437話 「災禍の黒雷狼 後編」


 アンシュラオンの戦気に、黒雷が殺到する。




―――「強い力だ!」



―――「一番のご馳走だ!」



―――「よこせ、よこせ、よこせ!」



―――「力を―――よこせ!!」




 黒雷狼は、ジュエルに与えられた命令を遂行することだけを考えている。


 それが本能であり、存在意義だからだ。


 動物でいえば、狩って喰らうことしか考えていない野生的な状態だといえるだろう。


 目的のために力が必要ならば、どんな状況でも食いつく。喰らいつく。


 そして一度上質な味を知ってしまえば、他のものは目に入らない。



 ぎゅるるるっ バチバチバチッ!!



 アンシュラオンの戦気を吸収し、黒雷狼の力が増していく。


 分かれたモグマウスから奪うのではなく、こうして直接「元栓」から吸えるので、いくらでも力を得ることができる。


 吸う、吸う、吸う。



 ちゅーーーちゅーーーー


 ちゅーーーちゅーーーー



 母親の乳房に吸い付く赤子のように、黒雷狼は力を吸うことに熱中する。



 一方のアンシュラオンは、その黒雷狼をじっと観察していた。


 力を吸われていても気にしない。気にならない。


 それどころか【安堵感】すら覚えるから不思議でならない。



(妙な感覚だな。まるでサナにおねだりされているようだよ。嫌な感じはまったくしない。むしろ喜びすら感じる)



 黒雷狼は―――【サナのもの】



 敵ではない。倒すべき魔獣ではない。


 もともとは自分の力から生まれたようなものなので、同属とまではいかないが、ペットのような親しみを覚えている。


 黒雷狼もまた、サナの一部なのだ。


 彼女が求めるのならば、求めるだけいくらでも与えるのが自分の役目である。



 この瞬間、普段は味わえない強い快感を覚えた。



 母親が血肉を分け与えて子供を生み出すのと同じく、そこには究極の愛が宿っている。


 自己犠牲の愛、与える無償の愛情だ。


 だから安堵する。安心する。育つことに喜びすら覚える。


 愛は最上の快楽になる。愛は与えれば与えるだけ双方が豊かになる。与えても愛は減ることはないのだ。



 アンシュラオンとサナが―――繋がる。



 肉体を超えた部分でお互いが重なり、相手の情報が詳しく伝わってきた。


 そこでさらにわかったことがある。



(間違いない。この狼はサナに直結している。親元はサナなんだ。オレからサナに、サナから狼に力が渡っている。やはりサナの力を利用している…いや、サナの【スキルが暴走】している状態というべきだろう)



 こうして繋がってみて状況がよくわかった。


 黒雷狼のベースは、サンダーカジュミロンで間違いない。その『データを参照』したのは事実だろう。


 ただし、力そのものはサナから生まれている。


 彼女がジュエルに宿っていた【データをコピー】し、自らの力として利用しようとした結果、この狼が生まれたのだ。




―――【サナの本質】




 アンシュラオンも見た、あの黒い空間。


 すべてを呑み込むような、同化させてしまうような絶対的な空間。


 黒雷狼は、あの闇を利用して生み出された存在のようだ。


 それを可能にしているのがサナのユニークスキルである。

 


(サナのスキル『トリオブスキュリティ〈深遠なる無限の闇〉』。多少ながら能力のヒントを得たな。これはあらゆるものを吸収転化する能力だ。最低でもオレの力を吸い取り、力に転換する能力があるようだ。そうでなければ、ここまで完璧に吸い取ることはできないだろう)



 黒雷狼は簡単に吸っているが、実際のところ相手の力を奪うことには大きなリスクが伴う。


 たとえば臓器移植のように【拒絶反応】が出ることが極めて多く見受けられる。


 この世界では輸血すら危険とされているのに、相手の生体磁気から生まれた戦気を吸収した場合、相性が悪いと『詰まって』しまい、最悪自分が戦気を出せない状況に陥ることもある。


 戦気や生体磁気は、血液型のようにそれぞれ適したタイプがあり、やるとしても相性が良くないとデメリットのほうが上回るので注意が必要だ。



 その点、黒雷狼とアンシュラオンの相性は最高であった。



 吸ったその瞬間から、すべてを自分の力に変換できるほど抜群の相性だ。


 サナから生まれているのだから当然であろう。


 思い起こせばサナを自分色に染めるために、いろいろなものを与えてきた。


 常時一緒にいて肉体的にも接触していたし、命気水も欲しいままに与えた。


 生体磁気の付与、賦気による強化も行い、時間をかけて馴染ませてきた。相性が悪いわけがない。



 そうしてきた中で生まれたのが、このユニークスキルだ。



 詳細はまだわからないものの、黒雷狼が発現している間はトリオブスキュリティが発動していることが感覚でわかるのだ。



(サナにはコピー能力があった。今までも散々、いろいろな相手の技を見るだけで覚えてきた。そしてついにはオレをコピーしようとさえしている)



 片鱗はあった。


 サナはコピー能力に優れていた。他人の技をすぐに真似ることができた。


 その極め付けが、魔人であるアンシュラオンの力を真似る能力である。


 べつに吸われたからといって自分にデメリットがあるわけではない。能力が低下するとか失われることはまったくない。


 単純にサナが強化されていくだけだ。自分色に染まっていくだけだ。



 これはむしろ―――快感



 愛らしいサナを真の意味で自分色に染められるのだ。


 それこそスレイブを求めた最大の動機、完全なる支配欲の充足に直結する。



「ああ、愛しいな。お前はどんどん強くなるだろう。オレに近づいていく。そして、いつかこの領域までやってくる。その日が待ち遠しいよ」



 自分が彼女と一緒に歩むという夢が現実になる。


 同じ場所から同じ景色を見て、同じ場所で同等の戦いをして、同じ結果を得てお互いに満足しあう。


 誰だって同じレベル帯の人間と一緒にいたほうが楽しめるはずだ。


 仕事をするのだってそうだ。スポーツをするのだってそうだ。同じレベルの「パートナー」がいるほうが効果的だし、楽しいに違いない。


 想像するだけで身震いする。これほどの快感は存在しえない。




 だが、今はまだ早い。




 いつか彼女は、この力を使いこなすだろう。そんな予感と確信がある。


 ただし、それは今ではない。おそらく最低でも数年後、あるいはそれ以上先のことだ。


 現状の黒雷狼とて、まだ発展段階にすぎない。レベルを見ればわかるが、これでも潜在能力の半分以下の力しか出せていない。


 それを完成させてあげるのも自分の役目。サナへの最高のプレゼントになるはずだ。



「オレは急がない。ゆっくり着実に一つずつ歩ませる。だから今はおとなしく眠っておけ」



 ゴゴゴゴゴゴッ


 アンシュラオンの戦気がさらに増大していく。



「ヴヴヴッ!! ヴウウウウッ!!」



 吸っても吸っても尽きないエネルギーに、黒雷狼が苦しみ始めた。


 まだまだ成長途上の黒雷狼である。


 一度に吸える量にも限度があるし、直接水道に口をつけて飲むようなものなので、とめどなく溢れる力に喉が詰まっていく。



 ばちんっ バチバチンッ!!


 バババババババババッ!!



 ついに【漏電】が発生。


 吸収しきれなくなった力が漏れ始め、周囲が肥大化した黒雷で溢れかえる。


 だが、止まらない。


 アンシュラオンの力は、まだまだこんなものではない。



「うおおおおおおおおおお!!」



 さらにここで『爆発集気』。


 戦気を爆発凝縮させ、通常の何倍もの戦気を練りこむ戦気術だ。


 上がる上がる。アンシュラオンの戦気が上昇し、赤みが薄れた白に染まっていく。


 穢れなき純粋な白となる。



 それを吸い込めば―――





「っ―――!! ギャォオオオオオオンッ!!





 ズズズズズズズッ!!


 黒雷狼の色が変化していく。



 黒から―――白へ



 身体の尖端、毛の尖端、雷の先端から白が侵食を開始し、コーヒーに大量のミルクを混ぜたように白くなっていく。


 黒茶になり、茶色になり、薄れて薄れてグレーになり、やがて白に染められていく。


 サナの力が、アンシュラオンによって上書きされていく。吸収するどころか襲われている。


 まだ幼い黒雷狼に、この白い力は早すぎた。子供が誤って酒を飲んだように酩酊状態に陥る。



 その隙にアンシュラオンは攻撃態勢に入っていた。


 両手に凍気を宿すと、凄まじい速度で手刀とともに打ち出す。



 ズバズバズバズバズバッ ピキピキピキッ!!



 黒雷狼、いや、もはや白雷狼と呼ぶべき存在を切り裂きつつ凍らせていく。


 斬られて飛び散った雷すべてが凍り付き、消失していく。剥がされていく。


 水覇・凍堰水断とうせきすいだん


 両手に宿した凍気を手刀で繰り出すことによって、斬りながら凍らせる因子レベル5の技である。


 凍らせて斬ることで相手の治癒力を封じ、『自己修復』等の再生スキルを阻害できるのが最大の特徴といえるだろう。


 事実、これで斬られた箇所からは黒雷が生まれてこない。その部分ごと凍らせて隔離してしまう性質を持っているのだ。



 ズバズバズバズバズバッ ピキピキピキッ!!



 斬る斬る斬る 凍る凍る凍る


 次々と繰り出される手刀によって黒雷が分離凍結されていく。


 力が削がれていく。弱っていく。酩酊状態が続いているので、うまく抵抗できない。


 だが、黒雷狼もまだ諦めていない。



「ヴオオオオーーーーーンッ!!」



 遠吠えのような声を発すると、周囲に再び障壁を展開させる。


 最後の悪あがきのように見えるが、黒雷狼は宿主である黒き少女を守ろうとしているのだ。


 番犬のごとく決死の表情で睨みつけてくる。サナには指一本も触れさせないと強く訴えてくる。



 それはまるで―――自分の願い



 サナと契約した時に、何があっても守ると誓った強い想いが表れているのだ。



(なんと美しい)



 自分で言うのもなんだが、とても美しいと思った。


 人間の誓いなど、時が経てばどうしても薄れてしまうものだ。


 一度クリアしたゲームをやるように、初めて味わった感動も二度目では味気ないものになってしまう。


 しかしながら黒雷狼に伝えられた想いは、まったく色褪せることなく「あの日の誓い」を自分に思い出させてくれる。


 新鮮な気持ちにさせてくれる。サナをもっと愛したいと思わせてくれる。


 やはりこの存在は、自分とサナにとって特別なものだと悟る。




「そんなお前だから、この技で終わらせよう」



 アンシュラオンが両手を黒雷狼に向ける。


 黒雷の大部分を失い、毛がなくなった狼のような姿になってしまったが、これでも普通の武人からすれば危険極まりない存在だ。


 ただ、自分にとっては「か弱い犬」でしかない。


 健気にサナを守り続けようとする愛らしい存在だ。


 だから、この技を贈る。



 きゅいいいいんっ



 アンシュラオンの手に光が集まっていく。


 集まり、集まり、集まり続け、手の平にすっぽり収まるくらいの小さな球体が生まれた。


 ピンポン玉より少し大きい程度だろうか。さして目立った特長はない。ただの白い球体である。


 しかし、それで技が完成したようだ。



 球を―――放つ。



 球体はゆっくりと黒雷狼に向かっていく。速度は遅い。


 だが、黒雷狼は動けない。


 水覇・凍堰水断は動きを封じる目的もあったので、ただただ白い球を見守るしかない状態だ。



 白球が接触。



 黒雷狼の障壁とぶつかった。


 障壁の耐久力は、すでに述べたようにHP依存であり、この場合はHP換算で一万以上の耐久力を持っていることになる。


 アンシュラオンの水覇・渦鉋うずかんなでさえ受け止めた力だ。いかに強固かがわかるだろう。



 それを―――




―――すぽん




 いともたやすく抜ける。


 もし透明な力の流れが見えるのならば、球体が触れた箇所がそっくりそのままくり貫かれていることがわかるだろう。


 単なる小さな白い球体に見えるが、その中身は実に恐るべきものである。



 超圧縮された、力の結晶。



 障壁が障壁たりえないほどの、力。


 この技に『障壁破壊』の効果があるわけではない。単純に力でぶち抜いたにすぎない。


 アンシュラオンが爆発集気で集めた力のほぼすべてが、この小さな球体に詰まっているので、結果的に障壁など何の意味も成さないにすぎないのだ。



「ヴヴヴヴッ!! ヴウウウウ―――!?!?!?!!」



 黒雷狼は何が起こったのかわからない。


 わからないが、その本能が危険を告げている。


 逃げろ、逃げろ、逃げろと叫んでいる。




「ヴヴッ!! ばおーーーんっ!!!? ばおおおおおおおんっ!!」




 鳴く、泣く、啼く!


 黒雷狼が泣く!!


 彼は知っている。この力は自分を滅ぼすものだと知っている。


 なんとも皮肉なものだ。


 レイオンを畏怖させた黒雷狼が、次はアンシュラオンに怯えている。


 その強大な力の前に、技が発動する前から屈している。



 だが―――逃げない。



 けっして逃げない。


 立ち塞がる。サナを守ろうとする。あの日の誓いを守ろうとする。



「怯えることはない。怖くはないよ」



 アンシュラオンの声は、とても優しかった。


 優しく優しく、目の前の魔石獣を労うように、そっと語りかける。


 なぜならば、それはもう一人の自分。愛を誓った自分の姿なのだ。愛以外の感情は芽生えない。



「ヴウウウウッ…ウウウッ………ウウ………」



 すると、黒雷狼が次第におとなしくなる。


 鋭く釣り上がっていた目尻が、ゆっくり下がった。



 目を―――閉じる



 理解したのだ。これから起こることを受け入れたのだ。


 これはもうどうにもならないと。こればかりは仕方ないと。


 凶悪な力で周囲を破壊し尽した災禍の黒雷狼が、諦めたのだ。


 だが、怖くはない。元に戻るだけだ。


 いつの日か自分が本当の姿になり、黒き少女の力になる日が来ることは「決まっている未来」だ。


 だから、身を委ねる。



「いい子だ。さあ、お休み」




 白い球体が―――黒雷狼に着弾




 強大な光に吸い込まれる。圧縮される。握り潰される。


 光は輝きを増し、急速に流転を繰り返し、世界を再構築する。



 その中にすべての生命が宿れと願う。


 愛しさと慈しみが宿れと願う。


 人の持つ感受性、美しさが宿れと願う。




 なぜ、天覇公はこの技を作ったのだろう。




 そこには美を求める彼の心意気があったと推測できる。


 美しくあれ。常に美しくあれ。


 その心の輝きをけっして忘れることなかれ。




 力とは愛であり―――美であれ、と






 凝縮した光が―――弾けた





 会場が光に包まれると同時に、白い力の奔流は黒雷狼を蹂躙しつつも、それを美へと変化させる。




 ゆらゆら


 はらはらはら




 天から何かが降ってきた。


 白い、白い、とても小さな白い粒だ。


 まるで舞い散る白桜のようであり、あるいは雪のようであり、見るだけで心が落ち着く幻想的な光景である。


 その白に至っては、黒など存在しえない。




 天覇・天昇桜雪光帰てんしょうおうせつこうき




 因子レベル7で使えるようになる極大奥義の一つで、戦気を極限まで圧縮して撃ち出す放出系の技である。


 速度がゆっくりなのが最大の弱点ではあるが、この小さな球体の中には、覇王流星掌で使うのと同じだけのエネルギーが詰まっている。


 力とは、圧縮し、小さくするほうが強くなる性質を持っているものだ。


 黒雷の力は凄まじかったが、無作為に無秩序に乱雑に放たれていたので、力が分散してしまっていた。


 感情を制御できない人間が、怒り狂って無駄にエネルギーを使ってしまうのと同じである。


 一方この技は、静かに力を光の領域にまで昇華させるものだ。


 最高の力は静寂の中にある。それを体現したかのような技であった。



 そしてこの技を受けた者は、自身もまた光と化し、世界の美の一つに姿を変える。



 力の塊だった黒雷狼は、粒子レベルにまで分解され、桜雪となって舞い散る。


 床に舞い落ちた何十万という雪粒が、そっと消える。


 そこに美を感じる感性がなければ、この技の真の意味はわからないだろう。




―――手向け




 愛しい者を世界に戻すために作られた技。


 天覇公が、世に仇なすようになったかつての仲間を滅するために作った技。


 そこには儚さと哀愁、美への憧憬が込められている。


 いつかまた会えるように。この雪を越えて、暖かい春になったら笑いながら会えるようにと願いを込めて。




 黒雷狼は―――散った




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