445話 「サナの限界」


「ここいらが限界ね」



 サナのジュエルを注視していたエンジャミナも、ここで【ストッパー】が発動したことを感知した。


 まだ幼い彼女に過度の負担をかけないように設けた制限だ。


 ジュエルにはまだ力は残っている。出そうと思えば、さらに雷の力を搾り出せるだろう。


 現状での強化状況も、サナに合わせて引き出せる量を制限されているだけであって、本当の魔石の力はもっと上なのだ。


 だが、これ以上は肝心の宿主が耐えきれない。力を受け止めきれない。


 そもそも因子の限界を超えるスキル自体に無理があり、その代償は過剰なエネルギー消費という形で支払うことになる。


 便利で都合が良かったジュエルにも欠点がある。


 そうでなければ不公平だろう。世の中にはしっかりとした法則があり、すべてが都合よくはいかないものだ。


 ここで無理に力を出せばサナ自身にダメージを与えるし、また暴走しかねない。


 黒雷狼の時は幸いながら彼女に影響はなかったが、次もないとは限らないのだ。



 よって、ここで終わりだ。





「勝機!!」



 相手が弱った一瞬の隙を、この男が見逃すはずがない。


 レイオンは残った力を一気に爆発させ、反撃に転じる。


 一気に接近すると、ボディーブロー。



 ゴンッ!!



 命中。


 サナが浮き上がる。



「はああああ!」



 そこに拳のラッシュ。


 まだサナからは雷迎撃が発せられているが、そんなことを気にしている暇はない。


 自身が傷つくことも怖れず、ただひたすらに拳を放つ。



 ドンドンドンドンッ!!


 ゴンゴンゴンゴンゴンッ!!



 叩く、叩く、殴る、殴る。


 ありったけの力を練り上げて、殴りつける。


 サナは動きたくても動けない。力が足りない。力が出せない。


 もはや一方的に殴られるしかない。



「うおおおおおおおお!!」



 ブオオオオオオッ!!


 レイオンの戦気が、最後に劇的に膨れ上がった。


 身体に残されているすべての生体磁気を集め、戦気をただ一点に集中させる。


 今を逃したら二度とチャンスはない。この少女のことだ。何が起こるかわからない。


 レイオンの目が獲物を狩る獣気に満ちる。



(決める、極める、キメル!! ここで決める!!!)



 一瞬の勝負にかける気迫。


 やるときにやる。倒せるときに倒す。チャンスを逃さない。


 武人にとって一番重要であり、他のすべてにおいても大切な資質をレイオンは持っている。



 そして放たれた技は―――虎破



 特にこの技を使おうと意識したわけではない。


 全力で殴ろうという思いが強すぎて、身体が勝手に動いてしまったにすぎない。


 だが、それこそ肉体派の戦士が一番力を出せる技であった。





 全力の正拳突きが―――炸裂





 躍動する身体が衝突すると同時に、戦気が爆発する。



 まさに渾身の一撃。クリティカルヒット。



 力を一点に集めたがゆえに起こったこと。成功した証。



 サナは吹き飛ばなかった。



 それは、すべての力がその場で展開されたことを意味した。




「…じー」



 サナがレイオンを見る。


 いつもの観察するような視線でありながらも、ただ無機質なものではなかった。


 そこには何かしらの感情が宿っていたのだろう。


 敵を称えるとか、がんばった自分を褒めるとか、そういった種類のものではないが、今まで感じたことのない何かの感情が湧き上がったのは事実だ。


 もしかしたら、悔しいとか、まだやれるとか、そういったものだったのかもしれない。


 まだまだ人並みの感情とはいえないものだ。ごくごく弱いものだ。微々たるものだ。


 しかし、この戦いには意味があったのだ。


 あったと思わせてほしい。いや、必ずあったはずだ。






 だから―――眠る






 バタン





 サナが、倒れた。


 その倒れ方は、仏教にある五体投地ごたいとうちというものに似ていた。


 これは両手、両膝、額等を地面につけてダイナミックに祈る方法なのだが、はっきり言えば「思いきり前のめりに倒れる」ようなものである。


 今のサナも、それと同じ。両手を投げ出して前にバタンと倒れた。


 手の投げ出し方も、礼拝に使うような礼儀正しく綺麗なものではなく、行き倒れた人間のように無様で荒々しい。


 それゆえに彼女が全部の力を出したことを如実に証明していた。






「…はぁはぁ……勝った………のか?」



 レイオンは、倒れたサナを呆然と見つめていた。


 何度も何度も見つめ返し、観察を続ける。


 この少女のことだ。また何事もなかったかのように起きたり、あるいは変な狼を召喚したとしてもまったく驚かないだろう。


 本当に倒れているのか? また騙そうとしていないか?


 そんなことを考えながら見つめるが、サナは起きてこなかった。


 起きてこないが、怖くて目が離せない。迂闊に背を見せられない。




 そんなレイオンを救ったのは、アンシュラオンだった。




 倒れているサナのもとに静かに歩を進めると、優しく抱き上げる。


 いつの間にか仮面を脱いでおり、素顔になっている。


 その顔をサナに押し付ける。



「サナ、これが今のお前の限界だ。よく覚えておくんだぞ」



 健闘を称えるなど絶対にしない。


 どんなにがんばっても、負けは負けだ。


 もしこれが荒野での戦いならば、サナは死んでいたのだ。相手が魔獣ならば喰われていたかもしれない。


 現状ではこれが精一杯。サナの限界だ。


 少し前までは普通の女の子だったのだ。モヒカンにも捕まるような弱い子供だったのだ。


 それを思えば十分。今も全力を出しきった。


 何よりも自分の言いつけを守った。健気に従った。だからすべてをかけて自分も彼女を抱きしめる。



「…はは…ははは……勝った……か。勝った…勝った……はははは……」



 ずるずる とすん


 その様子を見て、レイオンはようやく自身の勝利を理解する。


 だが、まったく実感がない。勝った感覚がない。


 相手がたまたまエネルギー切れを起こしたから、そこに乗じて勝っただけの話だ。


 サッカーでいえば相手のオウンゴールのようなもの。パスミスでの敵へのアシストのようなもの。


 もし彼女が魔石の力を使いこなしていれば、倒れていたのは自分だったに違いない。



 それでも勝者は一人しかいない。それが勝負の鉄則だ。




 サナは負けた。




 ジュエル無しでの実力ではレイオンにまったく及ばなかったし、ジュエル有りでも自滅した。


 完全なる敗北といっても差し支えないだろう。



 そして、その結果をようやく観客も理解する。




「負けた…のか?」


「ああ……負けた……な」


「ってことは…女は?」


「そりゃお前…無しだろう? だって、負けたんだからさ」


「ああああああああああああああああ!! また負けたーーーー!!」


「ひぃいいいいいいいいいいいいいい!!」


「くそおおおお!! なんてこった!! 台無しだ!!」


「うるせええ! 賭けた俺らが悪いんだよ! 潔く負けを認めろ!!」


「そんなこと言われてもよぉおお! ショックがでかいぜえええ!」


「うおおおおんっ! 負けたあぁあああああ!」



 あちらこちらで悲鳴やら嘆きが聴こえる。


 やはり負けるのはショックだ。惜しかったからこそ、なおさら悔しい。


 その一方で、サナにエールを送る声もある。




「よくやった! がんばった!」


「そうだ! すごかったぞ!! これだけやれれば十分だ!」


「見応えがあったよな。速すぎてよく見えないところもあったけどさ」


「あんな子供がレイオンを追い詰めたんだ。がんばったさ」



 パチパチッ


 パチパチパチパチパチッ


 次第に拍手らしいものも聴こえ始める。


 冷静に考えればサナはまだ子供だ。武人として最盛期のレイオンと正面から戦うこと自体がすごいのだ。


 観客もそれを理解しているので惜しみない拍手を送る。



「ええと…レイオンの勝ちで…いいのかな?」



 審判が恐る恐るアンシュラオンに訊ねる。



「ああ、見たまんまだ。こちらの負けだ」


「それではその…これで終わりで…いいですか?」


「まあ、そうなんだが…このままでは損害が大きすぎるな……あまりに滅茶苦茶だ」



 周りを見渡せば、ボロボロになった会場が見える。


 あちらこちらで床や壁が大きく抉れ、リングも半分崩壊している。その荒れ具合はあまりに酷い。


 封印術式もなくなってしまったので、この会場は破棄するしかないだろう。


 そうなると無手の試合がやれない、またはやりにくくなるので運営側も相当な痛手となる。


 さすがにこれでは今後の関係が悪くなることを踏まえて、こう提案する。



「スレイブの女は客に分けていいよ。ケチ臭いことは言わないさ。全員持っていきな」


「え? でも、それじゃ…その…賭けが成立しないのでは?」


「たまにはいいんじゃない? 客にも迷惑をかけたしね。それくらいやらないと釣り合わないさ。女に関しては定期的に送ることにするから、そっちで損害を調整しておいてよ。こっちからの詫びってことでさ」


「は、はい。そちらがそれでいいなら…大歓迎です」


「おーーーい!!! 女はお前たちで分けていいぞ!! これから抽選だ!!! 仲良く分けろよ!!」



 アンシュラオンが観客に大声で叫ぶ。


 それに対して最初は頭に「?」を浮かべていた客たちだが、審判が状況を説明しに行くと、徐々に彼らの顔が興奮して紅潮していくのがわかった。



「な、なにぃいいいいいいいいいいいい!!」


「ほ、本当か!! 本当なんだな!! 嘘だったら、ただじゃおかねえぞ!!」



 予想外のことに興奮した客が審判の首を絞めて迫る。


 その鬼気迫る様子から、この地下ではいかに女性が貴重かを改めて思い知る。



「ぐぇええ! ほ、本当ですって…! 今回はもう特別ってことで…」


「マジかよ!! マジなんだな!!!」


「は、はいぃ! だからそう言っているじゃないですか! て、手を離してください…」


「おおお…おおおおお! つ、ついにこの日が! この日が―――キタアアーーーーーーーーーー!!!」


「祭りだ!! 祭りの準備だ!!」


「食いもんと酒をもってこい!! 儀式だ!! 場を清めねば!!!」


「任せろ! すぐに用意する!!」



 あまりに興奮したせいだろうか。よくわからないことを言い出した。


 周りも混乱に陥っているせいか、誰もそこにつっこまない。


 その後、彼らは本当に火を焚き出し、地鎮祭じちんさいのようなことをやり始めた。


 地鎮祭とは、よく新しい土地に家を建てる前に見られる、神職や坊さんを呼んで安全祈願をするものだ。


 その土地の守り神、氏神、あるいは精霊や妖精に対して許しを得る行事である。


 この地下の男たちにとっても、女性の存在とはそれだけ価値があるようだ。


 何に祈っているのかは謎だが、感謝の言葉を口にして地面にひれ伏している姿は異様だ。



(『女ひでり』が続くと、人間っておかしくなるんだな。かわいそうに…)



 パミエルキがいたので女性自体に困ったことはないが、それはそれで難儀したので、彼らの気持ちもわからなくはない。


 男ならば誰だって健全な夜の営みを欲するものだろう。




 祭りで盛り上がる彼らを生暖かい目で見守りながら、そっとアンシュラオンは場を離れるのであった。



(いい経験をさせてもらった。十分価値はあったよ)



 サナは敗北を味わったが、得たものもたくさんあった。


 その貴重な経験を得られるのならば、スレイブや金を提供するくらいはまったく惜しくなかった。



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