446話 「試合後」


 アンシュラオンは控え室に戻ると、サナをベッドに下ろす。


 いざ傷を癒そうと思って手を伸ばすが、あることに気づいた。



(怪我の治りが早い。ジュエルが効果を発揮しているのか?)



 アンシュラオンが命気を使う前から、サナの怪我が少しずつ治り始めていた。


 ジュエルが薄く光っているので、どうやら力をサナに分け与えているようだ。


 戦闘に使うほどの力は制約で供給できずとも、怪我を癒す力くらいは助力が可能らしい。


 その様子は、怪我をして動けなくなった飼い主を心配して、懸命に舐め続ける犬を彷彿させる。



(こいつは信用できそうだな。まあ、オレが作ったから当然か。せっかくだ。怪我も深刻じゃないし、任せてみようか。危なかったらオレが治せばいいしね)



 ここで自分が命気で一気に治すことは簡単だ。いつもそうしてきた。


 だが、それではサナの成長が遅れてしまうだろう。


 もし彼女が独りになった時、自分で治す方法がなければ本当に死んでしまう。


 そのことも考え、どれくらいで怪我が治るのかを観察することにした。




 結果、三十分程度でサナの怪我はほとんど治った。




 まだ完全に治っていないところはあったが、裂傷や筋肉の断裂、臓器の損傷などはおおかた治っている。


 レイオンの虎破の威力は強かったものの、サナも全力で防御したうえ、ジュエルも彼女を守るために前面に力を集約した。


 そのため致命的なダメージを受けずに済んだのだろう。



(三十分か。仮に敵との戦闘で傷ついても、安全な場所を見つけられれば十分確保できる時間だ。この情報はなかなかありがたいな。一つの参考にしよう)



 アーブスラットの時は意図的に彼女を独りにして様子を見たが、今後何があるかわからない。


 本当にはぐれてしまったときのことを考えると、こういった情報の蓄積は非常に重要となる。



 サナの怪我は治った。



 ただ、まだ目は覚めない。こんこんと眠り続けている。


 それを優しい目で見守りながら、静かに時間が流れていった。



(負けたことは悔しいが、満足…かな。武人だから厳しくしないといけないことも多いけど、よくやっているよ。一生懸命オレに追いつこうとがんばっている。すごいことだ)



 転生した際に極めて優れた資質を得た自分に追いつくのは、普通に考えれば不可能だ。


 思えばかなり厳しいことも要求したが、この小さな身体でよくがんばっている。


 そのことが嬉しくて、サナのことがまた好きになる。




―――グラグラグラ




 そんな時である。


 ふと揺れを感じた。


 たいした揺れではない。震度1か2弱程度の小さなものだ。



「ん? 地震か?」



 元日本人にとっては地震は日常のものなので、アンシュラオンはたいした反応を見せなかった。


 「ああ、揺れたな」という感想を抱くくらいだ。



(火怨山ではたまに揺れたかな? あの山はどうやら活火山のようだし、揺れてもおかしくはないけどね。ただ、グラス・ギースでは珍しいか?)



 火怨山は大災厄の時に噴火していると聞いている。


 つまりは活火山ということなので、地震そのものは普通にあってもおかしくない。


 ただし、火怨山に比較的近いグラス・ギースでも揺れない程度のものだ。噴火するといったレベルではないのだろう。


 だから少し不思議には思ったが、それ以上の興味は湧かなかった。


 何事もなかったかのように、サナの愛らしい顔を眺め続ける。



(ああ、可愛いなぁ。やっぱりサナはいいなぁ…)




 コンコンッ




 寝ているサナに悶えていると、ノックが鳴った。



「どうぞ。男以外なら入っていいよ」



 いきなりの差別発言だが、愛らしいサナとの愛しい空間を男になど邪魔されたくはないので、一応条件を付けておく。



「お邪魔するわね」


「お邪魔しまーす」



 入ってきたのは、マザーとニーニアであった。


 関係者以外は入れない場所なのだが、会場があの調子なので、どさくさに紛れてやってきたようだ。


 女性ならば特に問題はないため、そのまま受け入れる。



「やぁ、よく来てくれたね」


「はい。ちょっと心配で…。黒姫ちゃん、大丈夫ですか?」


「ありがとう。まだ目覚めていないけど、身体は治っているよ」


「あんな戦いをしたなら当然ですよね…痛かっただろうなぁ」



 ニーニアが心配そうにサナを覗き込む。


 彼女には、サナを過剰に意識したり怖がったりする様子はまったく見られなかった。



「この子のことが怖くない?」


「…? どうしてですか?」


「魔石が暴走したから、あの黒い狼が出てきたんだ。また起きるかもしれないじゃないか」


「そうしたら、またホワイトさんの活躍が見られますね!!」


「いや、それを期待されても困るけどね…。真面目な話、妹の近くにいると危ないかもよ。絶対の安全の保証なんてできないからさ」


「私からすれば、黒姫ちゃんは黒姫ちゃんですよ。レイオンさんとあんな戦いができるなんてすごいですけど、それでも妹みたいな感じがします。怖くなんてありませんよ」


「そっか。そう思ってくれればオレも嬉しいよ。仲良くしてやってね」


「はい! もちろんです!」



 彼女からすれば、サナは年下の女の子であるのと同時に、ずっとアンシュラオンとともにいられる憧れの存在なのだろう。


 普通は嫉妬や恐怖になる感情が、ニーニアの場合は憧れや尊敬という正の感情になったようだ。


 そういった見方をしてくれる子はありがたいし、とても貴重といえる。



(年齢が近しい子は重要だからな。ラノアもそうだが、こうして物怖じしない子がいてくれると、サナにとっても良い影響があるだろう。武人として強くなってもらいたいが、一人の女の子としても楽しんでもらいたいんだよね。買い物したりおしゃれをしたりしてさ。それを眺めるだけでも最高だよな)



 サナは妹でありながらも、地球人時代を考えると娘に近い感覚も持っている。


 当然思春期も訪れるだろう。おしゃれだってしたくなるかもしれない。


 その時にサナが女の子として、女性として楽しむためには、やはり同年代の子は必須である。


 ぜひニーニアには、このまま仲良くしてもらいたいものだ。スレイブではなく、一人の女の子として。



(周りがスレイブだけではイエスマンしかいないことになる。オレの周囲はそれでまったくかまわないんだが、サナにはいろいろと経験させてやりたいしな。その点でニーニアはいい実験台になるかもしれないな。この子はサナを怖がっていないし、害を与えようとは思わないだろう。思ったところで弱いから問題ない)



 これはずっと考えていたことなので、ニーニアをテストケースにする予定だ。


 スレイブではない子供を近くに置いておくと、サナにどういった影響を及ぼすのか。


 あるいはスレイブだけのほうが良いのか悪いのか。今後、さまざまな実験が必要になるだろう。



 ちなみにトットのことにはまったく触れない。


 彼は今、あの怪しげな祭りに参加させられ、酒の味を覚えさせられているところである。


 万一あの場に同類のゲイが混じり込んでいたら、違うことも覚えさせられるかもしれないが、その時は不運だと思って諦めてもらうことにする。


 ゲイは芸に通ずる。


 ぜひその道を極めてほしいものだ。そして、近寄らないでほしいものだ。




「ちょっと魔石を診せてもらってもいいかしら?」


「かまわないよ。むしろお願いしたいくらいだ」



 場が落ち着いた頃を見計らい、マザーが自分の魔石を取り出してサナのジュエルを診断する。


 彼女の魔石は自ら言っていたようにサポート系に特化しているため、他のジュエルに干渉しつつ状態を観測できるのが最大の強みだ。


 異常があればすぐにわかるし、ある程度ではあるものの修復する能力もある。



「………」



 サナの力の暴走の脅威を間近で見ていたためか、最初は真剣な顔つきだったが、次第に穏やかないつもの笑顔に戻っていった。


 それだけで結果が良好であることがわかる。



「どう? 問題ない?」


「ええ、大丈夫よ。単純に力の使いすぎで精神が疲労したのね。魔石は使うと疲れるのよ」


「へー、そうなんだ」


「魔石には意思があるわ。それがどのようなものでも、何かしらの指向性があるの。それに合わせる、あるいは共鳴するだけで疲れてしまうものよ。慣れていないと『酔う』ことも多いわね」


「酔いって?」


「乗り物酔いに近いかしら? 新しい力が加わって、いつもと違う感覚になるから…これは慣れるしかないわね。といっても、この子の覚醒率は高いから、酔いもあるでしょうけれど単純に疲労といったほうが正しいと思うわ」


「そりゃあれだけ力を出せば疲れるよね」


「もう一つ大切なことがあるわ。エル・ジュエラーは、とても貴重な存在よ。なるべく他者に知られないほうがいいわね。狙われてしまうもの」


「それは困るな…。でも、すでに多くの人に見られちゃったよね。大丈夫かな?」


「ジュエリスト自体は有名だけれど、あの場でそれだけの知識を持つ人はいなかったと思うわ。公にしなければ大丈夫よ。ただできれば今後、多くの人の前で戦う試合での使用は制限したほうがいいわね。いずれ気付く者も出てくるかもしれないしね」


「そっか。じゃあ、剣の試合とかではあまり使わない方向でいこうかな。使うとしても雷の技は封印かな」


「それが賢明ね。あなたの目標は地下の覇権ではないのでしょう? 通過点ならば、そこまでリスクを負う必要はないわ」


「それもそうだね。そうするよ」



 アンシュラオンは、エンジャミナの言葉を素直に受け入れる。


 これはアンシュラオンが彼女に好意を持っていることも一つの要因だが、エンジャミナ自身がアンシュラオンの性格をある程度理解したからこそのものだ。



(警戒心と自意識が強めの経営者、といったところかしら。これならば合わせることも可能だわ。今のところ彼自身が暴走する危険性は感じられないわね)



 エンジャミナは若い頃から旅を重ねてきた経験から、さまざまな人間と出会っている。


 その彼女から見れば、アンシュラオンは開発系の中小企業の社長のようなタイプに映る。


 ワンマンで独創的で強引で、あまり他者と関わろうとしない。彼自身の存在がすでに孤高の芸術なので、それも仕方ないだろう。


 サナの暴走も怖いが、エンジャミナが一番怖れているのがアンシュラオンの暴走である。


 そうさせないために自分がいるのだ。まずは慎重に注意深く、それでいていつもの穏やかさは失わない姿勢を保つ。保つことができるのだ。



 彼女がこの年齢でアンシュラオンに出会ったこと自体が、すでに予定通りである。



 もし若い頃ならば感情を制御できなかっただろうし、相手に合わせることもできなかっただろう。


 シャイナのように自分の意見を優先して、相手を怒らせることになっていたかもしれない。


 かといって従順すぎればホロロのようになってしまう。それでは意味がない。


 穏やかさをベースとしながらも、知的で思いやりがあり、なおかつ的確な助言をするからこそ、この我の強い男もあっさりと受け入れるのだ。


 このあたりは年を重ねることでしか得られない深みを感じさせる。



「ねえ、オレも魔石を扱えるかな?」


「それは…難しいかしら」


「特別な資質が必要ってこと?」


「いえ、可能性は誰にでもあるわ。こう言ったのは逆の理由ね。あなたに似合うようなジュエルがこの世界にあるのかしら、という意味よ。よほどのものじゃないと意味がないでしょう? たぶん、ジュエルのほうが耐えきれなくて割れちゃうわ」



 アンシュラオンの場合、本体そのものの出力が強すぎて媒体が耐えられない可能性が極めて高い。


 試しにサナの魔石を自分が使ったら、即壊れてしまうだろう。


 最低でも最上位の撃滅級魔獣の心臓、できれば天災級と呼ばれる【天竜】クラスの心臓が必要だろう。


 ゼブラエスでさえ勝てないような相手ならば、アンシュラオンの魔石に相応しいといえるが、そもそも天竜に勝てなければ意味がないので、結局は手に入らないことを意味する。



「なーんだ、手に入らないのか。それならしょうがないなぁ。今は必要ないし、自分のものより他の女の子たちのジュエルのほうが優先かな。マザーにはこれからも力を貸してもらうよ」


「ええ、そうしてちょうだい。遠慮は無用よ」


「私も、私も力を貸します!!」


「ニーニアは…あまりがんばらなくてもいいよ」


「えーーー!? 酷いです! がんばらせてください!! あっ、そうだ! 今から偉業をメモしておかないと!! いつか必ず書き上げてみせますからね! 期待していてくださいね!」


「…うん、ほどほどにね……」



 この時から若干ニーニアが苦手になるアンシュラオンであった。


 魔人である自分を引かせるとは、非常に特殊な才能を秘めているものである。




―――グラグラグラ




 その時、また地震が起きた。


 さきほどよりも、やや強い揺れだろうか。



「地下って地震がよくあるの?」


「地震…? いえ、そんなものはなかったと思うけれど…珍しいわね」


「ふーん、そうなんだ」



 ただの雑談である。


 ふと気になったから訊いただけだ。


 特に緊急の用事もないため、そんな会話をしながらサナが目覚めるのを待つのであった。



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