457話 「ケジメのつけ方 後編」


 グリモフスキーは、止まらない。


 銃で撃たれても、止まらない。


 身体から出血しても、止まらない。



 そしてついに―――



 スカスカッ スカスカッ



 弾切れに陥る。


 これだけの弾を装填できる銃でも、目の前の男を殺すことはできなかった。


 逆に言えば、多くの弾を装填できた分だけ口径が小さく、威力も抑えられていたから致命傷に至らなかったとも考えられるが、結局のところ結果に違いは生まれなかっただろう。



「ふぃいいっ! ふひいいいい! おええええ! ゆるぢて…! だ、だずけてぇえ…!」



 唯一にして最大の拠り所を失い、ぶざまに這いずって逃げようとするカスオ。


 その後姿を睨みつけるグリモフスキーの目は、依然として強い輝きに満ちている。



「…俺はてめぇが死ぬほど嫌いだった。俺だってクズさ。自分がクズであることは俺自身がよく知っている。同じクズのてめぇのことを、とやかく言う権利なんてねえ。だが、てめぇは、てめぇは―――そんな覚悟すらなかった!! 同じクズでもよ、本気で生きるから価値があるんだろうが!! こんな地下でも生きていく資格があるんだろうが!! てめぇは、それを裏切った!!」



 グリモフスキーがカスオに近寄り、顔面を思いきり蹴り上げる!!


 ドゴンッ!! ぐちゃっ!!


 顔面が潰れる嫌な音がしたが、それだけでは許されない強い力が発生。



 首が捻じ曲がりながら、空中に強制的に押し上げられると―――




「ケジメ、つけさせてもらうぜ!!」




 ブンッ



 グリモフスキーの本気の拳が放たれ、めり込む。



 ゴンッ!!



 硬く鈍い、いい音がした。


 この音は聞き覚えがある。


 そうだ。サナが無手の試合で放った拳の音に似ている。


 せる試合では、まず聴くことができない本物の打撃音だ。


 それはつまり、人を殺すための拳であるということを意味する。



「ごぼっ…」



 拳が叩いたのは、胸だった。


 特に理由はない。ちょうどそこが一番殴りやすい場所だったにすぎない。


 ボギボギッ ぶすっ


 骨が折れ、折れた骨が心臓に突き刺さる。


 戦気で強化された拳は、これだけで終わらないのが怖ろしいところだ。


 その衝撃がさらに突き抜け、身体の中を滅茶苦茶に破壊する。



 ぼんっ!



 カスオが空中で弾けた。


 身体はそのままだが、内部で臓器が破壊された音である。


 それから、落下。



 どさっ びくびくっ ぴた



 倒れたカスオがびくびくと数回痙攣した直後、動きが完全に止まった。


 しばらく見ていたが、やはり動く気配はなかった。


 武人崩れとはいえ、一般人とは肉体の造りそのものが違う。


 そんな男に本気で殴られたら【死ぬ】のが普通だ。



「ふん、カスが。てめぇは正真正銘のカス野郎だったよ」




 こうしてカスオは―――生命活動を止めた。







 しばしの沈黙が流れる。



 ミャンメイもグリモフスキーも何も語らない。


 目の前には、カスオの死体とおぼしきものが転がっているので、なおさら空気が重い。


 だが、ずっとこのままというわけにもいかず、ミャンメイは勇気を振り絞って声をかける。



「あ、あの…」


「ああん?」


「助けてくれて…ありがとうございます」


「てめぇを助けようとしたわけじゃねえ」


「でもその…ありがとうございました」


「………」



 ミャンメイは少し引きながらも、しっかりとした目でグリモフスキーを見た。


 グリモフスキーも、その目をじっと見る。



「その目だ」


「…え?」


「てめぇは誰だ?」


「ファン・ミャンメイ…です」


「レイオンの妹か?」


「は、はい」



 なぜそんなことを訊くのだろうか。


 さきほど自分自身で「レイオンの妹」と言っていたはずなのに。


 ミャンメイがそんな疑問を抱いていると、グリモフスキーが訝しがるような視線を向けてきた。



「俺はてめぇを知らねえ。初めて見る。俺の知っているレイオンの妹は、なよなよしていて弱々しくて、いつも女々しいやつだった」


「女々しいって…私は女ですよ?」


「うるせえな。んなことは見ればわかるんだよ!」


「そんな…言われたから答えただけです」


「ちっ、てめぇもレイオンも、やっぱりうぜえ。相性が悪いにも程があらぁ」



(自分から話を振ってきたのに…)



 見た目通り、あまり頭は良くないようだ。会話も得意ではないのかもしれない。


 とはいえ、自分を助けてくれたことは事実だ。



「どうして助けてくれたんですか?」


「あ?」


「私が兄の…レイオンの妹だと知っていて、どうして助けてくれたんですか? 兄さんのこと、嫌いなんですよね?」


「ああ、もちろんだ。死ぬほど嫌いだ!」


「では、なぜですか?」


「てめぇはレイオンじゃねえからな」


「でも今、私とも相性が悪いって…」


「細けぇことをぐだぐだ言ってんじゃねえ! 俺が嫌いなのはレイオンであって、てめぇじゃねえんだよ! 二度言わせるな!!」


「じゃあ、私のことは好きってことなんですか?」


「頭腐ってんのか!! んなわけねえだろうが! てめぇの髪の色を見るだけで、あいつを思い出して不快だっつーんだよ!」


「じゃあ、どうして…」


「しつこいやつだな! どうでもいいだろうが!」


「気になって仕方ありません。最近、気になることは全部解明しないと気が済まないんです。主に今日からですけど…」


「本当に最近だな、こら!?」



 今日から「ニューミャンメイ」になったのだから仕方ない。



「たいした理由はねえ」


「なら、教えてください」


「ふん、てめぇが『覚悟を見せた』からだろうが」


「覚悟…ですか?」


「銃を突きつけられて向かっていくやつがいるか? 武人ならわかるが、てめぇはそうじゃねえ。ただの一般人の女だ。普通はできねえよ。びびって動けなくなる。そこに覚悟を感じたのさ」


「もしかして見ていたんですか?」


「たりめえだ。そうでなきゃ、あんなタイミングでナイフを投げられるか」



 危ない場面でギリギリで駆けつけて助ける。


 刑事ドラマなどではよくあるシーンだが、普通ならばまず不可能だ。本当に偶然が重ならないと無理だろう。


 であれば、今回のことも同じだ。


 銃弾が発射される直前になって、たまたまグリモフスキーが駆けつけるなんてことはありえないし、現実的ではない。


 答えは簡単。


 二人のやり取りをずっと見守って…否、【見張っていた】のだ。



「てめぇらを監視していたら、いきなり殺し合いを始めやがったからな。どうしたものかと思って見ていたが…最終的には一番ムカつくやつを叩くことにした。あいつだけは許すわけにはいかなかったからな」



 ミャンメイのことは、レイオンのこともあって好きではない。


 だが、カスオのことはもっと好きではない。死ぬほど嫌いだ。


 組織を裏切ったうえに筋も通さず、女に銃を向けて勝ち誇るようなクズに味方する理由はない。


 結果、ギリギリまで様子を見て、ミャンメイに加勢することにした。


 ただそれだけである。



「俺はいつだって俺の理由で動く。たまたまてめぇが、ここにいただけだ」


「………」


「わかっただろう。俺はお前の味方ってわけじゃねえ。気安く話しかけるな」


「………」



 それを聞いたうえで、ミャンメイは―――



「ありがとうございます」



 再び頭を下げた。



「何してんだ?」


「お礼をしています…けど?」


「けっ、べつにお前を助けたわけじゃねえって言っただろう! 二度とするな!」


「でも、助けてくれたのは本当ですし…ありがとうございます!」


「人の話を聞けよ!」


「あなたがお礼を受け取ってくれないから、こうしてずっと続くんですよ」


「お礼の押し売りのほうが迷惑だろうが!」


「受け取ってくれたら済む話じゃないですか!! 刺されますよ!」


「包丁を突き出すな! なんだよ、てめぇは!? そんなやつだったか…!?」



※包丁はさっき拾っておいた



「私も自分が自分でよくわからないんです! だから早く受け取ってください!」


「それは怖いやつじゃねえのか!? …ちっ、わかったからもうやめろよな。うぜぇからよ」


「はい。ありがとうございます」


「なんなんだこいつは…レイオン絡みはヤバイことばかりだぜ」



 包丁を突きつけて受け取ってもらったお礼に、どれだけの価値があるのかは不明だが、ひとまずこれで落着である。



 少し場が落ち着いたところで、ミャンメイが疑問に感じた点をいくつか訊いておく。



「いつから見ていたんですか? 全然気付きませんでしたけど」


「てめぇらがノコノコ歩いているときからだ。ちんたら歩きやがってよ。ちったぁ後ろを警戒しやがれ。無防備にも程があるぜ」


「え? それって…最初からですか?」


「どこからが最初か知らねえが、落ちる部屋に入る前くらいからだ」


「それって、ほとんど最初からですよ」


「うるせえな。だからどこが最初か、俺は知らねえんだよ!!」


「あの部屋って戻ってました? あの落ちる部屋です。一緒には乗らなかったですよね?」


「ん? あとから入ったが普通にあったぜ。お前たちはもういなかったがな」



(…? どういう仕組みなのかしら?)



 グリモフスキー曰く、ミャンメイたちが入ってそう時間を経ずに彼も入ったが、部屋は普通に存在したという。


 ミャンメイには数十秒の浮遊感があったので、自分たちが乗った部屋が戻っていたという可能性は低い。


 観覧車のように上から新しい部屋がやってきた、あるいはそもそも『部屋は動いていなかった』という可能性もある。


 どちらにせよ、未知の文明が造ったものなので理解は難しい。


 ここに来るまでのすべての部屋、今ここにある神殿のようなものすら理解できていないのだ。


 そこはすっぱりと思考を止めることにした。


 こうして意識がはっきりするとミャンメイもそれなりに頭が切れるが、本質的にはレイオンと同じ感覚派である。


 無理に考えて思考の袋小路に迷い込まないように、きっぱりと忘れることにした。



「それにしても、よくわかりましたね」


「ああん? どういう意味だ?」


「だって、あんな行き止まりなんて、普通は誰も近寄らない場所ですよね? 自分で言うのもなんですが、助けは来ないと思っていました」


「だからこそ俺が見回るんだろうが。少し目を離すと、すぐに逸脱するやつらがいるからな。ああいう場所で密売をする連中もいるんだ。俺からすりゃ、一番最初に見て回るところだぜ」



 誰も来なさそうと思うのは、ミャンメイがまともな人間だからだ。


 しかし、グリモフスキーのような裏側の人間からすれば、人目につかないところこそが安心する場所である。


 麻薬だけではなく、エリア内で禁止されている武器類や、報告に上がらない違法物全般が、裏で取引されないように見て回るのもリーダーの役目だ。


 グリモフスキーの日課は、ラングラスエリアの見回りである。


 特にそうした人が近寄らない場所を重点的に見て回るのだ。



 そして彼は、明らかなる異常を発見。



 初めて来る人間ならば気付かない隙間でも、毎日見て回るグリモフスキーからすれば大きな変化だ。


 さらにリボンまで落ちているとなれば、もはや確定である。


 迷うことなく中に入ってきて、ミャンメイたちを発見するに至ったのだ。



(たしかにギリギリ通れそうだけれど……危険があるかもしれない場所に平然と入ってくるなんて、すごいわ)



 彼ならば隙間を通れるだろうが、何があるかもわからない場所に入るのは勇気がいることだ。


 もし見つけたのがグリモフスキーでなければ、自分は死んでいた可能性もある。


 そこはもう感謝しかない。まさに幸運である。



「でも、リーダーでもないのに見回りなんて…」


「うるせえな! 大きなお世話だ! つーか、てめぇの兄貴がサボってやがるからだろうが! トップになったんなら、最後まで責任をもって取り締まれ!」


「兄さんは最近、調子が悪かったから…」


「言い訳になるかよ。あいつが実質的なリーダーなら、体調が悪かろうが良かろうが、グループのために働くのが筋なんだよ。だからリーダーなんだからよ。それが筋ってもんだろうが」


「………」


「なんだよ? 人の顔をじろじろ見やがって」


「グリモフスキーさんって…意外と真面目ですね」


「ああ!?」


「ふふふ、もっと怖い人かと思っていました。なんだぁ、いい人だったんですね」


「なめてんのか、てめぇは!」


「凄んでも、もう怖くないですよ」



 地下にいる人間は、たいていが訳ありである。マフィア出身者も多い。


 だが、当然の話であるが、その人間性はそれぞれである。


 カスオのような生粋のクズもいれば、マシュホーのように面倒見のよい者、ニットローのような真面目な者もいる。


 グリモフスキーも腕力で相手を黙らせるタイプではあるが、けっして陰湿ではない。


 彼はレイオンに復讐を誓っていても、ミャンメイを狙うようなことはしない。そんな考えも浮かばない。


 拳でこてんぱんにやられたのならば、自分も拳でこてんぱんにしてやればいい。


 そのために自分を鍛えることはあれど、他の力を借りたりはしない。そう考える。


 その意味では、まだ人間としてはまっとうなレベルにあるといえるだろう。


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