443話 「決着、レイオン戦 中編」


 ドーーーンッ!



 盛大な音を立てて、サナが壁に激突。


 ここから壁までは軽く五十メートルはあるので、そこまで吹っ飛んだことを意味する。


 レイオンは軽く拳を当てただけだが、向かってくる相手の力を利用しているので、それだけでも大ダメージを与えることができる。


 これがカウンターの怖ろしさだ。


 一発でもまともに入れば、それだけでノックアウトできるほどの威力がある。


 ただし、当てるまでが難しい。簡単にできることではない。


 これだけの速度なのだ。その一瞬を見極める戦闘経験値が必要となるし、何よりも度胸が必要だ。


 レイオンは努力をして戦い続けた男である。培った感覚や経験値はけっして無駄にはならない。



 一方のサナは、やはり経験値が乏しいと言わざるをえない。


 ここでも両者の差が歴然となった。これもすぐには埋められないものだ。




 がしかし―――




「…むくり」



 サナが立ち上がった。


 軽く首を振っただけで、ふらつくこともなく立った。


 拳は顔に当たったはずだが、怪我らしい怪我は負っていない。


 もしかしたらジュエルに『自己修復』能力があるのか、と疑いたくなるが、今回はそれとは違う要因があった。



「…ぐぬううっ」



 澄ました顔のサナとは対照的に、レイオンの表情が歪む。


 腕が震えている。足もブルブルしている。がくがくと身体が小刻みに揺れている。


 【痺れた身体】をなんとか制御するも、まだ完全に回復しきっていないことがうかがえる。



 そう、痺れ。



 レイオンが拳を合わせた瞬間、サナの身体を覆っていた雷が迸り、攻撃を仕掛けてきたのだ。


 攻撃と呼ぶほど苛烈ではなかったが、この大男を痺れさせるほどの威力は十分宿していた。


 もし一般人だったならば、この段階で感電死だろう。戦気の強化がなければ武人でも危なかったかもしれない。


 それは黒雷狼も持っていた『雷迎撃』スキルの効果であった。


 サナを攻撃する者に対して、狼は必ず反撃を行う。自動的に反撃を行うのである。


 これはサナの意識の範囲内において発動するので暴走とは違う。そういったスキルである。


 それによって感電したレイオンは一瞬だけインパクトがずれ、サナに回避する時間を与えてしまった。


 首をギリギリで逸らし、自ら回転することでダメージを軽減させたのだ。



 経験を上回れる方法があるとすれば、それ以外の力の付与が一番手っ取り早い。



 優れた武具を装備すれば弱い武人でも強くなれるように、サナのジュエルの質が良すぎた結果として、この一撃を回避することができたのだ。


 だが、それもまた力。武人の実力のうちだ。




「ぬんっ!!」



 バンッ!


 レイオンが気合を入れて、身体に残っていた痺れを吹き飛ばす。


 正確に言えば生体磁気を活性化させ、肉体操作を行って神経機能を取り戻したのだ。


 その間に準備を整えたサナは、再び攻撃の態勢に入っていた。



 サナが―――突っ込む




(ちっ、もう一度カウンターを合わせるには間が悪い! 一度引くしかない!)



 レイオンは回避を選択。


 また雷撃が来ることを怖れて反射的に避けてしまった。


 これは仕方がないだろう。


 我々が思わず受ける静電気とて、一度味わうと二度目は警戒して、金属に触れることを躊躇うほどだ。


 青雷狼が発する雷撃ともなれば、こうして身体が動けなくなるレベルである。


 それを避ける行動を取った対応は自然なこと。責められるべき選択ではない。



 しかしながら、相手は―――天才



 忘れてはならない。


 サナのスキルには、しっかりと『天才』というスキルが表示されている。


 その彼女が同じミスを犯すわけがない。



 ぎゅんっ ぴた



 加速したはずのサナが、止まる。


 この距離ではレイオンには届かない。彼までまだ二十メートル近くある。


 たとえれば軽くステップを踏んだようなもの。たったそれだけでも雷によって推進力が生まれ、軽々と数十メートルも移動することができる。


 だからどうした、という話になるのだが、これが非常に効果的なのだ。




 なにせ―――レイオンの動きが止まっていた、のだから




(この少女…はぁああああああああ!!)




 レイオンは思わず心の中で悪態をつく。


 こういうことを平然とやってくるから、サナという少女は厄介なのだ。



 なんてことはない。単なるフェイントだ。



 いくぞいくぞと見せかけて、軽く移動しただけにすぎない。


 しかし、初速が速い、という特性がここで大いに役立っていた。


 野球で変化球に引っかかるのは、剛速球に対応するために準備をしているからだ。


 全部を見てから動いていてはスイングが間に合わない。


 投げた瞬間には、すでに振る動作を始めているものだ。だから突然の高速フォークに対応ができない。


 それがレイオンにも当てはまる。


 サナの初速が速すぎるので、「動く!」と思った時には自分も動かねばならない。


 だから釣られる。こんな簡単なフェイントに釣られる。



「だったら、こいいいいいいいいいいいい!!」



 もうこうなったら受け止めるしかない。


 恥ずかしいほどに引っかかってしまったのならば、割り切って受けるしかない。


 だが、ここでもサナはレイオンの予想を上回る。



 サナが―――体当たり



 もう拳を出すとかいうレベルではない。


 どのみち制御ができないのだ。それならば身体ごとぶつかればいい。


 そんな「大雑把」で「面倒臭さ」を伴った体当たりが、レイオンに直撃。




 ドーーーーーンッ!!




「ぐ…はっ!!」



 身体ごとぶつかってきたため、いくら小さな体躯の少女とはいえ質量が大きい。


 慌ててガードした両腕を弾き飛ばし、胸にサナが突き刺さる。


 激しい衝撃に呼吸が止まる。息が詰まる。


 蘇った心臓だったからよかったものの、前の弱った心臓だったならば死んでいたかもしれない。


 しかもサナの場合、それだけでは済まないから怖ろしい。



 バリバリバリッ バーーーンッ!



 サナに触れるということは雷撃を受けることを意味する。


 身体中に電流が走り、筋肉が焼け焦げ、神経にダメージを与える。


 このあたりにもサンダーカジュミロンの特性は残っている。攻撃そのものが精神にダメージを与える仕様になっているのだ。


 まだ声が出せないことが唯一の救いだ。これでショックボイスまで扱えるようになったら、本当に手に負えない存在となってしまうだろう。



 だが、いかんせん、今のサナでは軽すぎた。



 雷撃の威力はなかなかのものだが、レイオンも一度受けていたので我慢する準備ができていた。


 すぐに練気で呼吸を整えると反撃の態勢に入る。



(近寄ってきてくれたのならば、好都合! 体格差を生かす!)



 がしっ


 レイオンがサナの首を後ろから掴むと同時に、左腕をねじり上げて関節を極める。


 これだけでも十分危険な状態だ。学校の柔道の授業ならば間違いなく怒られるレベルだろう。


 だが、ここで終わらない。



 レイオンが―――跳躍



 関節を極めながら回転して反動をつけ、サナを下にして落下。



 バーーーンッ!!



 激突。


 イメージとしては、プロレスラーがリングのコーナーポストから相手を抱えてジャンプし、思いきり叩きつける光景に似ているだろうか。


 だが、あれは大怪我をしないように配慮しているから大丈夫なのであって、真剣勝負の場合は容赦なく顔面から叩き落すので非常に危険だ。


 これは首を折るための技。腕を折るための技なのだ。



 覇王技、覇天・巻蝦まきえび


 見た通り、相手の関節を極めながら跳躍し、巻き込むように相手を叩きつける技だ。


 武人の戦いは高速戦闘が基本なので投げ技は少ないとは以前述べたが、体格が大きい者は組み合うこともあるため修得していることが多い。


 レイオンもあらゆる状況に対応するために投げ技を体得していた。


 姿勢制御に戦気を使っているので空中で乱れることはなく、完璧に技が決まることも特徴だろうか。


 やるのが難しいだけであって、決まれば強力な技がそろっているのも投げの特徴である。



 たしかにこれは強烈。


 下手をすれば、サナの首と腕、肩が複雑骨折する可能性すらある。


 しかしながら今のサナは【強化状態】にあった。



 ぐぐぐっ ぐぐぐぐっ!!



「ぬっ…!!」



 レイオンの押しつけていた手に、サナの手が伸びて逆に締め上げる。


 腕力で強引に振りほどき、押しのけようとしているのだ。


 今までならば大人と子供ほどの差があった両者だが、すでにその差は絶対的なものではなくなっていた。



 ぐぐぐっ ぐいいっ!! ばんっ!!



 サナが強引にレイオンの腕を振り払った。



「…ふー、ふーー!」



 転がるように脱出し、弾けるように立ち上がった彼女からは鼻血が垂れている。


 首にも違和感があるが、折れているというほどではない。肩も折れたり外れたりということはなかった。



(あれを耐えたのか! 手応えはあったはずだぞ!)



 レイオンはサナの状態に驚愕を隠せない。


 技は完璧に決まったはずだったが、身体能力が上がっていた彼女は耐えきった。


 何かをしたのでもない。単純に耐久力で我慢したのだ。



 そして、ここで立ち止まっているほど彼女は甘くない。



 アンシュラオンに言われた通り、けっして動きは止めない。


 すかさずサナの反撃。


 高速移動からの拳を叩き込む。


 ドゴッ! バチバチッ!


 拳がレイオンにヒットするとともに雷撃が走った。



(ぐっ、この雷は厄介だ!! この距離ではよけることは不可能だし、普通に防御していてもダメージを受ける! 感電したところに追撃されれば消耗も馬鹿にならんぞ! ならば…!)



 剣衝が風衝や雷衝になるように、攻撃に属性を付与させることはそう珍しいことではない。


 属性によって攻撃の質が変化し、強力になったり便利になったりするものだ。


 ただし、それは攻撃にのみ与えられた特権ではない。



「ぬおおおおおお!!」



 ボオオオオオオオオオオ!!


 レイオンの身体が【燃える】。


 戦気で燃えたのではない。本当に真っ赤な炎が発生して身体を包んだのだ。



 これを覇王技、火体身かたいしんと呼ぶ。


 身体を火属性で包むことで特別な力を付与するものである。


 ただし、攻撃のためではなく主に防御にもちいられる技だ。相手の攻撃が自分に当たれば、相手に火の反撃ダメージが自動的に入るタイプの技なのだ。


 言ってしまえば、サナの雷迎撃に近い能力といえるだろうか。あれよりは受動的だが、攻撃すればダメージを受けることは同じだ。


 どうせよけられないのならば、ダメージ覚悟で打ち合うしかないと判断したのだろう。


 レイオンが攻撃態勢にシフトした瞬間でもあった。



 ここで重要なのは、サナとは性質が違うことだ。



 火属性なので、魔獣の火炎などには強い耐性を発揮する一方、水や氷といったものとは激しく激突し、属性反発が起きる可能性がある。


 ラブヘイアも風属性を身にまとって速度を上げていたが、こうした属性を使うことはメリットにもなりデメリットにもなるものだ。


 サナの場合は雷のジュエルなので、属性が雷に固定されることが一番つらいだろう。そこで対策を練られると厳しくなりそうだ。



 今回の場合は、雷と火。



 この二つが衝突すればどうなるか。



 バリバリバリッ


 サナの拳が当たるたびに雷が走る。



 ボオオオオオッ!


 それを防ぐために火が吹き荒れる。



 バチンバチンッ ボオオオオッ



 両者の力が激突し―――弾ける



 力と力が合わさり、普通に発生していたときよりも激しい雷と炎が周囲に撒き散らされる。



 バリバリーーーーッ!!!


 ボンボンボンッ!!



 発生した力が行き場を失い、荒れ狂う。


 おままごとに見えていた地下闘技場の戦いが、「より武人らしい」ものに変わっていく。






(水泥壁を張っておいてよかったな。完全に観客を巻き込んでいたところだ)



 今回のサナの青雷は、床や壁を破壊するほど強烈ではない。


 そもそもそれほど強ければ、レイオンなどあっという間に消滅しているだろう。


 あの雷はサンダーカジュミロンがまとっていたものでありながらも、サナ用に調整したために出力が抑えられているものと考えられる。


 本物のサンダーカジュミロンの雷は、あれよりずっと強力なのだ。


 討滅級でも上位に位置するこの魔獣の雷撃は、レイオンでさえ耐えきれるものではない。


 こうした事情もあり、現状での二人の力は拮抗していた。



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