452話 「カスオの謎 中編」


 カスオが何も知らず、自分をここに閉じ込めようとするわけがない。


 よって、この発言は嘘だ。



「私はおとなしい女に見えるかもしれませんけど、今はそこまで余裕はないですよ。あなたを見捨てる選択もできるかもしれません」


「へへへ、おれの腕輪がないと、どうせ出られないぜ」



 ここでカスオは強気に出る。


 彼がまだ折れていないのは、あの腕輪があるからだろう。


 たしかに腕輪は気になる。



(あの移動する部屋は腕輪がなくても動かせそうだし、入り口の扉も隙間がある。帰るには困らないけれど…腕輪がないと不便なことも多そう。逆にあれがあれば、できることも増えるというわけね。真実に近づくには腕輪が必要だわ)



 カスオに用はないが腕輪は必要だ。かといって、そのまま出すのも危険だろう。


 一度戻って誰かを連れてくるという選択肢もある。


 なんとか扉をこじ開けてレイオンを連れてくるか、あるいはアンシュラオンがいれば最高だ。


 しかし、それでは時間がかかりすぎる。



(…駄目。今というチャンスを逃すほうが危険だわ。目を離したら何が起こるかわからない。今はこの優位性を上手く使ったほうがいいわね)



 世の中は不思議なことに、そのチャンスを逃したら二度と出会えないことがよくある。


 たとえば買い物で、その時にたまたま気に入ったものがあっても迷ってしまい、後日買いに行ったらもうなくて後悔する、というのは定番のパターンだろうか。


 ネット通販で探しても上手く見つからず、そのまま縁自体がなくなるのだ。


 今もそれに近しいものを感じる。この瞬間を逃さないほうがいいと直感が働く。



「どうしようかしら…」


「へへ、へへへ。ここは和解ってことでどうでしょう? お互いに痛み分けってのは?」


「いまさらあなたを信用できると思いますか?」


「へへへ、そこはするしかないというか…ねぇ? 人生には妥協も必要ですよ」


「あなたに頼らなくても腕輪を手に入れる方法はありますよ」


「へぇ、それはどんな方法ですかねぇ?」


「こういう方法です」



 ミャンメイが腰から『包丁』を抜いた。


 鋭く刃こぼれ一つない刀身が、ぎらりと光る。



 それを見せつけながら―――





「あなたが衰弱した頃に開けて、ゆっくりと腕ごと切り取ってもいいんですよ」





 ミャンメイが、自分の腕に包丁を押し当ててみる。


 ひんやりとした冷たい感触が、それが簡単であることを物語っている。



「なっ!! へへへ、じょ、冗談でしょう? まさかそんなこと…しませんよねぇ?」



 それを見て、カスオが青ざめる。


 こんなお嬢ちゃんがまさか、という視線を向けるが、ミャンメイは真顔だった。



「私、もう利用されるのは嫌なんです。立ち向かわないといけないんです」


「そ、それはご立派で…へへへ」


「ホワイトさんが教えてくれました。勇気をもって戦わないといけないんだって。本音で向かわないといけないんだって。だから、これは本気です」



 ミャンメイは嘘を言っていない。


 怖いけれど、勇気を振り絞る時がやってきたのだ。


 ここには自分独りしかいない。自分がやらねばならないのだ。


 包丁を握る手に力を入れ、カスオを問いただす。



「どうして私をそこに閉じ込める必要があったんですか? その理由は何ですか?」


「………」


「本当に…やるしかないなら……」


「わ、わかった。わかった! だからそう思い詰めるな!! 言うよ!」


「では、聞かせてください」


「…どうやらこの遺跡には、出入り口がいくつかありそうなんだ。そこから外に出るためにあんたが必要だったんだよ」


「え? ほかにも外に出られる道があるんですか?」


「よくよく考えてみるといいぜ。この遺跡がどれだけでかいのか知らないが、入り口が一つなわけがないだろう? だってよ、実際に収監砦から入る道のほかに資材搬入用の入り口もあるんだ。なら、それ以外にあってもおかしくないだろう? 何かあったときのために出入り口が複数あることは、けっしておかしいことじゃねえさ。むしろ無いほうが不自然だ」


「…それは…はい。たしかに」


「考えてもみなかった、って感じだな。へへへ、そこが出来るやつとそうじゃないやつの差だ」



 カスオは駄目人間だが、「小ずるさ」にかけてはそこそこ長けた男だ。


 金貨を盗んだ時もアンシュラオンがいなければ、そのまま完遂できた可能性が高い。


 超絶にせこいが、そうしたせこさも才能の一つだ。


 その才能がここを見つけたのならば、十分褒められるものかもしれない。




「この先に出口があるんですか?」


「そう考えてもらってもかまわないぜ」


「そうだとしても、そこにどうして私が関わっているんですか?」



 そう、そこだ。


 カスオの言葉に今のところ不審な点はない。


 唯一、自分が必要という点以外は。そこがどうしてもわからない。


 ミャンメイがそんな疑問を抱いていると、ふとカスオの視線を感じた。



 その目は―――腕輪を見ている。



 ミャンメイの手にはめられている赤い腕輪だ。



「この腕輪が…何か?」


「なんでその腕輪があるのか、疑問に思ったことはねえか?」


「…え? それは…扉を開けるため…?」


「おかしな話だよな。なんでいちいちこんなもんが必要になるんだ?」


「それはそうですけど防犯上の目的もありそうですし…普通は扉に鍵をかけるものでしょう?」


「ぎゃははは! やっぱりお嬢さんだね、あんたは! まあ、それくらいウブなほうが男に人気が出るからいいのかもしれねえな」


「…どういう意味ですか?」


「ちょっ! 包丁をちらつかせるなよ!」


「馬鹿にしないでください。刺しますよ」


「こえぇな!」


「何か知っているのならば話してください」


「…馬鹿にしたわけじゃねえ。何も知らないってのは幸せだなぁと思っただけさ。だが、【家畜】なんてもんは、もともとそういうもんだ。あんたとおれの違いは、自分の立場を知っている家畜か、知らない家畜かだけの違いさ」


「家畜…? 私たちがですか?」


「だってそうだろう? そんな腕輪を付けられて『管理』されているんだ。家畜じゃなくてなんだっていうんだぁ? 腕輪に『階級』がある段階でよ、そうは思わないのかい?」


「階級?」


「この腕輪で開けて、あんたらので開けない。それは『格差』ってやつだろう」


「あっ…」



 その言葉は、ミャンメイにすんなり入ってきた。


 ずっと自分の中で疑問だったことが、それによってすっきりしたからだ。




―――家畜




 知的生命体の人間からすれば、極めて不快な言葉だ。生理的に受け付けない。


 しかし、現状はそれに完全に当てはまる。


 カスオが手に入れた腕輪は、ここに入るための許可証でもあった。その腕輪でしか扉は開かなかった。


 だが、赤い腕輪では入れない。


 そこにはれっきとした【身分】が存在する。


 もし上の階級の人間から見れば、自分たちは下の存在にしか映らないだろう。


 あくまで上から管理される側の存在なのだ。そこに拒否権はない。



「でも、家畜なんて…言いすぎじゃないですか? 開く扉が違うだけでしょう?」


「それだけならば、まだそう思うのも仕方ねえな。だが、その腕輪は、ただ扉を開くためのもんじゃねえ。それは『観測装置』なんだよ」


「観測? 何を測っているんですか?」


「さぁ、そんなことは知らねえよ。だが、あんたも覚えがあるはずだぜ。ここに初めてやってきた時、なんか変なものに出会っただろう? なんてーか、怪しげな機械っつーか、でかい鎧みたいなやつだ」


「っ…! それって…あの!」



 アンシュラオンが出会ったロボットである。


 ロボットはスキャンをしていた。アンシュラオンだけではなく、すべての人間に対して何かのチェックを行っていた。


 それはその時だけの一過性のものだろうか?


 否。


 継続性があるものなのだ。


 その後は腕輪によって常時変化を測られている。


 こうしている今も、腕輪をはめているすべての人間を観測しているのだ。



 では、誰が? 何のために?



 次にそう思うのが自然だろう。


 ここまでして観測あるいは計測しているのだから、よほどのことだ。意味がないわけがない。



「誰が何の目的で、そんなことを?」


「だから、そんなことは知らねえよ。俺はよ、早くここから出たいだけなんだ。そのためにあんたが一番楽そうだったんだ。それだけだよ」


「楽そう? 女だから狙ったんですか?」


「それだけなら、お前さんでなくてもいいだろう。わざわざリスクの高いレイオンの妹なんて狙う必要はないぜ。条件に適した人間の中で一番楽そうだったって意味さ」


「条件…もしかして私は他人と違うの? その計測されたものが他人とは異なるの?」


「ここまできたら隠してもしょうがねえ。その腕輪には番号が振ってあるだろう?」


「番号?」


「気付いてなかったのかぁ? 裏側にあるんだよ」


「全然知りませんでした…」


「変な腕輪を付けられたら普通はヤバイと思って調べるだろう。抜けてんな、あんたは」


「あなたに言われると、さすがに嫌ですね」


「へへ、どうせおれは嫌われ者だからな。気にしないぜ。で、その番号に対応した人間の観測結果がわかるようになっているんだ。奥によ、そういうもんがあるんだ。それに気付くまで相当時間がかかっちまったけど、間違いないな」





「あんたは―――『選ばれた人間』なんだよ」





 カスオがミャンメイに目をつけたのは、『腕輪によって選定された人間』だったからだ。


 そうでなければ、レイオンの妹という危険な相手を選ぶこともなかっただろう。


 失敗すれば相応の報復を受けることになる。本当に死ぬ可能性さえあるのだ。


 それをあえて行ったのは、ミャンメイが【特級】だったからだ。



「基準はわからねえ。が、あんたが『やつら』にとって価値があるのは間違いないんだよ。だから狙ったんだ」


「…私が他人と違うのはわかりました。でも、それとそのベッドにどういう意味があるんですか?」


「それは…」




 ピピピッ





―――「不適合者と認定。排出いたします」





 ウィインッ ボンッ




「ぐえっ!」



 話している途中、突然棺が開いたと思ったら、ベッドからカスオが強制的に排出される。


 その出し方はやたら荒々しいもので、品質に合格しなかった「不良品」を捨てるかのような雑な扱いに見えた。


 カスオは思いきり身体を床に打ち付けて転がる。



「あたたた…ちくしょう。ゴミ扱いしやがって…」



 こんな扱いをされるのも家畜だからだろうか。


 機械にすらあっさりと見捨てられるカスオの哀れな姿も、クズにはお似合いだ。



 ただ、それによって自由になったことも事実。



 カスオが立ち上がると、にやりと笑う。



「へへへ、あんたがここに入れば何かが起こるはずなんだ。おとなしく入ってもら―――」


「えーーーいっ!!」



 ザクッ!



「ぎゃーーーーーー!!」



 ミャンメイが包丁をカスオの腕に突き刺した。


 さすがに良い切れ味をしている。簡単に二の腕に刺さる。



「ひーー、ひーーー! なにするんだ、この女!!」


「さ、刺しますよ! 変なことしたら刺しますからね!!」


「もう刺してるじゃねえか!」


「て、抵抗するのなら! えええい!」



 ザクッ!



「ぎゃーーーー!」



 再び刺す。


 今度もいい感じで腕に突き刺さった。



「あっ、鶏肉より柔らかいんですね。これなら簡単に捌けそう」


「ひーーっ! 怖いこと言うんじゃねえよ!」


「大丈夫です。お肉を骨から削ぎ落とすのは得意ですから!」


「もっと怖いっ!!!」


「はぁはぁ、勇気を! 私に勇気をください…! 刺す勇気を! 次はお腹に刺して、内臓を取り除かないと…そうしないと安心できない…! しっかり『解体』しないと!」


「や、やべぇ! こいつ、やべぇ!」



 何やら訳のわからないことを呟きながら包丁を握る女。


 なかなか怖い光景だ。カスオ以上に何をするかわかったものではない。


 冷静に考えると料理人とは怖ろしいものだ。極めて淡々と死んだ動物を解体している。あるいは喜々として分解する。


 ミャンメイも長年、そうやって生きてきたのだ。


 カスオを素材として捉えれば、解体することもそんなに難しいことではない。



「そうですね。『豚』と同じですね。…なんてことはないんです。ただ各部位に切り分ければいいだけですよね」




 ミャンメイの目が―――冷静なものとなる。




 料理人の目だ。


 解体する者の目だ。


 その様子にカスオも恐怖を隠せない。


 【家畜】としての本能が、これは危ないと警告している。



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