439話 「マザーの能力」


「マザーってジュエルの知識があるんだね」


「ええ、黙っていたけれど私には特別な能力があるの。彼女と同じくジュエルによって覚醒した力よ。だから少しは力になれるかもしれないわね」


「へぇ、そうなんだ。こういう特殊なジュエルに関しては知識が浅いからね。助かるよ」


「私にできることならば何でも言ってちょうだいね。力になるわ」



(マザーが自分から言ってきたか。これはどう捉えればいいんだろうか。媚を売っているようには見えないから…見かねて、といったところかな? 子供たちを養っているくらいだから、面倒見がいいのはわかっていたことだけどね)



 アンシュラオンはすでにマザーの能力については知っていた。


 当然、『情報公開』を使って得たデータだ。


 いきなり相手の情報を見るのは失礼かもしれないが、サナを預けるのだから素性を確認しておくのは当然のことだろう。



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名前 :エンジャミナ


レベル:67/99

HP :530/530

BP :690/690


統率:C   体力: F

知力:A   精神: B

魔力:B   攻撃: F

魅力:B   防御: F

工作:D   命中: F

隠密:E   回避: F


【覚醒値】

戦士:0/0 剣士:0/0 術士:5/5


☆総合:第六階級 名崙めいろん級 術士


異名:霊眼のエンジャミナ

種族:人間

属性:光

異能:ジュエリスト、上級霊視、魔石感応、危険察知、即死無効、光耐性、術耐性、慈愛、信仰心

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 一目見て、只者ではないとわかる。


 こんな人物がなぜ地下にいるのか気になるところだが、今回重視したのは「サナに害悪があるかどうか」という一点だったので、そのあたりは気にしないでおいた。


 興味は抱いていたので、向こうから接点を持とうとしてくれたのは嬉しい限りである。


 ただし、その目的を知らないアンシュラオンが多少警戒するのは仕方ないことだろう。



(名崙級術士…か。かなりの腕前だ。因子レベルも高いな。期待したいところだが、気になっていることもある。一応確認してみるか)



「マザーは術を使えるの?」


「使えなくはない…というのが本当のところかしら。たぶん、あなたが期待しているほどには使えないと思うわ」


「因子が覚醒しても使えないこともあるんだね」


「それぞれに相性があるもの。そういった素養も重要になるわね」


「具体的には何ができるの?」


「軽い癒しや保護の術とかかしら。本当に微々たるものよ」


「攻撃系は?」


「それもタイプが違うから無理ね。私の能力は限定的なのよ。ただしその分だけ特定の分野には強いってことね。事前に危険を察知することは得意よ」



 今までニーニアたちが安全に暮らせていたのは、彼女の『危険察知』スキルによるところも大きかったはずだ。


 言ってしまえば、軽い未来予知のようなものである。


 何の心配もなくトットを貸し出したのも、その先に命の危険がないと知っていたからだろう。


 意識しなくても感覚で危険がわかる便利なスキルといえる。



(まあ、ステータスを見ても戦闘タイプじゃないしね。攻撃に期待するのは無理かな)



 攻撃と防御の値も「F」だし、ほぼ一般人と大差ない。


 雰囲気的にはサポート、それも戦闘面以外での補助役といった印象を受ける。


 そして、アンシュラオンは戦闘面での力をマザーに求めていない。


 むしろここで「自分は攻撃型だ」と言われても、普通の攻撃術式程度ならば術符で間に合うので対応に困っていたところだ。


 だから、一番重要そうなポイントを訊ねる。



「マザーは魔石に関して特別な能力があるんでしょう?」


「わかるの?」


「わざわざ今やってきたことを考えれば、そう捉えるのが普通かな。それにオレもマザーには教えていない能力があるんだ。それで理解できるよね?」


「…そういうことね。ええ、そうよ。これは秘密だけれど、私にはジュエルを覚醒させる力があるわ。本当にわずかだけれどね。その逆に力を抑えることもできるのよ」


「ほぉ、それは興味深い。前者は文字通りすごい力だし、後者は『ストッパー』を付けることができるってことだよね? たとえば暴走しないように安全装置を付けられるんだ」


「その通りよ」


「妹のジュエルにも可能なの?」


「これだけ強いとやってみないとわからないわ。でも、努力はしてみるし、やらないよりはいいわ。どんなに少量でも乳液を塗ったほうがお肌には優しいでしょう? それと同じよ」


「解除はできるの?」


「いつでもできるわ。能力者の力量が上がれば自動的に引き上げるようにも調整できるわね」


「すごいね」


「それなりに長く生きていますからね」



 エンジャミナのもう一つの能力『魔石感応』。


 いわゆる『魔石』と呼ばれるほど強い力を持つジュエルは、なかなか存在しないものだ。


 その理由は人間と同じく、力が眠っていることが多いからである。


 彼女のスキルは、その石に干渉することによって力を引き出すというものだ。


 言ってしまえばジュエリストの反対のことをするのだ。石に刺激を与えて覚醒させると捉えてよいだろう。


 彼女が外にいた頃は、これを副業として孤児たちの生活費を稼いでいた。


 その仕事は、力を引き出すだけではない。扱う人間に力量がないと感じれば、意図的にジュエルの発動率を抑えるということもやる。


 黒雷狼を見ればわかるが、制御できない力は危険だ。身を滅ぼす。


 毎回暴走して、そのたびにアンシュラオンが処理していては、正直使えたものではないだろう。


 だが、マザーがいれば、その心配も減るということだ。



「もちろん日々の調整は必須よ。道具と同じね。手入れを行えば快適に使うことができるわ。故障もしにくくなる」


「道理だね。ただ逆に言えば、そうしてしまうとずっとマザーのお世話にならないといけないわけだ」


「あら、嫌なの? お金を取るつもりなんてないわよ」


「嫌じゃないし、まさにうってつけの力だ。今最高に欲しい能力だよ。しかし、タイミングが良すぎると疑いたくもなるかな。けっこう人間不信でね。簡単に信じないようにしているんだ」


「私が信じられない?」


「どうかな。信じて痛い目に遭ったことはあるけど、信じないで痛い目に遭ったことはないからね。それならば後者のほうが安全だ」


「保身の極致ね。でも、関わらなければ得られないことも多いわ。あなたがこの事態を予期していたわけではないでしょう? 今回の出来事が発生しなければ、私だって自分のことを話したりはしなかったわよ」


「…たしかにそうだね。何かしらあるとは思っていたけど、こういうことは想定外だった」


「私と出会ったことも、こちらから赴いたわけじゃないわ。あなたのほうから来たのよ。好き好んで五年もここで待ち伏せるわけがないでしょう?」


「その通りだ。その頃はオレもまだ人里離れた山で修行中だったしね。知るはずもない。そこまで疑り深くはないかな」


「ならば、これは『女神様のお導き』と考えるべきね」


「ふむ…宗教家じゃないけど、霊の仕組みは多少知っているから不思議とは思わないよ。いろいろと思い当たることもあるしね」



 アンシュラオンは実際、闇の女神に会っている。


 地上の人間の様子を見ていて、それが特別なことであることは薄々察していた。


 そもそも自分が望んだこととはいえ強大な力を持つに至っていることからも、それ相応の責任が求められることは理解している。



(オレの行く先々には、必ず【道と駒】が配置されている。しょうがない。それが因果律だ。この星には星の成長過程があるんだ。それに組み込まれても受け入れるしかないな。所詮人間なんてそんなものだ。それ以上は抵抗できない)



 どんなにわがままを言っても、どうしても限界が生じるのは仕方ない。


 どこぞのお話のように、海が嫌いだからといって全部埋め立てようとしても不可能だ。人間に星は破壊できない。


 それはアンシュラオンでも同じである。【人間を滅亡】させることはできても星は壊せない。


 すべての存在は進化のために存在している。星にも進化のスケジュールがあるのだ。



 マザーをここに配置したのは―――女神。



 そこはすでに地上人の領分を超えている。ならば受け入れるしかない。


 好きでこの星を選んだのだから、それくらい協力しないとバチが当たるというものだ。



 ただし、自分の流儀は貫く。




「マザーはどうしてオレに関わろうと思うの? ラングラス派閥のために有用だから? それが子供たちの利益につながるからかな? それとも外に出たいの?」


「いいえ、単純にあなたと妹さんの力になりたいからよ」


「どうして?」


「それが私の使命だからよ」


「使命…か。そっか。ならマザーも、オレのスレイブになるしかないね」



 そう、これだけは譲れない。


 アンシュラオンの傍にいたいのならば、誰もがスレイブになる必要がある。


 この人間不信の男が唯一安心するものが、自分に絶対服従のスレイブなのだ。


 マザーの『魔石感応』ではないが、人間が暴走しないようにストッパーをかけないと気が済まないのだ。


 人間と比べたらジュエルの暴走のほうが何倍も可愛いものだ。


 ジュエルは力に忠実だが、人間には余計な感情が多すぎる。時にまったく予想できない破滅的な行動に出る場合がある。


 それを防ぐためのスレイブという縛りであり、必須の条件である。



 して、マザーの回答はといえば―――




「いいわよ」




 快諾であった。



「いいの?」


「神殿を離れた時から、私はすでに人生を終えているの。何の未練もないわ」


「それはもったいない。まだまだ現役でいけるよ」


「それは嬉しいけれど…いいのよ。本当に未練はないの。でも、きっとあなたは私を大事にしてくれると思うわ。逆にあなたほどの人に、それだけの価値があると判断されたことが光栄に感じるわ」


「くすぐってくるね」


「嫌い?」


「繕った世辞は嫌いだけど、本音ならば好きだよ。いいよ、君の好きにすればいい。どうせまだ準備が整っていないし、マザーがこちら側に来てくれるのならば大歓迎だ」



(正直なところマザーが身内に入るのはラッキーだな。十分まだまだ女性としてもやっていけるし、ホロロさんだけじゃ間に合わないところもあるだろうから、こうした落ち着きのある女性は貴重だ。それに…彼女は使える。オレの計画には必須の人材かもしれない)



 アンシュラオンは、これからスレイブ・ギアスを【量産】するつもりでいる。


 最低でも現状で確保している女性たちには、各々に宝石を贈るつもりだ。


 サナのものと同じように作るつもりなので、それが魔石になる可能性は極めて高い。


 その際、今回と同じことが起きては困る。


 もし彼女にジュエルの調整能力があるとすれば、心から求める最高の人材といえるだろう。


 また、人間的にも成熟期を迎えて余裕が出ている年頃なので、ホロロの緩衝材としても力を発揮できるだろう。


 ホロロも優秀かつ冷静な女性ではあるのだが、マザーと比べれば若く、まだまだ『女』の側面が強く出ている。


 それだけでは成り立たないこともあるだろう。たとえばラノアよりもさらに幼い子供を集めた時には、教育よりも愛情のほうが重要になってくる。


 その時、『慈愛』を持っているマザーならば上手く対応もできるはずだ。



「一つだけ付け加えるのならば、オレは自分のものを幸せにすることを第一に考えている。未練がないと言っていたけど、マザーはまだまだ未練があるはずだよ」


「あら、どんな未練かしら?」


「女としての未練」


「…それは…まあ……そうかしら」


「一つ訊くけど、マザーって処女?」



 恒例の確認だ。マザー相手でも怠ったりはしない。


 学生などの若い世代には理解できないかもしれないが、五十代などアンシュラオンから見ればバリバリの現役だ。


 地球でも人生百年の時代と言われているくらいだ。五十歳ではまだ半分である。


 だが、マザーには意外な質問だったようで、多少動揺している様子がうかがえた。



「えと…その……シスターだったし…そういうことは……その……えと…」


「あったの? なかったの? どっち!? イエスかノーだけで答えて!」


「ええと、まあ…無かった……かしら。はい」


「おめでとう。合格だ!!」



 合格である!! 文句は何もない!!


 しかし、アンシュラオンのストライクゾーンの広さには驚きである。


 サナやラノアのような幼女からマザーまでOKとは、男として懐の深さと広さを感じざるをえない。


 自分のものとなる女性には、とことん優しい。そこは尊敬に値する点であろう。





「それじゃ、さっそく妹のジュエルの調整をしてもらえるかな? すぐにできる?」


「ええ、大丈夫よ。ご要望はあるかしら?」


「暴走しないようにしてもらえれば、それでいいよ」


「わかったわ。やってみるわね」



 マザーはさっそく作業に取り掛かると、数珠のようなものを取り出して腕にはめ、その手でサナのジュエルに触れる。


 おそらくあれも魔石なのだろう。独特の波動を感じる。



(へー、これが管理用の術式か。測定をしてリミットを設けるって感じかな?)



 アンシュラオンも術士の因子を持っているので、彼女のやっていることが少しだけ理解できた。


 パソコンのベンチマークテストのように、意図的に負荷をかけることでジュエルがどれくらいまで出力が上がるのかを測定するのだ。


 すでに魔石という存在は世界的に熟知されているものであり、ジュエル協会本部があるダマスカス共和国では、世界共通で使えるジュエル測定術式が公開配布されている。


 マザーはそれを自分なりに改良することで、よりさまざまなテストを行えるようにしているようだ。


 彼女自身がジュエリストでもあるので魔石の扱いには長けていると思われる。ここは任せておくのが一番だろう。



 ただ、当のエンジャミナは調整に苦戦していた。



(なんという許容量なの。スペックが桁違いね。これ一つでAランクジュエルが十個以上は入ってしまいそうよ。処理能力も桁違いだわ。それはわかっていたことだけれど、もっと問題なのが『感受性』かしら。ちょっと術式を走らせただけで焼き切れそうになるわ。負荷に対して敏感というか敵対的というか。だからあんなに攻撃的な表現になったのね)



 このジュエルはアンシュラオンが作ったものなので、その特性が最大限に表現されている。


 つまりは「カッとしやすく破壊的」「敵は許さない。全員殺す」という短絡的で強い力に満ち満ちている。


 だからこそ黒雷狼があれほどまでに凶暴で凶悪になったのだ。


 さらに許容量も桁違い。普通のジュエルが家庭用パソコンだとすれば、こちらはスーパーコンピューターを持ち運んで使っているようなものである。


 それをメンテナンスするのだから、彼女もとんだ貧乏くじを引いたものである。


 ただ同時に、やり甲斐も感じている。


 こういったタイプの人間は、困難に遭遇すればするほど自分が価値ある存在だと実感するものだ。


 そうでなければ、わざわざグラス・ギースにまで来ないだろう。



(この子を暴走させないために私が力になれるのならば、喜んでやるわ。これはとても意義のあることなのだから)



 こうしてマザーによってサナのジュエルの調整が行われるのであった。



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