433話 「ジュエリスト〈石の声を聴く者〉 中編」


 レイオンの気配が変わった。


 それに伴って目が鋭くなり、獰猛な殺気が周囲に満ちる。



(久々だ。この感覚。そうだ。本来の俺はもっともっと攻撃的で、激しい闘争本能を秘めていたんだ。あれこれ考えるなど性には合わない。随分と長く我慢してきたものだな)



 自身の中には、強い闘争本能がある。


 今までもそれは発揮されていたが、主に肉体が死んでいる余裕のなさから生まれた苛立ちのようなものだ。


 そこに解放感はなかった。


 暴れてもすぐに身体が動かなくなるので、余計に苛立ちが溜まっていく。


 まるで檻に入れられた犬が、たまにしか散歩できなくて咆えまくるように。


 だが、今は違う。



「うううっ…うおおおおおおお!!」



 レイオンが野獣のように叫び、頭の中を真っ白にする。


 今は何も考える必要はない。ただ目の前の敵を倒せばいい。


 レイオンがサナに接近し、拳撃。



 ぶんっ!!



 自分の好きなように、振りやすい角度で放った拳が迫る。


 サナは回避。


 前方に走ると、レイオンの脇に自らダイブし、受身を取りながら背後に回る。


 弱った彼女にできることは、こうして弱者の戦いに徹することだけだ。


 アンシュラオンがルアンに教えたように、小回りを生かして相手の足を狙う戦い方を徹底するしかない。


 今度も回りこんで膝裏を狙おうとする。


 が、試合の前半でサナが上手く立ち回れたのは、レイオンのコンディションが最悪だったからだ。


 それと比べて今は万全。あらゆるところに余力がある。



「ぬんっ!!」



 レイオンは殴ったままの勢いで身体を捻り、左足で回し蹴りを放つ。


 軸足に過度の負担がかかる攻撃だが、復活した肉体は耐えきる。


 ぎちぎちと筋肉が絞られ、腱が引っ張られるも、頑強な肉体はそれに応えた。


 そして、サナの身長に合わせて低く放たれた蹴りが、ちょうど攻撃しようとしていた腹に直撃。


 防ごうにも左腕は折れている。防御も間に合わず、思いきり攻撃を受けてしまう。



「…こふっ!」



 その衝撃を受けてサナの呼吸が止まる。


 溜めていた空気のすべてを吐き出してしまった。


 練気が止まり、防御の戦気が弱まった。


 そこに振り返ったレイオンがラッシュ。



 どんっ!!


 浮き上がったサナの腹を再び攻撃。


 どこっ!!


 落下しようとするサナを蹴り上げて、さらに上昇させる。


 そこに両手を合わせて、渾身の一撃を振り下ろす。




「うおおおおおおお!!」




―――爆発




 覇王技、撃鉄亡火げきてつぼうか


 両手を組んで思いきり叩きつけると同時に、火気を爆発させる因子レベル2の技である。


 基本的な技の構造としては裂火掌と同じものだが、手を組むことで爆発に指向性を与え、打撃方向に強い貫通力を発揮させる技だ。


 爆発が集約されるので、力を溜める打撃方法と合わさって強烈な一撃を生み出すことができる。


 使いどころが限られるのが欠点だが、こうしたコンボの締めとして使うのに適している技である。


 名前の由来は、文字通り銃の撃鉄から付けられている。火薬を打ち付けて爆発する光景に似ているからだ。



 レイオンが、ついに覇王技を解禁してきた。



 ただでさえ体格が違う大男に殴られれば大変なのに、こうして技を使われると、ますます差は広がっていくというものだ。


 今まで彼が技を使わなかったのは、肉体が弱っていて技の発動に支障をきたしていたからだ。


 生体磁気の大半を心臓の保護と補強にあてていたので、使いたくても使えなかったのだ。


 しかし、復活した今の状態ならば気兼ねなく使うことができる。




 激しい衝撃がサナを襲う。



 レイオンが狙ったのは、再び腹だった。


 同じく妹を持つ身である。最初のアッパーカットが顔に入ったことを気にしたのか、無意識のうちに腹を狙ったようだ。


 ただ、意識を刈り取るにも腹は悪い場所ではない。呼吸を止めてしまえば嫌でも人間は意識を失う。


 一時期「失神ゲーム」とやらが子供たちの間で流行って問題になったが、腹への圧迫だけでも十分死に至ることがあるので注意が必要だ。



 すぅっ



 サナの目から光が消えかける。


 この技の威力は相当なものだ。背中を強く打ちつけただけでなく、火気の爆発で腹一帯の服が粉微塵に弾け飛んで、可愛いお腹に重度の火傷を負っている。


 実は、これでも加減されたほうである。


 連撃の段階でサナの防御の戦気は弱っていたので、もし全力で叩かれていたら腹ごと弾け飛んでいた可能性があったのだ。


 これが試合で助かった。相手が本当の敵だったら死んでいた場面だ。



 サナが意識を失いかける。



 だが、ここで終わらない。



「ふんっ!!」



 どごっ!!



「…―――っ!」



 倒れたサナにレイオンがとどめの一撃。


 みぞおちに拳を打ち込む。


 しかも人差し指の第二関節を親指で固定し、貫手のような形にしてピンポイントで狙い打つ。



 ごぼっ ごぼぼっ



 サナが血と胃液を吐き出した。



―――がくん



 首や手から力が抜け、ぶらんと崩れ落ちる。


 目は半分開いたままだが、そこに意識という光はなかった。


 子供相手にやりすぎのようにさえ思える行動だが、こうして最後の最後まで気を抜かないのは優れた武人の証拠である。


 一部手加減はしたが、約束通りに遠慮はしていない。



(終わったな)



 ここでレイオンが戦闘モードを解除。


 真っ白だった頭に思考が戻ってきた。


 そして、サナの様子を確かめる。



(眼球が動いている。まだ死んではいない。吐瀉物としゃぶつが喉に引っかからなければ窒息はしないだろう。腹に火傷は作ってしまったが、あの男ならば治せるはずだ)



 アンシュラオンが医者であることは知っているし、アカガシやニットローを治した実績がある。


 自分の大切な妹を治さないわけがない。だからこその覇王技の使用であった。



 こうしてレイオンは、サナを容赦なく叩きのめした。



 その実力は、初めて地下で見た試合よりも数段上と言わざるをえない。


 やはり肉体が正常であれば、レイオンは強い。


 マキやアル先生といった達人クラスには及ばないが、戦士として及第点を与えられるレベルに達している。


 階級としてはラブヘイアやラーバンサーと同等、上堵じょうど級の評価を与えてもいいだろう。



 しかしである。



 レイオンがいくら待っても何も起こらない。


 試合終了の合図が出ない。


 すでに審判は退場してしまったので、この勝負を決めるのは―――



「ホワイト、俺の勝ちだ」



 レイオンがアンシュラオンを見る。


 この試合の勝敗は、すべて彼に任されている。


 それに異存はない。アンシュラオンの実力を考えれば妥当だろう。



 だが―――



「………」



 アンシュラオンは何も言わない。


 黙ってサナをじっと見続けてる。



(なぜだ! なぜ動かない!? 俺の勝ちは明白はなずだぞ! それとも妹を負けさせたくないのか?)



 一瞬、アンシュラオンがサナを贔屓しているのかと疑った。


 運営と組んでいたくらいだ。自分が審判をやると言い出したことも、その一環の可能性もある。


 ただ同時に、その可能性は低いとも感じていた。



 その理由は、アンシュラオンの目だ。



 仮面に覆われてわかりにくいが、彼の目はとても真っ直ぐで、いつにもなく真剣であった。


 サナに対して向ける目は、けっして贔屓や過保護といったものではない。



 彼は―――待っている。



 何かを待っている。


 確証も根拠も論拠もないが、そんな気がした。



(ここまでやったのだ! 何も起きはしない! だが、だが…! 俺は…なぜ動けない! なぜ…【期待】している!!!)



 レイオンは、その場から動けなかった。


 アンシュラオンに抗議の声を上げるでもなく、自分もまたサナを見ていた。



 ふと思い出したからだ。



 あの光。自分を復活させた強烈な光。


 その白い光は、自分だけではなく彼女にも注がれていた。


 それがどのような効果を及ぼすのか、どんな形として表現されるのか、思わず期待してしまう自分がいる。



 ドキドキする ワクワクする



 心が 何かを 期待している



 この男が 何をするのか




 期待せざるをえない!!!







(サナ、これが今の実力差だ。剣があっても結果は同じだっただろう。レイオンは強いな。一対一、武器も道具もなしでは、お前がどんなにがんばっても勝てない相手だ)



 こうなることはわかっていた。


 アンシュラオンほどの武人ならば、彼我の実力差など簡単に分析が可能だ。


 なにせサナは武人として活動を始めたばかり。一方のレイオンは、幼い頃から鍛え続けてきた生粋の戦士。


 土台が違う。培ったバックボーンが違う。流した汗水が違う。


 レイオンは苦労してきた。努力してきた。才能も少しはあった。それが大きな差と壁になって立ち塞がっている。


 この結果は妥当、当然、道理。


 だがしかし、サナにはここで終われない事情がある。




 白き王、白き魔人に―――愛されてしまった。




 彼のすべてを注がれてしまった。


 身も心も魂も、霊すらも捧げられてしまった。


 ならば、乗り越えねばならない。


 彼女が行き着く先が【人間を超えた領域】なのだとしたら、この程度のことは跳び越えていかねばならない。


 なんと残酷で哀しい宿命だろう。こんな子供に重荷を背負わせるのか。


 誰もがそう思うだろう。



 が―――それは勝手な思い込み



 両者の間にしかわからない絆があるのだ。


 それを外野がとやかく言う権利はない。



(サナ、オレにはなぜか確信がある。予感があるんだ。お前の中にすごく親しいものを感じる。オレ自身がそこにいるような…そう、姉ちゃんには及ばないが、それに近しいものを強く感じる。お前の中にはオレがいる。それが何かはわからない。わからないが…何かが隠れている気がするんだ)



 アンシュラオンには、漠然とした予感があった。


 地下闘技場にやってきて厳しい試合のカードを組んだのも、その引っかかりが強く影響している。


 何か、何か、何か。


 サナに何かの変化が起こった気がしてならないのだ。



 あの日、アンシュラオンがプライリーラと戦った日から、サナに変化があった。



 怒りの感情が芽生え、戦気が使えるようになったことも大きな変化だ。


 出し方の練習はさせていたが、サリータよりも早く出すことができた。自分が知らない間に覚えていた。


 何か、何か、何か。


 何かあの日に起こったのだ。


 何かが起こった。間違いない。起こったのだ。起こったはずだ。


 そうした漠然な予感がアンシュラオンに働きかけ、試合を終わらせることを許さなかった。




 誰もがサナに視線を向けている。



 この場にいるすべての人間が、サナに注目している。



 誰がどう見ても終わったはずの戦い。



 だが、だが、だが。



 まだ何か起きる気がしてならない。



 この破天荒な男の妹が、こんなことで終わるとは思えない。




「出ろ…」



「出ろ…出ろ……」




 アンシュラオンが、倒れているサナに声をかける。


 それは彼女だけに対してではない。


 彼女の中に【眠っている何か】に対して呼びかけている。



「出ろ…出ろ……出ろ……!!」



 声が少しずつ大きくなっていく。


 声には多くの期待と確信が融合し、まっすぐに【それ】を見据えていた。


 知っていたわけではない。


 しかし、自然と目がそこに合ってしまう。



 それは―――ペンダント



 自分が愛する妹に贈った、世界で一つだけの愛の証。


 自分が守ると誓った証。すべてを与えると決めた証。




 そこに視線を合わせ、心を合わせ―――叫ぶ







「でろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」






 アンシュラオンの身体から、白い輝きが放たれる。


 王気だ。白いエネルギーだ。


 だが、ミャンメイやレイオンに向けたものとは少し違う。


 そこにはアンシュラオンの愛が宿っていた。



 唯一無二の愛とは何だろう。



 他者に対する愛ほど素晴らしいものはない。利他主義、利他の心、自分より相手を想う心は素晴らしい。


 しかし、やはり愛とは【同じ存在】に対して向けられるものだ。


 パミエルキがアンシュラオンを愛するのは、同じ存在だからだ。


 世界に二人しかいない魔人因子を覚醒させた存在だからだ。


 同種、同族、同属だからこそ愛が強くなるのは仕方がない。誰もが同じ存在を求めるのは霊の本能なのだ。



 その愛が、サナにも向けられる。



 彼は気付いている。無意識に察している。




 サナの中に―――自分と同じ何かがあることを




 サナの中に―――力があることを




 ピカッ




 サナの胸元が光った。


 ペンダントだ。


 青いジュエルが、一瞬明滅した。


 ぴかぴかっ


 また光った。見間違いではない。



 徐々に光は明滅を始め―――



 どくんっ!!



 サナが弾けた。


 まるで何かの力が内部で爆発したかのように、どくんと跳ね上がった。



 どくんっ!!


 どくんっ!!


 どくんっ!! どくんっ!!


 どくんっ!! どくんっ!! どくんっ!!


 どくんっ!! どくんっ!! どくんっ!! どくんっ!!


 どくんっ!! どくんっ!! どくんっ!! どくんっ!! どくんっ!! どくんっ!! どくんっ!! どくんっ!! どくんっ!! どくんっ!! どくんっ!! どくんっ!! どくんっ!! どくんっ!! どくんっ!! どくんっ!! どくんっ!! どくんっ!! どくんっ!! どくんっ!! どくんっ!!



 その鼓動はペンダントと呼応していた。


 光が激しくなればなるほど、サナの身体も大きく動く。



 ぞわりっ


 ぞわぞわぞわっ



 バチンッ バチンッ!!!



 そして、サナのペンダントから【黒い雷】が這い出てきた。




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