463話 「マザーの能力って、やっぱり便利だよね」


 アンシュラオンたちがサナと合流したのは、あのエレベーターの部屋でのことだった。



 行き止まりではあったが、サナは何か仕掛けがあることは勘付いたのだろう。


 いろいろと周囲のものを触りながら、打開しようと四苦八苦していた。


 しかし、なかなか変わらない現状に苛立ったのか、至る所を刀で切りつけるといった奇行も見せた。


 パズルが上手くいかない子供が、癇癪を起こしてひっくり返すようなものだ。


 あるいはゲーム機の電源を切ってしまったり、最悪はゲームソフトを割ってしまうこともあるだろう。


 若い頃にはよくありがちな光景であり、彼女がまだまだ「幼い」ことを如実に示していた。



(ふむ、やはり自分で何かをやるのは、まだ苦手なようだな。大人びて見えるのは単に感情が希薄なだけであって、実際にはこれがサナの現在位置というわけだ。実際の精神年齢は、一歳か二歳くらいか? まあ、もともとがまだ子供だからな。当然の話だろう。むしろこういう姿を見ていると安心するな…)



 以前から言っているように、サナは言われたことに対しては極めて忠実で効率的な動きをする。


 だが反対に、自分からアクションを起こすことは苦手としている。


 自分で考える力が非常に弱いのだ。


 さきほどのように方向性を示してやれば、即座に解答を導き出せる理解力はあるのだが、そこに至るまでの過程がからきし駄目だ。


 役所の人間が、命令されたこと以外はやらないのに似ているだろうか。


 誰が考えてもおかしいことなのに是正せず、淡々と誤った命令通りに動く人形のような状態になる。


 つまりは思考していない状況、【意思がない状態】に陥るわけだ。



 意思がなければ自分で考えることはしない。


 最初の動機が存在しないので何もしないし、何もできない。


 今までのサナはその状態だった。


 その彼女に感情が多少芽生えたとはいえ、すぐに制御ができるわけがない。


 事実、サナはまだ十歳程度の女の子だ。そこまで求めるのは酷であり、不可能だろう。



 そして、そんなサナに対して、アンシュラオンは安堵感すら抱く。


 子供だからこそ日々成長する姿に感動するし、まだまだ自分の力が必要だと感じるからだ。


 サナは庇護欲を刺激してくれる最高の存在でもあるわけだ。




(大丈夫だ! お兄ちゃんがいるぞ! ほら、おいでおいで!)



「…? …とっとっと」



 アンシュラオンがサナに「おいでおいでオーラ」を放つと、それを感じたサナが走り寄ってきた。


 今度はしっかりと自分の存在を把握して、真っ直ぐにやってきてくれたのだ!!



「…ぎゅっ!」



 ぐいぐいっ ぐいぐいっ!


 それからアンシュラオンの服を掴むと、何度も強く引っ張る。



「…じー」



 さらにアンシュラオンの目を、ねだるように見つめる。


 その姿は、兄あるいは父親の助力を求める娘に似ていた。


 表情こそ変わらないが、切実に自分を頼っていることがよくわかる。



 それに―――身悶える。



(ああ、サナ! 可愛いよ、サナ! 可愛い、可愛い、可愛い! こんな可愛い子は、この世界のどこにもいないよぉおおおおおおおおおおおおお!!)



 なでなでなでなでなでなでなでっ!


 すりすりすりすりすりすりすりっ!


 思わず抱きしめて、その艶やかな黒い髪をナデナデスリスリする。


 何度撫でても飽きない。やはりサナは絶品だ。可愛い。最高だ!



「…ぎゅっ、ぎゅっ」



 ただ、サナは早くなんとかしてほしいのか、催促するように服を引っ張り続ける。



「わかった、わかった。すぐにやるから。な?」


「…こくり」


「えへへ、サナちゃんに頼られちゃったよぉー。がんばらないとなー!」



 さきほどの無視もあったので、なおさら心がトロットロである。


 もうサナが可愛くて可愛くて仕方がない。だからこそ期待に応えねばならない。


 冷静に考えると、完全に手の平で転がされているような気がしないでもないが、相手がサナなので他意はないだろう。


 仮にそうでも、可愛いからいいのだ。


 可愛いサナは正義だ!



「…すぅ」



 すると安心したのか、サナから力が抜けていくのがわかった。


 そのままアンシュラオンに抱きつくように崩れ落ちる。



「おっと。さすがに無理をしすぎたな」



 アンシュラオンがサナをキャッチ。抱っこする。


 目覚めたばかりで全力疾走しただけにとどまらず、カブトムシとの戦闘もあったのだ。


 疲れて当然。消耗して当たり前である。



「ジュエルの明滅も弱まっているか…。これって大丈夫なのかな? エネルギーって尽きたりしないかな?」



 何事も無尽蔵な力というものは存在しない。魔石の力も有限のはずだ。


 サナはかなり無理をしているので心配になる。


 そこにマザーがやってきて、ひょっこりサナの魔石を覗き込む。



「魔石はそれ自体が意思を持つものだから、放っておいても自然とエネルギーを回復させるわ。それにあなたが作ったものならば、任意でエネルギーの補充もできるかもしれないわね」


「そんなことができるの?」


「ええ、普通のジュエルと同じね。エネルギーが尽きたら再補充すればいいだけよ」



 一般的に使われている燃料ジュエルにも、当然ながら消費期限が存在する。


 一定以上の力を使い果たしたら、ジュエルが極度に磨耗していない限りは、エネルギーの補充をして再利用される。


 魔石もそれは同じだ。タイプによっては補充してやらないと回復しないものもあるため、そのあたりでジュエルのランクが関係してくる。


 サナの魔石はアンシュラオンが作ったものかつ、命気を吸収できる性質を持っているので、原理的には自分の好きな時に補充が可能だと思われた。



「また黒い狼になったりしないかな?」


「それは…保証はできないけれど、過度に力を与えなければ大丈夫のはずよ」


「そっか。また出たら倒せばいいし、とりあえずやってみようかな」



 じゅわわっ


 アンシュラオンが命気を生み出して、サナの魔石にまとわせてみる。


 すると―――



 パチパチパチッ じゅわーーー



 弾けるお菓子のような小さな可愛らしい音を立てて、これまた小さな雷が発生。


 それが命気と絡み合って、少しずつ力を吸収していく。



「おー、吸う吸う! 美味しそうに吸うなー!」



 その姿は、チュールをもらった猫のようだった。


 ぺろぺろと無心になって吸う姿は、なかなか可愛いと思える。


 そして、数秒それを続けるとジュエルの輝きがひときわ大きくなり、また静かで深みがある色合いに戻っていった。


 ジュエルの中の金糸が太く大きくなったのは、気のせいではないだろう。


 しっかりと力を吸収した証拠である。



「それくらいなら問題なさそうね。魔石の状態も良さそうだわ」



 マザーのお墨付きも得たので安心だ。


 黒雷狼は全力に近いアンシュラオンの戦気を使って生まれたモグマウスを、百体以上吸って生まれた存在である。


 それと比べると今回は本当に微量なので、魔石が黒雷化することはないだろう。





 これによって、サナの魔石は安定。



 彼女自身はまだ疲れが残っていて、自分の腕の中でじっとしているが、魔石から力を分けてもらえれば回復も早まるだろう。



(サナのことは、これで安心だ。さて、次はこの部屋をなんとかするわけだが…オレもここにやってくるのは初めてだからな…。行き止まり…じゃないよな。この感じは)



 サナに格好良いところを見せたいが、実際のところはアンシュラオンもよくわかっていない。


 探るように周囲を見回す。


 一見すれば、ただの何もない空間だが、アンシュラオンの目にはしっかりと「ヒント」が映っていた。



(かろうじて『痕跡』が残っているな。カスオがここにいたのは間違いない)



 呪印からこぼれた、かすかな気配がまだ残っていた。


 本当に微細なものなので自分でなくては追えないものだが、カスオが辿った経路がわずかに見えた。


 それは入り口から入って、中央やや奥にある台座に続いていた。



(台座…か。明らかに怪しいよな)



 こんな何もない部屋に、ぽつんと台座があれば誰だって気になるだろう。


 アンシュラオンは、サナを抱っこしながら台座に向かう。



 台座には、複数のジュエルが植えつけられていた。


 それほど複雑な造りではないが、迂闊に触っていいのか判断に困る。



(訳のわからないものに触るのは嫌だな。何か法則性がわかればいいんだが…)



 世の中には、いきなり触って確かめる方法を好む人間もいる。


 アンシュラオンもどちらかといえばそのタイプだが、遺跡の装置となると危険性のレベルが違う。


 ネットで危険なサイトに行くだけでも心配になるのに、この状況で簡単に触るのは心情的にもはばかられる。



「ちょっと見せてもらってもいいかしら?」



 そんな時である。再びマザーが助け舟を出してくれる。



「わかるの?」


「知識はないわ。こんなものは初めて見るもの。だから【調べる】のよ」



 マザーは自分の魔石、テインヂュ・ザ・パール〈連鎖と浸透の清眼〉を取り出すと、ジュエルに近づけては何やら頷いている。



「何をしているの?」


「ジュエルの機構を解析しているのよ」


「それって、サナのときにもやった、ジュエルの効果を見極める能力?」


「そうね。そのジュエルの中身、機能等を分析する力よ」


「改めて聞くと、かなりすごい能力だよね。発見した謎のジュエルとかの中身もわかるわけだよね?」


「物によるかしらね。この魔石のレベル以上のものは完全には解析できないの。サナちゃんのジュエルも完璧には解析できていないのよ。わからないところ、ブラックボックスには蓋をして、安全なところだけで動かしているだけにすぎないもの」


「それができるだけでもすごいよ。そっか、これがサポート系の能力の凄さか。いいね」



 自分の能力は、生粋の戦闘系である。


 命気という癒しの能力はあるが、あくまで戦気の気質の変化にすぎないし、万能とは程遠い。


 それと比べて、マザーの能力はサポートに特化している。


 補助役は軽視されがちだが、あるとないとでは利便性に大きな差が生まれるだろう。


 山を登るためには地図とルートを熟知する必要があるのと同じだ。


 何も知らなくても登れなくはないが、あったほうが遙かに確実で安全である。



(マザーの場合は、調査・分析系かな? これってすごく重要な能力だよね。『鑑定』というものもあるけど、分析したうえで制御できるのってが極めて大きな力だ)



 今まで戦闘のことしか考えていなかったアンシュラオンにとってみれば、マザーという人材は非常に有用だ。


 改めて彼女が仲間になったことをありがたいと思うのであった。




 それから数十秒で、マザーの解析が終わる。



「わかったわ」


「早いね」


「簡単な機構だったもの」


「それがわかるのがすごいのさ。で、どうだった?」


「移動装置だと思うわ。これが制御のジュエルね」


「移動…か。まあ、ここにいないってことは、それしかないよね。動かせそう?」


「ええ、問題ないわ。絶対に安全とは言えないけど…どうするかしら?」


「マザーを信じるよ。動かしてもらえる?」


「でしゃばった真似をしてごめんなさいね」


「いやいや、助かったよ。マザーの力もオレの一部だから、そのあたりはまったく気にしないさ」



 特にこの遺跡に興味もないので、潔く彼女の力を借りることにする。


 「お兄ちゃんに任せておけ」は、「お兄ちゃんの金と人材をフル活用するからな!」という意味でもあるので、これもけっして間違いではないはずだ。


 自分のものであるマザーが解析したのならば、それはつまり自分の功績でもあるのだ。


 かなり強引な理論ではあるが、結果が伴えば何でもいいだろう。





 ウィイイインッ



 がくんっ



 マザーが台座を操作すると、エレベーターが起動した。


 ふわっとミャンメイも感じた浮遊感に包まれる。



「おっ、これはエレベーターかな? 降りている感じがするね」


「そう感じるのも仕方ないけど、ジュエルを解析した限りでは『転移』術式の系統だと思うわ」


「転移? 瞬間移動ってこと?」


「そうね。部屋が移動しているのではなく、『切り替わっている』と考えたほうが正しい表現かしら。厳密な原理はわからないけれど…」


「転移って、この世界で一般的なものなの?」


「とんでもないわ! 極めて難しい術式よ。生身の人間で自在に転移を操れる者がいるとしても、世界中で数人といったレベルでしょうね」


「それを遺跡が機械的に実現させているってことか。となると昔は、こういう術式も普通に使われていたと考えるべきだよね。あのカブトムシもそうだけど、昔のほうが文明レベルは高かったわけだね」


「…ええ、そうね。過去の技術、すでに失われた文明の技術には、転移が可能なものも多かったそうよ。これも考古学者たちの領域だけれど、神機が残っている以上、あながち嘘ではないわね」



 神機自体が、過去の文明によって生み出された戦闘兵器である。


 現在ではレプリカの製造までは進んでいるものの、神機自体を生み出すことには成功していない。(WG以外)


 そこに絶対的な技術力の差があるわけだ。



(過去のほうが技術力が優れていたってのは、なかなか面白いもんだな。ファンタジーゲームでは、よくありそうな設定だしね。さて、この下には何があるのかな? いや、下かどうかもわからないのか)



 アンシュラオンたちは、さらに奥に進む。



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