454話 「白の呪印」


 カスオが取り出したものは―――【銃】



 衛士が使うような木製の銃ではない。


 DBDが使っているような金属製かつ、連射が利く『アサルトライフル』だ。


 ただ、弾倉が芋虫のような丸みを帯びた独特な形をしており、片手でも撃てるようになっているせいか、全体的に小ぶりである。


 そのデザインは、見方によれば可愛らしく感じるかもしれない。


 どことなくモンスターを狩るゲームに出てくるボウガンを思い出す人もいるだろう。


 だが、それが凶器であることはすぐにわかる。



 スパパパンッ ジュバババッ



 カスオが撃った弾が、ミャンメイの足元に着弾して水を跳ね上げる。


 その速度と威力は、けっして玩具ではない。



「じゅ、銃…!? どうしてそんなものを!」



 銃を見たミャンメイは、さすがに動揺する。


 地下では武器類は厳重に管理されている。一般人が多いので、銃火器は特に厳しくチェックされているのだ。


 少なくともカスオが簡単に手に入れられるものではない。



「へへへ、そんなことを知る必要はない。お前さんがやることは、あの変な棺桶の中に入ることさ。それだけでおれはここから出られるんだ」


「何を根拠にそんなことを…!」


「おっと、動くなよ。死ななければいいって話だからな。足の一本くらいは撃ったっていいんだぜ」


「…っ! まさかあなた…! 誰かに雇われて…」



 スパパパンッ ジュバババッ



「あうっ!」


「黙れ! ここで命令できるのは、銃を持ってるおれだけだ! へへへ! いい気分だなぁ!」



 カスオが銃を突きつける。



 それによって―――立場が逆転。



 いくら包丁を持っていても、武人ではないミャンメイが銃に対抗できるはずもない。


 アンシュラオンのように銃弾を叩き落せるわけではないのだ。


 銃とは、一般人が持てる武器の中でもっとも手軽かつ、もっとも怖ろしい武器である。



 この銃というものが嫌われる要因の一つが、『対人用の兵器』だということだ。



 正直、こんな小さな口径の銃だけでは魔獣相手には心もとない。


 戦車であっても四大悪獣には勝てないだろうから、彼らに有効な武器とは言いがたい。


 一方で人間には強い。子供でも指先一つで大人を殺すことができる優れた武器だ。


 それも当然だろう。



 銃は魔獣を倒すためではなく、同じ人間を楽に殺すために生まれた存在なのだ。



 効率よく人間を殺すための武器だから、この程度の口径で十分なのである。


 だから武人の中でも銃使いは忌み嫌われる。努力もなしに力を得る者に対する侮蔑が込められているからだ。



 まさにカスオが、それ。



 こんなクズでカスな男が、銃をもった途端に勝ち誇った笑みを浮かべている。


 なんとも憎らしい顔だ。何度も言うが、顔の形が変わるほどボコボコにぶん殴ってやりたい。


 しかしながら、この場にはミャンメイしかいない。


 一発でも受ければ終わりだ。銃を持った人間に近づいて攻撃するには、あまりに分が悪い。


 仮に包丁を投げても、練習をしているわけではないので簡単には当たらないだろう。


 この状況を覆すことは、現実的には非常に難しいと言わざるを得ないのだ。




「へへへ! さぁ、言うことを聞いてもらうぞ!」


「服でも脱げばいいのですか?」


「はっ、んなもんに興味はない。さすがのおれも、娘と同じ年齢のガキに欲情するほどロリコンじゃねえしな」



 ロリコンの定義も人それぞれだ。


 人によっては小学生以下を指すこともあるが、シャイナという娘がいるカスオにとっては、それくらいからがロリコンに該当するらしい。


 これを聞いたら本物のロリコン(ロリ子ちゃんの夫)はどう思うだろう。


 いたたまれなくて、隅っこで体育座りをしてしまうかもしれない。



「今言ったように、あれに入ってもらうぜぇ」


「あれは何?」


「へへへ、知らねえな。おれには興味がねえ。金が手に入って外に出られれば、それだけで十分だ。もう追われることもない! 本当の自由だ!」


「金…自由。あなたの後ろには、それを与えられる誰かがいるのね。いったい誰なの?」


「へへへ、口を滑らせるとでも思ってるのかぁ? そこまで馬鹿じゃねえよ。何度も失敗してきてるんだ。ここでしくじりはしねえ」


「………」



 すでに口を滑らしていることにさえ気付いていないのは、さすがというべきだろうか。




 ともあれ、カスオは―――誰かの命令を受けている。




 この点は間違いないだろう。


 あるいは取引といってもいいかもしれない。あの言い方からすると、金と自由を対価に仕事を引き受けたことも考えられる。


 これでいろいろなことに合点がいく。


 カスオのような頭の悪い人間が、遺跡の操作にそれなりに慣れていたこともそうだし、今銃を持っていることもそうだ。


 もしかしたら、あの腕輪の話も嘘かもしれない。誰かから提供された可能性も否めない。



 では、それは誰だろうか?



(最低でも銃を提供できるだけの相手。そして彼を逃がせるほど、この遺跡に影響力を持っている存在。どう考えても一般人じゃない。各派閥の上位者じゃないと無理だわ)



 この遺跡の管理に口出しをできるとすれば、最低でも五英雄(四大市民)の家系である必要がある。


 ミャンメイがぱっと思いつくのは、地下で一番の権限を持っているハングラスだ。


 マシュホーが物資の管理をしていたように、彼らならば銃を提供するくらいはたやすいだろう。


 しかしながら、まったく別の存在である可能性も否定できない。


 そもそも派閥とは無関係な個人かもしれない。疑い出せばキリがないのだ。



(相手はわからない…でも、見えている。目の前にそれがある! なら…)



 そうなのだ。


 仮に今が極めて危険な状態でも、目の前にはヒントがある。


 それを持っている男がいる。


 なぜ自分が狙われているのかを知る者へ繋がる道がある。


 今のミャンメイには、その道を歩くだけの覚悟があった。




 包丁を持って―――歩く




 ぴちゃっ ぴちゃっ




「おい、勝手に動くな!」


「誰? あなたに命令したのは誰!! 教えて!!」


「へ、へへへ! 言うわけがねえだろう!」


「教えないと…刺します!」


「へへへ、どっちの立場が上か、まだ理解していないようだなぁ! 本当に撃つぞ! おれはマフィアの一員だったんだぜぇ! 人を撃つくらい、たいしたことじゃねえんだ!」


「誰ですか? 言ってください!」


「お、おい、止まれ! 撃つぞ!!」


「その時は、あなたも道連れにします」



 ミャンメイは包丁を振り上げながら、いつでも投げられる態勢に入っていた。


 さっきも言ったが、正直当たらないだろう。


 仮に当たったところで、途中で回転して柄が当たればダメージを与えることはできない。



 だが、それでもいいのだ。当たらなくてもいい。



 当てる気があればいい。ぶつけようという気構えがあればいい。


 当てる気がなければ何度やっても一生当たらない。アンシュラオンならば、そう言うに違いないのだ。


 そして、そうしたミャンメイの態度がカスオにも伝わり、焦燥感を与えていく。


 想像してみるといいだろう。


 もし自分が銃を持っていても、今にも包丁を投げようとしている者がいたら、思わず引いてしまうだろう。


 はっきり言って、カスオも素人である。


 小物っぷりが目立つ発言の通り、実際に人を撃ったことなどない。


 銃の扱い方にも慣れているわけではない。だからけっして絶対的に不利というわけではないのだ。



 それを支えるのが―――




(不思議。怖くない。ただただ勇気が湧いてくる)




―――勇気



 それがただの思い込みであっても、今歩める力があればいい。


 怖れずに足を踏み出す力があればいい。



 ぴちゃっ ぴちゃっ



 ミャンメイが一歩ずつ、それでいて強い足取りで進む。


 その気迫に圧されて、じりじりとカスオが下がる。




 これがあのミャンメイだろうか?




 今までの彼女を知る者、兄のレイオン以外ならば誰もがそう思うだろう。


 彼女は穏やかで温和で優しい女性だが、芯が一本通っている。



 男が人生を成功で彩りたいのならば、まず何よりも【賢妻けんさい】を持つことだ。



 賢妻というものは、夫を上手く制御する力がある。上手く操る力を持つ。


 日常では癒しになってもいいだろう。話し相手になってもいいだろう。


 だが、時には頑とした強さを見せて、鼓舞して、覚悟を示して、夫に道を示してやる必要がある。



 【真の女性】とは強い生き物なのだ。



 けっして男に利用される存在ではない。逆に力を与えるような存在だ。


 今の彼女も、その力を十全に引き出しているといえる。




 これが―――ファン・ミャンメイ




 これこそが、本物の彼女の輝きなのだ。


 白い力がミャンメイから滲み出る。


 アンシュラオンからもらった穢れを払う力が輝いている。


 その力があれば彼女は怖れない。銃を向けられても怖がらない。



「ち、近寄るな! 近寄るなよ!」



 一方、この男はなんだろうか。


 このクズの極みのような存在が、彼と同じ男だと思うだけで反吐が出る。


 アンシュラオンもシャイナの父親でなければ、即座に排除しているようなカスの中のカスだ。


 この男には覚悟も何もない。打算的に生きて、刹那的に暮らしているだけだ。


 カスオにあるのは虚栄心と欲望だけである。




 そんな男に―――屈しはしない!!




 してはいけない!!




「う、撃つぞ! 足くらいならば問題ねえ!」


「………」



 ぴちゃ ぴちゃ


 ミャンメイは足を止めない。そんな脅しには屈しない。



「ちくしょう! ふざけやがって! どいつもこいつも馬鹿にしやがって! 女なんぞになめられてたまるか!」



 カスオが銃を構える。


 『あの男』からは、息をしていればいいと言われている。


 最低限生きていれば、あとでどうとでもなると言われている。


 だったら遠慮することはない。


 素直に言うことを聞いていれば、痛い目に遭わずに済んだのだ。


 逆らったのならば、足くらい吹き飛ばされても文句はないはずだ。



 指がトリガーにかかる。



 銃口がミャンメイの足を狙う。






「なめやがってぇえええええええ! くらええええ!」






 それは、カスオが指に力を入れようとした時であった。





「うぐっ…!!」




 ぎゅううううううっ!!



 突如、首に強い圧迫感を感じた。


 誰かに首を絞められているかのように喉が閉じていき、一気に呼吸が苦しくなる。



「ごほっ…ごほおおっ!!」



 ぐい ぐいいっ ぐいいいい



 締め付けはまったく緩まない。


 カスオが苦しんでいようが、お構いなしに強くなっていく。



 ぎゅううっ ぎゅううううううう


 ぎゅっぎゅっぎゅっ ぎゅぎゅーーーーーーう!




「はっはっ!! はっ―――!!! く、くるぢ…い……っ―――! っ!! な、なんだ…お前……は!! おばえは…!!」




 その時だ。



 カスオの目に―――【白い人】が映った。



 のっぺらぼうどころではない。全身が真っ白で何一つ見えない、ただただ白い人型の何か。


 その片手が伸びて、自分の首を絞めているのだ。




―――「忠告したぞ」



―――「罰を受けろ」



―――「クズにはお似合いだ」




 その白い人型の存在は、カスオを見下していた。


 目はない。鼻も口もない。


 そうであるにもかかわらず、明らかに見下している。


 自分をゴミのように見下している。馬鹿にしている。



「ぢくじょうう! し、死ね…ぢねえええ!! ば、ばけものおおおおおお!」



 スパパパンッ スカスカッ


 カスオは白い人に対して銃を撃つ。


 しかし、そのすべてが素通りしていく。


 仕方がない。


 なぜならばこれは、彼だけに見えている【幻覚】だからだ。



(何を撃ったの!? なんであんな場所を!)



 事実、それを見ていたミャンメイが驚くほど、まったく関係のない場所を撃ったものである。


 彼女の目には、そんな白い人物は見えていない。


 だが、カスオが急に苦しみ出したことはたしかだ。首を押さえて必死に呻いている。


 口から泡を噴き出しながら悶えている。何かの力が働いているのだ。



(…え? あれ…? なにか首が白くなってる…? 最初からあんな色だったかしら? それに動いているような…)



 ミャンメイが目を凝らすと、カスオの首に異変が起こっていた。





―――【あざ





 あの時、アンシュラオンがカスオの首に付けた痣が白く変色して、さらには生物のように、もぞもぞと蠢いているのだ。


 それが彼の首を絞めつける最大の要因となったものである。



 あれこそが―――ギアス〈束縛〉



 もしカスオが自分の物に手を出そうとした瞬間、強い殺意や害意を抱いた瞬間に発動するように仕掛けた『停滞反応発動』の刻印である。


 幻覚を見ているのは彼自らの都合によるものだが、自動的に首を絞め上げるように設定されているのだ。



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