460話 「異変感知 中編」


 アンシュラオンは入り口を抜けてサナを追うも、まだ姿は見えない。



(さすがに速いな。直線の動きだけならば、オレの軽いフットワークくらいには相当するかもしれない。いい武器を持ったな。これからが楽しみだ)



 この速度で追いかけてきたアンシュラオンよりも早く先に進んでいる。


 いくらサナ単独での行動とはいえ、かなり速いといわざるをえない。


 このスピードが今後、彼女の武器になっていくだろう。


 これならば全力を出したアーブスラットとも対等に渡り合えるはずだ。


 女性は腕力ではどうしても劣る傾向にあるので、スピード重視は悪くない強化案といえる。



 その後もアンシュラオンは、サナと同等の速度で追尾する。


 しかしながら自分は二人の女性を抱えてであるし、さらに細かい配慮も忘れていない。



「あらあら、もっと風を感じるかと思ったけど、そうでもないのね」


「あっ、本当。不思議だね」



 走っている間は、周囲を薄い水で覆うことで二人を守っていた。


 この速度で移動した場合、一般人だと風圧だけで怪我をしてしまう可能性もあるからだ。


 たとえば自転車で走行中、セミやカナブンが顔面に当たって痛い思いをした経験があるだろう。


 自転車の速度でもそうなのだから、時速数百キロ以上ともなれば、飛んでくるゴミ一つでも目に入れば大怪我になってしまう。


 そうした配慮をしつつも、雷光となったサナを追いかけるのだから、まだまだ余裕がある証拠だ。


 いくらサナが強くなっても、実力には大きな差がある。これくらいで兄は負けていられないのだ。





 そしてついに、サナの後姿を発見。


 美しく長い黒髪が雷で逆立ち、ぶわんぶわんと揺れながら疾走している。



 サナは、迷うことなく『奥』への道に突入していた。



 その途中にある曲がり角を、これまた躊躇なく曲がり、ミャンメイが隙間を作った扉までやってきた。


 そこにすでにリボンはない。


 誰かが迂闊に入らないようにグリモフスキーが回収していたので、初見ではこの隙間が最初からあったものか、後から誰かが作ったものかの判断はつかない。


 サナもここに来るのは初めてのはずだ。


 では、どうやって確認するかといえば―――



「…くんくん」



 サナはまるで犬のように鼻を動かしながら、周囲の状況を探っていた。


 特にリボンが落ちていた場所を入念に嗅ぐ。



「…じー」



 それから扉の隙間を見つめると、滑るように中に入っていった。


 その行動にも迷いはなかった。


 ミャンメイが通ったことを確信しているように、躊躇なく突き進んでいく。




(そうか。『五感強化』か。そういったスキルがあったな)



 すでに追いついていたアンシュラオンが、サナを後ろから観察していた。


 彼女の特異な様子から、ジュエル発動時の新たなスキル『五感強化』であると判断する。


 どうやら魔石から、サンダーカジュミロンの性質を引き出して利用することができるらしい。


 ミャンメイも年頃の女性だ。髪の毛や身体に香油を塗っている。


 人間からしてもそれなりに強い匂いなので、魔獣からすれば激臭に近い香りになるはずだ。


 サナはその匂いを辿ってきたのだろう。ここまで迷いなく追えたことも納得だ。



(匂いを嗅ぐサナも可愛いなぁ…! 写真を撮りたいくらいだ!)



 犬のように這いつくばるわけではなく、両腕をぎゅっと胸に押し当てて、祈るようなポーズで匂いを嗅いでいる。


 その姿は、可愛いの一言だ。


 狼の能力を使っているのに猫のように感じてしまうのは、兄の願望ゆえだろうか。


 結局サナ自体が可愛いので、何をやっても可愛いことが証明される。


 ただ、写真を欲しがるあたり、やはり変態の気質が見て取れる。言葉に出していたら、女性二人にドン引きされていただろう。



(この能力はいいが…なぜミャンメイが危ないとわかったんだ? オレたちの話を聞いていたのか? それにしては温度差が違ったな。サナのあの様子は、明らかに『緊急事態』だった。オレだってそれなりに急ごうと思っていたが、サナほど懸命ではなかった)



 カスオに施した呪縛があれば、そう簡単に誰かに危害を加えることはできないはずだ。


 最低でも気絶するまで首を絞め続けるように設定してあるので、仮にミャンメイが襲われていても反撃できるほど弱っているはずだ。


 また、ミャンメイにも命気付きの包丁を渡してある。


 いざというときはそれで回復もできるので、自分としてはある程度大丈夫だろうという算段はあった。



 ただし、これはあくまでカスオが【単独犯】だった場合だ。



 呪印はカスオだけに作用するものなので、複数犯であった場合は抑止力にはならない。



(あの男に仲間などいるはずがないと思ったが…それもまた油断か。仲間でなくても、あいつを利用しようとする連中ならばいるかもしれないな。なにせここは地下だ。金や出所を条件にすれば、いくらでも動かせる駒がいる)



 悪は悪同士で潰し合う宿命だが、暴力団やヤクザが半グレを動かすように、より強い悪が弱い悪を利用することも多く見受けられる。


 カスオの裏に誰かいれば、たしかにミャンメイのピンチかもしれない。



(では、オレも急ぐとしようか)




「この場所…? 扉なんて開いていたかし―――ら!?」



 ドンッ ズザザザッ



 マザーが疑問を呈する前に、アンシュラオンも中に入っていた。


 隙間が四十センチしかないので、当然滑りながら突っ込んだのだ。


 しかし、マザーたちはアンシュラオンに担がれているため、いきなり視界が地面スレスレになった。


 もちろん水の膜で保護しているおかげで、地面にこすれても傷一つ付かないが、予告なく飛び込むのは並のアトラクションでは味わえない恐怖だっただろう。


 マザーもニーニアも、アンシュラオンに抱きついたまま硬直している。


 二人には悪いが、今はかまっている暇がないので放置させてもらうことにした。




 そして中に入り込むと、迷うことなく体勢を元に戻してサナを追う。



 さすがミャンメイたちとは速度が違う。


 あっという間に白い部屋にたどり着いた時であった。




 キンキンキンッ




 内部から、けたたましい音が聴こえてきた。


 明らかに平和的な音ではない。敵意をもってぶつかっている金属音である。



(この音は…サナか?)




 アンシュラオンが扉の隙間から中に入ると、そこでは日本刀を抜いたサナが『カブトムシ』三匹と交戦していた。




 サナは突っ込んでくるカブトムシを冷静に回避して、日本刀で斬りつける。


 相手の装甲もかなり厚いので、一撃で切り裂くには至らない。


 その間に他の二匹の攻撃が迫ってきて、それをよけながら攻撃するため、互いに致命傷は与えられない状態が続いているようだ。



(あれはラングラスエリアの入り口で戦ったロボットか? どうしてこんなところに? ここにも配備されていたのか? …それにしてもボロボロだな)



 カブトムシとは、アンシュラオンにいきなり襲いかかってきた(おそらく)戦闘用のロボットである。


 その姿がカブトムシを彷彿させるので勝手にそう呼んでいるが、実際のところは正体不明の存在だ。


 一方的に攻撃してくる以上、敵性勢力と認識してかまわないだろう。


 サナの追尾にそれほど時間をかけていないことからも、彼女が入った時には、すでにこの部屋の中にいたと推測できる。


 そこで鉢合わせて、突発的な戦闘に発展したのだろう。



 カブトムシの存在自体は、すでに知っていたので驚きはない。


 驚いたのは、そのカブトムシが半壊状態のボロボロだったことだ。


 一瞬、サナが壊したのかと思ったが、どうやら違うようだ。



 なぜならばサナは、雷を使っていない。



 数回打ち合ったのを見ただけだが、サナの動きはレイオン戦と比べると明らかに劣っていた。


 まず、体表を覆っている雷の量が非常に少ない。目を凝らさないと、それが雷であるとわからない程だ。


 あの戦いの時のように、周囲の雷が迸るといった現象も見られない。


 心なしかペンダントの輝きも鈍く、発光も微弱である。



(カブトムシと同様に、サナもボロボロの状態だな。魔石の出力は30%以下といったところか。レイオン戦と比べると動きもかなり遅い)



 無理をしてここまで全力で走ったせいか、一気に出力が低下しているようだ。


 かろうじて身体能力の向上は維持されているようだが、雷爪のような技を使う気配がまったくない。


 急いでいる彼女が技を使わない理由はないので、これは『使えない』と判断すべきだろう。



「まだジュエルの力を扱えるほどには回復していないのね。かなり無理をしているみたいだわ」



 それを見ていたマザーも同意見のようだ。


 ついさっきまで力を使い果たして寝込んでいたのだ。今こうして戦っているほうが無茶である。


 しかし、サナは戦いをやめようとしなかった。



「…はー、はー!」



 息を切らしながらも刀を振るう。


 ガキィンッ ガキンッ!


 刃が弾かれようが、おかまいなしに何度も何度も叩きつける。


 ニットロー戦でもこうした粗い攻撃はあったが、今はあの時のように楽しんでいる様子はない。


 そこには【必死さ】と【焦り】が見えた。



(サナが焦っている…か。レイオンとの戦いでもこんな顔は見せなかった。そうか、そうなんだな。まだ表に感情を出せないけれど、お前にはしっかりと根付いてきているんだな。ああ…よかったよ。お前にスレイブを与えてよかった)



 サナは、おそらくミャンメイのために戦っている。


 彼女の危険を察知して、がんばって助けようとしている。


 その感情は、焦りや焦燥感といったものに近い。


 もしかしたら自分が「お前がミャンメイを守ってやるんだぞ」と言ったせいかもしれない。


 だから彼女は、必死に命令を守ろうとしているのかもしれない。



 それでも、こうした焦りの感情はあまり見られなかったものだ。


 レイオンに追い詰められている時でさえ、彼女は焦らなかった。


 まるで自分の命などどうでもいい、と思っているかのように、どんなピンチでも動揺することはなかったのだ。


 それが今、ミャンメイのために心が動いている。


 ざわついている。微弱ながらも人間としての感情が渦巻いている。



(ああ、苦しい。胸が苦しいよ。サナ、お前の気持ちが伝わってくるようだ。助けたいんだな? ミャンメイを助けたいんだな? オレだって同じ気持ちだ。だがきっと、お前のほうがもっと助けたいんだ。お前のお気に入りだもんな。自分で助けたいよな)



 アンシュラオンもミャンメイを気に入っているが、きっとサナのほうが気に入っているはずだ。


 自分が外に行った時でさえ、彼女のもとから離れなかったのだ(ちょっと寂しかった)。気に入っていないはずがない。


 ではこのようなとき、兄はどうすればいいのか。


 颯爽と現れてサナの願いを叶えればいいのだろうか。


 それはたやすい。自分ならば一瞬でカブトムシを破壊できる。



 しかし、それではもったいない。



 サナが成長しようとしている今、こんな苦しい感情を抱いている今、それを最大限に活用すべきだと考える。



(ミャンメイ、オレは君に一つ問わねばならない。サナのために死ねるか、と)



 サリータにも問うたが、サナの周囲にいる人間には、一つだけ絶対に問わねばならないことがある。





―――「サナのために死ねるか」





 と。



 残酷だが、アンシュラオンのすべてはサナのためにある。


 そう誓ったのだ。それが生き甲斐なのだ。


 そのためには他の女性をすべて犠牲にしてでも、サナを優先しなくてはならない時がある。


 仮に今、彼女に生命の危機が迫っていたとしても、サナの成長にとって重要な局面ならば、それを利用することも辞さない。



(君はなんと答えるだろうか。だが、どちらにせよオレは、サナを最優先に考える。すまない。もう少し待たせることになりそうだ。もし君が死んだら…オレの中の哀しみとして永遠に残すことを誓おう)



 なんという非情。薄情。自分勝手。


 もしこんな男が主人だったら絶対に嫌だ、と思う者もいるだろう。


 それならば、それでいい。他の主を探せばいいだろう。



 されど、これが条件。



 アンシュラオンという魔人に従うための、とてもシンプルな条件。


 これを誓えなければ、どんなに優れた力を持っていても身内に入れるわけにはいかない。


 思えばロゼ姉妹やシャイナには訊いていない気がするが、そのあたりは勝手に条件に承諾したと考えておこう。


 どちらにせよ彼女たちは、自分の庇護なしでは生きてはいけないのだ。それくらいは受け入れてもらうことにする。




 よって、ここはサナが敵を倒すのを待つことにした。



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