449話 「ミャンメイの賭け 中編」


 ミャンメイは、カスオの後ろについていく形で歩を進める。


 カスオは入り口方面に歩き出した。やはり『奥』に行くわけではないようだ。


 どこに行くのかと怪訝に思っていたら、入り口と奥の中間にある通路に足を踏み入れる。



(この先は…行き止まりではなかったかしら?)



 ミャンメイの記憶では、この通路の先は袋小路になっていたはずだ。


 あまり赴かない場所ではあるが、三年もいれば少しは覚えているものである。


 事実、その先は行き止まりであった。



 男が女を袋小路に連れ込む。



 良いイメージがあるわけではないので、ミャンメイが身構える。



 が、カスオは後ろを振り返ることもなく、腕輪を『扉』に掲げた。



 ここはたしかに行き止まりで袋小路ではあったが、正面には扉があった。


 ただし、支給される赤い腕輪では反応せず、どうやっても開けることはできなかったため、それを知っている人間からすれば行き止まりと認識してしまうのだ。


 開かないと知っている扉は、壁同然。無いも同然だ。



 それが―――




 ゴロゴロゴロゴロッ




 開く。




「え!?」



 だからこそ驚きを隠せない。


 開かないという「思い込み」があるからこそ、ショックは大きい。



「驚いたでしょう? へへへ、そうでしょうとも。そうでしょうとも。地下にいる人間ならば当然の反応でございますよ! へへへ!」



 カスオは、してやったりの表情を浮かべる。


 こうして人を驚かせるのは楽しいものだ。普段は虐げられている彼ならば、なおさら楽しいに違いない。


 それから周囲を見回し、誰もいないことを確認すると、扉を指差す。



「さぁ、こちらです。どうぞどうぞ」


「あの…どうやったんですか? ここは開かずの扉だったのでは?」


「わたくしめの腕輪は特別製でしてね。こうして普段は開けられない扉も開くことができるのです」


「特別製? いったいどこでそんなものを…」


「へへへ、これも人徳といいますか、ちょっと伝手がありましてね。そこで仕入れたものなんですよ。おっと、秘密ですよ? 本当に機密事項でございますからね。さあ、それより早く入ってください。誰かに見られたら大変です。さあさあ」


「は、はい」



 まだ状況が理解できずに驚いたままのミャンメイを、カスオが先導する。


 カスオはすでに入ったことがあるのか、まったく歩みを止めずに先に進んでいった。




(ちょっと予想外だわ)



 まさかこのようなことが起きるとは思っていなかったので、怖さよりも驚きのほうが勝ってしまっているのが本音だ。


 これが兄のレイオンやアンシュラオンがやったのならば驚かないが、よりにもよってカスオである。


 意外な人物。意外な人選だ。


 なぜ彼のような人物が、そんな特別な腕輪を持っているのか非常に気になる。



 ゴロゴロゴロッ



 やや薄暗い中に入ると、ゆっくりと扉が閉まっていく。



(…あっ、扉が閉まっちゃう。これって危ないわよね)



 カスオ曰く、この扉は特別製だ。開くには彼が持っている腕輪が必要になるだろう。


 このまま行くのは危険だ。


 そんな予感がしたミャンメイは、慌てて周囲を見回す。



 すると、近くに四十センチ四方の瓦礫が落ちていた。



 ちょっと大きめの庭石くらいな感じだろうか。これくらいの大きさならば一般家庭でもよく見られるサイズである。


 周囲を見ると内部はボロボロで、この瓦礫も目の前の崩れた壁の一部であることがわかった。


 扉も内部から見ると、あまり綺麗ではない。


 この中で何かがあったのか、至る所に破壊痕のようなものが見受けられる。



(なんでこんなことに…? むしろこの扉があるおかげで、被害がラングラスエリアに広がらなかったみたいだわ。ああ、そんな暇はなかったわ。これをなんとか動かせないかしら? 重そうだけれど…がんばって…)



 ぐぐっ ころん



(あれ? 軽い?)



 その瓦礫は、見た目に反してやたら軽かった。


 なんというか、中身の無いハリボテのようにさえ感じられる。腕力のない自分でも軽々と動かせる程度の重さだ。


 耐久性に若干の不安は感じたが、時間もないのでその瓦礫を扉の下に置いてみた。



 ゴロゴロゴロ ごんっ



 扉は瓦礫に当たって止まった。


 それ以上、押し込む様子はないし、扉の重さに負けている感じもしない。



 それによって【隙間】が生まれる。



 四十センチ程度の隙間だが、這いずれば人間の大人くらいは通れるだろう。


 身体が大きく胸板の厚い兄は難しくても、アンシュラオンならば悠々と通れるに違いない。


 当然自分も通れるので、「いつでも逃げられる」という、わずかな安心感が生まれた。



(ほっ、よかった。閉じ込められずには済んだわ。でも、ひょっとしてこの扉って…『軽い』のかしら?)



 丈夫だからといって重いとは限らない。


 我々のイメージでは「重い=頑丈」というのが常識になっているが、アルミやチタン、カーボンのように軽くて強い素材は意外と身近にあるものだ。


 また、この世界では術式が重要な要素になっているので、重さにかかわらず強力な術をかけてしまえば、軽くて強い素材が簡単に作れる。


 そうすると、こんな考えが浮かぶ。




 この遺跡は―――軽い




 のかもしれない、と。



 それがわかったところで意味はないだろうが、ミャンメイの感想は遺跡の本質の一部を言い当てているかもしれない。




「どうかしました?」


「ああ、なんでもありません」


「こっちですよ。こっち!」


「はい。今行きます」



 遺跡が軽いよりも、さらに驚くべきことがある。


 なんとカスオは、ミャンメイの行動にはまったく気付いていないらしい。


 これだけ隙間があれば誰でも気付くだろうに、そんな注意力もこの男にはないのだ。


 よく神経質な人間がずぼらな人間に対して、「あんたはどうしてこんなこともわからないんだ!」と怒ることがあるが、世の中には本当にそういう人間がいるものだ。


 人間それぞれで視点や見え方が違う。霊が培った経験値が違うからだ。


 カスオはもともと駄目人間であるし、安易な麻薬の持ち逃げをするくらい馬鹿な男だ。これくらいで驚く必要はない。


 それと、ミャンメイが素直に付いていって扉を潜ったので、もう大丈夫だと安心したのかもしれない。


 これもまた単純な思い込みであり、油断だ。



(なんだか昨日までの私みたいね。さすがにあそこまで酷くはなかったと思いたいけれど…)



 そんなカスオを見て自虐しながらも、ついでに予備のリボンも扉の表側に投げ入れておく。


 これで何かあれば誰かが気付くだろう。こんな行き止まりに来るような物好きがいればの話だが、やらないよりはいいはずだ。





 ミャンメイはカスオに先導されて、さらに進む。



 そこはいつも通り、部屋と部屋を繋ぐ通路が続いていた。


 灯りはないが、壁自体がうっすら光っているので真っ暗闇というほどではない。



 しばらく黙々と進む。




―――グラグラグラ




(今、揺れた?)



 その時、ミャンメイは地震を感じた。


 アンシュラオンが控え室で感じたものと同じだ。


 やはり遺跡自体が揺れているのか、振動はラングラスエリアにも響いているらしい。きっと他のエリアにも伝わっているのだろう。



(地震なんて珍しいわ。初めてかしら?)



 地震自体は知っているので、それだけで驚いたりはしない。


 ただ、マザー同様、少し珍しいなと思っただけだ。


 カスオも不思議がるかと思って視線を前に向けたが、彼は一心不乱に進んでいて気付いていないようだ。


 鈍感なのか興味がないのか、自分にとって価値がないことには関わらないのか、どちらにせよ無関心であった。


 わざわざ話題に出すほどカスオと仲良くもないので、そのまま口を開かずに進むことにした。




 さらにしばらく進む。




 すると、また扉が見えてきた。


 扉は閉まっていたが、三分の一ほどが欠けており、特別に開ける作業をしなくても中に入ることができた。




 内部は―――白い空間





(ここ、入り口に似ているわ)



 入った瞬間、どこか見覚えがあると思ったら、ラングラスエリアの入り口の空間にそっくりであった。


 無機質で妙に衛生的で、埃の一つも落ちていない「無菌室」を彷彿させる。


 唯一入り口と異なる点があるとすれば、通路よりは明るいが全体的に薄暗く、「すでに使われていない」様子がありありとわかるところだろうか。


 イメージは、廃墟だ。


 もともとこの遺跡自体がそういった印象ではあるが、ここはさらにその色合いが濃い場所であった。



 カスオは、この部屋も素通りする。



 アンシュラオンのようにロボットに襲われでもしない限り、いちいち部屋の一つ一つに注意を払わないだろう。


 その行動に不審な点はない。


 そうして淡々といくつかの部屋と通路を進んでいく。



 そして、再び行き止まりに到着した。



 部屋の大きさは二十メートル四方。他の部屋同様、白塗りの壁である。


 ただし、その部屋はどこを見回しても扉らしいものはなかった。本当の行き止まりだ。



(ここが目的地? 何もないけれど…)



 警戒しながらカスオを見ると、彼は何やら部屋にあった台をいじっているようだ。


 よくよく見ると部屋の中央には台座が設置されていた。


 台は教壇くらいの大きさの小さなもので、そこにはいくつかの色違いの石がはめられている。



「ええと…どれだったかな……たしかこれ…か?」



 カスオがぶつぶつ言いながら、一つの石に触れると―――




 グンッ!




 ミャンメイは突然の浮遊感に襲われる。




「えっ!? なに!?」


「へへへ、やった。これだ」



 カスオが喜んでいるところをみると、これがやりたかったことのようだ。


 その間も足は地面についているものの、軽い浮遊感は依然として続いていた。



(もしかして…落ちているの?)



 ミャンメイに高所からの落下経験はなかったが、なんとなく下に移動している感覚があった。


 今の彼女は正常な意識を取り戻しているので、周囲をよく観察している。


 ただ何気なくついてきているわけではない。しっかりとした目的があって、ここにいる。


 見たもの聞いたものを何一つ漏らさないように集中している。


 その結果、これが下に移動する手段であることを確信した。



 そう、エレベーターだ。



 ジュエルを使ったエレベーターは高級ホテルにもあるので、それ自体が珍しいものではない。


 単に平民クラスであるミャンメイには縁がないものにすぎない。


 しかし、こんな大きな部屋が丸ごと下に移動するとなれば、ホテルの従業員だって驚くに違いない。


 もう何十秒も降りているところを考えると、かなり深い場所にまで移動していることがうかがえる。



(こんなものがあるなんて…。遺跡のさらに地下に向かっているの? そういえば何があるのかしら…)



 すでに地下に暮らしているミャンメイは、自分が下にいるという感覚を持っている。


 しかし、それはあくまで地上から見た場合であって、実際には地下にはさらなる地下が存在する。


 では、そこに何があるのかと問われても答えることはできない。


 そもそもどこまで深いのか、どれほど大きいのかも知らないのだ。完全に未知の世界としかいいようがない。




 しばらくすると、浮遊感は終わった。




 カスオが入り口に移動したので一緒についていくと、扉が自動的に開く。



 その扉の先は―――





「青い…?」





 ミャンメイが見て感じたことが、その一言に凝縮している。



 そこは―――青かった



 壁も青ければ、地面も青く、天井まで青い。すべてが青に統一された空間が広がっている。


 ただし、その青にもさまざまな色合いがあって、けっして単色で構成されているわけではない。


 天井はまるで空のようにライトブルーであり、雲を表現したような白っぽいところもある。


 壁はどちらかというと緑に近い青で、そこにも多様な色合いがあるので、一見すれば森のようにも見えるかもしれない。


 ザァァァッ


 何か断続的な音がしたので目を向けると、そこには『滝』があった。


 天井付近からとめどなく流れている水が、地面に当たると粒子を撒き散らしながらも溜まっていき、大きな池のようなものを形成していた。


 ちゃぷん


 その水は池すら越えてうっすらと床全体にまで広がり、ミャンメイが足を動かすと水溜りを踏んだときのような感触と音がした。



(なに…ここ? 遺跡にこんな場所が存在するの? ここは地下のはずなのに、まるで外にいるみたいだわ。本物の空、本物の森にそっくり。地面だって水で濡れていることを除けば、本当に草むらみたいじゃない)



 地下なのは間違いないので、ここも大きさに限界のある一つの空間のはずなのだが、全体の造りのせいか色合いのせいかはわからないが、まるで外にいるような広大な奥行きを感じさせる。


 自分が暮らしているラングラスエリアは、まさに人工的な遺跡といった様相なので、ここの異様さがさらに際立つようだ。



「へへへ、驚きましたか? すごいでしょう!」



 自分の功績でもなんでもないのに、なぜか誇るカスオ。


 相変わらず殴ってやりたい気分にさせるイヤらしい顔だ。


 とはいえ、たしかにすごい。


 彼についてこなければ、こんな場所があるとは一生知らなかっただろう。



「あの…ここは何ですか?」


「さぁ、なんでしょうね。それより、こっちです。こっち」


「…は、はぁ」



 ミャンメイは素直にカスオの後ろに続く。


 ここまでくると警戒感が薄れるのも仕方がないだろうか。


 そもそも警戒するレベルを超えて、呆気に取られる状況に陥っている。


 まさかカスオがこんなところを知っているとは思わなかった。


 だからこそ、ますます疑念と違和感が強くなっていくのであるが。



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