451話 「カスオの謎 前編」


「っ!! な、何が…! あれ!? どうなって…!! あれれ!?」



 予想していた通り、誰かがベッドに寝ると再び閉じる仕組みだったようだ。


 ミャンメイはすぐに離れたので問題なかったが、まったく想定していなかったカスオは完全に取り残される。


 自業自得、因果応報、自縄自縛じじょうじばくとは、このことだ。


 他人を閉じ込めようとしたら自分が閉じ込められる。まさに典型的な展開である。



(危ないところだったわ。何かアクシデントがあれば、私がああなっていたかもしれないのだから)



 危うく自分がこうなるところだったのだ。改めて考えると怖ろしいものである。



「出せ、出してくれ!!」



 一方のカスオは、なぜこうなったのかまったく理解できず、中で狼狽していた。


 ガンガンガンッ


 中から強く叩く音が聴こえるが、棺はまったく開く気配がない。


 もしかしたら内側からはひらけないようになっているのかもしれない。



「クズオさん、そこから出られないの?」


「出られるもんなら、出ているさ!! 早く開けてくれ!」


「あら、困ったわ。どうやって開けるのかしら?」


「そ、そこの台座の青いジュエルに触れれば開くはずだ! は、早くしてくれ!」


「えと…どれかしら」


「そこだ! そこの右側の!」



 ミャンメイが移動して台座を見ると、そこにはいくつかのジュエルがあった。


 その中の右側、青いものが開閉用のスイッチらしい。



「教えてくれてありがとうございます」


「…え、ええ。早く開けてくださいよ。へへへ…」


「………」


「あ、あの? 聞いてます? 早くしてもらえると嬉しいなーと思うのですが…へへへ」


「うーん、いろいろと考えたんですけど、あなたを出すと危ないので、しばらくそこに入っていてくれませんか?」


「な、何を言っているんですか! 閉じ込められているんですよ! すぐに開けてくださいよ!」


「どうしてですか?」


「ど、どうしてって…開けるのが普通でしょう! こんなに困っているのですからね!」


「開けるのが普通と言われるのならば、閉じ込めるのも普通のことなんですか? あなたは私を閉じ込めようとしていましたよね。その理由がわかるまではお断りさせていただきます」


「なっ…だ、誰がそんなこと…! そんなわけないじゃないですか! ねえ!」


「よくそんなことが言えますね。誰がどう見ても、そのつもりだったはずですよ」


「い、言いがかりだ! 何を根拠に…」


「どうして青いジュエルで開くと知っているんですか?」


「そ、それは…これはわたくしの私財ですし…」


「クズオさん、あなたはやっぱり…クズですね。ホワイトさんの言うことがよくわかりました。あなたがどう弁明しても、私から開けるつもりはありません。それだけは言っておきます。私の身の安全のためにもです」



 自分でも驚くほど、冷たい声が出てきた。


 もしあのまま寝転がっていたら、自分がこうなっていたのだ。


 それを思うと、この男に同情するという気持ちはまったく湧いてこない。



 そんなミャンメイの変わりようを受けて、カスオも本来の姿に戻っていく。




「このクソアマ、よくもやりやがったな!! 出せ、早く出せ!! 出しやがれ!!」




 クズがクズである所以は、性根がクズだからだ。


 所詮は上っ面だけの存在。これがカスオの本性である。


 これもわかっていたことなので驚きはしない。ああそうだったのか、と思うだけだ。


 それより尋問が先だ。優位になった今こそが最大のチャンスであろう。



「ここは何ですか? この場所で何をしようとしていたんですか?」


「そんなこと知るか!」


「知らないでこんなことをするわけがないでしょう? あなたは誰なんですか? どうしてここに入れるんですか? 何が目的なんですか?」


「へっ! お前に言う理由なんてねえな! 教えるもんかよ!」


「それを言うまでは、ずっとそこにいてもらいますからね」


「この人でなし! 早く出せ!」


「不思議。あなたに言われても何も感じないです」


「ちくしょう! 出せ! 出しやがれ!!」



 ガンガンガン


 カスオが中から叩くが、棺は頑丈でまったく出られる気配がない。


 さらに隠し持っていたナイフで切りつけてもみたものの、逆に刃こぼれしてしまった。




「ちくしょうちくしょうちくしょうっ!!!」




 ガンガンガンッ ギンギンギンッ


 野生の猿か猪でも捕まったかのごとく中で暴れまわるが、そのすべてが無意味だった。


 このカプセルだか棺だかわからないものも、壁と同様に強固な物質で出来ているようだ。


 普通の武器でこれを破壊することは不可能である。





 数分後。



 さすがに自力で出ることは不可能だと悟ったのか、カスオが少しおとなしくなる。


 普段運動もあまりしていないため体力にも乏しく、息を切らしてうずくまっている。


 そして観念したのか、力なく話し始めた。



「だからおれは…その…たいそうな話じゃねえよ」


「それでもかまいません。はっきり訊きます。あなたは誰ですか? いったい何者ですか?」


「こんなことをしたんだ。あんたは誤解しているかもしれねえが、ただのちんけな元麻薬の売人さ」


「麻薬の売人さんが、こんな場所を知っているんですか? それを信じろというのですか?」


「そりゃ…難しいかもしんねえが、本当だからしょうがねえ」


「………」



 ミャンメイはカスオを観察するが、アンシュラオンのように人の嘘を見分けられるわけでもないので、正直よくわからない。


 ただ、カスオが大人物なわけがない。


 実はすべての黒幕だった、とは到底思えない。



(まったくオーラがない。ホワイトさんのような存在感がないわ)



 カスオの小物臭がすごいのだ。


 哀しいことに、それだけでも相手の言葉を信じるに足る証拠になるだろう。



「あなたが普通の人だということはわかりました。では、何が目的ですか? どうしてこんなことを?」


「目的? へへへ、人間にとって目的があるとすりゃ、そりゃ金と自由だ。違うか?」



 さすがクズ。人生の目的が金と言い張るところが格好いい。


 ふと思えば、アンシュラオンと同じことを言っている気がしないでもないが、なぜかカスオの場合は下卑た印象しか受けないから不思議だ。


 そこはやはり内面。ただのクズと王との違いだろうか。



「こんなことをしてお金が手に入るんですか?」


「ああ、入るぜ」


「ちょっと理解できないんですけど、どうやってですか?」


「そりゃ…まあ……いろいろとな……」


「言わないと出られませんよ」


「いやいや、言うよ。言うさ! ただ、おれにもよくわからねえところがあるんだ。最初に言っておくが、おれが知っていることはごくごくわずかだ。それは信じてくれよ」


「…順を追って訊きますね。あなたがただの売人だとしたら、どうしてここに入れるんですか? その腕輪は誰から仕入れたんですか?」


「これは……【拾った】んだ」


「拾った?」


「ああ、拾ったんだ」


「伝手があるとか言ってましたけど…」


「あれは嘘だ。そんな伝手があったら、もっと早くここからおさらばしてるぜ。へへへ…おれに友達なんていねぇしな」



 これも哀しい発言であるが、事実である。



「いつどこで拾ったんですか?」


「半年くらい前か? とある部屋で【腕】を拾ったんだ。それにこの腕輪が付いていたのさ」


「腕…?」



 その言葉にミャンメイが嫌悪感を露わにする。


 腕を拾うなど、それだけで最悪の出来事だ。気分が悪くなるに決まっている。


 だが、カスオの話には続きがある。



「腕っていっても人間のじゃねえ。人形…なのか? よくわからないが血も出ていないし、人間とは明らかに違うもんだった。マネキンみたいな感じか?」


「人形の手? それならばまだいいですけど…どこで拾ったんですか?」


「あんたはラングラスエリアの全部を見て回ったか?」


「全部は見ていないですね。あまりに広いですし…行けない場所も多いですから。開かない扉も多いですし…」


「へへへ、それが思い込みってやつさ。扉には開かないようにみせかけて、条件が整えば開くものもあるんだ。たとえばそう、おれが拾ったジュエルに反応して開くようなやつがな」



 バイラルのいる部屋が、それに該当する。


 支給される腕輪ではなく、その扉専用のジュエルがないと開かないタイプの扉である。


 その多くはかつて「私室」として使われていたため、言ってしまえばそれぞれに用意されたプライベートルーム専用の鍵のようなものだろう。



 では、なぜカスオがそれを持っているかといえば、そんなに難しい話ではない。


 カスオのラングラスグループでの仕事は、トイレに金庫を隠していたことからもわかるように『清掃員』である。


 ぶっちゃければ「ゴミ拾い係」という、誰もやりたがらない仕事を押し付けられているにすぎない。


 彼の立場はグループの中でも最下層なので、それも仕方がないだろう。


 だが、その立場が唯一好転した日があった。



 ある日、カスオがゴミ拾いをしていると、その中に【古ぼけた石】のようなものがあった。



 黒ずんでいたので、一見すればそこらの石にしか見えなかった。


 瓦礫の破片と思うのが普通の人間の反応だろう。


 しかし、長年ゴミを見てきたカスオは、直感的にそれがただの石ではないことを理解した。


 ゴミの中から少しでも価値あるものを手に入れて、生活の足しにしようとする必死さが、そこで生きたわけだ。


 その努力をもっと違う分野で使っていたら、最初から地下になど来なくても済んだのだろうが、いまさらそれを言っても意味はない。


 クズはクズだ。簡単に変わるわけがない。


 とはいえ、それが何かわからなかったので、ポケットに入れっぱなしにしておく日々がしばらく続いた。


 そして、彼がすっかりと忘れていた頃だ。



 ある扉の前を通りがかったら―――突然開いた。



 その扉は開かないと誰もが思っていたので人通りはまったくなく、カスオも通路に何か落ちていないかと、たまたまやってきただけにすぎない。


 一瞬だけ呆然としていたカスオだったが、そこは慣れたもの。迷うことなく、すかさず中に忍び込んだ。


 どうせどこにいても最下層の自分である。もし閉じ込められても、グリモフスキーたちと一緒にいるよりはましと考えたのだ。



 入った部屋の中は、荒れ果てていた。



 何か大きな混乱があったのだろう。机や家具らしきものがすべて壊されて散乱していた。


 正直、転売できそうなものは何もない。すべてがガラクタといって差し支えない状態の悪さだった。


 それでもカスオは興奮した。


 なにせ今まで見てきた部屋は、どれもがすっかり(風化して)綺麗になっていて何もなかったのだ。


 ここまで生活感が残っている部屋など、現在バイラルがいる部屋以外には、もう一つも残っていないに違いない。



 彼は喜々として部屋を漁った。



 ただ、いろいろと見つけるには見つけたが、その多くがよくわからないものであり、価値あるものかゴミなのかすらもわからなかった。


 カスオだから当然ではあるが、仮に他の一般人でも同じ結果になっていただろう。


 同じ人間であっても、文化レベルや生活環境がまったく違うのならば、それはもう他の惑星に住む「宇宙人」と大差ない存在である。


 ぱっと見て理解できるわけがない。多くは使い道がわからない、まさにゴミであるといえよう。


 しかしその中で唯一、カスオにとって見覚えのあるものが存在した。



 それが―――【腕輪】



 腕輪は床に落ちていた『人形の腕』にはめられていた。


 当時の部屋の住人が意図的に人形にはめて管理していたのか、あるいは単なる装飾だったのかは不明だが、それはラングラスエリアの扉を開くための【鍵】であることは理解できた。



「腕輪を入手したおれは、チャンスを見ては隠れながら扉を回っていった。そして、いくつかの扉が開くことがわかった」


「それでここに入れたというわけですね。…ここ以外の扉の中には何があったのですか?」


「何もなかったさ。他の部屋と同じ、もぬけの殻みたいな感じだったぜ」


「本当ですか? 何かあったんじゃないんですか?」


「あったとしても、おれには使い道はわからねえ。金にならないのなら価値はないしな」



 どんなに文化的に価値があっても、金にならないと意味がない。


 研究者や学者ではないのだ。空き巣と同じく金目の物にしか興味がない。


 そこは嘘ではないだろう。



「随分とここに慣れていたようですけれど…」


「そりゃ秘密の場所だからな。何度も来たことがあるさ。いろいろと触ってもみた」



 ここまでのカスオの話におかしなところはない。


 むしろこの説明以外では、カスオが腕輪を持っている理由が見当たらないので、ひとまず受け入れる。




「じゃあ、質問を変えますけど、ここは何ですか? あなたが入っているのは何?」


「知らねえな」



 ここでようやく明らかな嘘が出た。


 知らないのならば閉じ込める理由はない。これだけは絶対に嘘である。



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