434話 「ジュエリスト〈石の声を聴く者〉 後編」


 バチンッ バチンッ!!



 静電気で発する音を何十倍にもしたような、大きく弾ける音が何度も響く。


 発生源は、ペンダント。


 そこにある青いジュエルだ。


 アンシュラオンがサナのために作った、この世界で唯一のジュエルであり、スレイブ・ギアスである。


 しかしそこには、もはやスレイブ・ギアスと呼ぶのもはばかられるほどの愛が詰まっていた。


 二人の絆。


 白い魔人と黒き少女の間を繋ぐ最大の絆となっていたのだ。



 そのジュエルが、明滅を繰り返し、ついに黒い雷が発生する。



 ばちんっ ばちんっ ばちばちばちばちっ



 弾ける音はさらに細かく激しくなっていき―――




 バチーーーーーンッ!!




 ぶわっ!!



 ひときわ大きく弾けると同時に、サナの身体が起き上がる。


 むくりと起き上がったのではない。


 昔一時期、映画で「キョンシー」という中国のゾンビを描いたものが流行ったが、それと同じように何かの力によって身体を伸ばしたまま立ち上がったのだ。


 サナの目に意識はない。光が失われている。


 だが、そんなことはおかまいなしにジュエルは明滅し、黒雷の数は増え続ける。



 じじじじじっ じじじじじじっ



 サナの身体を覆い始めた黒雷が、大量の虫の羽音に似た音を響かせる。


 それに伴って、彼女の腹の傷が癒えていく。


 撃鉄亡火げきてつぼうかによって焼け焦げた腹の傷が修復を開始していた。


 凄まじい速度だ。百倍速の早送りを超えるスピードで、一瞬にして彼女の傷が癒えてしまった。


 あの愛らしく浅黒いお肌が蘇る。喜ばしいことだ。


 だが、それを隠すように黒い雷が全身を覆い始める。



 ばちんっ ばちんっ バチンッ!!!


 どーんっ! ドドンッ! ドンッ!



 サナの周囲にいくつもの落雷が発生し、明らかなる拒絶の意思をもって立ち塞がった。


 まるで―――ボディーガード


 彼女を傷つける者は絶対に許さないという強靭な意思をもった雷が、鉄壁の防御をもって守っていた。



 だが、これで終わらない。



 徐々に雷は肥大化し、サナの隣に収束を始める。


 バチンバチンッ!! バリバリバリバリッ!


 ピカピカピカピカッ!


 雷が弾けるたびにジュエルが激しい明滅を繰り返し、ついには閃光となる。



 ババババババババババババババッ!!!



 ピカーーーーーッ!!






 【黒い閃光】、と呼ぶべきだろうか。






 その場に黒い空間が生まれた。


 我々がイメージするブラックホールのように、真っ黒な球体状の漆黒が生まれたのだ。


 それだけでも驚きだが、そこから―――出る。



 にゅるりっ ずるるっ



 さなぎから蝶が羽化するように何かが這い出てきた。


 いや、たとえたものが蝶というのは失敗だったかもしれない。


 それは蝶などよりも遙かに凶悪で凶暴で、怖ろしいものであった。




―――黒い狼




 身体中を黒い雷で覆われた、黒よりも黒い漆黒の狼が出現した。


 しかも、でかい。


 サナを背中に乗せても余りある大きな身体は、およそ八メートルという体長を誇っているだろう。


 黒い雷で作られた狼の中で、目だけが釣り上がった真っ白な色合いをしている。


 ぎょろり


 その白い目が、明らかなる意思をもってレイオンを睨む。




「な、なんだ…これ…は……」



 睨まれたレイオンは背筋が寒くなるどころか、完全に凍り付いてしまった。


 足が動かない。手が動かない。視線も動かせない。


 文字通り、身体が凍り付いたように動けなくなってしまった。



(やばい…これは……本当にヤバイ…!!)



 武人は戦う生き物だ。戦って死ぬことを怖れない。


 しかし、けっして恐怖がないわけではない。それに打ち勝つ精神力があるだけのことだ。


 では、その精神力すら上回る【恐怖】に出会えばどうなるだろうか。



 脆くも―――崩れ去る。



 そうなれば動物と同じ。JBと戦ったレクタウニードスと同じ。


 一瞬にして戦う意欲を失い、絶対的な死の恐怖の前に動けなくなる。


 わかるのだ。目の前の存在が、自分を遙かに凌駕した高次元の怪物であることが。



「ヴヴヴッヴヴヴッヴヴヴッ!!」



 黒い狼は、唸る。


 敵意をもって周囲を睨みつける。


 バチン バチンッ!


 バチバチバチバチッ!!


 雷が弾ける音が強くなっていく。


 威嚇ではない。本当の攻撃態勢に入ったのだ。


 その存在は、躊躇うことなく周囲に対して敵意を向け―――




―――叫ぶ!!








「ヴヴヴヴッ…バオオオオオオオーーーーーーンッ!!」







 サンダー・マインドショックボイス。


 討滅級魔獣のローダ・リザラヴァン〈土炎変色蜥蜴〉すら、ほぼ一撃で仕留めるような精神感応波である。


 このボイスは雷の波動で物理的にダメージを与えつつ、相手の精神に干渉して木っ端微塵に破壊する。


 仮に防御で耐えきっても、精神破を受ければ精神と神経機能が破壊され、廃人になってしまう恐るべき力である。


 普通の防御では絶対に防げない。耐久力で受けきるしかない。


 かといってHPが二千を超える魔獣で、ようやく即死を免れるような代物だ。


 レイオンが受ければ、どうなるかは明白。



(死んだ)



 考えずともわかる。これは死んだ、と。


 この圧倒的な力の前に、たかだか上堵級の武人に何ができるだろう。


 彼が数十人、いや、数百人いても結果は同じだ。


 一撃で薙ぎ倒され、吹き飛ばされ、粉々にされ、精神すら砕かれて消失する。


 なぜこうなったのか理解できない。何もわからない。



 だが、知りたいとも思わない。



 これに触れてはいけなかった。禁忌に触れた自分が悪い。


 これほどの偉丈夫いじょうぶが、あっさりと敗北を認めるほどに力の差があったのだ。


 人が津波を見て、勝てると思うだろうか?


 地震に遭い、なんとかできると思うだろうか?


 否。


 人にできるのは、逃げることだけだ。


 だが、もう遅い。逃げ道などはない。死ぬことしかできない。



 そうして達観の領域に突入した時である。





―――白い影が見えた





 この静止した黒い空間で、ただ一人雄たけびに向かっていく者がいた。


 その者だけは黒に呑まれず、完全なる白のままで自在に動いていた。


 白い影が手を突き出すと、掌から巨大な水の防護膜が生まれる。


 防護膜は一瞬にして会場全体に広がると、レイオンやミャンメイ、観客たちをすべて覆いつくす。



 ドーーーーーンッ!!


 バチバチバチバチッ バシュンッ



 防御膜に激突したショックボイスは、最初激しく抵抗していたが、それを上回る巨大な力の前に消失した。


 普通の防御では防げないと述べたが、普通ではない防御ならば防げるのである。



「こ、これは…」


「レイオン、下がれ。お前の手に負える相手じゃない。ミャンメイと一緒に下がっていろ」


「ほ、ホワイト…! 今のを…防いだ…のか?」


「お前だけを守ったわけじゃない。ミャンメイやマザーもいたからな。オレがいてよかった。危うく全員死ぬところだったよ」



 白い者は、当然ながらアンシュラオンである。


 サンダー・マインドショックボイスが発せられた瞬間には、彼は動いていた。



 その攻撃が、【この会場すべての人間を殺す】ことがわかったからだ。



 ボイス系のスキルは、前方180度以上の広範囲に効果が及ぶものが多い。


 声なので、真後ろにいても多少ながら影響を受けるだろう。


 これだけの威力の場合、この会場にいるすべての人間が即死だ。一番離れている者でも関係なく死んでいただろう。


 下手をすれば壁すら突き抜け、外にいる者たちすら巻き込んだ可能性もある。


 言わずもがな。そんなことが起これば大惨事だ。



「な、何が起こったんだ! なぜこんなことが…! あれはいったい!!」


「オレが知るか」


「お前の妹だろうが!! あんな怪物がどうして現れる!」


「怪物? …ふむ、怪物…か。お前にはそう見えるのか?」


「ど、どう見ても…そうだ。あんなもの、魔獣でも見たことがない。噂に聞く四大悪獣と言われても信じるぞ」


「そうかそうか。なるほど。くくく、悪くない。思った以上のものが出てきたようだな。これはとても喜ばしいことだ」


「なぜ喜ぶ! 頭がおかしいのか!」


「妹がこれを出したとすれば、これほど嬉しいことはないだろう? それだけの力と可能性を秘めていることを証明したんだからな」


「…正気か!? 到底ついてはいけん!」


「ああ、ついてくる必要はない。ここから先は【一般人】はお断りだからな」



 目の前の黒い狼は、もはや常人が立ち入れる場所にはいない。


 ここにおいては、レイオンでさえ常人。一般人。素人。


 無力であるという意味において、そこらにいる通行人とさして大差ないのだ。


 だからアンシュラオンからそう言われても、レイオンの中にまったく悔しいという感情はない。


 彼にあるのは、助かったという安堵感だけ。その段階で、これに関わる資格がない。



「お前は下がっていろ。どうやら外には出られないようだ。それならばオレが作った水泥壁の中にいたほうが安心だ。これくらいならば万一もないだろうが、もし何かあったらマザーたちを頼むぞ」


「水泥壁…なのか。これが…? 信じられん…!!」



 水泥壁は基本技の一つなので、属性応用の段階に入る因子レベル2もあれば十分実戦で使える一般的なものだ。


 防御系の技が得意な武人ならば、そこらの傭兵でも使えるだろう。


 だが、目の前に展開された水泥壁は、規模もパワーも違えば、その形態すら異なっていた。


 ただの水の塊ではなく、白い粒子が中で輝き流れ、天の川のような実に幻想的な空間を生み出している。


 サンダー・マインドショックの攻撃をすべて受け止めつつ、内部で流転させることで勢いを完全に殺す。


 完璧な水泥壁、その極致。


 それはもう泥という言葉を使うのは失礼だ。『白光水壁』と呼ぶべきかもしれない。


 これはアンシュラオンが強敵相手にしか使わない真の水泥壁である。


 ガンプドルフレベルの相手でなければ使わない。つまりは目の前の狼が、それだけの相手であるということを示している。



(ふふふ…ははははは!! 話にならん。話にもならない!! 俺などという存在がいてよい場所ではない!! 負けだ!! これは超人の世界だ! 覇王や剣王たちの世界だ!! 小人しょうじんは守られて逃げるのが責務なのだ!!)



 レイオンは、あっさりと負けを認める。


 アンシュラオンと対峙した時から負けていたが、そこに完全なる達観が加わった。



 目の前にいるのは―――超人



 この世界で覇王とか剣王とか呼ばれる、超絶級の武人だけに許された場所に立つ者だと理解したのだ。


 その前に立てば、自分は子供以下。子供は大人に従うべきだ。


 レイオンは言われた通り、ミャンメイを連れて下がる。


 だが、会場全体に黒い力は浸食を開始しており、入り口も封鎖されている。


 観客を含め、アンシュラオンが作った防護膜の中に退避することしかできなかった。





 それを見届け、アンシュラオンは改めて黒い狼と対峙する。



 正確には黒い雷をまとっているので、やはり【黒雷狼こくらいろう】と呼ぶべきだろう。


 だが、このような存在は自分も初めて見る。



(さて、サナから出てきたのは間違いないが…こいつは何なんだ? 見た感じ、あの黒い雷の集合体のようだが…【思念体】か? 雷の狼…か。そういえば、サナのジュエルの元になったのも青い狼だったな。関係がないはずがないか)



 サンダーカジュミロン〈帯電せし青き雷狼の凪〉のことは、モヒカンが持ってきた鑑定書によって知っている。


 あの魔獣も雷を扱う非常に美麗な狼であったのは記憶している。


 だが、目の前の狼は、明らかにそれ以上の存在だ。


 ぱっと見ても、四大悪獣と同じ第二階級の殲滅級に該当する力を感じる。


 さきほどの攻撃を防いだにしても、アンシュラオンが思わず全力を出して守るほどに強烈だった。


 おかげで観客たちは無事だったが、これをどうしていいものかと迷っていた。



 一方、それに対して一つの解答を得ている者が観客席にいた。


 この会場でもっとも博識であろう女性、マザーだ。



「…そうだったの。あの子、【ジュエリスト】だったのね」


「え? ジュエリス…ト? 何それ?」


「ジュエルは知っているわよね?」


「うん。いろいろなものに使われる燃料でしょう? えと、外灯もそうだし、料理の時に使うやつもそうだね」


「ええ、燃料と呼んでも差し支えないわね。ジュエル自体は【容器】ですもの。そこに各種のエネルギー源を蓄える力があるわ。ただ、それは物だけに当てはまるものじゃないの。武器や防具に利用するのが一般的だけど、もし人間という機械そのものに適応するジュエルがあったら、どうかしら?」


「え? 人間に? えと…武器にジュエルを組み込むと強くなるから……人間だと力が湧く…とか?」


「その通りよ。ニーニアは頭がいいわね。ジュエルの中にはね、人間に適応したものが存在するの。ただ、誰でも使えるわけじゃないの。その石と相性の良い人間…その【石の声が聴こえる】人間じゃないと駄目なの」


「石の声? ジュエルってしゃべるの?」


「その中に入っている【モノ】によって違うわね。私の場合は、感覚として理解しただけだから声そのものは聴こえなかったけれど…たしかに意思は感じたわ」


「マザーも使ったことがあるんだ!?」


「私の霊視の能力も【覚醒型の魔石】によって発現したものなの。だから今、彼女に起こっていることが少しばかりわかるわ。でも、ああ…なんて凄い力。あれはもう『テラジュエル〈星の涙〉』に匹敵するわね。そして、あの姿。黒い…狼。破壊の力……聖女様のお言葉通りね」



 人間に適応するジュエルの力を引き出す存在を、『ジュエリスト〈石の声を聴く者〉』と呼ぶ。


 もともとジュエルはお守り等にも使われるので、常人でも1パーセントから十数パーセント程度は適合するのだが、50%以上適合する者をそう呼ぶ。


 ジュエルとすこぶる相性が良い場合にだけ、ごくごく稀に発現する能力のため、武人全体でも1%以下しか存在しない希少な現象だ。


 そのため、こうした人材は各国各騎士団、あるいは傭兵団において大変に重宝され、日常的に勧誘合戦が繰り広げられているほどだ。


 ちなみにガンプドルフもジュエリストである。


 彼の魔剣自体が巨大なジュエルを加工して造られているため、魔剣を発動すると必然的にジュエルの力と融合することになる。


 それがどれだけ強いかは、今のサナを見ればわかるだろう。元の力を飛躍的に上昇させることになる。




 サナは―――ジュエリスト〈石の声を聴く者〉。




 石の声を聴く―――否。



 魔人の声を聴く者である。




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