464話 「クズはしぶといのが相場だからね」


 アンシュラオンたちは転移装置を起動させて、さらに地下に向かう。


 実際のところ地下かどうかは不明だが、『空が封鎖』されている以上、地下と考えるのが妥当であろう。




 がくんっ




 落下が終わり、部屋から出ると、そこにはミャンメイが見たものと同じ【青い世界】が広がっていた。


 一面が青で構成された幻想的な世界だ。


 ミャンメイは、その美しさと不可思議さに圧倒されていたが、ホログラムの知識を持っているアンシュラオンが見れば印象が違う。



(よく出来ているが…人工的だな。本物とは比べられない)



 所詮、造られた紛い物。


 それがアンシュラオンが受けた第一印象である。


 草木の匂いまで再現しているところはすごいと思うが、本物の植物が宿すエネルギーや生命力には遠く及ばない。


 たとえるのならば、生花と造花の違いだ。


 どんなに似せても偽物は偽物。もし造花で満足できるとすれば、その人間は感性が完全に麻痺しているといえるだろう。



(なぜこんな場所で自然を表現する必要がある? ロボットが自然を恋しがるわけがない。となれば、ここは人間が住むエリアだった、ということだ。そうだな…SF物で、宇宙船に公園があるのと一緒かな。生物である人間には緑が必要だ。偽物とはいえ、無いよりはましだろう)



 人間には高い順応力が存在する。


 これが偽物だとわかっていても、自分を守るために防衛本能が働き、本物だと思うように脳が錯覚を引き起こすようになる。


 あるいはここで生まれ育てば、最初からそういうものだと受け入れるしかない。



(どちらにしても閉鎖的な空間だな。…まるで『シェルター』だ)



 日本では珍しく感じるが、アメリカ等の海外では核シェルターも普通に存在し、公開もされている。


 使わないに越したことはないのものの、誰だって使いたくて使うわけではないだろう。必要だから用意するし、使うのだ。


 ここはそうした閉鎖的な空間で人間が暮らす場所に、とてもよく似ていた。



(ここに人間がいたのは間違いない。では、あのロボットとの関係性はどうなっているんだ? なぜ特定の人間だけ狙う? 誰かに操られている? あるいは設定されているのか? 人間の敵なのか? あるいは中立か? 味方か?)



 周囲を注意深く見つめるが、特にロボットらしいものは存在しない。


 ああいうロボットになると生体反応、つまりは生体磁気が存在しないので感知がしにくい傾向にある。


 動いていない場合は、波動円でも他の物質と区別がつかないので困るところだ。


 ここの遺跡が戦気を遮断するので、壁の中までは探知できないことも厄介だ。



(データが足りないから、これ以上考えても無意味か。戦闘力自体はさほどではないから脅威ではない。あまり気にしなくてもいいだろう。今のところは…だがな)



 このような建造物を造れる技術力があるのだ。


 戦力があのカブトムシだけとは到底思えない。普通に考えれば、もっと強い個体も存在しているだろう。


 そこだけは注意が必要である。



(サナの修練という以外では、まったくもって割に合わない戦いだ。まずはミャンメイとカスオの発見に全力を尽くすか。サナのためにもな)



 サナはまだ抱っこされて眠っている。


 時々うつらうつらして、頭を胸にガンガンぶつけてくる姿が可愛い。


 彼女は何か進展があるまで休ませておくことにして、アンシュラオンたちは先に進む。




 ぱしゃぱしゃ ぱしゃぱしゃ




 床に薄く張られた水を踏みながら先に進む。



「靴に染みないかな?」


「この量ならば大丈夫ね」



 そんな会話をしている女性二人の声が聴こえる。


 たしかに気持ちはわかるが、この状況でそんな日常的な会話ができるだけたいしたものだ。


 マザーはもちろん、ニーニアもなかなか肝が据わっている。



 ぱしゃぱしゃ ぱんぱん



 アンシュラオンも意図的に水を蹴ったり、踏んだり、掻き混ぜてみたりして調べてみる。



(ふむ、これも普通の水じゃないな。『遺跡の水』だ。しかも上よりも明らかに純度が高い)



 水自体は、地下上層部でも使用されている生活用水と大差ないだろう。


 しかしながら、そもそも遺跡の水自体が普通のものではない。


 実際にこの場所にやってきて、それが確信に変わる。



(水自体が異様に綺麗だし、力を浸透させる感じがする。言葉では表現しにくいが…雰囲気は『思念液』に近いかな?)



 スレイブ・ギアスの生成にも使われる『思念液』は、いまだに謎の液体という認識だ。


 モヒカンなどは何も考えずに使っているが、あの水には思念を伝達させる性質がある。


 簡単に言ってしまえば、自分の考えていること、精神エネルギーや思念エネルギーを伝播・伝達させて、特定の物質に吸着させる力である。


 人間の魂には、もともと自分のオーラを物質に吸着させる能力があるが、それを強化補助するのが思念液という存在だ。


 よくよく考えてみれば、実に怖ろしい技術であり、なおかつ貴重なものだ。


 こんなものがそこらに大量にあるわけがない。


 モヒカンは都市の錬金術師から買うと言っていたが、ではその錬金術師は、いったいどこであれを仕入れているのだろうか?


 その一つの答えが、ここにあるのかもしれない。



(ただ、そのまま使っているわけじゃないな。この状態では思念液には及ばない。ほかに何かしらの化合をしているはずだが……あっ、錬金術師ってことは『錬金』あるいは『錬成』ってやつをしているのか? あれってたぶん、二つ以上の素材を使って新しいものに『変質』させることだよな?)



 完全に二次元知識だが、錬金術というからには似たような能力を指すと思われる。


 仮にその場合、思念液の材料の一つが遺跡の水である可能性は高い。


 ヘブ・リング〈低次の腕輪〉の製作しかり、この都市のレベルにしては高度な錬金術師がいると思っていたが、原材料が豊富にある場所ならば利便性という意味では恰好の住処といえる。



(しかし、思念液自体は他の場所でも使用されているはずだ。そうでなければスレイブ・ギアスが作れないからな。…となると、こうした水は他の場所にもあるってことだ。つまり遺跡は、まだ他にも一定数以上あるってことだ。もちろん、この水が特殊な状況下でしか生成できない場合だがな)



 遺跡がここだけ、この水がここだけ、と考えるほうが無理がある。


 病院に行けば、似たような薬剤はすぐに手に入るだろう。海外だって名前は違うが、同じような効果の薬はあるはずだ。


 この東大陸だけでも地球が丸々入るくらいの大きさなので、同じような施設が複数あってもおかしくはない。


 そもそもこの水がどれだけ存在し、どれだけ希少なのかはわからない。


 錬成した思念液が高いだけであり、この水自体は案外ありふれたものなのかもしれない。





 そんな考察を行いながら一向は、あの謎の『棺』の場所に到着する。



 そこでアンシュラオンが、明らかな異常を発見。



「血が落ちているな」



 床にへばりついた血液を見つける。


 血の量はそう多くはないが、乾き具合から察するに、つい最近のものであることがわかる。



「ま、まさか…ミャンメイお姉ちゃんの?」



 血と聞いて、思わずニーニアがたじろぐ。


 こんな場所で血を流す事態など普通ではない。彼女が嫌な想像をするのも無理はないだろう。


 だがアンシュラオンは、落ちていた血液を指で触りながら、こう断定した。



「大丈夫だ。これはミャンメイのものじゃない」


「え? わ、わかるんですか?」


「ああ、濁りが強いし…不純物が多いな。健康状態もあまり良くない。食事にもまったく気を遣っていない証拠だな。おそらくカスオのものだろう」


「そ、そうですか。よかったぁ…」



 血は、この世界で重要な要素の一つだ。落ちた血一滴からでも、さまざまな情報を引き出すことができる。


 すでにカスオの情報は、停滞反応発動を仕掛けた際に取得していたので、こうして触れればすぐにわかるのだ。



(ミャンメイのものではないが、ここで争いが起きたことは事実だ。ミャンメイが自ら、こんな場所に来るわけがない。やはりカスオが連れてきたと考えるべきだろう。もう位置は特定できているしな)



 ここまで近づけば、カスオに仕掛けた自分の生体磁気の反応を感じることができるので、彼がいることは確定した事実である。



(この変な装置も気になるが、特に危険性はないようだ。先にカスオを回収したほうがよさそうだな)



 あからさまに怪しい棺も気になるところだが、どうやら状況は急を要するようだ。


 この場は無視して、さっさと奥に進む。





 数分歩いて到着したのは、【神殿】だった。



 ミャンメイが来た当時のまま、何一つ変わりなく女神像があり、七色の光で彩られている。


 そんな美麗な神殿を汚す存在がいるとすれば、中央で倒れている、あの【薄汚れた男】くらいだろう。



(ふぅ、見た瞬間にクズ臭が伝わってくるって、どういうことだよ。やれやれ、仕方ないな。嫌だけど行くか)



「ちょっとサナをよろしくね」


「ええ、わかったわ」



 サナをマザーに預け、アンシュラオンは倒れているカスオに近寄る。


 カスオは、ぴくりとも動かない。


 動かないが―――




「一度死にかけているな。というか一回死んだな、こいつ。オレの命気がなかったら本当に死んでいたところだ」




 なんとカスオは―――生きていた!



 正直、喜んでいいのかわからない情報だが、カスオはかすかに息をしている。


 グリモフスキーの一撃を受けた段階では、完全に息をしていなかったので、これは少々驚きであろう。


 蹴られて潰れた顔も、多少変形しているところはあるが回復し、捻じ曲がった首も戻っている。


 ミャンメイに刺された腹の傷に至っても、傷痕は残っているものの傷口は塞がっていた。



 彼を救った最大の要因が―――『白の呪印』



 呪印は、カスオの首を絞めて苦しめた最大の要素でもあるが、一方では『生命維持』の効果も発動していた。


 この呪印は命気によって作られており、万一カスオが死に至るほどのダメージを受けた際には、最低限回復させるように設定してあった。


 それによって死を免れることができたのだ。



 こんなクズを助ける価値があるのか?



 と思うのは仕方がない。当然の感情だろう。


 が、これはカスオのためではなく、自分のためだ。


 わざわざアンシュラオンが、こんな場所に来てまで確保したシャイナの父親を簡単に死なせるだろうか?


 死んでもいいが、死なれると今までの労力が無駄になる。だから仕方なく生かすのだ。



(保険は重要だな。危なかったよ。ここで死んでいたら、オレの苦労が台無しになるところだった。…ふむ、この腹の傷痕はミャンメイかな? オレがあげた包丁とサイズがぴったりだ。ただ、こちらの打撃痕は…拳のサイズからして男のものだな。しかし、レイオンとはサイズも当て方も違うな。誰だ?)



 さすがにグリモフスキーのことまでは頭にないので、誰のものかはわからなかったが、打撃痕から力量を測ることはできる。



(うーむ、アカガシ…くらいか? 強くはないし弱くもないといったところだな。相変わらず、このあたりは弱すぎてよくわからん。ともあれ、誰かがミャンメイを助けたと考えるのが妥当か。いや、カスオがやられたということは、こいつの役割がここで終わっただけかもしれない。用済みになったカスオを消して、その男がミャンメイを連れ去った可能性もあるか。…だが、連れ去ったということは、すぐに殺さないということだ。そのほうが助かるな)



 ここで包丁に付けた命気の反応がないということは、ミャンメイが致命的なダメージを受けていないことを示している。


 少なくともミャンメイに怪我はないだろう。状況からわかるのはそれだけだ。





 アンシュラオンはカスオを引きずって一度戻る。



「ひっ、し、死んでいるんですか?」



 ニーニアが、若干顔を引きつらせながらカスオを覗き込む。


 さきほどの血よりも、さらに生々しい『肉』がやってきたのだ。その反応も無理はないだろう。



「残念だけど生きているよ。ところでこいつ、見覚えがない?」


「見覚え…? えと…誰でしょう? こんな人いたかな?」



 さすがカスオである。


 顔が若干変形しているとはいえ、誰からも覚えられないという存在感の希薄さだ。


 思えば奥の連中からも「あいつ誰だっけ?」的な扱いを受けていたものだ。


 ニーニアの覚えが薄いのも、カスオ自身に問題があるのかもしれない。


 ただ、それを利用して悪事を働いていたので、単純に笑って済ませられない要素ではあるのだが。



「ある意味、これだけ存在感がある人は、忘れたくても忘れられないわね。まとっている空気が違うもの。悪い意味でね」



 当然、マザーはカスオを覚えている。


 マザー曰く、クズは顔で覚えるのではなく、雰囲気で覚えるのだそうだ。


 駄目な雰囲気は一目見ればすぐにわかるので、いちいち顔を覚える必要がないという。


 ただ、かなり上級者向けの技術である。ご使用の際は、ぜひとも気をつけていただきたい。


 違うクズを見て「あっ、クズオさん」と言ってしまう危険性が出てくるので、そこは自己責任でお願いします。




 アンシュラオンは周囲を見回す。


 カスオ以外に人影はない。隠れている様子もなかった。



「ここも行き止まりのようだね」


「また仕掛けがあるかもしれないわ。調べてみるわね」


「うん、そっちは頼むよ。オレはこいつを治して尋問するからさ」



 ぎゅうう


 アンシュラオンが、カスオを軽く踏む。


 本当ならば触れるのも不快なカスだが、現在では貴重な情報源である。


 命気で回復させて吐かせるのが一番楽だろう。


 しかし、それで終わるとも思えない。



(こいつの近くに落ちていた銃…。あれは市販のものじゃないし、普通の軍用のものでもなさそうだ。ちょっと面倒そうな話になってきたな)



 アンシュラオンも衛士の銃の改造を行ったので、見た瞬間にカスオの銃が特殊であることがわかった。


 どう考えてもグラス・ギースの文明レベルを超えている。そこにきな臭さを感じるわけだ。



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