435話 「災禍の黒雷狼 前編」


 ジジジジッ ドーーーンッ


 ガリガリガリガリガリガリッ



 無手の試合会場に、黒雷狼を中心にして黒雷が迸る。


 この遺跡の壁も扉同様、かなりの強度で出来ている。


 仮に風龍馬が竜巻を展開して暴れ回っても、軽く傷が付く程度の損耗しか受けないだろう。


 それも自己修復機能によって、数日も経たずに元に戻ってしまうかもしれない。



 それが―――爆散消失



 黒雷が床に当たると、その部分をたやすく抉り取っていく。


 天井、壁、柱、ぶち当たったあらゆる場所を、存在そのものごと破壊していく。


 唯一アンシュラオンが生み出した水泥壁は無事だが、雷が当たるごとに激しい衝突と爆音が発生して、観客たちが恐れおののく。


 誰も声を出さない。声が出ないからだ。


 目の前で起こっていることが理解できず、信じられず、ただただ守られるしかない弱い存在である。


 一人の格闘技好きの老人が、こんなことを呟いた。



「おお…【災厄】じゃ」



 実に見事な表現である。


 吹き荒れる謎の黒雷。圧倒的な暴力に襲われる矮小な人間たち。


 自分たちに害をなそうとする強大な存在、未知の存在は、災厄と呼ぶに相応しい。


 グラス・ギースに住む人間は、幼い頃から災厄の恐怖を親に教えられる。


 けっして忘れてはいけない。防備を怠ってはいけない。恐怖を消してはいけない、と。


 そう教えられて育つので、災厄という言葉に敏感なのだ。彼らにとって一番の恐怖が災厄なのである。



 恐怖に怯える彼らの目が、自然と一人の男に集中する。



 こんな状況の中、ただ一人だけ黒雷が暴れ回る場所に平然といる男に。


 自分たちが怖れる災厄にすら動じない者は、いったい誰なのか。


 この黒い空間に立ち塞がる、あの【白い英雄】は誰なのか。


 知らずのうちに目が惹き付けられる。心が引っ張られる。




「サナ、雷を止めろ!!」


「………」


「サナ!!」



 サナからは返事がない。


 彼女が自分の言葉に従わないわけがないので、傷は癒えたようだが意識は戻っていないようだ。



 ドーーーンッ!



 説得を試みるアンシュラオンに、落雷。


 強烈な黒雷が落ちてくる。



「ちっ!」



 アンシュラオンは回避。


 直後、その場所に落ちた雷が床を抉り、深さ三メートルもの穴を穿った。


 遺跡を削るだけでも大変なのに、これだけの威力を出すとは怖ろしいものである。


 もしここに人がいれば即座に消失していたに違いない。


 しかもそれが複数、大きな雷が三つ、そこから派生した小さな雷が八つほど、常時周囲を動き回っている。


 だが、その動きに統一性はなかった。



(特に標的もなく破壊を繰り返しているな。わかったことは、近寄った者を敵と認識することくらいか。あとはサナを守っていることも間違いない)



 アンシュラオンがサナに近寄ると、明確な敵意をもって黒雷が襲ってくる。


 雷もサナを中心に起こっている。雷のフィールドを形成して近寄らせないようにしているのだ。


 ただ、無理に近寄らない場合は、無差別に力を解放し続けているだけのようだ。


 最初はレイオンが近くにいたせいかショックボイスを出してきたが、それ以後は使う様子はなかった。



(受動的で反応的というべきか。こちらの感情に対応している印象だな。あの狼自体にサナを守る以外の目的はないようだ)



 黒雷狼自身に意思はない。



 これは―――力そのもの



 ただそこにある力そのもの。


 そう形容するのが一番しっくりくるだろう。


 近寄らなければ襲ってこないので、そのまま少し観察を続けることにする。



(この力がサナから発せられているのは間違いない。発生源はペンダントだ。店で買ったペンダントトップのせいとは思えないから、オレが渡したあのジュエルの力と考えたほうが妥当だな。だが、元になった魔獣にこんな力はなかったはずだ。あったら覚えているしな。…ふむ、あれが個体ならばデータで見られるかな? 認識できればいいが…)



 アンシュラオンは『情報公開』を使用。


 すると、黒狼にデータが表示された。


 どうやらあれ単体で個体認識されるようである。



―――――――――――――――――――――――

名前 :災禍の黒雷狼


レベル:111/255

HP :38000/38000

BP :8500/8500


統率:F   体力: A

知力:F   精神: S

魔力:S   攻撃: S

魅力:F   防御: B

工作:F   命中: S

隠密:F   回避: S


☆総合:第四神級 猛神もうじん級 魔石獣


異名:黒き少女の魔石獣

種族:魔獣、神、魔石

属性:黒雷

異能:適合者保護、黒雷招来、精神感応波、雷迎撃、中型障壁、物理無効、銃無効、即死無効、雷無効、毒無効、完全精神耐性、自己修復、美食家、暴走

―――――――――――――――――――――――



(なるほど。たしかに四大悪獣レベルだ。いや、スキルを加味すれば、それ以上かな。少なくともデアンカ・ギースには勝てそうだ)



 レイオンが言ったように、ステータスを見ればデアンカ・ギースに匹敵、あるいは凌駕する。


 そこらの武人はもちろん、荒野にいる魔獣でも太刀打ちできないだろう。


 良質なスキルがそろっているので、魔獣ならば撃滅級に入ってもよいレベルである。


 ただし、これはただの魔獣ではない。



(階級制度の表記も違う。『神級』ってことは…神機に近い表示かな? ただ、神機とも多少違う気がするな。なんだこれは? 初めて見るかもしれないぞ)



 通常、武人の情報には「第八階級 上堵級」「第七階級 達験級」といった表示がされる。


 魔獣は魔獣で「殲滅級」等の違う表記があり、神機は神機で「獣王階級」等の専用の表記がある。


 そして、目の前の黒雷狼もまた特別な表記がなされている。



 となれば、【存在そのものが他者と異なる】ことを意味している。



 簡単に言えば、所属するカテゴリーが違うのだ。



(第四神級ということは、他の階級もあるということ。つまりはこの狼一匹ではない、ということだ。同じような存在が、最低でもあと三種類はいるだろうな。今までの表示から考えれば、第三、第二、第一がありそうだ。あるいは武人と同じく第十段階まであるかもしれない。これは興味深いものだ)



 アンシュラオンでも初めて見る存在である。なかなかにレアだ。


 といっても自分はずっと火怨山におり、魔獣やたまに出る野良神機くらいとしか遭遇していないので、この世界にどれだけのカテゴリーがあるのかわかっていない。


 ひとまず、これはこういう種類だと理解するしかないだろう。



 そして、一番最初に表示され、一番気になった点に着目する。



(『災禍の黒雷狼』…か。あからさまに嫌な名前をしているものだ。間違いない。あれの中からオレの波動をかすかに感じる。…そうか。これか! あそこでこれが起きたのか!! だからあんなに大きな破壊痕が残っていたんだな!!)



 ここで最大の謎が一つ解けた。


 アーブスラットから逃げたサナが、その後どうなったか。


 なぜモグマウスたちが消失したのか。




 こいつが―――喰ったからだ




(それを連想させるスキルもある。最後のほうにある『美食家』だ。他者を喰らう性質がある証拠だな。それと異名と種族に『魔石』の表示がある。魔石…これはたぶんジュエルのことだよな。強い剣を聖剣や魔剣とか呼ぶし、これも同じ意味なんだろう。なるほど。だから蓄える能力があるのか。こいつの力は、もともとオレのものだ。だからこうも簡単に遺跡を破壊できるんだ)



 あの時に生み出したモグマウスは、自分の力の大半を注いだものである。


 サナの緊急事態なので遠慮はしなかった。全力の闘人操術で生み出したものだ。


 モグマウスには殲滅級魔獣でも倒せる力を与えてあったのだ。


 もしそれを吸収したのならば、この強さも納得だろう。



 ここで一つのことに気付く。



 とてもとても重要なことに。




(つまりこれは…【オレのせい】なのか?)




 サンダーカジュミロンの心臓を抉り取ったのも自分だし、それを使ってサナのスレイブ・ギアスを作ったのも自分だ。


 どういう理屈かはまだわからないが、そのジュエルが自分の力を吸ってしまった。


 少なくともモグマウスを喰らったのは事実だろう。そうでなければ説明がつかないし、そうだとすればすべて説明がつく。


 安易に専門外のことに手を出した自分のせいだ。


 非常に複雑な精神術式のジュエルは専門性が高く、素人が迂闊に触るべきものではない。


 それが普通の人間ならば害悪はなかったが、超規格外の魔人だったからこんなことになったのだ。



(いやいや、そんな馬鹿な。でも…思い当たることが多すぎる。サナの急成長を考えれば…やっぱりそう考えるのが……正しいのか? でもさ、この状況で全部オレのせいだったとか言えないよな)



 ちらりと後ろを振り返れば、大勢の視線が集まっている。


 彼らからすればアンシュラオンは、自分たちを守った英雄という立ち位置だろう。


 その証拠に―――



(うっ、ニーニアの視線が痛い!! やめてくれ! オレをそんな清い目で見ないでくれ!!)



 ニーニアは、一心不乱に自分を見つめている。


 もともとアンシュラオンに淡い恋心のようなものを抱いていたせいか、完全に憧れの視線で見つめている。


 レイオンでさえ逃げるような相手に悠然と立ち向かう、地上から来たお兄さん。



 そのお兄さんは、英雄だったのだ!!



 自分の危険も顧みず、自分たちを庇ってくれた美少年。


 わー、カッコイイ! ステキ!! 憧れちゃう!!


 そんな視線をひしひしと感じる。




―――痛い




 すごく痛い。


 そんな彼女に、これは自分の自業自得のせいとは絶対に言えない。


 君は単に巻き込まれただけだよ、とは言えない。


 ここは内密にしておいたほうがいいだろう。うん、そうしよう。





(気持ちを切り替えよう。これは良いことなんだ。素晴らしいことだ。どんな理由があるにせよ、これだけの力を蓄えることができる。これならばサナの安全は確保されたようなものだ。…【制御できれば】だが)



 スキルの最後に嫌なものを発見した。


 『暴走』スキルである。


 読んで字の如し、制御ができないから暴走と呼ぶ。


 サナが意識を失っているせいか、それとも最初から制御できないものなのかは不明だが、現状で手に負えていないのは確実だ。


 唯一サナに危害が及ばないことが幸いだろう。


 アンシュラオンがサナを守るために作った魔石なので、その命令を忠実に遂行していると思われる。


 ただし、飼い主(自分)に噛み付く、という最大の欠点が存在する。最大かつ致命的な弱点であるような気がしないでもない。



(さて、どうするか。力を放出し続ければ、そのうち発散して収まる可能性はある。だがその場合、周囲のエネルギーを吸収しようとするかもしれないな。オレの戦気で出来たモグマウスを吸収できたのならば、他の武人の戦気だって奪える可能性はある。そうなれば、この都市は全滅だな)



 エネルギーがなくなれば収まることを期待したいものの、相手に明確な意思がないからこそ怖いことがある。


 おそらくエネルギーが減ったら無差別に周囲に攻撃を始めるに違いない。


 その中で特にエネルギーの高い武人を狙うことが予想される。


 が、アンシュラオンのエネルギーに慣れてしまっていた場合、いったいどれだけの武人に被害が出るだろうか。


 この都市全部の武人を喰らい尽くしても飽き足らず、【餌】を求めて大地を放浪し、他の都市を襲う正真正銘の【災禍】になることも考えられる。



 それこそ災厄の再来である。



 これを止められる人間がいるとは考えにくい。


 候補を挙げるとすれば姉のパミエルキ、陽禅公、ゼブラエスの三人くらいだろう。


 彼らが遭遇すれば退治もたやすいが、都合よく出会うとは思えないし、その間にどれだけの被害が出るのか不明だ。



(どんなに強い力も制御できなければ意味がない。暴発して終わりでは使えない。これは今のサナには過剰な力だ。意識があっても扱えるものではないだろう。いやー、オレもこれほどとは思わなかったからさ。想定外だよな)



 サナに何かあるとは思っていたが、ここまでの事態とは驚きだ。


 使いこなせればこれほど嬉しいことはないものの、強すぎる力は彼女自身を滅ぼすことにもつながる。




 そして―――決断




(こいつの制御は諦めよう。今はサナの安全確保が最優先だ)



 優先すべきは、サナの安全。


 彼女には強くなってもらいたいが、まずは愛らしいサナでいることが重要だ。


 それにもし本当に自分の力を喰らったのならば、また与えることもできるはずだ。


 結局、自分から出たものは自分が処理せねばならないのだ。それが因果律というものだろう。



(サナのジュエルには攻撃せず、黒い狼の力だけを削る。よし、これでいこう)



 方針が決まれば行動は早い。


 アンシュラオンが悠然と前に歩を進める。


 いつもながら怖れを知らない歩き方だ。だが、これが一番いい。あらゆる状況に対応できる。



「ヴヴヴヴヴッ!!」



 近づいたアンシュラオンに黒雷狼が敵意を向ける。


 憎いとかそういった感情はない。忠実な番犬のように、一定範囲に入った存在に反応しているだけだ。



「いい番犬になったんだけどな。飼い主に噛み付くようならば、お仕置きが必要だ」



 ジジジジッ バリバリバリッ


 黒雷狼の毛が逆立っていく。



 ドーーーーーンッ ドドンッ



 それに反応するように、黒雷がアンシュラオンに落ちる。


 アンシュラオンは水泥壁を発動。黒雷を迎え撃つ。




―――激突




 周囲を覆うように全方位から襲ってきた黒雷が、水泥壁に突き刺さっていく。


 突き破り、破壊していく。


 やはり黒雷の威力は相当なものである。



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