458話 「奇妙な二人の奇妙な日」


「んなことより、ここはいったい何だ? ここで何をしていた?」


「グリモフスキーさんは、ここのことを知らないんですか?」


「知るわけがねぇだろう。こんな場所があるなんて初めて知ったぞ」



(これは本当…よね。私もまだ信じられないし)



 グリモフスキーが嘘をついている様子はない。


 彼がカスオを使ってミャンメイを連れ出した、という可能性もゼロではないが、真面目な性格を知ってしまった今ではありえない話だと確信している。


 強引に棺に入れるだけならば、力づくでいいのだ。わざわざ助ける理由はない。



「わかりません。それをあの人に問いただしていたんですけど…」


「俺が殺しちまったか。くそっ、今思えば生かしておけばよかったぜ」


「それはもう仕方ありません。ところでグリモフスキーさんの番号っていくつですか?」


「あ? 番号?」


「腕輪の裏に数字があるんですけど…知ってました?」


「ああ、あれか。なめやがって。整理券じゃねえんだぞ。まったく、イラつくな」



(あっ、知っているんだ。…もしかして、知らないのって鈍感なのかしら?)



 グリモフスキーまで番号のことを知っていたことに、若干のショックを受ける。


 ただ、放心状態で地下にやってきた当時の自分に、そこまでの注意力を求めるほうが酷だろう。


 なにせつい今日まで、自分は半分死んでいたようなものなのだ。




 その後、グリモフスキーの番号を照会してみたが、石版の該当者にはいなかった。


 そのついでに今まで得た情報を開示する。


 知られたところで不利益はないと判断したからでもあり、正直に話すことで信頼を得たいと思ったからでもある。



「―――ということなんですけど、あの棺桶に入ってみたほうがいいですかね?」


「………」


「もしかしたら、外に出る方法がわかるかもしれませんし…」


「………」



 あの機械に何かしらのヒントがあるはずだ。


 カスオが誰に雇われていたかわからないが、自分が入れば何かが起きるはずだ。


 虎穴にいらずんば虎子を得ず。今は少しでも情報が欲しい。


 危険を承知でそう提言するが―――



「やめておけ」



 黙って聞いていたグリモフスキーが、はっきりとそう述べた。


 そこに迷いの感情がまったくなかったので、思わずミャンメイも驚く。



「え? でも、そうしないと相手の目的がわからなくて…」


「こんな遺跡にある怪しい装置が、まともな理由で造られたわけがないだろうが。人間を家畜扱いするような連中だぜ? 反吐が出る! そんなやつらの犠牲になることはねえ」


「それでも私は、自分が狙われていた理由が知りたいんですけど…」


「もう忘れたのか! 俺に助けられなかったら死んでいたんだぞ。自分を過大評価してんじゃねえよ! てめぇなんて、何の力もない女なんだ! ちったぁ立場をわきまえろ」


「…酷いです。そこまで言わなくてもいいのに…うう…。あっ、やっぱり助けてくれたんですね。よかったぁー」


「あぁ!? 泣きそうなのか喜んでいるのか、はっきりしろや!!」


「じゃあ、喜びますね。やったー」


「情緒不安定すぎるだろうが!?」


「自分でもおかしいことはわかっていますよ。今までの反動ですかね? ちょっと感情の制御ができないんです。ふふふ、でも案外気に入っています。これもいいかなって」


「…変なやつだ」



 自分に起きた変化に戸惑っているのは、ほかならぬミャンメイ自身である。


 当人が言ったように、これも反動なのだろう。


 今まで感情を押しとどめて我慢していたがゆえに、感情の表現が極端なのだ。


 そのあたりは怒りの感情が発露したサナと少しだけ似通った面があるだろうか。


 人間にとって一番難しいのが感情の制御であり、一番大切なものも感情なのだ。そのあたりのバランスが難しい。



 それはそれとして、問題はこの後だ。



「これからどうしましょう?」


「戻るしかねぇだろう。俺たちはこの遺跡に慣れちまっているが、だからこそ怖い。危ないところには近寄るべきじゃねえな」


「慎重ですね。意外です」


「ああ? びびってるわけじゃねえぞ!」


「わかっていますよ。慎重さって…大事ですよね」


「全然納得してねぇだろう、その顔」


「納得はしていないですけど、まだ死にたいわけでもありませんから、グリモフスキーさんの言うことは正しいと思います。それで、ここはどうするんですか?」


「後日、人数を連れてきて調査するさ。つっても、俺たちは学者じゃねえからな。どうせ何もわからねえだろうよ。わかったところで、それは俺らの領分じゃねえ。上の連中が話すことだ」


「グラス・マンサーでしたっけ?」


「そのレベルの話になるだろうな。上にそんな余裕があれば、だがな。少なくともうちの上層部にそんな暇はなさそうだぜ。けっこう地上で揉めてるからな。どうせ放置だろうよ」


「こんな怪しげな施設が地下にあっても調べないんですか? 普通、もっと慌てて調べる気がしますが…」


「グラス・ギースも裕福な都市じゃねえからな。それ以外のことで手一杯なのさ。特に害がないなら後回しにするしかない」


「そうですか…結局、わからないままなんですね…」



 ここまで危険を冒して飛び込んだのに、何も得られないのは精神的にもつらいところだ。


 少なくとも狙われた理由だけは知りたかったと、ミャンメイがうな垂れる。


 その姿を見て、グリモフスキーが考え込む。



「…おめぇ、誰かに狙われているって言ってたな? いつからだ?」


「三年前にここに来た時から狙われていたのかもしれません。そうじゃないと、今になってまた狙われる意味がわかりませんし。それとも別々の話なんでしょうか?」


「………」


「どうかしました?」


「俺らの知らねえ、こんな場所があるんだ。そうだよな。普通にありえるよな」


「何の話ですか?」


「たいした話じゃねえ。ただ『都市から人が消える』って話を思い出しただけさ」


「人が…消える? なんですか、それ?」


「文字通りの意味だ。まあ、珍しいことじゃねえ。外からやってくるお前たちみたいなやつらや、地下に送られる人間が消えるなんてことはよ。地下でもたまにあるのさ。忽然といなくなるって現象がな」


「消えるって、本当にいなくなるってことですか?」


「ああ、二度とそいつらを見ることはねえな。俺も長く地下にいるが、戻ってきたって話は聞かねえよ」


「えと、それって…大問題なんじゃ…」


「言っただろう。たいして珍しいわけじゃねえ。何年かごとに移住する連中もいるし、傭兵の中には渡り狼みたいなやつらもいる。定住しない連中ってのは案外多いもんだぜ。だからわざわざ市民制度があるんだろうしな」



 人がいきなり消える。


 地上でも地下でも、人が突然いなくなることがたまにある。


 老若男女、そこに区別はない。若い美女だろうがブサイクな男だろうが、ある日突然、その人物が消えるのだ。


 アンシュラオンの戦気掌のような物理的に強い力に晒されない限り、人間が忽然と消えることはない。



 よって、普通に考えれば都市を出て行ったと思うだろう。



 失踪と言い換えてもいいが、そこに意味の相違はない。


 そもそも定住しない者たちは戸籍すらちゃんとしていないのだから、人がいなくなろうが失踪と移動の区別がつかないのだ。


 だから誰かがいなくなっても「どこかの都市に行ったのだろう」で終わる。それだけの話だ。



 もちろん『誘拐』の可能性もある。



 スレイブ商のように人を扱うビジネスがあるのだから、サナやロゼ姉妹しかり、身寄りのない子が確保されることも多いだろう。


 若い男も労働力という観点からすれば、ブサイクかどうかは関係ない。健康であれば価値がある。


 とはいえ、スレイブという『職業』があるのだから、あえて誘拐するメリットは少ない。


 グラス・ギースにおいても(スレイブ人材確保等の暗黙の了解を除き)誘拐は罪である。治安維持のためにも死罪を含めた厳しい処分が下されるだろう。



 と、ここまではいい。



 これらの話は想像の範囲内だ。


 地球だって未発達の地域や紛争地域ではよくある話だ。


 だが、地下で人が消えるとなると事情が少し異なる。



「地下で消える場合、上に戻るってのが普通のルートだ。だが、戻れる可能性もないようなやつが消えたら…そりゃ怪しいよな。ずっと疑問だったが、ここに一つの答えがあるのかもしれねぇな」


「あっ、違う出口ですね! そこから出たなら納得できます!」


「………」


「え? 違いました? クズオさんも、この先に出口があるって言っていたはずですけど…」


「出口…か。出られそうな場所は見当たらないがな」



 グリモフスキーが周囲を見回すが、この神殿内で移動できそうな場所は入り口の扉しかない。


 つまりはこの神殿が終着、行き止まりなのである。


 だがここで、ミャンメイがあることに気付いた。



「あっ、もしかしたら、あの腕輪が必要なのかもしれませんよ。ほら、あれです」


「…あいつが拾ったっていう特殊な腕輪か」



 グリモフスキーが、倒れたカスオの手にはまっている腕輪を見る。


 特段変わった点はないが、よくよく見るとジュエルの色がわずかに違う。


 カスオの話が本当ならば、管理者用の腕輪ということになるだろう。



「ふん、似合わねぇ夢を見やがってよ。だから死ぬんだ」



 グリモフスキーは、カスオの腕から強引に腕輪を引き剥がす。


 生体磁気に反応するタイプのものなので、付けている人間が死んでしまえば腕輪は簡単に外せるようだ。



「この腕輪はどうする? てめぇがはめるか?」


「いえ、なんだかそういう気分には…死体から取ったものですし」


「なんだ。いきなり弱気になりやがって。ただの腕輪だろうが」


「よろしかったら、どうぞ」


「ちっ、ただの押し付けじゃねえか。さっきの覚悟はどこにいったよ」



 カスオが使えていたということは、誰がはめても効果は同じなのだろう。


 ということで、ちゃっかりとグリモフスキーに押し付けるあたり、なかなかミャンメイも小ずるいものだ。






 グリモフスキーは、その腕輪を使って神殿内を調査する。


 一番怪しい女神像に近づけたり、押し当ててみたりするが、特に変化はなかった。


 せいぜいカスオがやったのと同じく、石版の情報が切り替わるくらいだろうか。


 それからも他の場所を探索するが、何も起こらず、目ぼしいものも発見できないでいた。



(やっぱりあの棺に入るしかないのかしら?)



 これだけ神殿内を調べても何も起きないとなれば、もはやあの棺しか手がかりがない。


 カスオが入ったときは排出されたので、自分が入っても同じことになるかもしれない。


 それならば、それでいい。確かめたのだから納得するだろう。



「おい、やめとけ」



 が、よほど思い詰めた顔をしていたのか。


 グリモフスキーがミャンメイの行動を未然に阻止する。



「まだ何も言っていませんけど」


「言わなくてもわかるさ。後先考えないところはレイオンと同じだな。あいつも感情だけで俺の領域を侵しやがった。そういうやつには反吐が出るぜ」


「むっ、兄さんだって地下の惨状を見かねての行動だったんですよ。おかげで平和になったじゃないですか」


「お前らにとっちゃ、そう見えるのかもしれねえな。だが、今までやってきたことが全部壊れちまった。ルールや慣習ってもんがな。それによって統制がとれなくなることもある。カスの行動もその一環かもしれねえんだぜ」


「グリモフスキーさんの力が弱まったから、ですか?」


「…はっきり言えば、そういうことだ。俺が抑えていた連中が勝手に動き出すこともある。レイオンにそれが見えればいいが、あいつは自分のことしか考えてねぇからな」


「でも、壊れていいものもあるんじゃないですか? ホワイトさんがやったみたいに…良い方向に向かうこともありますよ」


「あれこそヤバイ。レイオンなんて話にならないくらいヤバイやつだ。近寄ったら命はねえ。ああいうのには触れないほうが賢明だ。てめぇも気をつけるこったな。やたらに関わると死ぬぞ」


「兄さんと同じようなことを言うんですね。…二人って似てるかも」


「ああ!? んだと!? 何が言いてぇんだ!」


「仲が良いとか、そういうことを言いたいわけじゃないんです。ただ結局、より強いものが現れれば同じなんだなって思っただけです。兄さんも自分より強いホワイトさんを怖がってましたし」


「………」



 今まで地下を治めていたグリモフスキーは、レイオンの登場によって座を追われ、彼を畏怖することになった。


 他方レイオンも、新たに現れたアンシュラオンに敗北し、畏怖するようになった。


 なんという堂々巡りだろうか。


 破壊と再生に終わりがないように、人の社会はそれを永遠に繰り返すのかもしれない。




「ふん、そろそろ戻るぞ。まずは戻れるかどうかを試さないといけないからな」


「あっ、そうですね。夕食も作らないといけませんし」


「こんなときに夕食の心配かよ!!」


「人が生きていくのに食は重要ですよ」


「これだから女ってのは…」



 全員とは言わないが、女性は強い生き物だ。


 最愛の人が死んで哀しんでいる時でも、夕食を食べる元気がある。


 彼女たちは「生きる」ということに対して強い執着がある。だからこそ諦めない強さがあるのだ。



「そうだ。グリモフスキーさんも一緒にどうです?」


「何がだ?」


「食事です」


「ああ!? ガキどもと一緒に食えってのか!? どんな罰ゲームだ!!」


「助けてくれた恩を返さないといけませんし…ぜひどうぞ」


「だから人の話を聞けよ!!」


「そこまで意地を張らなくてもいいのに。やっぱり兄さんに似ているんじゃ…」


「てめぇ! それ以上は言うな!!」



 ツンデレの気質があるのか、なかなか面白いように反応してくれる。



(人は見た目じゃないってことね。少なくともこの人は信頼できるわ。兄さんに似てるところも安心するかも)



 助けてくれたこともあってか、ミャンメイは少なからずグリモフスキーに好感を抱いていた。


 それは異性とかそういったものではなく、兄のレイオンに似たものを感じるからだろう。


 腕っ節が強くて短慮だが、どこか憎めない。変なところに真面目で筋を通す。


 そんなところがやたら似ているのだ。


 人間とは不思議なものだ。似ているからこそ、いがみ合うのかもしれない。





「それじゃ、戻りましょ―――」





 と、ミャンメイが入り口に戻ろうとした時である。





―――グラグラグラグラッ





 空間が揺れる。




(地震?)




 それは、来るときにも感じていた地震であった。



 最初はすぐに収まるものと思っていた揺れであるが―――





―――グラグラグラグラッ




―――グラングラングラングランッ!!




 グラグラグラグラッ グラグラグラグラッ

 グラグラグラグラッ グラグラグラグラッ

 グラグラグラグラッ グラグラグラグラッ


 グラグラグラグラッ グラグラグラグラッ

 グラグラグラグラッ グラグラグラグラッ

 グラグラグラグラッ グラグラグラグラッ




 徐々に揺れが大きくなり、神殿全体が大きく揺れる。


 しかもまったく収まる気配がない。


 遊園地のアトラクションのように激しい揺れがずっと続き、ミャンメイたちも動くに動けない状況に陥ってしまった。


 武人のカテゴリーに入るグリモフスキーでさえ、その強い揺れの前には何もできず、床に這いつくばることしかできないでいる。



(なにこの揺れ!? なんでこんな大きな揺れが起きるの!? ここが…地下だから? もっと深い場所だから!?)



 ここがどれだけ深い場所なのかわからないが、少なくとも自分たちが暮らしているエリアよりは下層部にあるはずだ。


 だからこそ上では震度1か2弱くらいだった揺れが、今は震度7に匹敵するものになっている。


 震度7とは、それ以上はない最高の揺れを示すものなので、実際に体感するともっと強い揺れに感じるかもしれない。


 この揺れだけでも怖かったのだが、さらに予期しないことが起きた。





―――「異常事態の発生及び、緊急退避命令を受諾。これより強制避難を開始します」





 突如、女神像から音声が流れ出た。


 その声はかすれたものではなく、さすがに綺麗な状態とは言いがたいものの、ロボットが発した音よりはかなり良質な音声であるといえた。


 それだけ『普段は使われていなかった機能』だということだろう。


 滅多に大雨が降らない地域での避難訓練のように、万一にそなえて用意はしておくが、きっと使わないだろうなと思っているものに似ている。


 これを設定した者も、まさかこんなことが起きるとは思ってもみなかったに違いない。



 女神像の胸が光り輝く。



 さきほどまで何もないように見えた場所から、室内を完全に覆うような巨大な光が発生。





 次の瞬間―――ミャンメイたちが消えた。





 他のものはまったくそのままで、二人だけが消えていった。


 しかし、けっして死んだりしたわけではない。消失したわけでもない。




 単に二人は―――【転移】しただけだ。




 そう、これもどこかで見たことがあると思ったら、プライリーラが使った聖堂での転移によく似ていた。


 彼女も緊急時の移動手段として転移を利用していた。


 そして、この遺跡もまた同じ技術が使われているのならば、転移できてもおかしくはない。


 ただそれが、ミャンメイとグリモフスキーという、少し奇妙な組み合わせであったことだけが意外であったにすぎない。


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