465話 「奇妙な二人の地下探索 前編」


「…んん……」



 ミャンメイの意識が、闇から浮き上がるように目覚めていく。


 うっすらと開いた目から得た情報は、まだ機能していない頭で考えられることはなく、ただただ漠然としたイメージとして輪郭を宿していった。


 ぼんやりと、明るい。


 そのイメージの表現としては、これが適切だろうか。


 周囲はやや暗いが壁自体が光っているので、全体的には明るめといってもいいだろう。


 寝るには少し明るく、起きるにはやや暗い。そんな感じだ。



(ここは…どこ?)



 まだ頭がはっきりしないが、外界を認識するだけの余裕が出てきた。


 まず見えたのは、光源にもなっている壁だ。


 さきほどまでいた神殿にも同じ様相の壁があったので、ここはまだ遺跡内と考えるほうが自然だろう。


 それから周囲を見回すと、他の三方にも壁が見えたため、ここが一定の空間で仕切られた「部屋」であることがわかる。



 どうやら自分は部屋の中にいるようだ。



 今わかったのは、これだけである。


 また、当人はまだ自分の身体のことにまで注意は向いていないが、もし怪我をしていれば痛みが気になったはずなので、現状では無傷であることを示してもいた。




 ちょろちょろちょろ




(水の…音?)



 液体らしき音が聴こえたので、そちらに目を向けると、ここにも水が存在した。


 少し窪んだ通路に水が流れている。


 今まで見ていたような膨大な量の水ではなく、せせらぎのような小さな流れだ。


 たとえるならば、流しそうめんで使う青竹くらいの幅で、そこらの側溝や用水路と大差ない幅と大きさだろうか。


 少し触ってみると水の感触がしたので、これはホログラムではなく本物の水のようだ。



(水があるなら少しは安心ね。流れがあるなら…飲んでもいいのかしら?)



 こんな場所の水を飲むのは憚られるが、いきなり連れてこられたミャンメイは何も携帯していなかった。


 持っているものといえば、包丁と、せいぜいが水筒程度だ。


 この水筒も、なみなみと注いで持ち歩いているわけではないので、あくまでちょっとした水分補給程度にしか使えない。


 見知らぬ場所に来た時、最初に心配するのが食糧や水なのは、けっして彼女が料理人だからではないはずだ。


 一時期無人島生活が流行ったこともあったが、そこでも最初に探すのは水である。


 食事は我慢できても水だけは我慢できない。それが生物というものだ。



(ちょっと舐めるくらいはいいかな?)



 しばらく水の流れを見つめて考えていたが、やはり欲求には勝てないものだ。


 指にちょんとつけて、舐めてみる。


 じんわりと舌に水分が広がっていく感覚が、とても心地よい。



(味は普通ね。無味無臭。これも汚れがまったくないわ)



 極めて清浄、清潔、無菌。


 アンシュラオンの言葉ではないが、今になって思えば、この水こそがもっとも人工的かもしれない。


 奇妙な話だが、天然のミネラルウォーターよりも水道水のほうが、清潔で身体に良いという。


 この水も水道水と同じく、適切に調整されて「用意された」ものに感じられる。


 この階層でも遺跡が【まだ生きている】証拠だといえるだろう。



(これなら入れても大丈夫そうね。水があれば安心だわ)



 今のうちに水筒に水を汲んでおく。


 仮に飲めないものならば、あとで捨てればいいだけのことだし、手を洗うときにも役立つだろう。




「ふぅ、これで一安心―――っ!!」




 水を手に入れて安堵したのも束の間。



 ふと振り返った直後、ミャンメイが硬直した。



 目を見開いて一点を凝視し、固まっている。



 なぜここが安全な場所かどうかも確認せず、呑気にしていたのだろう。


 水など、あとでもよかったのだ。それ以前にもっと認識すべきものがあった。



 それは―――



(なに…あれ? ロボット…?)



 ミャンメイの視線の先、部屋の中央には『大きな塊』が存在した。


 円柱型の頭に四足を持った、全長二メートル半くらいの硬質的な何か。


 それはアンシュラオンが口走っていた「ロボット」という言葉と、非常にマッチする容姿をしていた。


 実際にこれは、ラングラスエリアの入り口に出てきたものに酷似している。


 多少細部とサイズが異なるものの、全体的には同じ系統に属するものだとすぐにわかった。



 ミャンメイは、思わず後ずさる。



 どんっ



 だが背中を壁にぶつけて、逃げ道がない危険な状態だと悟る。



(しまったわ! どうしよう! ま、まずは身を守らないと! そ、そうだわ! 包丁!)



 シュッ


 ミャンメイはシャイナと違って理解力がある女性だ。危機に自分で対応できる。


 こうして咄嗟に包丁を構えることができたことは、大きな成長といえるだろう。


 それがこの相手に効くかは別として、だが。





「………」


「………」


「………」





 しばし、時間が流れる。



 ミャンメイは身を強張らせながらも、ロボットから目を逸らさず凝視していた。


 しかし、相手に動く気配がない。


 まるで石像のように、じっと固まっていた。



「これは…もしかして…」



 異変に気付いたミャンメイが恐る恐る近寄ってみると、そこにあったのはボロボロの機械であった。


 すでに朽ち果てて久しいのだろう。


 見た目からしても老朽化と損壊が激しく、到底動きそうもなかった。


 このスクラップと比べれば、サナが交戦したカブトムシなど良質の中古品に見える。


 あちらは中古ショップでもそれなりの値段で買ってくれそうだが、こちらは引き取ってもらうにもお金がかかりそうなレベルであるといえば、よりわかりやすいだろうか。



 こんこん



 包丁の背で叩いてみるが、やはり反応しない。



「…ふぅー、なんだ。驚いちゃった。もぉ、驚かせないでよ。動かないなら怖くないもの♪」



 こんこん こんこん



 調子に乗ったミャンメイが、何度もロボットを叩いて自分の優位性を確認する。


 驚きが強かったがゆえに、こうなると感じる安堵も強くなる。


 気恥ずかしさと不安を隠す目的もあり、自然とこんな行動を取ることも実に人間らしいといえるだろう。



 そんなふうに心が微妙な状態になった時であった。






―――バタンッ!!






「きゃあああああああっ!!!」






 突如発生した物音に、ミャンメイが叫んでうずくまる。


 安心していたからこそ、いきなりの音に過度に反応してしまった。


 これは反射なのでどうしようもないだろう。



「ひくううっ…ひうううう!」



 あろうことか腰まで抜けてしまい、這いずるように逃げようとする。


 腰を抜かすなんて本当にあるのかと疑いたくもなるが、あまりの驚きに身体が硬直してしまうことは、往々にしてよくあるという。


 男性には理解しにくくても、それが女性ならば仕方ないだろう。


 まさにショック状態と呼ぶに相応しい慌てっぷりで、必死に逃げ惑うミャンメイ。



「ひ…ひーー」


「…何してんだ?」



 そんな哀れなミャンメイの後ろから、なんとも気まずい冷ややかな声が聴こえてくる。


 びっくりする側も大変だが、いきなり驚かれる側も、どう対応していいのかわからないから困るものだ。




 そこにいたのは―――グリモフスキー




 兄のレイオンとは確執があるが、自分を助けてくれた男である。



「あ……ぐ、グリモフスキーさん?」



 ここでようやくミャンメイがグリモフスキーを認識する。


 だが、顔はまだ引きつっており、強張っているのか笑っているのかよくわからない表情になっていた。



「何やってんだ、てめぇは。独りでよ」


「だ、だって…! いきなり音がするから、お、驚いて! 驚くに決まっているじゃないですか! やめてくださいよ!! なんでこんなことするんですか!」


「なんでいきなりキレてんだよ? これだから女は扱いにくいぜ。…つーか、包丁はしまえ」


「あ…は、はい。失礼しました。興奮すると包丁を人に向けるのが癖になってしまって…」


「絶対直せよ、その癖! 無駄に敵を作るだけだぞ!」


「意外です。グリモフスキーさんも、そんなこと考えるんですね」


「俺をなんだと思ってんだ」


「えと…人を平気で殴り殺す人…ですよね?」


「助けられたやつの台詞かよ!? いいからしまえ」


「はーい」



 すごすごと包丁をしまう。


 この包丁を持つと勇気が湧いてくるせいか、もうすでに手放せないお守りのようになってしまったようだ。


 とはいえ、たしかに無闇やたらに包丁を向けられるのは、気分が良いものではないだろう。


 以後気をつけようと心に誓い、改めてグリモフスキーに訊ねる。



「あの、ここは…どこですか?」


「俺が知るわけねえだろうが」


「そうですか…さっきいた場所とは全然違いますね」


「だろうな」


「私たち、なんでこんなところにいるのでしょうか? 何が起こったんですかね?」


「知らねぇ」


「不安ですね…早く戻りたいですね」


「そうか?」


「晩ごはん、どうしましょう?」


「んなこたぁ、どうでもいい」


「………」


「………」


「………」



 ミャンメイが、じとーっとグリモフスキーを見る。


 その目には非難の色が宿っていた。



「んだよ?」


「あの…もっとちゃんと会話しませんか?」


「あぁん? してんだろうが。なんか文句あんのか?」


「これは会話と言わない気がしますけど…。だってその返答って、ほとんど何も言っていないのと同じですよ?」


「てめぇが解決しねえ話ばかりするからだろうが! 俺だって、ここがどこかなんて知るかよ!」


「晩御飯に何が食べたいかくらい言ってもいいじゃないですか」


「今作れるわけじゃねえだろうが」


「会話、会話です! コミュニケーションです!!」


「どうでもいいだろう」


「よくありません! とっても重要ですよ!」


「あー、ちくしょう。これだから女はうぜぇんだ」


「そんな調子だから誤解されるんですよ」


「誤解されたことも、されているつもりもねぇ。俺は俺だ」


「ふぅ、困ったなぁ…」



(まあ、これも会話といえば会話かしら? 無言よりいいわよね)



 自分が強引に話しかけてごちゃごちゃする流れだが、それによって最低限の会話が成立していた。


 今はそれで十分だろう。自分独りよりは遙かに気楽だ。



 それよりグリモフスキーの様子を見て気付いたことがある。



「気のせいかもしれませんけど…あまり戻りたくなさそうですね?」


「…あ?」


「あまり動じていないというか…そこまで深刻に捉えていないというか…」


「ああん? 俺が馬鹿だって言いてぇのか?」


「誰もそんなことは言っていません。なにか妙に落ち着いているなって気がして…この状況に驚かないんですか?」


「そんなことはねえ。俺も驚いているぜ」


「本当ですか? そうは見えないですけど」


「びびって逃げ惑ってたほうがいいのか? さっきのてめぇみたいによ」


「あー、酷い! 忘れたかったのに!」


「ふん、戻ったところで何かが変わるわけじゃねえしな。どうせ俺らが掃き溜めなのは変わらねえ事実だ。それよりは、こっちのほうが面白そうってだけの話さ。てめぇも見ただろう、こいつをよ」



 ゴンッ


 グリモフスキーが、朽ち果てたロボットを強めに叩く。


 これほど老朽化が進んでいるのにもかかわらず、その一撃を受けても装甲は凹んだりしない。



「こんなもんが平然と転がってるんだ。明らかに『未発掘エリア』だろう。となれば逆にラッキーってことさ。何かほかにも金になるもんがあるかもしれねえからな。すぐに戻る理由はねえな」



 地下で彼らは何をして生計を立てているのか。


 その答えの一つが、『ゴミ拾い』である。


 カスオのように本当にゴミを拾う場合もあるが、やることがない人間の多くは、遺跡に落ちている資材を拾って換金している。


 以前レイオンの試合を初めて観戦したときも、客の一人が「ガラクタ集めでもして金を貯めるか」と言っていたが、それがまさにそうだ。


 たいていのエリアはすでに探索が終わっているが、もともとが広大な遺跡のために、稀に新しい場所が発見されると大量の遺物が出ることがある。


 そうしたものをハングラスグループが買い取ってくれたりするのだ。


 これも稀にだが、強い術具が含まれている場合もあるので侮れない。


 コッペパンで売られている術具の値段を見てもわかるように、その際は数千万や数億円の利益になることがある。


 当然ほとんどが文字通りの『ガラクタ』であり、基本的には安く買い取られるのだが、このロボットのような明らかに価値がありそうなものは相当な値がつく。


 その収益がラングラスの利益にもなり、地下の待遇を良くするためにも使われるので、組織に忠誠を誓うグリモフスキーにとっては重要なことなのだ。



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