440話 「エル・ジュエラー、青き狼の願い 前編」


「すごいすごい、凄かった! すごかったです!!」


「そ、そう? そうでもない気がするけど…」


「そんなことはありません! 本当にすごかったんですから! あんな大きな魔獣を倒しちゃうなんて普通はできません!!」


「う、うん。魔獣というか魔石獣というか…まあ、どっちでもいいけど…似たようなものだし…」


「なんでこんなに反応が薄いんですか! もっと誇ってください!!」


「え? だって、そんなにすごいのかなぁ? 普通じゃない?」


「それが普通って思うこと自体が普通じゃない証拠なんです! そうだ! 私、決めました! 将来は物書きになって、ホワイトさんのことを執筆します!! 伝記っていうんですか!? 書いちゃいますから!」


「ええええ!? なんでそうなったの!?」


「だって、この感動をみんなで分かち合いたいですもの! ホワイトさんの偉業は、もっと大勢に知られるべきです! 知られてしかるべきです!!」


「いや、気持ちは嬉しいけど、それはちょっと…困るな。能力のことはできれば内密にしてほしいんだけど…」


「そんな! もったいないです! ほら、見てください! みんなのあの顔を!! あんなに興奮している人の顔は見たことがありませんよ! 何かを期待している顔ですよ、あれは!」


「あ、うん。それはそうだけど…あれはきっと賭けのことが気になっているだけじゃないかなぁ…と…」


「そんなことはありません!! ホワイトさんのこれからの偉業を期待しているんですよ! それを伝えていくのが私の使命だって、今気付きました!!」


「そ、そう…なんだね。今気付いちゃったんだ…」


「はい! 気付きました!! こんな幸せなことはありません!」



 マザーの作業が終わるまでの間、手持ち無沙汰なアンシュラオンはニーニアに捕まっていた。


 あの時の拍手もそうだが、この会場内で一番興奮していたのが彼女であったのは間違いない。


 さきほどからずっと「憧れの眼差し」を向けられている。


 それだけならばまだしも、彼女のテンションと言っていることがちょっとおかしくなってきている気がする。


 なにやら伝記を書くとまで豪語している。この目は本気である。



(そういえば、伝記って勝手に書いていいのか? 自分が書いてもろくなことにならないだろうが、他人が書いてもろくなことにはならないよな。主観がもろに入るからさ。批判されるよりはいいが…美化されるのもつらいな)



 この世には幾多の偉人の伝記が存在するが、そこには少なからず美化されている点があるのは否めない。


 特に宗教系ともなれば、かなり誇張して、あるいは創作に近いものが加えられて、まったく意味がわからない自己満足的な文章になることが多い。


 ニーニアが書くとしても、多分に自分の理想と願望を加えた美化されたアンシュラオン像が生まれるだろう。


 自己顕示欲が強い人間ならば「俺様すごい」と言ってもらえれば嬉しいのだろうが、あまり目立ちたくない自分にとっては厳しい状況だ。



(まさか自分がアイドル扱いされる日が来ようとは…プライリーラの気持ちがよくわかるな。これは地獄だ)



 人前で力を使ってしまえば、こうなることはわかっていた。


 しかし、現状ではああするしかなかったので、サナのためと受け入れるしかない。





(私、決めたわ。この人のことを見続けるの。見続けて、全部記録していくの! こんなすごい人と一緒にいたんだって自慢もできるし、この興奮を分かち合いたいわ! ああ、なんて素敵なんだろう! ドキドキが止まらないわ!)



 ニーニアのドキドキは止まらないのだろうが、アンシュラオンのドキドキも止まらないに違いない。


 いつも観察されているというのは落ち着かないものだ。ましてや記録されるなど最悪だろう。



 こうしてアンシュラオンはこの後もニーニアの情熱的(一方的)な主観に悩まされるわけだが、彼女が人生をかけて遺した超大作『白愛はくあい覇王伝』が、後世の歴史家から当時の貴重な資料として愛読されることになるとは夢にも思っていないだろう。


 『欠番覇王アンシュラオン』とは、実に謎多き人物である。


 (悪事のために)目立つことを嫌ったせいか、あるいは周囲の取り巻きたちが彼の悪口を絶対に許さなかったせいか、赤裸々な彼の姿を描いた書は本当に少ないのである。


 そんな中でニーニア女史の書は、女性特有の美化はあるにせよ、生で彼と接していたことが確認されていることから、比較的真実性の高い良書として有名だ。



 女史は書の中で、当時のことについてこう綴っている。




「この大きな試合会場が漆黒の雷に覆われ、地が裂け天が割れ、誰もが世界の終わりを覚悟した。当時の幼かった私もそこにいたが、あまりの恐怖に動けなかった。だがその時、ただ唯一、あの白き力をまとった偉大なる覇王は、『私を守るため』に堂々と歩を進めたのだ。身の丈八メートルもある巨大な魔獣の前に立ち塞がり、光をもって浄化せしめた。あの時の清らかで使命感に満ちた顔を、私は永劫に忘れないだろう。私を抱きしめて『もう心配する必要はないよ』と優しく声をかけてくれたあの人のことを、誰が忘れようものか」




 間違ってはいない。多少知識不足はあるが概ね正しいだろう。


 が、アンシュラオンは仮面を被っているので顔は見えなかったはずだし、たしかに『心配しないでいい』とは言ったが、それはニーニアに対して述べたものではない。


 ちょくちょくこうした自分ロマンスを入れてくるので注意が必要だ。


 そこに気をつけさえすれば貴重な資料になるはずなので、ぜひ一読をお勧めする。


 といっても国語辞典のような分厚い本が全巻六十冊にも及ぶ大作なので、一気読みは非常に難しいだろうが。(しかも大半が捏造ロマンス)






「ふぅ、終わったわ」



 そうこうしている間に、マザーの作業が終了。


 かなり疲れたのか、終わった瞬間に脱力して座りこんでしまった。



「大丈夫?」


「ええ…大丈夫よ。久々だったからけっこう疲れたわ」


「じゃあ、少しマッサージしようか。もみもみ」


「あっ…そ、そこは…うふっ!」


「むっ、意外といい感触だ。まだまだ感度も良好じゃないか」



 自分のものになるとわかった途端、これである。


 手を差し伸べたと思ったら、すかさず乳に伸びるのは条件反射であろうか。



「なんだか……は、恥ずかしいわ」


「その仕草も、思ったより可愛い!!」


「や、やめて。そういうのに慣れていないから…」



 マザーは、年甲斐もなく自分の肩を抱いて少女のように恥らう。


 性的な経験がないので、こういうところはいまだに乙女のままなのだ。


 カーリスのシスターに、結婚してはいけない等の性的な制限というものはないが、基本的にパートナーを見つけるまでは貞操を守るので、貞操観念が固いといっても差し支えない。


 特にマザーは若い頃から慈善活動に精を出していたため、若い男と関係を持つなど考えたこともなかったのだろう。



(こんなことならば、もっと若いうちに済ませておけばよかった…。こんな歳で、恥ずかしいわ)



 と、当人は思っているが、まったくそんなことはない。


 少なくともアンシュラオンにとっては、そちらの意味でも貴重な人材である。


 それは乳房に触れた時にも確信した。



(うむ、まだまだ弾力がある。逆に使ってこなかったからかな? 表面だけが少し風化しているだけで、中は新鮮さが残っている。これならば十分にいけるぞ。オレがマザーを女にしてやるからな!!)



 ニーニアの主観に満ちた文章ではないが、この男もまた謎の使命感に満ちていた。


 女性は常に美しくあるべきだ。その美しさとは主に、性的な欲求を満たした時に発揮されるものだ。


 もちろん歳を取りすぎて性欲自体が減退してしまったのならば、それはそれでかまわない。


 上品さや気高さといった美しさのほうが重要だ。それに異論はない。


 だが、本当の快楽を知らないで女を捨てるのはもったいない。それこそ女神様に対する冒涜である。


 マザーではなく、エンジャミナとして性の悦びを教えてあげたいのだ!


 さすがアンシュラオンである。そこにブレはない。



 しかしまあ、ついにここまで来てしまったかと感慨深い気持ちにもなる。


 喜々として五十代の女性と関係を持とうと考える青年は、熟女バーに通う人以外ではそうそういないだろうに。



(オレの命気マッサージで肌年齢を引き上げれば、三十代か四十代くらいの感度には戻せるはずだ。これは楽しくなってきたぞ…と、今はサナのほうが大切だな)




「それで、魔石のほうはどうなったの?」


「魔獣が元になったせいかしら。その名残、思念のようなものが残っていたせいで勝手に動いてしまったようね。今回はそこを黒姫ちゃんの命令なしでは発現しないようにロックしておいたわ」


「それはいいけど、防衛力が低下することはないの? 自動防御というか、勝手に動いたほうが安全なこともあるでしょ?」


「そこは仕方ないわ。獣の形態を取ると魔獣の残滓が強く表面化して暴走しやすくなるから、今は封じたほうが逆に安全よ。エネルギーが逆流したら物理的にダメージを受けるかもしれないもの」


「ふむ…なるほど、たしかにそうかもしれないな。そのあたりは命気足でカバーできる範囲だしね。そこまで無理をさせなければいいってことか」


「それで今回は獣化しないようにしつつも、力だけは発現できるように別のルートを設定したみたわ」


「どんな感じ?」


「見たほうが早いかもしれないわね。黒姫ちゃん、私の手を触って」


「…こくり」



 マザーが自分の数珠にはめられた『白いジュエル』を発動。


 乳を触れられて昂ぶっていた感覚をリセットし、精神を安定させ―――



 眼が―――開く。



 額の部分に意識を集中させると、彼女が持っている能力『霊眼』が活性化していく。


 テインヂュ・ザ・パール〈連鎖と浸透の清眼〉。


 カーリスが製造した『人工魔石』の一つで、Aランクジュエルに相当するエンジャミナの魔石である。


 幾十万という大量の真珠の中から媒体として最適なものを選び出し、清められた水の中で術式を付与しつつ数百年かけて力を宿していく。


 十分に力が宿ったら、今度は資質あるシスターたちに適合検査を受けさせる。


 ジュエリストになるには「石に選ばれる」必要がある。自分がいくら欲しても相手が応えなければ適合は不可能なのだ。



 そして、まだ若かったエンジャミナが適合者に選ばれた。



 覚醒型のジュエルであった真珠の力によって、彼女の眠っていた眼が開く。


 彼女がいまだ処女であったのは、そうした物的波動とは違う世界を常に見ていたからであろう。


 人間に守護霊や背後霊が見えないのは、実は幸せなことなのだ。


 なぜならば常時見えてしまえば、それが気になって人生に集中できないからだ。


 情事に耽っているところに誰かの視線を感じれば気まずくなるだろう。実際は見られていたとしても、そこに自由意志があるから「試練」になるのである。




 その眼が―――サナとジュエルを見通す。




(やはり底が見えない。なんという闇が広がっているのかしら。…怖ろしい。これが直接ジュエルと結合すると、周囲からエネルギーを吸収して無尽蔵の暴力になってしまう。しばらくここへのアクセスは禁止ね。ここを通さないで別の道を作って、もともとあったジュエルの力だけを上手く発動させれば―――)



 黒雷狼はサナのユニークスキル『トリオブスキュリティ〈深遠なる無限の闇〉』の力によって、ジュエルが変質した状態によって生み出される形態だ。


 アンシュラオン曰く『吸収転化』する能力らしいので、制御が利かない現状では、周囲のものをすべて犠牲にしても力にしようとしてしまう。


 よって、ここは一度蓋をする。


 より正確に述べれば、バイパス手術のようにジュエルの力の通り道を複数作り、制御できない一定以上の力が溜まった際は、自然に発散させるようにしてあげるのだ。


 少なくともこれで暴走の危険性はぐっと減るだろうが、アンシュラオンの協力も不可欠となるだろう。


 餌を欲しがり続ける犬に、欲しいままに餌を与え続けたら肥えるし、下手をすれば本当に胃が破れるまで食べ続ける犬もいる。


 本能が剥き出しなので制御ができないのだ。人間だって危ないと思いつつ暴飲暴食をやめられない者がいるのだ。動物ならばなおさらである。


 ただ、今は過剰なエネルギーがない正常な状態だ。


 力がなみなみと注がれつつも飽和していない状況。つまりは最適なコンディションにあるということだ。




 力を正常に―――流す




「…っ」



 サナがびくんと弾けた。


 彼女も強い力を感じたのだろう。



「…きょろきょろ」


「ジュエルを見て」


「…こくり。じー」


「ジュエルは友達よ。仲間よ。家族といってもいいわ。でも、あくまで持ち主はあなた。あなたが制御しないと勝手に動いてしまうわ。私ができることは示すことだけ。最後はあなたが自ら道を作ってあげるの。導いてあげる必要があるわ」


「…?」


「いいのよ。言葉にしなくても。ただ感じればいいの。力の流れを感じて。この青く美しいジュエルの中に眠っている力を欲してあげて」


「………」



 サナにはまだ何のことかよくわからない。


 意思が乏しいのだ。自ら道を示せなんて、できるわけがない。


 しかしながら、協力者がいれば話は違う。


 エンジャミナの力に導かれて、少しずつではあるがジュエルから力が流れてくるのを感じる。



 ハァハァ ハーハー


 ジュエルが呼吸をしている。



 どくんどくんっ どくんどくん


 ジュエルが鼓動している。



 バチバチッ バチンッ バチンッ


 ジュエルが明滅している。




 青い―――狼が見えた




 バチンバチンと青い雷が集まって、青白く輝く狼が生み出される。


 これはサナの中で見えているものなので、外に表面化しているものではないが、しっかりと存在しているのがわかる。



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