456話 「ケジメのつけ方 中編」


(えと…あれ? え? この人…あれ?)



 てっきり白馬の王子様(アンシュラオン)がやってきたかと、期待の眼差しを向けたミャンメイ。


 それが次の瞬間、輝きに満ちた目が困惑の色合いを帯び、泳いでいた。


 現れた人物が、あまりに想像と違いすぎていたせいだろう。


 状況が理解できず、完全に頭が真っ白になって思考が停止する。


 だが、何も考えなくても現実が変わるわけではない。




 そこにいたのは、やはり【グリモフスキー】と呼ばれる男だ。




 ん? グリモフスキー? 誰だっけ?


 そんなふうに誰のことか思い出せなくても、自分を責める必要はない。


 たいした出番はなかったし、長年地下にいるミャンメイでさえ似たようなものに違いない。



 彼についての記述が少なかったので、改めてこの男について説明しておこう。



 まず容姿である。


 レイオンほどではないが、そこそこガタイが良い男で、見た目はチンピラとヤクザの中間くらいの印象だろうか。


 焦げ茶の髪の毛は短く刈り上げていて、側頭部のところに雷状の剃り込みが入っている。(バリカンでやるので、日本では『バリアート』というらしい)


 地下にも床屋はあるので誰でもやることは可能だが、そういったおしゃれに気を使う一面があることを示している。


 そんな髪型に加えて眼光が鋭いので、多くの人は街中で出会ったらまず視線を逸らすだろう。


 実際、カスオをリンチにするくらいだ。短慮で暴力的な側面があるのは事実である。



 経歴は、簡潔に述べれば「傭兵崩れ」だ。


 ソイドファミリー自体が、そういった半端ものを組み入れて成長している組織である。


 グリモフスキーもその一人で、地上時代は麻薬工場の警備や売人たちの取り纏めを行っていた。


 それなりに腕は立ったが、バッジョーのような中核の構成員になるほどではなかったため、あくまでファミリーから一歩外れた場所で活動していた人物である。(さすがに斜視の男より立場は上であるが)


 ただ、十数年前に起きた事件(ソイドビッグ誘拐事件)に巻き込まれて、責任を取って地下に送られることになってしまう。



 ここで重要なのは、責任を取らされたのではなく【自ら取った】ということだ。



 だからこそラングラスでの信任も厚く、地下グループのリーダーとして認められていた。


 だが周知の通り、レイオンが来てからは容赦なくフルボッコにされて干されてしまった。


 通路でレイオンに会った時も捨て台詞を残し、恨みを忘れていないような言動があったものだ。


 グリモフスキーは、レイオンを嫌っている。それも激しく。


 人の恨みは簡単に消えるものではない。



 それゆえに―――疑問



(どうして…? たしかこの人って兄さんのことを…)



 ようやくミャンメイが、グリモフスキーを認識する。


 なぜいるのか不明だが、現れたのが彼であることを理解したのだ。



 が―――






「何やってんだ、こらぁあああああああああああああ!!」






「ひゃっ!!」



 グリモフスキーの怒号に、思わずミャンメイが怯む。


 相変わらず声がでかい。威圧感も相当あるので、女性が聞いたらこうなるのも仕方ないだろう。


 しかしながら、その声を向けられたのは彼女ではなかった。


 グリモフスキーはミャンメイを素通りすると、倒れているカスオに向かう。



「てめぇ、何やってんだ!! このカスがよ!!」


「うううっ…ううっ…!」


「おい、聞いてんのか、こらぁああ!!」


「なんで…こんな…いてぇえ……いてぇええ! うごごごっ…!」



 カスオは、いまだパニックの中にいた。


 目の前には幻覚の白い人が見えているし、依然として首は締め付けられている。


 さらにミャンメイに腹を刺されているので、その段階で致命傷だ。


 痛みと苦しみに加え、もとから理解力が乏しいカスオに現状を理解しろというほうが無理であろう。


 目の前にいるグリモフスキーのことも正しく認識していないに違いない。



「あ、あの…」



 さすがに見かねたミャンメイが、恐る恐るグリモフスキーに話しかける。



「あん?」


「もう聞こえない…んじゃないかと。かなり苦しそうですし…」


「だからなんだぁああああああああ!」


「ひゃっ!」


「んなこと聞いてんじゃねえんだよ!! こっちは『ケジメの話』をしてんだ!!」


「け、ケジメ?」


「ああ、そうだ! ケジメだ!」



(この人、何を言っているのかしら?)



 突然の発言にミャンメイが唖然とする。


 どうやらこの男も説明をあまりしないタイプのようだ。


 だが、彼の中にはしっかりとしたルールがあった。



「こいつが俺に黙って、こんな場所を知っていたこと。組織に損害を負わせていること。あまつさえ銃なんてもって、レイオンの妹を脅していること。どれも気に入らねえ!! おい、こらあああ! てめえのことだよ!!」



 そう言うと、グリモフスキーはさらに接近。


 倒れているカスオを蹴り飛ばす。



 ドガッ!! ごろごろごろっ



 ほぼ無抵抗のカスオが、転がっていく。



「うぐっ…うおえええ!!」



 腹を蹴られたせいか、血が混じった吐瀉物を吐き出す。



「なに吐いてんだ、てめぇはよ。その前によぉ、ほかに吐くことがあるだろうが! おいっ!!」



 ドガッ ごろごろごろっ


 倒れているカスオを再度蹴り飛ばす。



「うううっ…」


「おい、はっきり見ろ!! こっちを見やがれ!! シカトしてんじゃねえよ!」



 ぐぐいっ!


 今度はカスオの胸倉を掴んで、強引に立たせる。


 倒れた人間を運ぶとわかるが、脱力した人間の身体は相当重いものだ。


 正直、道具を使わねば一人では運べないレベルである。


 それを軽々と持ち上げたことからも、彼が腕力に優れていることがわかる。



 それから、ビンタ。



 パンパンッ! パンッ!


 虚ろな表情のカスオの頬を引っぱたく。


 それによって少しだけ意識が戻ったのだろう。


 カスオの目が、ぎょろっとグリモフスキーを捉えた。



「ぐううっ…うう……グリモフ…スキー……どうして…ここに? ぐるぐる回って…訳がわからねえ……」


「ああん? グリモフスキーだぁ? ざけてんのか、こら!! なに呼び捨てにしてんだ!! てめぇにそんな権利があるのか! ああ!!」



 叩く、叩く、叩く。



 パンパンッ! パンッ!


 パンパンッ! パンッ!



 何度も叩くので、カスオの頬が真っ赤に腫れ上がっていく。


 いいぞ。もっとやれ。ボコボコにしちまえ。


 幻聴かもしれないが、そんな声がどこからか聴こえてくる。


 少なくともカスオにはそう聴こえている。



「ちくしょう……馬鹿にされて……たまる…か! こんなところで…おわっで…だまる…かぁああああ!」



 カスオが力を振り絞って、右腕に突き刺さったナイフを左手で引き抜く。


 それをグリモフスキーの腹に突き立てた。



 ズブッ



 ナイフが、刺さる。



「…あぁん?」



 グリモフスキーは、そのナイフをつまらなそうに見つめる。


 刺さるには刺さったが、刃先の一センチ程度にすぎなかったからだ。


 カスオが弱っていたことに加え、彼自身の肉体が強かったので、それくらいしか刺さらなかったのだ。



「…あで(あれ)?」



 それにはカスオも拍子抜けした顔になる。


 胸倉を掴まれているとはいえ、もっと刺さると思っていたのだろう。


 ナイフとグリモフスキーの腹を何度も交互に見返す。


 だが、何度見ても致命傷には至っていない。



「…おい、何してんだ? 何の真似だ?」


「ひ、ひーーー! こ、これ…は! これは何かの…うぐううっ」


「お前みたいなクズが、こんな馬鹿な真似をするとはな。するってーと、てめぇはあれか? この俺とガチでやり合うってことか? これはそういうことだよな。だってよ、明らかに俺にナイフを突き立てたよな?」



 一センチであっても、それは刺し傷。


 脂肪の部分にしか刺さらずとも、明確な攻撃の意思を示したことになる。


 当然ケジメにこだわる男が、そんなことを許すはずもない。



 ぽいっ どんっ



 グリモフスキーがカスオを放り投げる。



「ひーー! ひーーー!」



 カスオは、すでに瀕死だ。


 この状態では、どうやってもグリモフスキーに勝つことなどできない。


 一方的な攻撃がくると考え、防衛本能に任せてただただ必死に床を這うが―――こない。


 背中に攻撃がやってこない。


 それどころか、こんな声が響いた。



「そのチャカ、使えや」


「…ひーひー…! …え!?」


「それだよ。お前の近くに落ちている銃だ」



 腕にナイフが刺さったことで落としてしまったライフルが、近くに落ちている。


 しかし、グリモフスキーが睨みを利かせている限り、それを取りに行く間に殺されてしまうだろう。


 だから必死に逃げるという選択をしたのだが、何を思ったのか、それを使えというではないか。


 困惑したカスオに、グリモフスキーは話を続ける。



「勝負にならねえって言ってんだよ。俺がよ、本気でお前をぶん殴るにはよ、そんなナイフじゃ対等じゃねえって言ってんだよ。ならよ、そのチャカを使えば、お前でも少しはまともになるって話になるだろうが」


「…はぁはぁ…ぐうう……」


「おい、聞いてんのか!!!」


「は、はひっ!! ひーー! ひーーー! こくこく!」


「さっさと拾え」


「へへ…へへへ……ぐううっ…おでの……銃……! 銃! じゅう! ジュウうううう!」



 カスオに示された、たった一つの光。


 まるで「蜘蛛の糸」のように、天から下ろされた一本の救いの糸に向かって手を伸ばす。


 グリモフスキーは、それを黙って見ていた。妨害するそぶりはない。



(この人、何がしたいの?)



 なぜグリモフスキーがそんなことを言うのか、ミャンメイには理解できなかった。


 絶対的な力の差があるのならばわかる。


 たとえばアンシュラオンほどの実力者ならば、あまりに弱いとつまらないという理由から、そういうこともするだろうし、するだけの権利がある。


 しかし、グリモフスキーは強いのだろうが、そこまで圧倒的とは思えない。


 ナイフが刺さるくらいなので、彼にとって銃はそれなりに脅威になる武器だろう。


 それでも相手に武器を取らせるとなれば、まったくもって理解不能だ。



(わからない。この人のことがわからない。私は…何も知らない)



 そもそも彼のことをよく知らない。どんな人物かも理解していない。


 だから彼の意図を推し量るように、じっと見つめるしかなかった。





「おでは……金と…自由を……手に入れて……へへ…へへへ! たのしく…ぐらすんだ…! 邪魔するやつは……」



 手が、銃に届いた。


 半死半生の中で手に入れた唯一の勝機だ。絶対に離すまいと、ぎゅっと握り締める。



 そして朦朧とした意識の中、銃をグリモフスキーに向ける。



 すでにいろいろと限界なので、おそらく自分が何をしているのかさえ、正しくは理解していないだろう。


 頭にあるのは、自身の願望と欲求だけだ。


 それに突き動かされる。それに取り憑かれている。



「ほら、撃てよ」



 カスオを静かに睨みつけるグリモフスキーは、一歩も動かない。



「へへへ…しね」



 カスオの指がトリガーにかかり―――




 スパパパパンッ



 発射。



 銃を持つのもつらいのだろう。ほとんど寝そべりながらの射撃だった。


 だが、銃弾はグリモフスキーに向かっている。連射された弾丸が迫っている。


 グリモフスキーは、よけない。



 バンバンバンッ ぐらっ



 銃弾が当たり、衝撃でよろける。


 特注なのか、なかなかの威力がある銃である。衛士が使うものよりも威力は高いだろう。


 普通の人間がくらえば、そのまま死亡確定であると思われる。


 しかし、グリモフスキーはよろけたものの、倒れることはなかった。


 体勢を戻し、再びカスオを睨みつける。




「なんだこりゃぁ! これがてめぇの覚悟か? こんなものがケジメか? あああん!! 全然効かねえじゃねえか!!」




 グリモフスキーの体表には―――【戦気】が広がっていた。



 銃弾すべての威力を軽減するほど強くはないが、彼も傭兵として生きてきた男だ。


 ただの銃弾くらいならば、何十発も受けなければ致命傷にはならない。


 だが、ここで彼が重要視しているのは、速度やらパワーやらといった物理的なことではない。



「なさけねえ!! なんともなさけねええええ!! てめぇは銃弾にすら、『本気を乗せられねえ』やつなのかよ!!」



 彼が問うているのは、その覚悟であり、気持ちの部分である。


 スパパパンッ バンバンバンッ


 再び銃弾が発射。グリモフスキーに命中する。


 それを受けても彼はまったく倒れることはなかった。


 効いていないわけではない。受けた部分から軽い出血が見られるので、ダメージは負っているはずだ。


 だが、鋭い眼光でカスオを睨み続けている。



「こんなもんが効くと思っているのか? てめぇの性根がそのまんま乗っかっているようで、なんとも気持ち悪いぜ!」


「ひー、ひいいいいい! ぐるなぁあ! ぐるなああああ!」



 スパパパンッ バンバンバンッ


 スパパパンッ バンバンバンッ


 スパパパンッ バンバンバンッ



 カスオが銃を撃ち続けるが、グリモフスキーの歩みは止まらない。



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