。さっさと行くぞ」


「あっ、待ってください」




 二人はロボットの後を追う。




(水にも何種類かあるのね。これってすごいことかもしれないわ)


 

 グリモフスキーとは対照的に、ミャンメイはこの水の凄さに気付いていた。


 地球でも、この『濡れない水』というものは存在する。


 フッ素系液体と呼ばれる高機能液体で、PCや精密機器の洗浄などに使われるようだ。


 この水も同じように、通常の遺跡の水を特殊生成して生み出されたものだと思われるが、問題はその機能がまだ生きていることである。



(なんだか…感じるわ。生命の波動というのかしら。この先に…ある。躍動するものが…ありそうな気がする)



 進めば進むほど、ミャンメイには確信が芽生えていた。


 土を見てもわかるように、今まで無機質だった遺跡が妙に生々しくなっていった。


 匂いもそうだ。生命の香りがする。


 生命とは、躍動し、回転し、循環するものである。


 我々が腐敗と聞くと悪いイメージしか抱かないが、腐葉土のように堆肥として栄養になるものもある。


 人間の糞尿とて大切な肥料として使われていたのだ。それを好む虫たちがいるのも、すべては循環のために必要だからだ。


 このように世界のすべては、二極性によって構成されている。




 では、この遺跡の二極性、または二面性とは何だろうか。




 カスオが示したように、人間を管理するという側面があるのも事実だろう。


 そうした何かの、あるいは何者かの意思があるのは間違いない。


 しかし一方で、もう一つの側面が存在するのも事実だ。




 ミャンメイたちがその空間に入った瞬間―――




「うっ!!」


「なんだぁ!?」



 強烈な「生命の臭い」を感じた。


 ここではあえて【臭い】と表記したい。


 そうした強い刺激臭を感じたというわけだ。




 それは紛れもなく―――生物の香りでもあった。




「え? これ……葉っぱ?」



 ミャンメイの目の前には、【緑】が広がっていた。


 広い空間に整然と並べられた『色とりどりの緑』が上空から発せられた光を受けて、真上に伸びている。


 一瞬、上の階で見た映像かと思ったが、匂いの段階で存在感が違う。


 同じ生物としての直感が訴えかける。


 これは本物だ。間違いない、と。




―――まるで【畑】




 真上に設置された巨大なジュエル、擬似太陽の下で管理された畑にしか見えない。


 ただし、緑の下には【青】が広がっていた。


 一面は水で満たされており、その上に植物が育っている状況であった。


 つまりは、そこで【水栽培】が行われていた、ということである。



「夢じゃねえよな? なんでこんなところに…」


「あっ!!」


「おいっ! いきなり動くな! 危ねえぞ!!」



 グリモフスキーの制止も聞かず、ミャンメイが水の中に入っていく。


 じゃぶじゃぶっ


 水の深さは三十センチ程度だろうか。膝下まで軽く浸かるくらいである。


 だが、やはり足は濡れないという不思議な液体であった。



「これ…トマト? でも、少し形が違うかも。こっちもラディッシュっぽいけど…ちょっと違うわ。同じ系統みたいだけど…原種なのかしら?」



 ミャンメイが見つけた植物は、普段トマトやラディッシュと呼ばれているものによく似ていた。(※この世界では多少呼び方が違うが、ややこしくなるので地球と同じ呼び名にした)


 だが、地上で料理として使っていたものとは見た目が若干異なる。


 色合いも艶もまったく違うし、形も丸というより四角い。



 これはおそらく、原種と改良種の違いであろう。



 たとえば、バナナ、ニンジン、ナス等、我々の生活でよく見かけるものは、すべて品種改良されたものだ。


 原種はまったく別の存在にすら感じるほど変化している。


 人為的な遺伝子組み換えのものもあれば、彼ら植物もまた生物の一種なので、自ら良質な種を残すために変質していった例もあるだろう。


 人間受けすればするほど、それだけ自らの種を残し増やせるのだから、犬や猫のように、人間により良く取り入ったものが発展するのは道理である。


 ここにあるのは、その流れから取り残された原種たち。


 今では火怨山近くの大森林の奥くらいでしか目撃できない、極めて貴重なものである。



 それを見たミャンメイは、思わず興奮して―――



「味は…味はどうなの!? 気になる、気になるわ! ええい、がぶっ」


「お、おい! 食べるのかよ!?」



 いきなり、かぶりついた。



 無警戒にも程があるだろう。


 グリモフスキーが注意するのも当然だ。


 だが、それを無視してミャンメイは、手当たり次第に周囲の植物を味見する。



「…うんうん。おいしい。酸味もあるし甘味もある。これ単体でもいけるわ」


「ちょっ!? 聞いてるのか!?」


「ちょっと黙っててください! 今いいところなんですから!」


「えっ!? いいとこって…!? で、でもよ…いきなり食うのは…」


「いいから!! 黙ってて!」


「は、はい…」


「これは…これは面白いわ!」



 強面で迫力があるグリモフスキーの言葉を、さらに強い言葉と表情で圧倒するミャンメイ。


 久々に見た上質な野菜かつ、極めて珍しい種類なのだ。全神経を舌に集中させて味わわねばならない。



 そう、この時彼女は、『料理人』になっていた。



 必要性から始めたこととはいえ、料理を生業にしていた女性である。


 そこには特定の道を歩む職人としての迫力が宿っていた。


 時にその迫力は、そこらの強面マフィア連中すら及ばない領域に達する。


 グリモフスキーが思わず気圧されたのも仕方がないことだろう。それだけ食に対する情熱が強いのだ。


 これもアンシュラオンの白い光によって取り戻した、彼女の『誇り』の一つである。




 約三十分後。




 その場にあった品種をすべてチェックしたミャンメイが、大量の野菜を抱えて戻ってきた。


 どこで見つけたのか、カゴのようなものまで持っている。



「たくさん見つけました! これで食糧の心配はありません!」



 頬を真っ赤にさせて興奮した様子のミャンメイ。


 食糧が手に入った喜びもあるのだろうが、珍しい食材を手に入れて満足しているのだろう。


 そんな彼女を呆れた様子で出迎えるグリモフスキー。


 彼が最初に訊いたことは、誰もが簡単に思いつくことであった。



「ああ、それはいいが…食って大丈夫なのか?」


「もう食べました」


「それはてめぇが無用心なんだよ! よくこんなところにあるもんを食えるな」


「…言われてみれば、たしかに…」


「今頃気付いたのか。腹を壊しても知らねぇからな。またてめぇのクソの世話するのはこりごりだぜ」


「ちょっと言い方が気になりますけど…ごめんなさい。でも、食べた感じでは問題ありません。一応は料理人ですし、そこは信頼してくれてもいいかなと」


「…食えるのか?」


「むしろ美味しいです」



 ミャンメイは長年、食に触れ合ってきたので、食べてよいものと悪いものがすぐにわかる。


 人間にはもともとそういった能力があるし、料理人ならばなおさら感覚が鋭いだろう。


 その彼女が「美味しい」と太鼓判を押すのだから、なかなかの高評価だといえる。


 だが、疑問は尽きない。



「なんでよ、こんな場所に食いもんがあるんだ? ありえねぇだろうが」


「ああ、それですか! 実はですね、あの子たちが作っているみたいなんです」


「あの子…たち?」


「はい。私が採ったところを見ていてください」



 ミャンメイが野菜を抱えてきたということは、その部分がなくなったということだ。


 では、そこは虫食い状態になっているのかといえば―――



「ピピッ…ガー」



 じゃぷんっ にょろにょろ


 【複数】の箱型ロボットが種子のようなものを抱えてきて、空いた場所に新しく設置する。


 すると、水に浸けた瞬間から一気に成長を始め、一定の段階まで伸びて止まった。


 隣にある同種の植物と比べるとまだ小さいため、そこから先は徐々に通常の成長ラインに戻るのだろう。


 ここまで伸びれば、あと数時間もすれば再び食べられる状態にまで育つと思われる。



「…なんだ、ありゃ?」


「もっといたんですよ! 驚きましたね。あの子たちが、ここの管理をしているみたいですね」


「いや、その前にだぜ。なんで一気に成長するんだよ。おかしいだろうが」


「あっ、なるほど」


「なるほどじゃねえ! 最初に気付けよ! それによ、こうやって採取するやつがいなければ、こんなもんはすぐに枯れちまうだろう? ほかにもここを使っている人間がいるってことか?」



 グリモフスキーは周囲の警戒を強める。


 が、相変わらず人の気配がまったくしない。それもまた不気味であった。


 ただし、その答えのヒントをミャンメイは知っていた。



「あのー、グリモフスキーさんのところにお花ってあります?」


「花ぁ? あるわけねぇだろう。そんな女々しいもんを置いとくかよ」


「ですよね…。なら、知らないのも無理はないですね。もしここの水が『そういった性質』を持っているのなら、十分可能性はあります」


「あ? どういうことだ?」


「たぶんですけど、ここの水って…成長をとどめる役割をするんじゃないかって」


「腐らねぇ…ってことか? それにしちゃ、さっきの種は一気に成長したぞ。どういうことだ?」


「あっ、そうですね。…そうなると…逆なのかしら? 力を与え続けるから腐らない…? うん、そうかもしれないわ」


「だから、どういうことだ? わかりやすく言えよ!」


「あー、そうやってすぐ怒鳴るから誤解されるんですよ。ですから、この水に浸けておけば腐らないってことです。たぶんですけど」


「んなもんがあってたまるか」


「あるんだからしょうがないじゃないですか! 私に言われても困ります」



 ミャンメイの推察は、ほぼ正解である。


 レイオンが使っていたキノコの保存も、この水によって行われていた。


 遺跡の水に浸されたものは、理由は不明だが品質を保ったまま保存される傾向にあるようだ。


 こちらは上にあるものより純度も高いが、基本的な能力に変わりはないだろう。



「んじゃなにか? ここにある食いもんは、ずっと昔のものだってのか?」


「その可能性はありますね。こんな種類の野菜を見たことがないです。見た目も味も、私が知っているものとは異なるんです。こういう掛け合わせって、何十年も何百年もかかることがあるって聞いたことがありますから、それくらい前なのかもしれません」


「仮にだ、てめぇの言うことが正しいとしてだ、なんでそんなことをする? あいつらはなんで、ここで野菜を作ってんだ。農家かよ」


「農家…ですか。野菜を食べるのは、やっぱり人間ですよね。なら、人間がいた…ってことでしょうか」


「あるいは俺が言ったように、今もいるかもしれねぇ」


「…はい。その可能性はありますね。ただ、どちらにしても、この子たちは悪い存在じゃないんだと思います。野菜を作る子に悪い子はいないですよ」


「そのたとえはどうかと思うが…たしかに無害ってのは認めるさ。が、それだけで断定はできねぇな」



 水の中をにょろにょろと泳いでいるロボットは、誰がどう見ても人畜無害である。


 こうして野菜を栽培しているのならば、逆に味方といえるだろう。


 しかしグリモフスキーの言うように、まだ絶対の味方とは限らない。


 実際にアンシュラオンが襲われているし、戦闘用のロボットもいるのだ。



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