467話 「奇妙な二人の地下探索 後編」


 グリモフスキーのレイオン嫌いは、かなりのもののようだ。


 それも仕方ない。暴力でいきなり蹴落とされたのだから、恨みは募る一方だろう。



 そんな会話があったせいか、しばらく無言で二人は歩き続ける。



 周囲の警戒はグリモフスキーがやってくれるので、何もやることがないミャンメイは通路を見回していた。



(通路の造りは…少し違うかな? こちらのほうが部屋が密集しているわ)



 地下上層は、一つ一つの部屋が離れて点在し、その間を細い通路でつなぐ仕組みになっている。


 前も言ったが、まるでアリの巣に似ている。


 一つの部屋を往来するにも数分から数十分かかるので不便だ。


 そこに人間が強引に暮らすのだから、大きな部屋を分割して使うしかない。


 それによって各グループが余計な接触を持たないで済む利点もあるので、この特性によって地下の平穏が保たれているともいえる。



 一方こちらの通路は、我々がごくごく一般的に見るように、一つの通路の左右に部屋が連なって存在している造りになっている。


 当然人間が暮らすことを想定すれば、部屋同士は近いほうが便利だろう。


 仮にトイレまで数百メートルあったら、何かアクシデントがあれば大惨事になってしまうし、各人のコミュニケーションにも隔たりが生まれてしまう。


 よってここは、グリモフスキーが言ったように、より人間が暮らすのに適した空間であることを示している。




(私たちのほかに人間がいるのかしら…?)



 そんな不安と期待を抱えながらも、二人は道を歩きながら部屋を探っていった。


 彼女たちが目覚めた部屋は一番奥にあったため、安全を確認する意味もある。


 どのみちあの部屋から戻れない以上、進むしか選択肢はないのだが、後ろからいきなり襲われるのも嫌だろう。しっかりと確認したほうがいい。



 今現在まで確認できた部屋は、二十あまり。



 その中には腕輪で開くものと、壊れていて手動で開くものの二つが存在した。


 どの扉にせよ中身は、機械の部品やロボットの残骸が投げ捨てられているくらいで、これといったものは見つけられなかった。


 このことから、この周囲一帯の区画は、倉庫として使われていた可能性が高いことがわかる。



 言ってしまえば、ゴミ捨て場だ。



 生ゴミのようなものがないのが幸いだが、結局はスクラップと化したものしか存在しない「死した空間」である。


 この遺跡の中でも、おそらく誰からも見向きもされない区画なのだろうと想像できた。


 ただ、そう思うのはミャンメイだからこそであり、グリモフスキーからすればスクラップは【お宝】である。


 大きな残骸を見るたびに足を止めて漁ろうとするので、注意をして先に行こうと促すはめになる。


 今重要なのは食糧と安全の確保だ。ゴミに熱中する余裕はない。



「ったく、もう少し見させろよ」



 と愚痴を言いつつも、グリモフスキーも持ち運びできないことを知っているので、ポケットに入れられそうな小物だけを選んで渋々移動を再開していた。





 そんなことを続けること、一時間弱。




 【それ】は突如やってきた。





「―――うっ!」





 ミャンメイが突然、うずくまる。



「あ? どうした!? 何があった!?」


「ううっ……」



 ミャンメイはその問いには答えず、大粒の汗を流しながら呻く。



「どこか痛いのか!? まさかカスオとの戦いで怪我でもしていたか!?」


「ううっ…ううう……ま、まさかこんな……今頃になって……」



 ミャンメイはお腹のあたりを押さえて顔をしかめていた。


 かなり苦しそうだ。明らかに緊急事態である。



(ちっ、カスオの弾が当たってやがったのか!?)



 グリモフスキーが咄嗟に思ったのは、流れ弾が当たっていたが今まで我慢していた説、である。


 いくら自分が盾になったとはいえ、カスオも乱射していたのだ。


 一発や二発くらいミャンメイに当たってもおかしくはない。



(けっこう小さな弾丸だったからな。一般人の女がくらっても一発で死ぬとは限らないが…へっ、思ったより根性あるじゃねえか)



 怪我をしていても黙っているとは、なんと男気のある女(?)なのだろう。


 レイオンの妹だからと毛嫌いしていたが、こうなると認めないわけにはいかない。


 見直したぜ、この野郎!(ミャンメイは女だが)。




 などとグリモフスキーは思っていたわけだが、実際は―――





「緊急事態です! は、花園に行きます!」





 ミャンメイが、なぜかラガーマンのようなことを言い出した。


 花園。それはラグビーの聖地と呼ばれている場所である。


 ラグビーを知らない人間でも、なんとなく名前は知っているくらい有名だ。


 もしここにアンシュラオンがいれば、「なぜそれを知っている!?」と驚いたことだろうが、グリモフスキーには何のことだか理解できない。



「…は? はなぞの?」


「そ、そうです! 花園です!」


「…な、なんだそりゃ…? 何かやたら力強い言葉に感じるな。ついつい夢を語りたくなるような神聖な響きのある名前だ…!」


「あああ!! だからもう緊急事態なんですよ!! 駄目ダメダメ! これは本当に駄目です!」


「は、腹に…銃弾が当たったんじゃねえ…のか?」


「銃弾!? それよりもっと深刻な話です!! は、早く! 早く行かなきゃ! 私は花園に行かなきゃ!!」


「お、おい、待て!」


「待ちません! 私はどうしても…花園に行くんです!」



 ミャンメイがお腹を押させて、ひょこひょこと歩き出す。



「お、おい! 無理すんじゃねえよ!」


「ここで無理をしないで、いつするんですか!」



 会話だけ聞けば、夢を追いかける若者の青春物語だが、ミャンメイの表情は至って真面目だ。


 その姿は非常に痛々しく、なおかつ必死だ。ふざけている様子は粉微塵もない。


 実際、彼女は本気で焦っている。決死に移動しようとしている。



(何を言ってんだ、この女は? 銃で撃たれたわけじゃねえのか? それ以外で腹を押さえる理由は…? ん? 花園ってまさか……)



 その様子を見て、鈍感なグリモフスキーもようやく理解した。




「もしかして、クソか?」




「っ―――!!」




 ブンッ ドゴッ


 ミャンメイが何かの塊を投げつけてきた。


 どうやら彼女もスクラップから使えそうなものを、いくつかポケットに入れていたようである。


 だが、彼女の場合は換金目的というより、投擲用のアイテムとしての意味合いが強いようだ。


 壊れることも気にせず、躊躇なく全力で投げつけてきた。



「うおっ!! 何しやがる!」


「デリカシーがないですよ!! そういうことは直接言わないでください!」


「ああ!? 本当にクソなのか!? くっそー、根性があると思って褒めてやったのに…クソかよ!」



 ブンッ ドゴッ


 再びミャンメイが投げた塊が、グリモフスキーの頭にヒット。



「いて!」


「クソクソ言わないでください!」


「クソはクソだろうが!」


「違います! そっちじゃないほうです!」


「あ? 小便かよ。んなもん、どっちだって同じだ。さっさとしろよ」


「…今、なんて言いました?」


「だから、さっさとしろよ。小便なんて、そのへんで適当にすればいいだろうが」



 ブンッ メコッ


 投げた塊が、こめかみにヒット。


 徐々にコントロールが良くなっている。狙った場所に的確に当ててきた。



「いて! てめぇ、いくつ隠し持ってやがる!」


「できるわけがないじゃないですか! 個室が必要です!」


「べつにてめぇの小便なんて見たくもねえから安心しろ」


「そんな問題じゃないです! もっと大きなプライバシーの問題です!」


「ちっ、面倒くせぇな。だったら、そこらへんの部屋でしろよ。一応個室だろうが」


「駄目です! もっと適した場所がないと駄目です! み、水場か…砂場があれば…!」


「砂ぁ? こんな場所に砂場なんてあるかぁ?」


「いいから! 早く探してきてください! 可及的速やかにです!」


「俺がか?」


「ほかに誰がいるんですか! は、早く! 早くしないと…あああああ! 天が裂けるるうううう!」



 ミャンメイの声が、だんだん怪しくなっていく。


 これはこれで興奮する男もいるかもしれないが、残念ながらというべきか、幸運というべきか、グリモフスキーにそんな趣味はなかった。


 どうやらこの問題を解決しないと、次には進めないらしいことは確実らしい。


 万一漏らしでもしたら、これ以後の行動にどんな影響を与えるか非常に不安だ。



「ちくしょう。女ってのは本当に面倒くせぇな。見つからなくても知らねえからな」


「は、早くうううううう!」


「なんで俺がレイオンの妹のために…くそっ」


「クソとか言わないで、早く!」


「舌打ちもできねぇのかよ!」



 ぶつくさと文句を言いながら、グリモフスキーは「トイレ探し」の旅に出た。


 なんともなさけない理由だが、人間生活にとってはかなり大切な要素でもあるので、ぜひともがんばってほしいものだ。





(グリモフスキーさんは、やっぱり優しいわね)



 なんだかんだで探しに行ってくれるのだ。強面だがナイスガイである。


 冷静に考えれば、急いで新しい部屋を探索させる行為は、かなり危険度が高い。


 もしカブトムシと同レベル帯の個体と遭遇して襲われれば、サナでも苦戦した以上、彼では太刀打ちできないだろう。


 その危険性は、グリモフスキーも知っているはずだ。


 長いこと荒くれ者たちをまとめていたのは伊達ではない。地下には危険があることをよく知っている。


 だからこそミャンメイの危機にも気付けたのだ。彼はいつなんどきも油断していない。


 それでも自分のワガママを引き受けて探すのだから、ナイスガイの称号を受け取る資格はあるだろう。



(グリモフスキーさんがリーダーの時も、女性が乱暴されるようなことはなかったってマザーも言っていたわ。彼が守っていたのかもしれないわね)



 ミャンメイはグリモフスキーがリーダーであった頃のことは知らないが、マザーから昔のことはよく聞いている。


 その当時も、女性に対しての乱暴は禁止されていたという。


 地上にいれば当たり前の話に聞こえるが、ここは地下であるし、中にいるのも半分以上は凶悪犯罪を起こした前科者たちだ。簡単に統制できるわけがない。


 そこで大きな事件を起こさずにクズどもをまとめていたのだから、彼はやはりリーダーとしての資質があるのだろう。


 彼は彼のやり方で、組織との繋がりを重視したルールと慣習の中で、囚人たちを統治していたのだ。


 仮に事件が起これば、見せしめとして殺すこともありえるが、基本はルールに則って対処していた。



 一方のレイオンは「力づくで犯罪自体を封じ込めた」といえる。


 つまりは伝染病の対策のように、ヤバイ連中は完全に別の場所に隔離して、それ以外の人間と接触させないようにしたのだ。


 これはこれで【短期間】においては強烈に効果を発揮するやり方だ。


 そう、短期間ならば、だが。


 押さえつけられたものは、いつか爆発する定めにある。


 臭いものに蓋をしても中身がなくなるわけではなく、どんどん腐敗が進んでいくし、炭酸のようにちょっと蓋が開けば一気に噴出する可能性も高まる。


 両者の違いは、長期的に物を見ているかそうでないか、の違いである。


 レイオンは長い時間を想定していないが、グリモフスキーはまだ何十年も地下を守るつもりでいる。その違いである。



(やっていることは同じなのに、難しいものだわ…。あううう、それより早く見つけてくれないかしら! ぐ、グリモフスキーさーーーん!! 早くううううう!)





 グリモフスキーの魅力を語る <<< 超えられない壁 < トイレ




 である。



 今はトイレが何よりも大事だ。






 十五分後。




 ミャンメイが若干痙攣を起こしていた時、グリモフスキーが戻ってきた。




「見つけてきたぞ」


「は、はや…く……いきましょう……」


「礼もないのかよ」


「そんな場合じゃ…ありません! というか、助けてくれた時には受け取らなかったのに、今は要求するんですね」


「ちっ、細かいことまで覚えてやがるな。で、そんな状態でたどり着けるのか?」


「い、いきます! し、死んでも…いきます……」


「ったく、しょうがねえな」


「あううう! な、なにするんですかぁ…ああ!」



 グリモフスキーがミャンメイを持ち上げる。



「運んでやるから、おとなしくしておけ」


「そっと…そっとですよ…! いろいろと刺激されている状況ですからね! そっと…お願いします…!」


「…なんで俺は、こんなことをしてんだか……」



 と、ぶつくさ言いながらも、ミャンメイを運ぶグリモフスキーであった。



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