453話 「カスオの謎 後編」


「や、やめろ! もう刺すな! た、頼むからやめてくれ!! まだ死にたくねえ!」



 ミャンメイの据わった目に恐怖を感じ、カスオが土下座する。


 あれは本当に人を解体できる人間の目だ。


 アンシュラオンの力を受けて、彼女のリミッターが外れてしまったのかもしれない。


 今は包丁という明確な武器を持ち、実際に刺す力のあるミャンメイのほうが立場は上であった。



「だったら私に協力してください」


「きょ、協力? 何を…?」


「あなたのおかげで、かなりわかってきました。知らないこともたくさんあって驚いています。でも、まだ肝心の【根底部分】には到達していない気がするんです。この先にもっと何か、知らねばならない何かがあるような気がするんです」


「この先にあるのは出口だけだ。あんただって外に出たいんじゃないのか?」


「外に出たって何も解決しません。私にとって立ち向かうべき何かが、そこにあるんです。きっとたぶん絶対に!」


「いやいやいや! 何言ってんの! 仮にあったとしても、そんなの知ってどうするんだ! さっさと逃げたほうがいいに決まっている!」


「あなたみたいなクズと一緒にしないでください!」


「うえっ! 包丁を突きつけるな!」



(これは表面的なことにすぎない。この奥に【誰かの意思】があるのよ。それを見極めないと意味がないわ)



 逃げ惑うだけの暮らしは、もう嫌だ。


 外に出ても狙われる生活には耐えられない。


 ならば、戦うしかないのだ。その覚悟が今の自分にはある。



「わ、わかった。て、手伝う。だが、おれは外に出たいだけだ。腕輪はやるから、外への出口が開いたらおさらばさせてもらうぜ」


「わかりました。それでかまいません。さあ、案内してください」


「いいか、おれは本当に何も知らない。それはわかれよ?」


「早く」


「わかった、わかった! うっかり刺したりするなよ!」






 ミャンメイが包丁を突きつけながらカスオに案内をさせる。



 向かうは、この先、奥である。



 まずは行けるところまで行くつもりだ。


 仮にそこに出口しかなくても、それならばそれでいい。それもまた新しい情報になる。


 そうした情報を積み重ねていけば真実も見えてくるだろう。



(私が知りたいのは、狙われている理由だけ。それが事実ならば、むしろ私が兄さんを巻き込んだことになるわ。…でもその後、私はどうしたいのかしら? 復讐する? やめさせる? …わからない。わからないけど、知らないと納得できない。それだけなのよ)



 世の中には、理不尽なことなど山ほどあるものだ。


 旅をしているだけでも盗賊に襲われることもあるし、魔獣に食い殺されることもある。


 それに対して憤慨したとて何も変わらない。対抗する力がなければ意味がない。


 そもそも何かを成し遂げたいわけではない。ただ知りたいだけだ。



 知らねば納得できない。



 知れば納得できるかはともかく、まずは知りたい。


 そこが最低条件であり大前提であり、ミャンメイの原動力であった。


 だから怖れずに歩を進める。




 キュイインッ ズゾゾゾゾゾッ




 カスオが台座をいじると部屋の一部、球体の水槽の一部が伸びて、隣にあった水槽との橋を作る。


 どうやらこの球体と同じものが複数並んでおり、操作によって繋がる仕組みになっているようだ。



(こんなものが多数あるの? いったい何のために…?)



 疑問に思いながらも次の球体に入ると、そこには奥に向かう扉があった。


 扉はカスオが近づくと自動的に開いた。


 ここも例の腕輪の権限で入れるようになっているらしい。




 ゴロゴロゴロッ




 扉を開いて、中に入る。





 扉の先には―――『神殿』があった。





 それが神殿だとわかるのは、中央に『女神像』があるからだろうか。


 光の女神か闇の女神かはわからないが、女性と思わしき像が祈りを捧げている。


 女神像の周囲には色とりどりの花が咲き乱れ、像自体が光を放っているので花が反射し、七色に輝いているようにも見えた。


 こうした「後光がさす」状態は、各チャクラから光が放たれている状態を意味し、上位の霊格の存在、たとえば天使(地上生活をしない霊)などを見た際は光の羽が生えているかのように見えるらしい。(天使=羽のイメージがここで生まれる)


 この女神像も、そうした女神の霊性の高さを表現しているものと思われる。


 自分たちもそれに倣うべく、女神の偉大さを称えるのだ。


 だからこその祈りの場であり、神殿と呼ぶに相応しいだろう。


 また、大きな空間の両脇には紋様が刻まれた柱がいくつも立っており、植物のツタが絡まって何かの実をつけている。


 そうした花や植物が見られるためか、ここだけは無機質な感じはしない。



 これを見たミャンメイは、そこに【人の気配】を感じた。



 実際に誰かがいるのではない。人という【存在理由】を認知した、というべきだろうか。



(魔獣が祈るとは聞かないし、祈るとすれば人間だわ。だとすればここには昔、誰かがいたのかしら? それとも今もいるの? 植物もまったく枯れていない。誰かが手入れをしている? …あっ、そういえばマザーの花もまだ枯れていなかったわ。ここの水が影響しているのかしら?)



 ミャンメイも、今になって地下の状態がおかしいことに気付き始めた。


 上から来たアンシュラオンが即座に異変に気付いた水についても、当時の自分たちは違和感がなかったが、今ならばすぐにおかしいとわかる。



(ホワイトさんが出した水にも『生命力』が感じられた。この水にも近しい感覚がある。そういった性質があると思うべきかしら)



 実際にアンシュラオンの輝く水泥壁を見ているせいか、それがとても似ているものに感じられる。


 水は生命の象徴。


 あらゆるものを癒し、再生させ、慈しむ守り手である。


 ここにある植物も、その水を栄養にして成長し続けているのかもしれない。




「こっちだ」



 カスオが向かった先には、石版のようなものがあった。


 ちょうど女神の台座の真下に備え付けられた黒い板に、うっすらと光が滲んでいる。


 見たこともない文字が並ぶ中、数字だけは今と同じなのかミャンメイでも読み取ることができた。(このことから大陸暦以前の建造物であることがわかる)



「これだよ。この数字がリンクしているんだ」



 石版には、ランキングのような順位付けがなされており、上に行くほど光が強く、濃くなって表示されているようだ。


 すでにミャンメイは自分の番号を確認して知っているので、照らし合わせてみる。


 その数字はすぐに見つかった。


 最初に見た一番上の数字が、まさに自分のものだったのだ。



(58659552…。私の数字と同じだわ)



 信じがたいことだが、何度見ても数字が完全に一致している。


 これだけの桁の番号が偶然一致する確率は相当低いので、何らかの因果関係があるのは間違いない。


 また、石版に表示された番号は一つではない。


 定期的に表示が変わり、二十以上の数が同時に表記されることもあった。


 それがある程度終わると、また自動的に最初のところに戻る。まるで電光掲示板のお報せのように。



(クズオさんの言うことは間違ってはいない。いないけれど…)



「どうしてわかったんですか?」


「へ?」


「この番号がわかったとしても、個人を特定するのは難しいことですよね? 私がざっと見ただけじゃ、誰がどの番号かもわかりませんし…」


「ああ、それか。そいつは簡単さ」



 カスオが石版に腕輪を近づける。


 すると、石版の輝きが広がり、空中に巨大な地図が生まれた。


 これもホログラムを利用した技術であろう。実用化しているかはともかく、地球でもそこまで珍しいものではない。



「ほら、青い点が光っているだろう? 小さいけど番号も表示されている。それを見たのさ」


「動いて…いる? これはまさか…」


「言っただろう。管理されているって。そのままの意味だぜ」



 宙に表示された地図の上には、数字に対応した点がいくつもあり、それが微妙に動いている。


 かなりの縮尺図なので、動いている幅は小さく見えるが、そこで人間が活動していると思えば頷ける距離だ。


 これはもちろん、腕輪にはめられたジュエルがセンサーになっているのだ。


 もしここにアンシュラオンがいたら、きっとこう言うだろう。




「ペットの『マイクロチップ』と同じだな」




 と。



 人間が動物を管理するために、犬や猫にマイクロチップを入れる。


 皮下脂肪に直接入れたり、あるいは首輪に入れたりするのだが、どちらにせよ目的は同じだ。



 居場所を把握、つまりは『管理』するために便利だからやっていることだ。



 よく洋画でも題材になるが、これが人間に適用されるだけのことである。


 それを見て「非人道的だ!」と言ったところで、人間がペットに対して「迷子時の身元特定に使えるから」「飼い主を特定するため」と言って強制しているのとなんら変わらない。


 ともあれ、カスオはこれを見て個人を特定していった。


 どうやら点が大きい者ほど上位にランクインされているようなので、より大きな該当者を狙って探せば、特定はそう難しくはない。


 なにせ地下はテリトリーがだいたい決まっている。


 派閥ごと、グループごとに人間が分かれているので、時間をかければ比較的安全に調べることが可能だ。


 ミャンメイも目立つ存在である。目撃証言を得ることもたやすく、情報屋を使えばすぐにわかることだ。



「こんなことが…本当にあるなんて…」


「たいして珍しくもないだろう? スレイブの管理とそう大差はないぜ」


「…この点の人たち、他の人も調べたんですか? 私以外にも該当者がいるんですよね?」


「そりゃまあ調べたけど、連れてこれそうなやつってのは少なかったな…。あのグループでいえば、マザーって女も該当していたが…ありゃちょっと近寄れねえよ」



 さりげなくマザーも該当していたりする。


 ただし、彼女は危険察知能力も高いし、カーリスで最低限の護身術も学んでいるので隙がない。


 多少歳をとっているが、女性は地下では特に貴重なので周囲のガードも固い。


 女性を守る意識が地下全体で強いので、グループにかかわらず、カスオが女性に近づくだけで袋叩きに遭う可能性もあるくらいだ。


 当然、該当者が男でも駄目だ。屈強な武人ならばなおさらであるし、他の派閥ともなれば絶対に無理である。


 カスオ自体がラングラスから身動きが取れないし、人望も信頼も金もない。


 変なやつに情報を開示すれば、それこそ逆の立場になりかねない。さまざまなリスクがあるのだ。



 そうして考えた末、ミャンメイが最適と判断した。



 以前のミャンメイならば、お人好し感が全開だったので、騙しやすそうと感じたことも大きな理由だ。


 ただし、レイオンがいつも目を光らせているので、普通のタイミングでは無理だ。


 だからこうして長く離れるタイミングを狙っていたのである。



(今までの私は、そんなに弱々しく見えたのね。ホワイトさんがいなければ、今頃どうなっていたのかしら? あら? あそこだけ…白い? あの場所は…試合場?)



 地図を見ていて、一つだけおかしなところがあった。


 それは、無手の試合会場の部分だけが白塗りで潰されていることだ。


 大規模な修正が入ったアダルト漫画のように、そこだけが完全に白で覆われている。



「あれ? なんで白いんだ? 前は普通だったけど…」



 カスオもそれは初めて見るようで首を傾げていた。


 これは黒雷狼とアンシュラオンが、試合会場の結界を破壊してしまったからである。


 その意味でもイレギュラーではあるのだが、そこ以外にも潰れている箇所がいくつかあった。


 もともとが古い施設だ。すべてが完全に機能しているわけではないようだ。





 また新しい情報を得て、ミャンメイは核心に近づく。



 しかし、ふと気になることがあった。



「もう一つ訊いてもいいですか?」


「なんだよ」


「どうしてこれだけの情報で、外に出られると思ったんですか?」


「………」


「私が見た限り、たしかに何らかの関係はありそうですけど、それがあなたの安全を保証するものには思えないのです」


「………」



 カスオの行動と今まで得た情報を照らし合わせると、疑問はまだ残っていた。


 その疑問は、とても簡単なものだ。


 たしかにここに記された情報とあの謎の棺との関連はありそうだが、だからといってそれがカスオの目的と合致しないのだ。


 彼が欲しいのは当人曰く、金と自由だ。


 だが今のところ、それが見当たらない。その可能性をまったく感じないのである。



「ところで出口はどこですか? どこにそれが…」


「出口は目の前にあるぜ」


「目の前?」



 カスオは足を引きずりながら女神像に向かって歩いていくと、素通りして裏側に回る。


 その動作自体に不審な点はなかったので、ただ眺めていた。




 この時、ミャンメイは完全に油断していた。




 ようやくわかりかけてきた遺跡の謎、いや、自分に関わる何かを前にして情報を得ることだけに集中していた。


 だから、カスオが女神像の後ろから『ソレ』を取り出した時には、すでに遅かったのだ。



 カチャッ



 やや硬質的な音とともに取り出されたのは―――





「出口は目の前にあるんだ。それを逃してたまるか」





 カスオが―――【銃】を構えていた。




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