442話 「決着、レイオン戦 前編」


 少しの間、サナとジュエルの性能テストを行っていた。


 時間としては、ほんの数分といったところだろう。


 鎧を殴らせたり、飛び跳ねさせたりと、軽く動きのチェックをしていたくらいだ。たいしたことはしていない。



「よし。じゃあ、やろうか」



 ふと、アンシュラオンがそんなことを言い出した。


 周囲からは何の反応もない。


 何をやるのか理解できなかったからだ。



「どうしたんだ? さっさと来いよ」



 誰もが首を傾げる。


 あの少年は、いったい誰に言葉を向けているのか。


 まさか自分ではないだろうと観客たちは顔を見合わせる。


 もちろん彼らに用事はない。よほど自意識過剰でなければ、名乗り出たりはしないだろう。


 仮にそんなお調子者がいたとしても、これだけ特異な状況で前に出たとしたら、本物の馬鹿か愚か者である。


 あっという間に簀巻すまきにされて外に放り出されるのがおちだろう。


 それはそれで余興としては面白いが、今求められているのは違う存在だ。



 アンシュラオンの視線を追うと―――男がいた。



 その男は怪訝そうに言葉を返す。



「もしかして…俺か?」


「お前以外の誰がいるんだ。さっさと来い。ほら、こっちだ」



 アンシュラオンが話しかけたのは、レイオン。


 黒雷狼の出現から戦力外になり、完全に空気と化していた男だ。


 彼にできることがあるとすれば、ミャンメイを庇うことくらいだっただろう。


 彼自身も、まさか自分が呼ばれるとは思っておらず、きょとんとした表情を浮かべていた。



 何のことかわからなかったが、とりあえず呼ばれたので素直にリングに上がる。


 すると、アンシュラオンから驚くべき言葉が発せられた。



「試合の続きだ。準備はいいな?」


「…は?」


「は? じゃない。試合だ。まだ試合中だろう」


「試合…中? あ、ああ…たしかにそうだったが…中止だろう?」


「誰がそんなことを決めた。台風だろうが地震だろうが津波だろうが、試合は最後までやるものだ。で、体調はどうだ? さっきの騒動で怪我はしなかったか?」


「それは…問題ない。眺めていただけだからな」


「同じくこちらも問題ない。場所もあるし観客もいる。何ら障害はないな」


「本気か?」


「当然だ。お前だって勝負が途中で終わっては困るだろう。白黒はっきりつけないとな。なあ、お前たちだってそうだろう? 勝負がつかないと困るよな?」



 今度は観客連中に視線を向ける。


 これまた誰もが困惑の表情を浮かべたが、次第に自分たちがなぜここにいるのかを思い出す。



「そ、そうだ! 賭けはどうなったんだ!」


「こっちは金を賭けているんだ! ここまでやって引き分け中止は認めないぞ!!」


「レイオンの負けでもいいけどな!!! 俺たちが欲しいのは嫁さんだし!」



 彼らにとって、ここは何があろうとも賭博場である。


 金を賭けているのだ。遊びでやっているわけではない。しっかりとした目的があるのだ。


 その声は連鎖し、観客全員が叫び出す。



「はっきりしてもらわないと困るぜ!!」


「おー、やれやれ!!」


「こうなりゃお祭りだ!! 最後までやっちまえ!」



 これだけのことが起きながらも賭けのことを忘れない姿勢は見事である。


 生粋の駄目人間たちにも意地がある。彼らは彼らでブレないのだ。その肝っ玉は称賛に値するだろう。




「ということだ。試合は継続だな。この戦いにはミャンメイの権利がかかっていることも忘れるなよ」


「まだ諦めていなかったのか、お前は」


「当たり前だろう? オレは欲しいものは手に入れる主義だからな。そうそう、マザーに訊いておきたいことがあったんだ。ジュエルの力は無手の試合で使ったら反則なのかな?」


「どうかしら…。試合のルールには明るくないけれど、黒姫ちゃんはそのペンダントを付けて今まで試合をしていたのよね?」


「そうだね。これは特別だから何があっても外すことはないよ。寝るときやお風呂のときだって外さないね」


「それで封印術式に反応しなかったということは、ジュエルが道具ではなくて身体の一部だと認められていた証拠じゃないかしら。もし武器や防具扱いならば弾かれていたはずよね。それに一般的にジュエリストが扱う魔石は、持ち主と同体としてカウントされることが多いのよ。石と一心同体になれるのがジュエリストですものね」


「じゃあ、この子がジュエルを使って強化しても違反じゃないってことだね」


「うーん、あとはレイオン次第かしら。もうここにはルールなんて存在しないみたいだし、当人に訊くのが一番ね」



 すでにリングは半壊しており、会場全体も損傷が激しい。


 結界もない。審判もいない。



 いるのは―――武人と武人だけ



 一度出会ってしまえば、勝負がつくまで戦うことをやめられない哀れな存在同士だけだ。


 そこはレイオンも武人。中途半端で終わらせるわけにはいかない。



「俺はかまわん。そっちは武器を使ってもいいくらいだ」


「いや、あくまで無手での戦いだ。それは貫く。これはそうした修練だからな」


「やれやれ、俺は練習台か」


「この子にとっては毎回命がけだ。お前と同じさ。審判は引き続きオレがやる。どちらかが戦闘不能になるまでだ。いいな?」


「…わかった」


「被害が出ないように観客はオレが保護しておく。遠慮なくやっていいぞ。この会場全部が戦闘フィールドだ」



 マザーとニーニアが客席に戻ったのを確認し、アンシュラオンが再び水泥壁で観客たちを覆う。


 黒雷にすら耐えた力だ。レイオンたちが暴れたところで壊れるようなものではない。





 こうしてサナとレイオンとの勝負が続けられることになる。



 二人が、対峙。



 レイオンがサナを観察する。


 当然、今度は目を外さない。しっかりと睨みつける。



(いまだに何が起こったのか理解しきれていないが、この少女に異変が起きたのは事実だ。もっと言えばこう…あやふやだったものがしっかりとした感じか。正体不明だったものが表に出てきたというべきだろう)



 サナがジュエルを解放したことで存在感が増した気がする。


 不気味さは依然として残っているものの、一人の人間として、一人の武人として輪郭がはっきりとしてきたことが佇まいから見て取れる。


 それは彼女の体表をうっすら覆っている青雷のせいだけではないだろう。


 彼女自身の中で何かの変化が起きているのだ。


 サナ自身にも理解できない何かの感情が内部で渦巻き、表面の力として浮き上がっている。



(何かのきっかけで武人は一瞬で強くなることがある。油断はしない。全力で倒す。これは俺にとっても重要な戦いなんだ。ミャンメイのためだけじゃない。【やつ】に勝つためにもな!)



 サナはアンシュラオンの期待に応えて強くなるため。


 レイオンは自らの復讐と目的のため。


 両者ともに、この戦いには負けられない理由があるのだ。



 武人の戦いに合図などは存在しない。


 それは突然、不意に訪れた。




 まず動いたのは、サナ。




 黒雷狼のスキルによって身体は回復している。


 あれに『自己修復』スキルがあったのは、命気を吸収して生まれた存在だったからかもしれない。


 おかげで身体は万全。折れた腕も戻り、意識もしっかりしている。


 ただ、ほんの少し前に負けたばかりで、力の差が歴然としている相手だ。


 自分から突っ込むのは危険な行動に映る。



 が―――ぎゅん



 サナが足を踏み込むと、一気に加速。



(速い!!)



 レイオンが驚く暇もなく、気が付くとサナが目の前にいた。


 そこから彼女は拳を解き放つ。



 ぎゅんっ



 その拳も今までとはまったく違う速度で放たれる。


 レイオンは迎撃を諦め、ガード。


 サナの拳が腕に命中。



 ミシィイイイイッ



 拳がめり込み、骨が軋む音が聴こえた。



(ガードの上からでも響く! パワーも上がっている! これが子供の腕力か!?)



 レイオンは生粋の戦士であり、その肉体も強固で柔軟だ。


 復活してからはサナの拳を受けても平然としていたものである。



 それが―――浮き上がる



 こんな子供の拳を一発を受けただけで浮遊感を感じてしまう。


 もしガードしていなかったら危ない一撃であっただろう。



 次の瞬間、サナが再び踏み込む姿が見えた。


 連撃を加える気だ。



(やらせるか! 今度は加減はしない!)



 レイオンはすかさず打ち下ろしの拳で反撃。容赦なくサナの顔面を狙う。


 このあたりはさすがの状況判断能力である。


 一度の攻防で、レイオンはサナを強敵、あるいは難敵と認定した。


 女の子だからといって手加減できる余裕はない。全力の拳を叩き込む。



 拳がサナに迫るが―――



 バチバチッ ぎゅんっ



 サナは回避。


 一瞬でレイオンから離れる。


 ただ、少し離れるつもりが十メートルほど移動してしまった。


 慌ててブレーキをかけて止まる。



「…?」



 サナは首を傾げている。


 どうやら力の制御がまだできていないようだ。


 それも仕方がない。彼女はまだ目覚めたばかりである。これで軽々と制御できたら天才中の天才だ。


 アンシュラオンでも無理なことは彼女にもできないのだ。


 が、レイオンに脅威を与えることには十分成功したようである。



(…これはまずい)



 その動きを見て、レイオンはさらに警戒を強めた。


 そして、背を屈めて両脇を締め、ガード寄りの構えを取った。


 よく「亀のように防御を固める」というが、まさにその通りの構えだ。


 ただし、足を小刻みに動かすことによりフットワークは維持する。



 そこに体勢を整えたサナが突っ込んできた。



 速い。


 今までの彼女とはまるで別人だ。


 それをレイオンは正面から受けずに、横に跳ねてかわす。



 ぎゅんっ ズザザザッ!!



 サナはまたもや行き過ぎてしまい、止まることに精一杯で追撃には移れなかった。


 だが、レイオンも反撃をしない。


 がっしりとガードを固めてサナの様子をうかがっていた。





(まだパワーでは劣るが、スピードではサナのほうが上だな)



 その様子を見ていたアンシュラオンも、両者の特色の違いがすぐにわかった。


 まず身体能力全般がジュエルによって強化された。


 この強化はかなりのもので、素の彼女のステータスを軽く凌駕する力を与えているようだ。


 数値にするのは難しいが、2.5倍から3倍近い力が加算されているように見える。


 それでも性別と体格の差もあってか、パワーはレイオンのほうが上と見るべきだろう。


 サナが圧倒的に勝っているとすれば、今見た通りに【スピード】だ。


 しかもこのスピードには一つの『特徴』があった。



(風属性でも素早さが上がるが、雷とは性質が違う。雷の特徴は【直線】の動きだ)



 雷貫惇らいかんとんの術式を思い出してみれば、その力の傾向性がよくわかるだろう。


 貫く力、真っ直ぐに進む力に長けているのだ。


 雷が真っ直ぐに走り、落ちるように、雷光のような速度を実現させている。


 今、レイオンはサナの攻撃を必死によけている。よけるしかなかった。


 なぜ彼がその対応をしたのかといえば、【動きの初速が速いからだ】。



(雷属性の力を上手く使えば、踏み込んでから力を解き放つまでの時間を短縮できる。【間】がなくなるから動きを読みづらくなるんだ)



 踏み込んで、筋肉を引き絞り、解き放つ。


 これが通常の動きの過程であり、相手の筋肉が引き絞られた瞬間を見極めて防御姿勢に入るものだ。


 しかし、雷のジュエルを身にまとったサナには、この中間の動作がない。あるいは非常に短い。


 雷自体が神経や筋肉に関与しているのかもしれないし、まとった雷が補助しているのかもしれない。


 暗殺者も似た動きをするが、サナはまた独特な動きである。



(これはサンダーカジュミロンの動きだな。人間の動きとは異なる魔獣の動き方だ)



 一発で殺してしまったので記憶はないが、雷を自在に操る狼の動きを彷彿とさせることから、そう考えるのが妥当だろう。


 魔獣と何度も戦ってきたアンシュラオンには、むしろこれが普通に感じられる。


 だが、対人戦が多かったレイオンは、速度の質が違うので戸惑っているわけだ。だから守りの姿勢に入っている。



(それにしても、レイオンはいい動きをするな。動きを見極めるまで迂闊に動かず、防御に徹している。見込んだ通り、経験値はなかなかのものだ。そして、それだけじゃない。あいつの狙いは―――)





 レイオンは亀のように防御を固め、サナの突進をいなしている。


 その姿は、まるで闘牛士。


 まだ力を使いこなせていない彼女は、初速の速い動きをするものの、行き過ぎてしまうので連続的な行動に出られないのだ。


 これもある種、サナの悪い癖だ。


 やはり子供のせいか、新しいものが手に入ると浮かれてしまう。楽しんでしまう。


 日本刀を手にした時のようにウキウキしてしまって、突進することしか考えていない。


 それをレイオンは、しっかりと観察していた。



(魔石…か。さしたる努力もなしに、こんな力を得られるんだ。たしかに便利なものだな。夢中になる気持ちもわかる。俺だって欲しいと思うさ)



 努力をしないで力を手に入れる。


 今賭け事に夢中になっている連中と同じく、実に虫のよい話だ。


 誰だって楽して宝くじが当たるのならば、自分だってと思うだろう。


 だが、レイオンは自分自身をよく知っていた。


 自分にそういう運命が訪れないことは理解していた。


 身体が戻っただけでも御の字なのだ。これ以上を望むことはないし、望む必要性もない。



 そう、必要性がない。



(俺は知っている。力はただあるだけでは意味がない。磨いてこそ価値が出る! そのスピードは驚異的だが、ただの直線ならば…!!)



 サナの動きは速かった。


 だが、そのすべてが直線的。


 暗殺者のように怪しい術も使わないし、フェイントを入れるわけでもない。


 ただ真っ直ぐ突っ込んでくるだけならば、合わせられる。


 実際、百六十キロの剛速球を打つのは、それほど難しいことではないとプロ野球選手は言っている。


 目を慣らして、タイミングを合わせればいいだけだ。


 ずっと真っ直ぐ、ど真ん中に投げ込んでくるだけならば―――




―――カウンター




 サナが突っ込んできたところに、ショートパンチを合わせる。


 大振りをする必要はない。


 拳を合わせるだけ。威力は相手の推進力でまかなえばいい。



 ぎゅんっ



 そんな狙いも知らず、サナがまんまと突っ込んでくる。



 それに合わせてレイオンが拳を突き出す。


 ショートパンチとはいえ、体格差では圧倒的にレイオンが上なので、腕の長さも彼のほうが長いのは当然だ。


 彼女の身長に合わせるため、ややショートアッパーのように放った拳が―――




「…っ―――!」





―――命中





 サナも寸前にレイオンの思惑に気付き、急遽拳を出したが、ほんのわずかにレイオンの拳のほうが速く、長かった。



 バゴンッ ぎゅるぎゅるぎゅるっ



 ドッゴーーーーーンッ



 玩具のコマのように回転したサナが、ものすごい勢いで壁にまで吹っ飛んでいった。



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