436話 「災禍の黒雷狼 中編」


 近づくにつれて黒雷の威力は増していく。


 この距離に至ると、アンシュラオンの水泥壁でも完全に防ぐのは難しい。


 黒雷が水の壁をぶち破り、貫く。



 ドーーーーンッ! ガリガリッ!



 床を抉り取っていく。蹂躙していく。


 しかし、そこにアンシュラオンはいない。


 彼はすでに押し寄せる黒雷の嵐を抜けていた。素知らぬ顔で先を歩いている。


 まるで手品だ。雷が貫いたように見えたが、あっさりと抜けている。



「破壊に主眼を置いた雷撃、といったところか。攻撃力は相当なものだが、雷の性質を色濃く残しているらしい。対雷戦闘はオレの得意とするところだ。問題はない」



 黒雷は名前が物語るように、あくまで【雷撃】である。


 力の大半を破壊力に転換しているが、性質が雷であることには変わりがない。


 となれば、職人芸。


 ガンプドルフ戦で実践したように、水を自在に操るアンシュラオンにとっては対応しやすい相手だ。



 バリバリバリッ じゅるるる



 再度迫ってきた黒雷を新しい水の膜で包み込み、流す。



 ドーーーンッ



 床が破砕されるが、アンシュラオンは無傷だ。


 怖れることなく紙一重でかわしている。相変わらずの胆力である。



「この雷にはもう一つの特性がある。この雷撃は帯電しない。【帯気たいき】とは違うな」



 雷の上位属性、帯気。


 帯電する、という言い方をするが、雷が集まってより強力な雷気になると、この帯気という性質になる。


 もしこれが帯気ならば、足元に帯電することで相手の行く手を阻むこともできたはずだ。


 だが、この黒雷は通常の雷にあるような追加効果がない。当たった威力は凄いが、感電させて動けなくする効果が乏しい。



 これは黒雷が『破砕力』を重視した設定だからだ。



 衝撃力と言い換えてもいいだろうか。


 うっかり電気コードを切ってしまったときのような、電気がショートした爆発力をイメージするとわかりやすい。


 そんな馬鹿なことをする経験はなかなかないだろうが、やってみると「ボンッ」という音がして驚くものだ。


 そのショートする力を重視して雷撃を設定しているため、当たったら爆砕はするが、力の大半がそれで終わってしまう。


 これは悪いことではない。単にどれを好むかの問題だ。


 雷は火に続いて強力な破壊の力であり、単体攻撃力ならば最強である。それを追求したのが、この黒雷ということだろう。


 相手を滅することだけに特化した雷といえるだろう。




「せっかくだ。もう少し試してみるか」



 バリバリッ ザクゥウウッ


 アンシュラオンに飛んできた小さいほうの黒雷を、あえて受けてみた。


 黒雷が左腕に突き刺さる。


 それから―――



 ボンッ!!



 爆砕。


 肉が弾けた。内部から爆発したような感覚である。


 これは驚きだ。アンシュラオンの腕を破壊するなど、あのガンプドルフ以来ではないか。


 かの剣豪が雷王・麒戎きじゅう剣という奥義を出してようやく破壊したものを、この黒雷は簡単にやってのけたのだ。驚いてしかるべきだろう。


 しかし、これにも理由がある。



「この感覚…へぇ、『人間特効』があるのか」



 穿たれた時の独特の感覚。


 人間であることそのものを否定された感覚。


 黒雷が、戦罪者も得意とする『人間特効』を宿している証拠である。


 だからあえて受けたとはいえ、規格外のアンシュラオンの腕を傷つけることができるのだ。


 ただし、黒雷に宿っている特効は人間だけにとどまらない。


 


―――【生物すべてに特効】




 を持っているのだ。



 魔人の力を吸って生まれた黒雷狼には、その特色が色濃く受け継がれている。


 魔人は、すべてを超越する存在だ。人間だけでなく、動物も魔獣も支配者さえも、あるいは神さえも。


 魔人以外のすべてに特効を持つ技。


 これがいかに怖ろしいかがわかるだろうか。すべての敵対者を屠ることが可能なのだ。



 しかしである。



 これが同じ魔人であれば話は違う。


 ダメージは必然的に抑えられ、本来の半分の力しか発揮できない。


 同種の存在に対しては「素の実力」が大きく影響するものだ。現状では、そこまで怖れるものではないだろう。




「次は防御性能を見せてもらうぞ」



 アンシュラオンが左腕を一瞬で治癒すると、黒雷狼に向かって水流波動を放つ。


 サリータにやったような優しいものではない。滝のように鋭い水流が襲いかかる。



「ヴヴヴヴッ! バオオオオオンッ!!」



 バチバチバチバチッ ドーーーンッ!


 黒雷狼の前方に雷が集まり、水流波動と激突。相殺して霧散させる。


 スキル『雷迎撃』。


 ガンプドルフが使っていた鎧気術、『雷鵺らいや公の鎧』の能力と同じく、雷のカウンターを発動させるものだ。


 黒雷狼あるいはサナに対して攻撃が発動した場合、これで迎撃して撃ち落とすのだ。


 その精度と威力はなかなかで、アンシュラオンの全力の水流波動すら受け止める力を持っている。



 だが、アンシュラオンに慌てた様子はない。



 迫ってくる黒雷をいなしながら、悠々と技の態勢に入る。


 当たれば肉体にダメージを負う雷撃でも、当たらなければ意味はない。


 相手が感情的で受動的だからこそ読みやすい。ちょっと動きで釣ってやれば、面白いように思った通りに雷撃が飛んでくる。


 勝負の駆け引きができないのだ。


 これが【意思が無い】最大のデメリットである。



「これはどうだ?」



 アンシュラオンの両手に、身長ほどの水気の塊が生まれる。


 右手の塊を放出。


 それ自体を放つのではなく、そこから円柱状の水が伸びて黒雷狼に迫っていく。


 黒雷狼の雷迎撃。再び攻撃を防ごうとする。



 が、これは攻撃ではない。



 水流は、するするぬるぬると奇妙な動きをしたと思ったら、雷をかいくぐって黒雷狼の足元の床に吸着。


 その水は、やたら粘度が高かった。


 糊のごとく床に吸い付くと―――



 ぎゅううううっ バンッ!!



 今度はゴムのように収縮し、一気にアンシュラオンを引っ張った。


 これに特に技名はない。単に水気の性質を調整したにすぎない。


 だが、それを一瞬でやってのける戦気術は驚愕の一言だ。


 周囲では黒雷が常に自分を狙っているのだ。それを回避しながら冷静に水気を操るのは、やはり並大抵ではない。



 そして、急接近したアンシュラオンが宙を舞いながら、左手の水気球を放つ。



 その動きはハンドボールで、ボールをゴールに叩きつける光景に似ていた。


 さりげなくフェイントを入れて相手の動きを釣ることも忘れない。



 右と見せかけて左に投げた水球が―――まんまと直撃。



 ぼしゅっ ギュルルルルッ


 当たると同時に水球が円形に広がり、『渦』が発生。


 覆うように広がった渦が急速回転し、周囲の雷を巻き込みながら黒雷狼の身体を抉っていく。


 水覇・渦鉋うずかんな


 渦状に変化させた水気の回転力で相手を抉りながら、その部位を削り散らしていく因子レベル4の技である。


 今黒雷狼を少しずつ削っているように、主に表皮を傷つけて相手に痛みを与えるために用いられる技だ。


 この際、渦の遠心力によって削られた部分が、大工道具のかんなから出る屑に似ているため、この名が付けられている。


 しかしまあ、相変わらず水覇系の技はサディスティックな発想が多い。


 受けたのが人間だったら、身体を薄く削られる痛みを味わいながら絶命するという、猟奇殺人的な最期を遂げることになるのだから、まったくもってたまったものではない。



 が、放った相手はエネルギーの塊だ。



 少しずつエネルギーを削り取るという意味合いでは、しっかりとした考えがあって使われた技である。


 シュバシュバシュバッ バリバリバリバリッ


 目論見通り、水覇・渦鉋によって黒雷狼の黒雷が少しずつも急速に散っていく。


 さすがアンシュラオンの技である。


 一気に削って、黒雷狼の身体が半分に―――ならない。



 ブゥウンッ バチバチバチバチッ



 渦鉋が何かの力と衝突して拮抗している。


 この技でも削りきれないほどの何か硬いものと衝突している音だ。


 スキル『中型障壁』。


 殲滅級以上の魔獣、あるいは神機などは、自身の装甲とは別に防護フィールドを持っていることがよくある。


 『中型障壁』や『小型障壁』と表示されている場合は、単純な物理フィールドを生み出す能力だと思っていいだろう。


 無機質で透明な防護盾が展開され、水覇・渦鉋の侵攻を防いでいるのだ。


 これを簡易化したのが、サナも使った『無限盾』の術式である。その強化版だと思えばいいだろう。



「障壁はHP依存だっけ? HPが高いだけあって悪くない耐久値だ」



 障壁スキル自体はさほど珍しいものではないが、HPの総量によって耐久値が変化するので厄介だ。


 たとえば小型障壁ならば、最大HPの一割近い耐久値を持っているし、中型ならば三割程度の耐久値と思っていいだろう。


 黒雷狼は四万近いHPを持っているため、その三割分、最低でも一万以上のダメージを障壁で耐えきることができるわけだ。


 なんて面倒な。こんなのやっていられるか。



 まさにその通り。



 それを知っていて、そのまま戦う馬鹿はいない。


 最初からスキルがあることを知っていたアンシュラオンが水覇・渦鉋を使ったのは、この障壁を剥き出しにさせるためである。


 黒雷を蹴散らして障壁を引きずり出した瞬間、すでに動いていた。


 水の渦の中に飛び込むと中心部に掌底を叩き込む。


 当然、ただの掌底ではない。



 それが障壁と激突した瞬間―――砕ける



 ばりばりっ ばりんっ!!



 あれほどの攻撃に耐えていた障壁が、いともたやすく破壊された。



 覇王技、打界震だかいしん


 打ち付けた打撃、主に掌か掌底を使い、相手にダメージを与える技である。


 これだけを見れば単なる掌底にすぎないが、この技の最大の特徴は『障壁破壊』である。


 高度な戦闘において、相手の防御機能を破壊するのは至極当たり前のことだ。


 そうしないといつまでも本体にダメージを与えることができないので、まずは障壁系を剥ぎ取ることから始めるのがセオリーである。


 障壁破壊は、覇王滅忌濠狛掌はおうめっきごうはくしょうでもいいのだが、いかんせん威力が高い反面、技の発動に時間がかかるのが難点だ。


 発動が遅いのは致命的な弱点である。ちんたらやっていたら反撃を受けてしまう。


 その点、この打界震は技の出が早く、障壁破壊だけに使うのならば最速で出せる。


 こうして放った技の直後に出しても、行動をほとんど制限されないメリットがあるのだ。



 ただし、これも渦鉋を発動させながら攻撃するという同時発動なので、非常に高等なテクニックである。


 普通の武人ならば二回に分けてやらねばならないことを、この一瞬でやっているのだ。


 右手で姿勢制御用の水気も操っているため実質的には三つの技、いや、観客保護の水泥壁すら展開しているので四つ同時発動をしている。


 いくら低級や中級の技とはいえ、それを四つ同時発動できる者は、この世界にいったい何人いるだろう。


 本物の達人とは、本当は難しいことを簡単そうにやってのけるものだ。だから凄さがわかりにくい。


 同時に当人もそれが当たり前だと思っているからこそ、真の実力者なのである。





 セオリー通りに障壁を―――破壊。




 ガリガリガリガリッ


 障壁が砕け散り、再び急速回転を始めた渦鉋が、黒雷狼を削っていく。



「ヴヴヴヴウッヴヴヴウウッ!!!!」



 効果は覿面。


 少しずつではあるが、黒雷狼の身体が小さくなっていく。





(このまま削れればいいが…そんな簡単にはいかないよな)



 相手の能力を考えれば、これで終わるとは思えなかった。


 その予想は当たる。


 バババババババッ


 削られていくのと同じ速度で『自己修復』が行われる。


 黒雷がさらに生み出されて欠損した身体を即座に補っていくのだ。


 もともとがエネルギー体なので、人間の身体と違って修復も容易なのだろう。



(サナの様子は…問題ないか。生命維持を最優先にする命令は遂行しているようだな)



 こんなちまちましたやり方をしているのは、もちろんサナの安全を考慮してだ。


 仮に大技を使えば一気に仕留められるかもしれないが、この魔石獣とやらはサナから出ている存在だ。


 ダメージ還元が起こってサナが傷つくのが怖かった。だから少しずつ削っているわけだ。


 ただ、黒雷狼の対応を見る限り、サナの防御に割り当てているエネルギーは別個に用意しているようである。


 つまるところ「サナが扱いきれない余剰分のエネルギー」によって、この黒雷狼が生み出されているわけだ。


 よって、黒雷狼自体への攻撃はサナにダメージを与えない可能性が高い。



「そうとわかれば、ごっそり削り取るか」



 アンシュラオンが本来の戦気を解放。


 輝かんばかりの赤白い力を身にまとう。



「ヴヴヴッ!!」



 黒雷狼が、その戦気に反応。


 展開している黒雷が本体の防御を無視して、一斉にアンシュラオンに群がる。


 ザクザクザクザクッ


 次々と黒雷が戦気に突き刺さり、その力を奪おうとしてくる。


 事実、アンシュラオンの戦気の一部が黒雷に吸収され、一時的に黒雷狼が大きく膨れ上がった。


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