447話 「兄として、妹として」


 アンシュラオンがサナの目覚めを待っている頃。


 レイオンとミャンメイは、ラングラスエリアの『奥』に続く道を歩いていた。



 目的はバイラル、老人の医者に会うためだ。



 サナとの試合では深手を負ってしまったが、ジュエルを持たないレイオンは自力で回復するしかない。


 もともと体力に勝る戦士タイプなので、自然回復力も相当なものなのだが、いかんせんサナの攻撃が強すぎた。


 雷爪で切り裂かれて焼けた肉体のダメージは深く、そう簡単に治るものではないようだ。


 生体磁気を集中させて治癒力を増大させても、全力を出すには三日くらいはかかってしまうだろう。



(明後日にはもう団体戦だ。俺が出ないわけにはいかない。それまでには治さねば)



 サナとレイオンの試合は見所が多かったが、この試合自体はラングラスにとってメリットはまったくない。



 本番は明後日の団体戦である。



 その試合で勝たねば現状は何も変えられない。


 アンシュラオンも出るようなことを言っていたので、戦力としては申し分はないが、場を荒らすことに定評のある男だ。


 今回のサナの一件にしても、彼自身が出ていないにもかかわらず、会場そのものを破壊するような事態に陥ってしまった。


 それが不本意や予想外だとしても、結果は結果。アンシュラオンが訪れる場所には、必ず破壊と混乱が付いて回るのである。


 まったくもって恐ろしい男だ。そういう星の下に生まれたのだから仕方がない。



 簡単に言えば、アンシュラオンに任せるのは不安、ということである。


 それと同時に、ラングラスを仕切っている実質的なリーダーとして、自分の存在を内外に示す必要がある。


 そのために自分の傷を癒さねばならない。できれば早急に。


 かといってアンシュラオンに治癒を頼むのも癪であるため、こうしてバイラルのもとに向かっているというわけだ。



(身体が治った報告もしたいしな。きっと驚くだろうが、一番驚いているのが俺だからな)



 あれだけ酷い状態が改善されたのだ。医者である彼の反応が少し楽しみではある。


 いくら老人が生命の神秘に触れたとはいえ、ここまでの急回復には驚くに違いない。


 そして、自分の身体が治ったと知れば、彼の罪悪感も多少は軽減されるだろう。


 むしろそちらが目的といってもいい。心の重荷ほどつらいものはないのだ。





「ミャンメイ、ここからは独りでいい。お前は戻っていろ」


「駄目よ。まだふらついているじゃないの」


「これくらい大丈夫だ」


「駄目よ。信用できないわ」



 ミャンメイは、深手を負ったレイオンを支えるようにして一緒に歩いている。


 この『奥』に続くエリアは、半端者たちがたむろする場所なので危ないため、なんとか帰らせようといろいろと言うのだが、彼女は頑として譲らない。


 その様子にレイオンが肩を竦める。



「なんだか…変わったな」


「そう?」


「いつもなら先に折れていただろう?」


「もうそういうのはやめたの。遠慮していたって何も変わらないもの。本音を言わないで泣き寝入りするなんて馬鹿らしいでしょう?」


「あいつの影響を受けすぎだ」


「そうかもね。でも、自分で決められるものではないわ。受けてしまったのだからしょうがないもの」


「ああいうやつには、あまり近寄らないほうがいいぞ」


「それを兄さんが言うの? 身体まで治してもらったのに恩知らずじゃない?」


「それは……きっかけにはなったが、治したのは自分の力だ。あいつだってそう言っていただろう」


「呆れた。そこまで意地を張らなくてもいいのに。もっと仲良くすればいいじゃないの。ホワイトさんはいい人よ」


「良いも悪いもない。あいつは…力そのものだ。それ自体が危険だ」


「どういう意味?」


「あの黒い狼と一緒だ。存在そのものが危ないんだ。見た目に騙されているかもしれないが、あいつの中身もあれと似たようなものだ。実際に対峙した俺には、それがよくわかった」


「みんなを助けてくれたじゃない。あのままだったら死んでいたわ」


「そういう話じゃない。ああいうものと関わらないほうが、本当は幸せな人生を送れるということだ。慎ましさや平凡、そういったものの中に穏やかな暮らしがある。あれだけの力の傍にいれば嫌でも巻き込まれる」


「兄さんだって、とっくの昔に私を巻き込んでいるわよ」


「………」


「黙らないでよ。冗談よ」


「…いや、違うことを考えていただけだ」


「えええ! ここはもう少しちゃんと聞いてほしかったな…」



(まあ、そのほうが兄さんらしいけど。ようやく戻ってきた…のかな?)



 レイオンは真面目そうに見えて「感覚派」なので、かなり適当でいいかげんなところがある。


 若い頃、思いつきでハンターになると言い出した翌日には、やっぱり騎士に憧れていると言って辞めるような男だ。


 今でこそ少しは責任感が出てきたが、幼い頃はよく振り回されたものである。


 そういう側面が出てきたということは、それだけ今の身体の調子が良いということだろう。


 怪我はしているが、身体そのものは生まれ変わったのだ。だから余裕が出ている。




「やっぱりホワイトさんはすごいわ」



 ミャンメイにとって、アンシュラオンという存在は初めて出会うものであった。


 内気な自分を、たった一声で「破壊」してしまう大きな存在。


 自分ではどうしても殻を破れずに苦しんでいたところにいきなりやってきて、外側から叩いて壊してくれた恩人。


 真っ暗な卵の中にいた自分が、初めて見た【光】が彼だ。


 輝きに満ちた白い王。それこそがミャンメイにとってのアンシュラオン像なのである。



 そんな妹を、兄はじっと見つめる。



「ミャンメイ、あいつのことが気になっているのか?」


「え?」


「あいつのところに行きたいと思っているのだろう?」


「それは…まだわからないわ」


「俺のことならば気にする必要はない。お互いに大人だ。自分の人生は自分で決めればいいさ。俺だって好きに生きてきたんだ。お前も好きに生きればいい。マザーもあいつのところに行くのならば、子供たちの心配だっていらないさ。あの男なら、あれくらいの人数をまかなうことも容易だろう」


「こういう話、兄さんとするのは初めてかも」


「そうだったか?」


「そうよ」


「そう…か。そうかもな。そんな余裕もなかったのかもしれないな…」



 いつも駆け足で生きてきた気がする。


 自分に限らず、この荒野で生きる人間は誰だってそうだろう。


 何かを求めて、何かを欲して、何かを成しえたいと空に手を伸ばす。


 そうして手を伸ばし続ければ、それに伴って足も動かさねばならない。


 空を見て、夢を見て、よたよたと歩き続けるしかない。


 足元には、つまずきそうな石があるかもしれない。崖があって落ちるかもしれない。



 それでも歩き続ける。



 そうしたいからだ。そうしないと何も得られないからだ。


 それもまた人生。人間の生き方の一つである。



「あの男は…でかいな。お前が憧れる気持ちもわかる」


「兄さんが他人を認めるのなんて珍しいわね。特に私が絡んだ相手には厳しいでしょう?」


「それは当然だ。妹の身を案じるのは兄の責務だからな」


「過保護ね。ふふ、それもいいけれど」


「…真面目に話せば、俺もあいつならば、お前を守れるとは思っている。あの男に勝てるような相手なんて想像もできないからな」


「兄さんがそこまで言うなんて、本当にすごいのね」


「ああ。そうだ。すごい強さだ。ただ…」


「ただ?」


「…ただ、そうなったら……あいつのところに行ったら……」




 レイオンは、少しだけ語るのを躊躇うようなそぶりを見せながらも、やはり言っておかねばならないと思ったのだろう。



 真剣な眼差しで、妹を見る。







―――「お前はいつか―――【死ぬ】」







「………」



 ミャンメイは兄の言葉の真意がわからず、じっと彼の顔を見上げる。


 だが、いくら待っても、それ以上の言葉は出てこなかった。


 おそらくレイオン自身もよくわかっていないのかもしれない。なぜそんなことを言ったのかすらわからない。


 しかしながら、言葉が自然に出てきたのだ。


 そんな不吉な言葉が、なぜか兄から妹へと渡されたのだ。


 それに対してミャンメイは、怒るでも反論するでもなく、静かに答えた。




「いつかは死ぬと思うわ。人間だもの」




 人間はいつか死ぬ。黙っていても老衰して死ぬ。


 ある日突然、病気が発覚して余命を宣告されるかもしれない。事故で死ぬかもしれない。


 いつ死ぬかなど誰にもわからないし、誰でもいつかは死ぬのだ。



「そう…だな。いつかは死ぬか。そうだ。そうだ…よな。変なことを言ったな」


「急にどうしたの?」


「わからない。なんだかそんな気がしただけだ。そして、お前に言っておかねばならないと思ったんだ。強い力と一緒にいることは最大の安全かもしれない。しかし、それが永劫に続くわけではないんだ。太陽だって…いつかは落ちる」


「そうなれば夜になって月が昇って、それが落ちて、また太陽が昇るわ」


「ああ、それが自然の営みだからな。ただ、それは太陽や月という巨大な存在にとっての話だ。その影響を受けている俺たちは、気候の変化で簡単に死んでしまう弱い人間なんだ」


「巻き込まれて死ぬってこと?」


「そう捉えるかどうかは、お前次第だ。覚悟があれば、また違った表現になるのかもしれないな」


「じゃあ、兄さんみたいになればいいのね」


「俺みたいに?」


「うん、そうよ。兄さんも覚悟をもって生きてきたのでしょう?」


「ああ、そうだ。まだ死ねないと思い続けて生きてきた。だからここまでやってこられた」


「今も?」


「…もちろんだ。まだ死ねない」


「それでは不合格よ。もう死ねないのよ。これからも…ね。私も兄さんに死んでほしくはないもの」


「それは俺も同じだ」


「…ねえ、人生って不思議ね」


「お前こそ、どうした急に?」


「いろいろあるなーって思っただけよ。いいことも悪いことも、いろいろとね」


「そうだな。いろいろとあるな。俺たちには理解できないものもあり、理解していても本当は違うものだってある。結局、何もわからんということだ」


「兄さんは戦うことしか考えていないものね」


「仕方がない。戦士だからな。戦うことしかできん」


「私もね…そういった何かに立ち向かいたいとは思うわ。このままじゃ、いろいろと悔しいから」


「だから『包丁』を持ち歩いているのか?」


「ああ、これ? 今朝、ホワイトさんがくれたのよ。自分が使うより、よっぽど価値があるって言ってね」



 レイオンの視線の先、ミャンメイの腰には『包丁』があった。


 それはいつもアンシュラオンが使っていたアズ・アクス製の包丁、V・Fという鍛冶師が打ったものである。


 切れ味は保証済みだ。戦気なしでも魔獣の皮くらいは簡単に切れるだろう。


 なんならデアンカ・ギースの触手さえ切れる。元の質が良いので刃こぼれ一つしない逸品だ。



 アンシュラオンは、それをあっさりとミャンメイにあげてしまった。



 ロリ子ちゃんから買った記念の包丁であるが、やはり包丁は包丁だ。武器とは言いがたい。


 包丁は、料理に使うものである。


 料理の資質のある彼女が使うほうが、この包丁も喜ぶだろう。そう思ってのことだ。



「この包丁、すごいのよ。なんでも簡単に切れちゃうの。もう手放せないわ。黒姫ちゃん…本当の名前はサナちゃんっていうみたいだけれど、彼女の役に立つのならば、それも私の人生かなって思っているところなの」


「物で釣れる女だと思われるぞ」


「失礼ね。そんな単純な気持ちじゃないわよ。兄さんの予感みたいに、私にも予感があるの。あの子の傍にいないといけないって。彼女を守らないといけないって。日に日にその想いが強くなっていくの。つい先日出会ったばかりなのに、とても不思議だわ。すごく惹かれるのよ」


「死ぬ覚悟が…あるのか? あの子のために死ぬ覚悟が?」


「そんなたいそうなものじゃないわ。ただ、もし彼女に命の危険が降りかかるのならば、そのときは…それも仕方ないと思うの。一緒に生きるってことは一蓮托生ってことだもの。そういうこともあるわ。でもそれって、今の私たちだって同じよね。いつ死ぬかわからないけれど、その中で懸命に生きている。それが死ぬまで続くだけのことよ」


「………」


「まだ何か言いたいことがある?」


「いや…大きくなったな、と思ってな。それだけの覚悟があれば十分だ」


「覚悟ってほどでもないけれど…」


「お前はおとなしいが、意外と度胸がある。それがいつかあの子を救う力になるかもしれないな。ホワイトのためだと思うと嫌だが、あの子のためならば仕方がない。大丈夫。お前ならばやれるさ。悔いのない人生を生きることができるはずだ」


「…ありがとう、兄さん」



 レイオンとミャンメイは、その後は黙って通路を進む。


 特に会話はなかったが、それでよいのだ。


 何も言わなくてもいい。言わなくても理解できる。兄妹だからだ。


 いろいろなことがありすぎて、少し奇妙な形にねじれてしまった二人の関係も、こうして元に戻ろうとしている。


 アンシュラオンの行動は、基本的に破壊をもたらすものだ。


 だが、変に固まってしまったものを壊すことで、崩れ落ち、意外にもすっぽりとはまってしまうこともある。


 レイオンとミャンメイの事例は、破壊がもたらす良い効果を見事に示したといえるだろう。


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