461話 「異変感知 後編」


 サナの成長が目の前にあるのだから、それを優先するのは当たり前。


 その判断に、いっさいの迷いもブレも存在しない。ほぼ即断である。



 ここにアンシュラオンの確固たる信念が垣間見えた。



 戦闘以外にまったく生きざまが見られない男であるが、唯一にして絶対なのがサナという存在だ。


 結局、自分独りならば生きる理由もないのだ。


 普通の人生が嫌で、あえて違う人生(転生)を選んだのだから、そこで出会ったサナのために生きることが、今の自分にとっての『生』そのものだ。


 そして自分の期待に応えて、彼女は少しずつ強くなっていっている。


 だが、まだまだ足りないものがある。


 こればかりは、どうあがいても簡単には手に入れられないものだ。




―――戦闘経験値




 である。



 魔石を得て高い身体能力を手に入れたサナは、レイオンに勝てる可能性が十分あった。


 能力値と爆発力だけを見た場合、下馬評ではサナのほうが評価は上になるだろう。


 されど、結果は知っての通りだ。



 勝負を分けたのが、戦闘経験値の差である。



 魔石の力に頼って、ただ攻撃だけに集中していたサナの様子を見たレイオンは、状況に合わせて戦い方を変えていた。


 危ないと見るや即座に下がり、ひたすら防御に徹したのだ。それによってサナの息切れを誘発させることに成功する。


 ボクシングではないが、秒殺でもしない限り、戦いは12ラウンドまで続くと思ったほうがいい。


 その間にさまざまな展開があるだろう。攻めるときがあれば引く場合もあるし、回復に専念するときだってある。



 そういった適切な判断を、【相手ごとに切り替える】ことが重要なのだ。



 事前に戦う相手がわかっているわけではない。現実では、今回のように突発的に戦うことのほうが多いだろう。


 自分のように『情報公開』を持っているわけでもない以上、戦いながら致命傷を負わずに、その分析をしなくてはいけない。


 そう、どんなときでも、である。


 たとえ疲れていても焦っていても、それを怠っては勝利は掴めないのだ。




「…はー! はー!」



 サナは疲弊した身体を必死に動かしながら、刀を振るう。


 ガキィイインッ!


 刃は硬い外装に弾かれて、多少の傷を作っただけにとどまる。



「…ふー! ふー!」



 それに苛立ったのか、さらに激しく斬りつける。


 ガンガンッ ガキィンッ!


 しかし、装甲が厚くて再び弾かれる。



「…ふーーーー! ふーーーー!」



 ガンガンガンガンガンガンッ!!


 変わらない現状にさらに苛立ったのか、滅多打ちにするが装甲は破れない。


 その隙に他の一匹が突進してきた。



 サナは反応が遅れて―――



 ドンッ!



「…っ!」



 弾き飛ばされる。


 だが、猫のように空中で見事に回転して受身を取る。


 くるくる ズザザザザッ!!


 そのおかげでダメージは最小限に抑えられたようだが、不覚を取ったのは事実である。



(これが万全のカブトムシだったら危なかったな。弱った今のサナなら、腕一本くらいはもっていかれたはずだ)



 子供かつ女性のサナは、やはり耐久性に長けているとはいえない。


 魔石を解放しても「あの程度」の耐久値なのだ。


 正直、マキと同等レベルの武人の技を受けたら一発で沈むだろう。


 だからこそ細心の注意が必要だが、そこはまだ子供。あらゆる面で不足が見られた。



(戦いにおいて感情の制御は重要だ。戦気を生み出すために気合を入れる必要があるのに、正しく扱うには制御しないといけないのだから大変だ。そうした戦気術もまだまだだが、なまじ力を得たせいで周囲が見えなくなっている。焦りの感情の発露も原因かもしれない。このあたりは試合でも見られた課題なんだが、そう簡単には解決しないよな)



 今までのサナは弱いからこそ、周囲を良く見て戦っていた。


 しかし、ニットロー戦でもその兆候はあったが、最低限とはいえ力を得た今は、かなり強引に攻撃を仕掛ける癖が生まれつつある。


 それで倒せるのならば問題はないが、実戦がそんな甘い世界でないことは散々述べてきた通りだ。


 しょうがない。これは誰でもぶち当たる壁だ。


 サナの場合は完全な初心者から始めるので、その壁の数が山ほどあるのがかわいそうなところである。



(刀の振り方は良くなった。荒ぶっていても芯を当てている攻撃だ。さすが共鳴を経験しただけはある。しかし、サナ。その攻撃では敵を倒すことはできない。特にそいつに『斬撃』は有効打にはなっていないぞ)



 基本的な攻撃手段は、打撃、斬撃、刺撃の三タイプに分けられる。


 すべての技には、どれかしらの属性が宿っていると思っていい。


 たとえば放出系の戦弾であっても、衝撃を利用したものならば打撃属性に入るので、覇王流星掌もこの属性を宿しているといえる。


 一方、空点衝などの技は、細いビーム状に打ち出すので刺撃に属する。貫手の羅刹なども同じ系統だ。


 この三種には相性が存在し、戦局や相手に合わせたほうが効率的に戦えるのは道理であろう。


 アーブスラットが使った『風域活殺千手』が、打撃、斬撃、刺撃によって構成されていたのは、あらゆる攻撃に対応するためである。ちゃんと意味があるのだ。



 そして装甲が厚い相手に、斬撃は不利な傾向にある。



 もちろん圧倒的な斬撃ならば、どんなに強固な鎧だろうが簡単に切れるわけだが、実際にそれをやるのは難しいだろう。


 この場合、打撃のほうが有効打になることが多い。


 たとえば戦国時代の長槍も突くのではなく、相手の鎧を『叩く』ために使われたというように、衝撃を内部に伝えたほうが有効だったのだ。


 サリータが硬い装甲を持つヤドイガニにハンマーで攻撃したように、メイス等の打撃武器は重鎧に効果的である。


 最終的に相手を殺すために武器と技があるのであって、目的に応じて使い分けたほうが効率が良い。



 そして今のサナは、斬撃しか使えないので有効なダメージをカブトムシに与えられないでいる。



 剛斬は出すが、これも結局は斬撃であり、装甲の素材自体が強く、なおかつ戦気を遮断する性質であるロボットには、なかなか決定打にならない。


 それで焦りが募って、動き全体にも隙が生まれつつある、という芳しくない状況に陥っていた。



(いろいろ成長していても、まだまだ子供だ。学ぶべきものは多いな。だが、実戦で学ぶチャンスがあるのは幸運といえる。…さて、このままだと時間が経つばかりだ。平時ならばじっくり眺めていたが、さすがに今回は何時間もかけるわけにはいかない。ヒントくらいはあげてもいいだろう)




「ちょっと待っててね」



 アンシュラオンはマザーとニーニアを下ろすと、腰からダガーを抜く。(まだ抱っこしてた)


 包丁はミャンメイにあげてしまったので、市販されている普通のダガーである。


 生粋の剣士ではないので得物にこだわりはなく、剣気を出せる刃物であれば何でもいい。



 そして、剣硬気。



 ブゥウウンッ



 まるでレーザーソードのように戦気が伸びて、光の刃となる。


 これはもう珍しいものではないだろう。かなり初期から使っている技なので説明は不要だ。


 ただ、今回はそこにもう一段階の要素を加える。


 

 バチバチバチッ



 戦気で出来た刃に別の要素―――【雷】を宿す。



 剣王技、雷鳴斬。


 ガンプドルフが使った技で、剣に雷気をまとわせて攻撃する因子レベル1の技である。


 それを剣硬気に応用すると『剣硬雷気けんこうらいき』という技になる。


 単純に雷気を固めて作った刃と思ってもらえればいいだろう。


 雷属性がないアンシュラオンが使っても、威力としては普通の剣硬気と大差はないので、普段はまったく使う必要性がないものだ。


 感電させる目的ならば、これよりも雷神掌のほうが出が速いし楽である。



 では、なぜこれを出したのかといえば―――



 剣硬雷気をさらに伸ばし―――壁に突き刺す。



 ザクッ! バチバチッ



 極めて強固なはずの壁に、あっさりと剣気が突き刺さる。


 アンシュラオンがやった行動は、たったそれだけだ。


 しかし、これで十分目的は達せられた。




 事実、サナは―――見ていた。




「…じー」



 苦戦中とはいえ、突如出現した巨大な戦気をサナが見逃すはずもない。


 カブトムシの攻撃を切り払い、間合いを取って剣硬雷気を観察している。


 まだサナに剣硬気は使えない。ちゃんとした雷爪も扱えないくらいなので、剣硬雷気を維持するだけの力量はない。


 それでも『意図』は伝わる。


 アンシュラオンにサナの気持ちがわかるように、彼女も自分の気持ちがわかるのだ。



「…こくり、ふー」



 サナが、ひと呼吸。


 一旦下がって、間を置いたのだ。


 無理に交戦せず、刀をしっかり構えて防御重視の構えを取った。



「…ふーー、ふー、…すー、すー」



 そうしている間に、次第に呼吸が落ち着いてくる。


 武人の戦いは激しいがゆえに、こうした一瞬の休息が非常に重要な要素になってくるものだ。


 ボクサーが、たった一滴の水を飲むことで力を引き出すように、そのひと呼吸が練気を安定させる。



 サナの心に、深い静寂が戻った。



 巨大な力が、背後にある安心感。


 感情が少しずつ芽生えてきたがゆえに生じた乱れを、白い力が安定させてくれる。


 黒い力だけでは暴走してしまう力を、白が支える。



 ぎゅっ



 サナは刀を握り締めると、再びカブトムシに突っ込んでいく。


 カブトムシはすでにビームを出せないほど弱っているようで、怖い攻撃といったら丸鋸刃まるのこくらいしか見当たらない。


 その丸鋸刃に至ってもボロボロなのは変わらず、刃がほとんどなくなっていたり、根元からぽっきり折れているものさえあった。


 老朽化というレベルではない。すでに何かと交戦して大破寸前まで追い詰められたといった様相だ。



「…じー」



 サナは相手を観察している。


 カブトムシが極度に弱っていることを再確認し、冷静に相手の攻撃を回避。



 すっとかわして、サナが一気に跳躍。



 ヒューーンッ ガキィイインッ



 カブトムシの上部に刀を突き刺した。


 装甲が厚いので刃は相変わらず通らない。


 そもそも反りのある日本刀での突きは、高難度の技である。今のサナに使いこなすのは難しいだろう。


 しかし、上手く隙間を見つけて、内部に突き入れることには成功したらしい。


 いいのだ。これでいい。それが目的なのだ。




 刀身に―――【雷】をまとわせる。




 バチバチッ バチィイイイイイッ!!




「ピ―――ガガッ!!」



 雷が刃を伝わって、カブトムシの内部に浸透。



「…ぐいっ!」



 さらにサナが出力を上げると―――



 バリバリバリーーン


 ブシュウウウッ ガタンッ



 カブトムシから煙が上がって、そのまま動かなくなった。


 雷撃によって回線がショートしたのかもしれない。あるいは動力となったジュエルを破壊したのだろうか。


 どちらにせよ、この攻撃は相手に有効であると判明した。




(ふむ、やはり有効なようだな。精密機械が雷に弱いってのはセオリーだ。これを確認できただけよかったかな)



 当然これはアンシュラオンの想定内の事態である。


 自分が倒した時は戦弾や拳で倒してしまったので、属性という意味では実験できなかったが、多分に漏れず雷には弱いらしい。


 実際のところ、雷撃は非常に有用なスキルである。


 戦車や装甲服の一部には補助回路が積まれていることもあるため、それを潰してしまえば動きが一気に鈍くなるか、そのまま行動不能になる可能性が高い。


 ガンプドルフが乗る巨大ロボット、魔人機(通称MG)に至っても、AIを搭載しているので雷撃には弱い傾向にある。


 もちろん装甲板は耐雷仕様にはなっているが、直接流されれば危険なのは変わらない。


 そうした『対軍隊』という意味で、サナは極めて優秀な力を得たことになる。


 もし衛士隊と戦闘になっても遅れを取ることはないだろう。むしろ相手にしてみれば天敵である。




 サナはその後も、雷刀を使って二匹のカブトムシを圧倒していく。


 たとえ斬撃で切れずとも、雷撃を上手く当てていけば相手の動きを制限できるので、圧倒的に有利になるのだ。


 アンシュラオンが剣硬雷気を見せた意味を、しっかりと理解している。


 そう、これこそがサナの本来の長所だ。



(よし、落ち着いてきたな。彼我の戦力を冷静に分析できるのが、お前の最大の力だ。ただ雷を放出するだけでは力が分散することになり、消耗も激しくなる。だが、媒体を通して発動させれば、必要な分だけ力を扱える。今の弱った状態が奏功したな)



 サナは今、雷の出力が弱った状態にある。


 もし全力が出せたら、レイオン戦のように落雷や雷爪を使って倒していただろう。


 しかしながら、それでは消耗が激しいこともすでに判明している。


 あんな戦いをしていたら即座にグロッキーだ。継戦能力が一番大事だと教えている初期鍛練において、あまりよろしくない状態と憂慮していたものだ。


 それがこの幸運。


 ピンチがチャンスとは真実だ。出せる力が少ないからこそ、それを上手く活用する方法を学ぶチャンスが与えられたのだ。


 サナに無駄なプライドがなかったことも幸いだった。


 レイオンに善戦したことで調子に乗るような普通の人間だったら、なかなか現実を認められなかったに違いない。


 やはりサナは素直だ。だからこそ成長も早い。


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