466話 「奇妙な二人の地下探索 中編」


「こいつも持って帰りたいもんだな。これ一つで最低でも百万はいく。ボロボロゆえに、ボロいもんだぜ。がははは」



 …


 ……


 ………



 え?



 ボロボロゆえにボロい?



 こ、これはまさか…!!



 な、なんと!




 グリモフスキーが、オヤジギャグを言っているぅううううううううううう!




 久々のお宝を見たせいだろうか。


 テンションが上がって、うっかりギャグをかましてしまったに違いない。


 しかし、こういうギャグを言われたとき、受けた側はどういう反応を示せばいいのか、いまだに正解が見えない。


 それが特に『そっち系の人』だと不機嫌になられて危ない目に遭いたくないので、多くの人が愛想笑いを選択するだろう。


 一番無難な対応だ。無理なく安全運転が一番いい。



 では、ミャンメイがいったいどのような対応をしたかといえば―――




「………」




 特に何の反応も示さず、ただその様子を見ているだけだった。



 む、無視だぁあああああああああああ!



 ここでミャンメイは、なんと無視を選択。


 一番気まずい空気が流れる手法を選んでしまった。


 それも仕方ないだろう。なにせミャンメイは、そのギャグにすら気付いていなかったのだ。


 その証拠に今、こんなことを思っている。



(こんなの、どうやって持って帰るのかしら? 絶対にそこまで考えていないわよね)



 ひどく冷静な思考の前に、ギャグが入り込む余地など、ない!!



「うーん、やっぱりこいつはいいな。金になりそうだ…うん」



 言った当人であるグリモフスキーも、その気まずさからロボットに夢中なふりをしなくてはならない事態に陥る。


 慣れないことはするべきではないことを、ミャンメイ嬢は沈黙をもって教えたのである。


 厳しさの中に優しさがある。こんな体験を通じて人は成長するのだ。




 と、くだらない話は置いておき。




(ガラクタ集め、好きなのかしら? 意外な一面ね)



 グリモフスキーがロボットに夢中なのは事実だ。


 彼が笑っている顔を初めて見た。まるで少年のように無邪気に笑っているではないか。


 ガラクタが好きなのか、その収益が良いから好きなのかは不明だが、集めること自体は好きらしい。


 テンションの変化からもわかるように、明らかに最初とは食いつきが異なる。



(男の人って、こういうところが可愛いのよね。兄さんも、こんな男の子っぽい趣味があればいいのに)



 レイオンは自分を鍛えることにしか興味がない筋肉馬鹿なので、グリモフスキーのような玩具に夢中な男性というものは、なかなか新鮮に見える。


 彼が地下に入った時期を思えば、すでに齢四十を過ぎているのだろうが、こういったところは子供と変わらないから面白い。



「さすがに持ち運びは無理だな。今は場所だけ覚えておけばいいか」



 一通りロボットの観察を終えたグリモフスキーが、そう呟く。


 今すぐこのガラクタをどうこうするつもりはないようで安心する。


 粗暴で頭はけっして良くはないが、それなりに組織内で生きてきたので道理くらいは知っているようだ。




「ところで、その先はどうなっているんですか? 今、そこから入ってきましたよね?」



 ミャンメイが、グリモフスキーが入ってきた扉を見る。


 さきほどの音は、この扉を開いた音だったのだ。



「それも腕輪で開けるんですか?」


「いや、普通に手で開いたぞ。見たまんま、もう壊れているようだな。腕輪も反応しない。そこまで大きくないし、てめぇでも問題なく開けられるだろうな」


「そういえばこの部屋…ちょっと小さめですね。今までの空間の半分くらいですか?」


「住む分には、これくらいでいいだろう。でかすぎても落ち着かないしな」


「え? 住むんですか?」


「そういう意味じゃねえよ! どこか抜けてるな、てめぇは」


「そうですか? 自覚はないですけど…」


「自覚があったら、それはそれで怖ぇよ」



 今になって気付いたが、この部屋はあまり大きくなかった。


 ミャンメイたちが暮らしていた地下上層部エリアは、天井が十メートルある等、全体的に大きく造られていたが、ここは五メートルくらいだろう。


 それでも吹き抜けのある家くらいはあるので、日本人からすれば大きな空間といえる。


 これが意味することは、とても簡単だ。



「普通よ、地下に行けば行くほど広いって考えるよな? 地下なんて、いくらでも空間があるからよ。だが、むしろ狭くなっている。臭うな。人間の臭いがしやがる」


「私、人間です」


「んなことはわかってんだよ! てめぇのことじゃねえ!」


「グリモフスキーさんは言葉が足りないんですよ!」


「うるせえ! それくらい察しろ! ったく、何も考えてないところまでレイオンにそっくりかよ」


「失礼ですね。ちゃんと考えていますよ」


「どこか能天気なんだよな…てめぇらはよ。だからいつも誰かに追い込まれるんだろうが」


「それは…はい。反省しています…」



 ミャンメイ当人は気付いていないが、たしかにグリモフスキーの言う通り、のほほんとしている印象は受ける。


 物事をあまり深刻に考えないことは長所ではあるが、それだけ危険察知に疎いことを意味する。


 レイオンも簡単に敵にやられてしまったし、ミャンメイもカスオに追い詰められた。


 彼女はたまたまグリモフスキーがいたから助かったが、本当ならば危なかったのだ。


 そこは反省しつつ、彼の言葉の意味を考えてみる。



(人間が暮らしやすいサイズ…という意味かしら。たしかに上よりは快適かも)



 慣れれば気にならなくもなるが、人間が寝るのに天井が広く大きくないといけない理由はない。


 むしろ多少の圧迫感があるほうが安心するものだ。これは動物が巣穴に入ると落ち着く現象と同じだ。


 では、なぜ地下上層部が広い造りになっていたのかといえば、おそらくは【人間が暮らすエリアではなかった】のだろう。


 いたとしても、ごくごく少数の人間。それこそカスオが見つけた部屋のように「管理職」の人間が暮らす場所だったのかもしれない。


 グリモフスキーが言った「人間の臭い」とは、生活感のことを示しているのだろう。


 より人間の気配が強まった、というべきか。



「動けるようなら移動するぞ。怪我はないんだろう?」


「は、はい。怪我はないですけど…ここから元の場所に戻れないんですか?」


「そういったもんは何一つねえな」


「このロボットがピカーって光って戻れるとか…は?」


「なに夢見てんだ。んなもんに期待してたら餓死するだけだぜ。来られたからといって戻れるとは限らねえ。そんな暇があるならメシの心配でもしてろ。武人の俺はしばらくいいが、てめぇはそうもいかねえだろう」


「…そうですね。ご飯がないと心配です。ちょっとお腹すいたかもしれません」


「ふん、だろうよ。道があるなら進んだほうがいいぜ」


「道があったんですか?」


「ああ、進む道はな。だが、戻る道はねえ。つーか、そもそもどうやってここに来たのかわからねえんだ。頭の悪い俺らが騒いでいても力を消耗するだけだ。なら、ここいらを調べたほうがいい。人間の臭いがするってこたぁ、何かあるかもしれねえからな」


「あっ、なるほど。案外頭がいいですね」


「てめぇ! いちいち『案外』とか付けるんじゃねえよ! 馬鹿にしてんのか!」


「だって、奥の人たちって…そういうイメージでしたから」


「…ふん、否定はしねえよ。あのカスみたいなやつらが集まっているのは事実だからな。だが、見捨てたらそこで終わっちまうだろうが。それこそ本当のゴミになっちまう。どうせ同じゴミならよ、金になるスクラップのほうがましだぜ」


「だんだんグリモフスキーさんが、リーダーっぽく見えてきました」


「なんかイラつくな、てめぇは!」


「酷いです。褒めたのに。じゃあ、行きましょうか」


「いきなりやる気じゃねえか」


「グリモフスキーさんの言うことのほうが正しいと思っただけです」


「へっ、不思議なもんだな。戻ろうと言った俺が先に進みたがり、真相を知りたいと言ってたてめぇが戻りたがる。人生なんてそんなもんだ」


「なんか妙に説得力がありますね」


「実体験だからな。だが、納得しようがしなかろうが、進むしか選択肢はねえんだ。掃き溜めにいる俺にしちゃぁ、進めるだけありがたいがな」



 人生とは、ままならないものだ。


 自分が思っていたものと逆の結果になることも多く、落胆することもあるだろう。


 ただし、それでも停滞するよりはいい。


 前に進める道があるのならば進んだほうが建設的だ。


 何があるかは別として、何も知らないで生きているよりは、少しはましな人生が送れるに違いないからだ。






 ミャンメイとグリモフスキーという奇妙な組み合わせは、部屋を出て移動を開始する。



 通路は部屋よりも薄暗かったが、それでも十分な光量を確保していた。


 上の階(カスオと戦ったエリアの階を仮にそう呼んでおく)と比べると、ミャンメイたちが暮らしている地上部分により近い構造をしていた。


 いわゆる「遺跡っぽい」造りというべきか。


 全体的には石造りなのに、術式によって近代文明化された独特の風情を感じさせる。



(なんだか馴染む感じがするわ。ずっと同じような場所で暮らしていたせいかしら)



 そのせいかミャンメイには、不思議な懐かしさすら感じられる。


 「ああ、いつもの場所だ」といった安心感である。


 それと比べると上の階は、意図的に造られた空間に感じられて、今思えば強い違和感を感じる。



 あそこだけ【遺跡の思想】から若干外れているような、後付けで増築された場所のように思えてきた。



 やはり家というものは、最初に設計された通りで一つの完成なのだ。


 そこに「子供が産まれたから二階部分を広げるか」と増築すると、それは悪いことではないものの、全体の統一感や美的感覚といったものに狂いが生じる。


 アンシュラオンが「人工的」と思ったように、ミャンメイもそういった類の違和感を感じていた、というわけだ。



「心配するな。敵はいねぇよ。今のところな」



 その困惑した顔を不安と捉えたのか、グリモフスキーが振り返って話しかけてきた。


 彼の足取りに迷いはなく、どんどん先に進んでいくので、歩幅に差があるミャンメイはついていくのがやっとだ。


 そういった配慮ができないあたりも兄に似ているといえるだろう。



「そんなにズカズカ進んで大丈夫ですか?」


「てめぇが眠っている間に、けっこう遠くまで行ったからな。問題ねえよ」


「私を一人にして何かあったら、どうするつもりだったんですか?」


「んなこたぁ知るか。どこが安全かもわからねえんだ。どこにいても同じだ。つーか、俺の心配はしねえのか?」


「グリモフスキーさんは強いから大丈夫です。銃で撃たれても倒れなかったですし」


「…あまり期待するんじゃねえよ。悪いが、俺はそこまで強くはねえぞ。レイオンの野郎にボコボコにされたくらいだからな」



 アンシュラオンの見立て通り、グリモフスキーの実力はアカガシ程度だろう。


 毎回たとえに出すのも飽きてきたが、ソイドビッグにも確実に負けるほどだ。


 はっきり言って微妙だ。微妙すぎる。豚より弱いとは何事だと叱ってやりたい。


 だが、これが実力なのだから仕方ない。相手がカスオだから強く映っただけにすぎないのだ。



「それでも私より強いことには変わりありません。…あれ? グリモフスキーさんって…団体戦には出ませんよね?」


「ああ」


「それだけ強いなら、出てもいいんじゃないですか?」


「俺にそれを言うのか? レイオンと一緒に出るなんて死んでも御免だ」


「そんな理由で出ないんですか? グリモフスキーさんが出てくれれば、もっと勝てる確率も上がるのに…」


「ああ!? そんな理由だと!? 俺にとっちゃ大きな理由だ!! それにな、あいつがそういうルールを作ったんだ。『奥』っていう一括りで、俺たちを閉じ込めたのさ。ならよ、レイオンの野郎が責任を取るのが筋だろうが!」



 グリモフスキーは、レイオンが来るまでは団体戦に出ていた。リーダーなのだから当然だろう。


 しかし、彼一人が勝っても他の二人が負けるので、今と結果は何も変わらない。


 そしてレイオンがやってきても、この構図に変化は生じなかった。



「ずっと思っていたがよ、あいつは団体戦に乗り気じゃねえんだ。最初から勝つ気がねえんだよ!」


「それは…はい。薄々感じていましたけど…どうしてでしょう?」


「俺が知るか! これ以上、あいつの話はするんじゃねえ! 腹が立つ!」



 これ以上言ってもグリモフスキーを怒らせるだけなので、ミャンメイは黙る。


 ただ、純粋に「もったいない」とは思った。



(二人が協力してくれたらラングラスも上に行けると思うのに…男の人って、どうしてこんなに意地っ張りなんだろう。真面目すぎるのかしら?)



 グリモフスキーはマフィア出身者らしく、筋にこだわる。


 レイオンが自分を倒してキングになったのなら、その責任を取るべきだと考える。


 またレイオンにしても、はっきり言えば自分のことで手一杯で、ラングラスエリア全体のことまで面倒を見ることできないでいる。


 身体が死んでいたのだから仕方ないが、グリモフスキーにそんなことはわからないし、知っていたとしても関係ないと言うだろう。


 何でも独りで背負い込もうとするわりには、自分のことしか考えていない身勝手なやつと映る。


 レイオンはグリモフスキーたちを『ならず者』としか見ていないので、そこにも大きな問題があるのだろう。


 そこで両者の確執が生まれているのだ。



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