459話 「異変感知 前編」



―――グラグラグラ




(ん? また地震か。多いな)



 その地震は、アンシュラオンがいる地下上層部にまで響いていた。


 今までよりも大きな揺れで、震度3くらいはあるだろうか。


 といっても、所詮は震度3だ。


 壁にかけてあるタペストリーが、ぶらんぶらんと揺れるくらいだろう。物が落ちてくるほどではない。


 地震に慣れているアンシュラオンの反応は薄い。


 それより今の自分には、もっと別に気になることがあったので、意識がそちらに向く。



(この感覚…オレが仕掛けた『トラップ』が発動したのか?)



 アンシュラオンが遠隔操作で仕掛けたトラップこと停滞反応発動は、効果が発動されると設置者に伝達されるようになっている。


 これも高度な設定の一つで、発動すると同時に特定の振動波のようなものを発し、それを感知することで起動を知ることができる。


 ただし、今回の振動波は極めて微弱だ。


 いつもならば「いつどこで、どんな効果が誰に発動した」というところまでわかるのだが、あまりに弱々しくて詳細が伝わってこない。


 アンシュラオンという超絶に卓越した使い手であっても、かろうじて感じ取れるほどのものだった。



(どこだ? ちっ、この遺跡の性質が邪魔をしているのか、詳しい場所がわからないな。だが、オレが今仕掛けているトラップの数は多くない。地上部分で発動したのならばすぐにわかるだろうから…地下だろうが…)



 モグマウスを五百体同時操作できるくらいなので、やる気になれば同数のトラップを仕掛けることができるだろう。


 火怨山では数百仕掛けることもざらだったため、それと比べればグラス・ギースに仕掛けてあるトラップの数は極めて少ない。


 ホロロたちがいるホテルとモヒカンのスレイブ館、ソブカの屋敷、商会事務所、収監砦の地上部分、あとは各所にある門といったところだろうか。


 人間でいえば、小百合やマキにも安全のためにちょっとだけ付けている(小百合はお風呂の時に付けた)。ついでにイタ嬢にも監視用に付けていたりもする。


 それらに現状で異常はない。何かあればすぐにわかるだろう。



 であれば、ほかは地下区域ということになる。



 地下にも万一にそなえて、いくつかトラップを仕掛けてある。


 遺跡にある戦気を吸収する素材の性質上、なかなか伝わりにくいが、同じ階層にいればはっきりと発動がわかる状態にはしてある。


 にもかかわらず、今回のものは特定が極めて難しいレベルにあった。



(こうなれば消去法だ。発動していないものを消していけば、おのずと答えが見つかるだろう)



 収監砦の地下部分の出入り口、ラングラスエリアの入り口、ニーニアの祖父ソーターのいる区域等々、トラップが無事な場所を探っていく。


 そうして続けていくと、薄々気付いていたが『肝心要の存在』がいないことがわかる。


 それはもちろん―――



(キング・オブ・クズに仕掛けたトラップの反応が消えている。というか、あいつの場所が特定できない。オレの感知が届かない範囲の場所にいるってことか? 【呪印】が発動したってことは、あのクズめ、また何かやらかしたな。ほんとクズはクズだな。ろくなことをしないもんだ)



 カスオに仕掛けた『罰』あるいは『呪い』が発動したとなれば、あの男が自分の身近な人間に危害を加えようとした証である。


 最初から信じてはいなかったが、明確な裏切り行為である。さらなる罰が必要だろう。



(ったく、シャイナだけでも面倒なのに、父親まで面倒を見るっておかしいだろう。そんなメリットがあるのか疑いたくなるが、ここまで関わった以上は仕方ない。全部サナのためだ。我慢しよう)



 情操教育にペット(シャイナ)は必要だ。


 世話をすることで芽生える責任感もあるだろう。多少の粗相には目を瞑るべきだと自分を納得させる。





「ちょっと外を見てくるね。妹を頼むよ」


「…何かあった?」



 アンシュラオンの様子に異変を感じ取ったマザーも真顔になる。



「たぶんね。クズ絡みだから、たいしたことはないと思いたいけれど…念のためね」


「…なるほど、そっちの件ね」



 『クズ絡み』という単語で通じるところがすごい。


 ただ、それを聞いたマザーの顔は、いまだ真剣なままだった。


 何かを考えるようなそぶりをしてから、アンシュラオンを引き止める。



「待って。あまり良い予感はしないわ。何か起きたかもしれない」


「それって、マザーの能力?」


「ええ、そうよ。こう背筋がぞわっとするのよね。この感じは…私たちには危険はないかもしれないけれど、誰かが危ないかもしれない。そんな予感がするわ」



 マザーの『危機察知』スキルである。


 明確な予知能力ではないので、今述べたようにあくまで感覚的なものだが、それでもここまでわかるとなれば上等なスキルといえるだろう。



(誰かが危ない…か。この場合、マザー視点で考えるべきだな。マザーにとって身近かつ、カスオに関わりがある人物。となれば、やっぱりそうだよな)



 実は、アンシュラオンはすでに目星をつけていた。


 カスオの呪印の発動と同様に、もう一人、反応が見当たらない人物がいるのだ。



「ミャンメイは今どこ?」



 この情報を精査して出てくる人物は、一人しかいない。


 何より自分があげた包丁には、お守り(命気)が付いているので、調べようと思えば彼女の場所を感知することができるのだ。


 それが現在では感知できない。感知できない場所にいる。


 これが意味することは、たった一つしかないだろう。



 カスオとミャンメイは、一緒にいる。



 という単純な事実である。


 だからこうしてマザーに訊くしかない状態なのだ。



「怪我をしたレイオンに付き添っていったわ」


「どこに行くとか言ってた?」


「お医者様のところじゃないかしら? 怪我をしたときは、いつも会いに行っていたもの」


「医者…奥の道か。怪しいな。一応はカスオの行動範囲でもあるしね」


「あの人が何かしたと考えているの?」


「まあね。マザーだって信用していないでしょう?」


「もちろんよ。あれほどのクズは久しぶりに見たわ」



 とんだ言われようであるが、事実である。


 たまに日本でも「こんなクズ、本当にいるんだな」というレベルで政治家が不祥事を起こすことがあるが、堕ちるところまで堕ちてくれると清々しい個性になるから不思議だ。


 カスオもそうしたクズの極みなので、警戒するのが自然である。



「ミャンメイの反応もないからね。ちょっと急いだほうがいいかもしれない。手遅れになったら困るし」


「それなら私も行くわ」


「マザーには、サナとニーニアを守ってもらいたいんだけど…」


「行ったほうがいいような気がするの。漠然とした勘だけど」



 ちなみにこの雑談の間に、アンシュラオンはサナを含めて本名を名乗っている。


 ホワイトという名前も悪くはないが、せっかくなので本名を教えておいた。


 あの騒動で名前を叫んでしまったので、もう隠す理由もないだろう。


 二人ともほぼ身内確定であるし、知られたところで害はないとの判断である。



「それならいいよ。直感を優先しよう」


「あらやだ、そんなに信用してくれるのかしら?」


「自分のものは信用する主義なんだ」


「それはそれで少し恥ずかしいわね…」


「はいはーい! 私も行きます! それなら一番安全ですよね!!」


「いや、その…サナがいるし、ニーニアは残って―――」





―――むくり





 と、ニーニアを諭そうとしていた時、いきなりサナが目覚めた。


 相変わらず予備動作がなく、寝返りなども見せずに突然がばっと起きる。


 寝るときも起きるときも全力なのは、彼女の最大の特徴だろうか。


 起きたばかりなので、てっきり寝ぼけまなこかと思いきや―――




「…じーーー! きょろきょろ!!」




 ものすごい眼力で周囲を睨み始めた。


 ぱっちりとした「おめめ」の中の瞳孔が、急速に大きくなったり小さくなったりしながら、壁や天井、床を何度も凝視する。


 ばばっ ぶんぶん


 それからベッドの上で四つん這いになると、首を右に左にせわしなく動かす。



「サナ…? どうした?」



 いきなり起きたと思ったら、突然の奇行である。


 さすがのアンシュラオンも少し驚いてしまって、どう言葉をかけていいのかわからなかった。


 だが、彼女が何かを感じているのはわかった。



 それはまるで―――警戒する【猫】の姿に似ているからだ。




(これもジュエルの影響かな? 狼化しないとは思いたいが…猫ならいいか!)



 ジュエルの元となった魔獣が狼なので、若干の影響を受けていないか心配になる。


 ただ、猫ならばOKだ。


 いつぞやファレアスティと会った時にも考えていたが、むしろサナ猫になってくれるのならば嬉しさ爆発である。


 膝の上で丸くなるサナを愛でる光景を想像すると、なんとも幸せな気分になる。


 ネコミミなんてものまで生えてしまったら、それはもう最高だ!!


 フィギュアに興味などないが、サナの人形なら欲しいとさえ思うほど可愛いに違いない。



「…ふー、ふー!」



 という馬鹿兄の妄想をよそに、サナの警戒レベルはマックスに達する。


 ばんっとベッドから飛び降り、近くに置いてあった日本刀を手に取ると―――




 バチバチバチッ ドンッ!!!




 一気に駆け出して部屋を飛び出ていった。




「あっ!!」



 まったく予想していない行動に、アンシュラオンですら後手に回ってしまった。


 その速度は、まさに雷光そのものだったからだ。


 まさかすぐに魔石が発動できるとは思わなかったので、完全に油断していた。


 まるで玄関の扉をちょっと開けた隙に、家猫が外に飛び出していく光景を彷彿とさせる。


 ちょっとした油断。警戒はしていたが完全にガードはしていないという、ほんのわずかな一瞬をついてサナが飛び出ていく。


 ジュエルを扱えるようになったのはいいが、こういうときは困るものだ。



「さすがエル・ジュエラーね。本当なら丸三日くらいは寝込むはずなのに…すごいわ」


「感心している場合じゃないって! 追いかけないと!」


「でも、私たちはあんな速度で走れないし…どうしましょう?」


「ああもう! しょうがない…!」



 がばっ


 アンシュラオンがマザーとニーニアを抱きかかえる。



「あらら! この歳で抱っこなんて…燃えるわね」


「うわわ! これは…すごいです! ホワイトさんがこんなに近くに!! はわわ!」


「ちょっと飛ばすからね。ちゃんと掴まっていてね」


「わかったわ!」


「は、はい! わかりました!」



 二人がぎゅっとアンシュラオンに抱きつく。


 マザーに至っては、貴重な体験に喜々として抱きついているから困ったものだ。


 ニーニアはまだいいが、マザーは自分より身長が高いので、持ち上げると若干変な感じがするが、それを軽々持っているほうが違和感があるだろうか。


 だが、あの速度のサナに追いつくためには、こうするしかないので我慢だ。





 アンシュラオンは、サナを追って控え室を出る。




(それにしても、いったいどうしたんだ? サナも何かを感じたのか?)



 サナには命気を新たに仕込んでおいたので、それがセンサーになって居場所はすぐにわかる。


 それ以前にジュエルが覚醒して結び付きが強くなったのか、漠然と彼女がどこにいるのかわかるような気がした。



 彼女が向かったのは―――



(おっ、ラングラスエリアか。オレもそこに向かう予定だったからちょうどいいが…サナはどうやって感知したんだ? あの子のレベルでは追跡は難しいはずだが…)



 仮にミャンメイの危機がわかったとしても、どこに行けばいいのかまではわからないはずだ。


 サナは遠隔操作ができないので、命気を付けた相手を捜索することもできないだろう。


 そのはずなのに、試合会場を出てから一直線にラングラスエリアに向かっている。


 足取りにまったく迷いがない。そのあたりが不思議でならないものだ。





 アンシュラオンは、あっという間にラングラスエリアの入り口に到着。



 試合会場からエリアの入り口までは、最低でも歩いて二十分以上はあるのだが、ほとんど時間をかけなかった。


 扉の前を見ると、開いた扉の真下にピアスが倒れていた。すでにサナの姿は見えない。



(サナを止めようとしたのか? 馬鹿なことをするな)



 いきなりやってきたサナを不審がって止めようとしたところ、殴られたと思われる。


 ゲロをぶちまけて気絶する、という悲惨な状態に陥っていた。


 サナはアンシュラオンの行動を見て育っている。邪魔する者は誰であろうと排除するスタンスを学んでいるのだ。


 容赦なくピアスを排除して先に進んだものと思われた。



(ふむ、いい感じに育っているな。そうだぞ、サナ。こんなやつらはぶん殴っていいんだ。むしろ遠慮したら失礼だからな。それがわかるようになるなんて…うう、成長しているな…。お兄ちゃんは嬉しいよ!)



 まったく責のないピアスを殴ったことを褒める兄。


 こんな兄と一緒にいれば、妹が暴力的になるもの頷ける話である。


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