462話 「マザーの予感」


 サナの飲み込みの良さは相変わらずだ。


 彼女は言葉を話さない分、感覚でダイレクトに物事を把握する。


 それが『五感強化』によってさらに拡大強化され、こちらの意図を的確に見抜くのだ。


 そのことにアンシュラオンが軽い感銘を受ける。



(いいなぁ…そうだ、そうなんだ。これがオレの求めていたものだ。オレの言う通りに動き、その期待に応える。サナ、お前はやっぱり最高だよ)



 育てる喜びに勝るものはない。


 RPGやSLGだって、キャラを少しずつ鍛えていくから面白いのだ。


 特にこうしてメキメキと伸びている時期は最高だ。心臓の高鳴りと興奮を隠しきれない。


 強くなりすぎてしまった自分にとって、サナの成長こそが最大の悦びであった。



(『早熟』という点が若干気になるが…まあ、それはいいだろう。早く育ったほうが戦力になるのは間違いない。もし早めに育ってしまったら…そうだな。サリータたちの教育でも任せてみるか。サナだって自分の周りの人材は自分でそろえたいだろうしな。その分、オレは新しいスレイブの発掘に集中できるのもメリットだ)



 ちなみに『早熟』スキルは、早い段階でステータスの底が見えるのではなく、レベル上限の半分までは、通常の五割から七割の経験値でレベルが上昇するというものだ。


 その代わり、その後半からは必要経験値が三割増しになるというデメリットがある。


 デメリットに関しては強い魔獣を日々狩っていけば問題ないので、一般人だったサナにとっては、早めに育ったほうがメリットは大きいだろう。


 現状でのサナのレベル限界は「99」なので(また上がった)、50近くまではすぐに到達することになる。


 50がレベル限界の武人も多いので、ここまでくればそう簡単に死ぬことはなくなり、安全性も高まる。


 これもサナの身を案じるアンシュラオンにとってはありがたいことだ。


 そして、ここまでサナが急速に育つことは想定していなかったが、アンシュラオンには最初からある程度のプランがあった。



 それは、【サナ親衛隊】の設立である。



 サナが弱い時には単純に護衛部隊として考えていたが、今こうして強くなってきたことを考慮すれば、普通に運用可能な戦力として持っておくのもいいだろうか。


 サリータを身内に入れたのも、もともとはサナの護衛に使えそうだったからだ。親衛隊は、その発展版である。



(セノアとラノアがどれだけ使えるかだな。最悪はメイドでいいけど、術士の能力次第では組み込んでもいいかな。サリータはどうかな? 正直今のままでは、サナとの差が開くばかりだ。どこかでテコ入れが必要だよな。せめて量産した魔石を使える程度にはなってほしいが…不器用だから心配だな。ううむ、自衛軍を作るにしても戦力が全然足りないな。マキさんだけじゃ駒が足りないし…困ったなぁ)



 はっきり言って、現状では戦力と呼べるほどの人材がいない。せいぜいマキくらいだろう。


 マキにも魔石(スレイブ・ギアス)を与えるつもりなので、それで強化してさらに強くなってもらいたいが、自分の構想では、そのマキと同等クラスの人材が最低でも五人は欲しいところだ。


 もっと言えばガンプドルフくらいの実力者も欲しい。


 その役割はサナ当人に期待するとしても、まだまだスレイブの数を含めて望む水準には至っていない。


 といっても、そんなままならない状況を楽しんでいるのが本音だ。



(まあいいか。簡単に手に入ったらつまらない。サナの強化も始めたばかりだし、天才で早熟といっても、高みに昇るには相当時間がかかるだろう。それなりに本気のオレと組手できるくらいになるには、まだ何年もかかるはずだ。ああ、楽しいなぁ。ドキドキするなぁ。自分のものってのは、どうしてこんなに愛しいんだろうか)



 アンシュラオンは他人のものに興味を示さない。嫉妬も羨望もしない。


 どんなに世間での評価が低かろうが、自分のものだからこそ興味があるのだ。


 それは言葉を発せられないという些細な理由で、安く売られていたサナを選んだことでも証明されているだろう。


 その彼女も、こうして手塩にかけて大切に育ててあげれば立派に強くなっていく。不器用なサリータも、見捨てなければまだまだ成長していくはずだ。


 それでいい。だからこそ面白い。そのギャップがいいのだ。


 今後も好き勝手に楽しくスレイブを集めていく予定だ。あとはそれを邪魔されないように、しっかりとした地盤を作ればいい。


 今はその地盤作り。序盤の資金集めのようなもの。


 資金作りは面倒で大変だが、目的があればそれもまた楽しいものである。





 と、そうこうしている間に、サナが三匹目のカブトムシにとどめを刺していた。



 バチバチバチッ ぶしゅーーー ガタン



 雷刀で内部がショートし、機能を停止させる。


 結局サナは、アンシュラオンの手助けなしにカブトムシ三体を撃破したのだ。


 それだけでも素晴らしい戦果である。



「…はー、はー」


「サナ、よくやったな! さあ、お兄ちゃんのところに飛び込んでくるんだ! いつでもいいぞ!」



 サナの戦闘に満足したアンシュラオンが、両手を広げて待っていた。


 イメージとしては「がんばったな、サナ!」「うん! これもお兄ちゃんのおかげだよ!」「ぎゅーー(抱き合う二人)」である。


 そんなふうに自分の期待に応えたサナを、たっぷり堪能しようと思ったのだが―――



「………」



 かちゃんっ スタタタタタッ


 サナは刀を鞘に納めると、こちらを振り向きもせずに奥に向かって走り始めた。


 どうやら今はミャンメイのことしか考えていないようだ。




「………」




 その結果、取り残される兄。


 両手を広げて万全の態勢で待ち構えていたからこそ、微妙な空気が流れる。


 後ろで見ている、マザーとニーニアの同情の視線も痛い。



「…こ、こほん。ううん。まあ、サナも成長しているようで何よりだね。うんうん。お兄ちゃんは嬉しいよ」



 少し大きめな独り言で、その場を誤魔化す。


 だが、内心はちょっと泣きそうだ。



(くおー、サナー! お兄ちゃんを置いて、どうして先に行っちゃうんだよーー! うおおおお! サナーーー! サナァアアーーーー!)



 ちょっとじゃなかった。すごく泣きそうだった。


 五秒くらいショックで動けないほど泣きそうだった。


 だが、サナに悪気がないことはよくわかっているので、なんとか立ち直る。



(うう、サナってけっこう近視眼的というか、一つのことに集中すると周りが見えないんだよな…。それだけ必死になっているってことを喜ぶべきかな。…さて、それはそうと)




 アンシュラオンが、動かなくなったカブトムシを見る。



「しかしまあ、なんでこうも毎度出てくるんだか。しかもボロボロだしな…」



 軽く小突いてみたが、まったく反応しなかった。


 すでに半壊状態だったことを思えば、動いていたこと自体が奇跡だったのかもしれない。



「入り口で遭遇したのとタイプは同じみたいだ」


「これがあなたが言っていたロボットというやつね。たしかに戦闘用の兵器みたいね」


「へー、こんなの初めて見ました」



 マザーとニーニアも驚いたようにカブトムシを眺める。


 ただし、ニーニアはこんな危険なものが近くにあったことに驚いているのだが、マザーはまた違った視点でそれを見ていることに違いがあった。


 各所に搭載されている『武装』を確認したマザーが、改めてカブトムシを分析する。



「中身は…当たり前だけど人は乗っていないわね。となると、かなり高度な無人兵器ということになるわ。こんなのカーリスの軍隊でも持っていないでしょうね」


「カーリスに軍があるの? 宗教組織だよね?」


「あるわよ。公にはロイゼン神聖騎士団という扱いになっているけれど、実質はカーリスの軍隊と呼んでかまわないわ。カーリス発祥かつ国教の国ですもの。そこは切り離せないのよ」



 宗教と聞くと危ないイメージが湧くが、所詮は思想の違いにすぎないので、宗教組織が武装するのはおかしいことではない。


 実際にカーリスは独自に軍を持っているうえ、国家であるロイゼン神聖王国と戦力を共有している。


 ロイゼン自体は世界地図でいえば中央北の島国であり、西側には属していない独立した国家であるが、西側からも距離が近いため最新の近代兵器を多く導入している大国でもある。


 地理上の雰囲気は、日本から見たオーストラリア、といったところだろうか。


 オーストラリアも日本の二十倍くらいの国土を有するし、この星が地球の四倍以上の大きさなので、ロイゼン神聖王国がどれだけ大きいかがよくわかるだろう。


 この時代にはまだ国際連盟は存在しないが、現状でも常任理事国と同程度の発言力と軍事力を保有している先進国である。



「どんな兵器があるの? 戦艦もある?」


「戦艦もあるわ。兵器に関しては一般的な銃火器が中心だけれど、基本はやっぱり武人の騎士になるのかしら」


「集団戦闘…軍隊と軍隊の戦争ってどんな感じ?」


「基本は艦船の砲撃ね。それから騎士が乗り込んで白兵戦闘をする、というのが通常の戦いらしいわ。私もそれほど詳しくはないのだけれどね」


「なるほど…戦艦と武人が主力なんだね」



 この世界では戦艦と同レベル以上に、武人が大きな力を持っているようだ。


 考えてみれば当然だ。人間自体が柔軟かつ強靭な生物なので、上手く運用できれば最大戦力になるだろう。



(雰囲気的には中世の海上戦闘…といったところかな? 砲撃で応戦しながら、乗り込んで制圧。うん、そのイメージがぴったりだ)



「神機はあるの? 戦争に使ってる?」


「神機のことも知っているのね…」


「まあね。逆にそれくらいしか知らないけどね」


「神機は…あるわ。カーリスの守護者たる『シルバー・ザ・ホワイトナイト〈信仰に殉ずる白き騎士〉』がね。私も実際に動いたのは見たことはないけれど、代々白騎士に選ばれた高名な剣士が乗るそうよ」


「へー! 面白い! それって野良じゃない神機のことだよね。強いのかな? 素手で倒すのは大変そう?」


「とてもとても無理よ。神機は神機でしか対応できないわ。あるいは、そのレプリカの魔人機じゃないと対等には戦えないわね」


「ふーん、そうなんだ。魔人機…か。師匠が言うには『玩具』らしいけど、それなりに使えるのかな?」


「魔人機を玩具呼ばわりなんて、随分と豪胆な師匠ね」


「まあ、ハゲだしね」



 そこは関係ないと思うが、陽禅公が若い頃は武者修行で各地の武人を倒して回っていたという。


 その際に素手で魔人機も撃破しているそうなので、アンシュラオンの中では野良神機以下という程度の扱いでしかないし、実際にその場合が多い。



 と、多少脱線してしまったが、カーリスが世界有数の大きな軍を保有していることが重要だ。


 その内情を知るマザーが、こんな兵器は見たことがないと言っているのだ。



「無人機って概念はあるんだね」


「ええ、遺跡から発掘されることが多いから、それをベースにして研究は進められているわね。ただ、実用化には至っていないと聞くわ。結局、武人を運用したほうが効果的で安上がりになるという話ね」


「それを言ったら身も蓋もないね。人間は放っておいても増えるし、サナでもこれくらいの相手は倒せるわけだから、武人を育成したほうが早そうだ」


「これはその中でも良質なほうじゃないかしら。これほどまでに良い状態で残っていることのほうがすごいわ」


「ボロボロだったよ?」


「動くだけでもすごいのよ。普通は機能を完全に停止して、もっと不完全な状態で発掘されるものですもの。動いているものは極めて貴重よ。グラス・ギースが未発掘の辺境だからかしら? これだけでも大発見かもしれないわ」


「学術的に価値があるのはわかったけどさ、マザーたちがこいつらを見るのは初めてなんだよね?」


「そうね。こんなものを最初に見ていたら、あんなに穏やかには暮らせないわ」


「じゃあ、なんでオレたちの前にだけ出てくるの?」


「…さぁ? 好かれている…のかしら?」


「もしそうだとしたら、まったくもって迷惑な話だよ」



 どちらが先に攻撃を仕掛けたのかはわからないが、カブトムシの攻撃の苛烈さを見る限り、サナ単体でも彼らが反応することは間違いないようだ。


 なればこそ、その基準がまったく不明である。


 なぜ自分たちだけに反応して、マザーたちには反応しないのか。


 好きで絡まれるわけではないので、そこに理不尽な感情を抱くのは仕方ないだろう。



「さすがにそれはわからないけれど…遺跡があなたたちを『怖がっている』のかもしれないわね」


「怖がる?」


「だって、これほどボロボロなのに立ち塞がるって、相当なものじゃないかしら? まるで巣穴に侵入された虫や動物のような反応だわ」


「…なるほど。そういう見方もあるか。たしかに遺跡側からしたら、オレのほうが外敵ということになるね。あくまで敵対関係にあるという前提が必要だけど」



 彼らの行動は、虫の巣に外敵、それも『天敵』が侵入した場合の反応によく似ていた。


 侵入された側は存亡がかかっているので、もう必死になって戦うしかない。


 怪我をしていようが今にも死にそうだろうが、戦力になりそうなものを次々と戦闘に投入して、少しでも時間を稼ぐ。あるいは相打ち覚悟で潰そうとする。



(これだけの数があるということは、このカブトムシは『兵隊』ということか。ならば、こいつらが守る何かがあるってことなのか? 虫なら…『女王』とかかな? あるいはほかに重要なものでもあるのか? どちらにせよ外敵扱いされるのは面倒だな。さっさとミャンメイを確保して戻ったほうがよさそうだ)



「二人とも、覚悟はいい? この先、何が出てくるかわからないよ? 今なら引き返せるけど…」


「これくらいで驚いていたら、あなたの傍にはいられないのでしょう? 大丈夫よ。自分の身の危険は感じないもの」


「試合会場の魔獣のほうが、よっぽど怖かったです。全然平気です!」


「やれやれ、それだけの覚悟があれば仕方ないね。じゃあ、行こうか」






 アンシュラオンはサナを追う。



 今回もマザーたちは抱き上げられる形になるが、すでに慣れたもので安心して身体を預けていた。


 ただ、そこでマザーはニーニアの言葉に引っかかるものを感じていた。



(試合会場の魔獣…か。たしかにこの無人兵器より、あちらのほうが怖ろしかったわね)



 もちろんニーニアは、なんとなしに言っただけだろう。そこに深い意味はなかったはずだ。


 だが、その言葉は実に的確に現状を表しているように思えた。



(あの巨大な力の塊。あれはまさに暴力の塊であり、『暴力の化身』と呼べる存在だったわ。だって、遺跡の結界すら破壊してしまうのですもの。それがトリガーになった可能性はありそうね)



 マザーも地下で暮らしてきて、ずっと気になっていたことがある。


 この地下が、なぜ『暴力禁止』となっていたか、だ。


 そこまで徹底して管理しながらも、なぜ闘技場や多少の暴力は容認されていたのだろう。そこに矛盾を感じていた。


 だが今、その答えが少しわかった気がした。



 それは、【より巨大な暴力の存在】を生み出さないためだったのではないか、とも考えられるのだ。



 大きな物の見方をすれば、闘技場で数十人程度の人間が死ぬことは、さして大事ではない。


 いざ戦争や内乱が起これば、何万人と死ぬのだ。この程度の数で済めば十分「安全運転」といえるだろう。


 だが、黒雷狼のような存在は、まさに人類にとって脅威になりうる存在だ。大事件である。


 それに遺跡が反応した可能性は極めて高い。なにせ今まで五年間、こんなことは一度もなかったのだ。


 それがアンシュラオンが来てから数日でこうなった。明らかに異常であり、彼に反応しているのは間違いないと推測できる。


 こうなると遺跡の評価が【逆】になるのだが、当人はまったくそのことに気付いてはいないようだ。



(ふふふ、白い王様と一緒にいると飽きないわね。久々に血が燃え立つようよ。もしかして若返っちゃうかもしれないわ。これからが楽しみね)



 刺激は人に若さを与える。


 結婚して小さくまとまってしまった人は、急速に老けていくが、独身で常に冒険心に満ちている人は、いつまでも若く見える。


 どちらがいいとは一概にはいえないが、マザーにとって刺激的な日々が始まることは確実であった。




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