432話 「ジュエリスト〈石の声を聴く者〉 前編」


(彼こそが王。白い輝きをまとった王。たしかに強い力と危うさを併せ持っているわね。ほんと、人生とはわからないものね。このままこの子たちと一緒に死んでもかまわないと思っていたのに…ここで巡りあうなんてね)



 エンジャミナの前にいる者こそ、自身が仕えるべき王である。


 そして、神託にもあったように善と悪の力を内包した存在でもある。


 今出している光は善寄りのものなので、集まっている精霊たちも美しさや楽しさが強調された者たちばかりである。


 だが、破壊の光を発した際、集まる者たちはまったくの正反対となるだろう。



 白狼の反対ならば、当然【黒狼こくろう】となるのがお約束だ。



 というのは半分冗談ではあるものの、偉大なる者の中に黒狼は実在する。



 黒狼の役割は―――破壊。



 かつて神話の旧時代において、黒狼は【魔獣王】と呼ばれていた。


 すべての魔獣の頂点に君臨する神であり、破壊することが役割として母神から生み出された存在である。


 黒狼となった現在も役割の大半は破壊だ。すべての魔獣は彼から生まれた分霊であるといわれている。


 破壊とは、悪の力ではない。循環に必須の要素として存在している。


 新しい建物を生み出すには、老朽化したものを壊さねばならない。


 破壊と再生は常に同一であり、同時に発生する。破壊なくして再生はなく、再生なくして破壊は存在しえない。


 多くの者がビルの解体を見学しては爽快感を得るように、破壊は美しい力なのだ。


 ただし、アンシュラオンは【蛇】ではない。



(カーリスの聖典にも書かれている【白と黒の蛇】は、文明の破壊と再生を担うといわれているわ。響きとしては彼に似ているわね。でも、神託の内容から考えるに彼は蛇ではない。魔人と蛇、何が違うのかしら? どちらにしても彼が過ちを犯さないように導かないといけない。なんとも重責ね。私に務まるかどうか…)



 自分程度がアンシュラオンを導けるとは思えない。


 彼の輝きはあまりに強く、すでに一般人が干渉できる領域を超えているように思える。


 今もこうして見続けることしかできないでいるように。



「黒姫ちゃん、大丈夫かな!? まだ動かないよ!」


「…そうね。さっきの攻撃はまともに入ったから…気絶しているのかもしれないわね」


「レイオンさんも、あんなに強く叩かなくてもいいのに!」


「それも難しいわね。あの子も武人ですもの。少しでも油断すれば最初の時のように彼もやられてしまうわ。倒すか倒されるか。これも彼らの世界においては普通のことなのでしょうね」


「…そっか、厳しいんだね…。し、死んでないよね?」


「大丈夫だと思うけれど…あっ」


「え? なに? また何か見えたの!?」


「…いえ……そうではなくて……あの子、黒いわね」


「へ?」


「黒姫ちゃんよ」


「うん。髪の毛も黒いし、お肌も少し黒いね。それがどうしたの?」


「…少し、思い出したことがあっただけよ。黒い…子供……黒い…狼? たしかにあの時…」



 エンジャミナの記憶に、うっすらと残っている言葉があった。


 なぜかもやがかかっていてうまく思い出せないが、神託の一件と連動してかすかに引っかかったものがあった。


 それは彼女が神託を受けて、神託の間から出ようとした時である。


 神託の聖女が、ふとこんなことを呟いた。




「…黒き子供……不確定要素。白き王の力を受けて…彼女もまた……。なぜ闇の女神はこのようなことを……これもまた可能性だけれど……破壊は黒狼様のご意思? でも、これでは災厄の魔人が再び…そうなればまた……ああ、視えない……これ以上は…あまりに大きすぎて。ふふふ…楽しい。まるでサーガ〈叙事譚〉だわ。こんな素敵なものが視られるなんて…幸せ」




 神託の聖女は、盲目である。


 それゆえに肉眼に惑わされず、未来予知である『神託』というスキルを最大限に活用できるのかもしれない。


 だが一方、視覚という情報がないので、エンジャミナがまだ部屋に残っていることに気付いていなかった。


 まさか彼女も神話レベルの内容を受けるとは思っておらず、神託の内容に夢中になっていたと思われる。


 最後の笑いにそれが如実に反映されているのがわかるだろう。


 普段の神託は、「行く手に困難が~」とか「~にお気をつけなさい」「地震が起きるので事前に対応を」といったものが大半だ。


 「世界の破滅が~」というレベルの話に出会えることは滅多にない。彼女もついつい興奮してしかるべきだ。


 だからこそ、ついつい余計なことまで口走ってしまった。



 それはただの独り言。誰もいないと思って言った呟きだ。



 その中に「黒き子供」という単語が出てきている。


 まさに目の前に黒き子供がいる。偶然にしては出来すぎだ。



(ニーニアに大丈夫と言った時は、聖女様の言葉は頭になかった。単純に彼女自身を見た印象を述べただけ。でも、こうして改めて見ると…彼女もとても気になる。どうしてかしら、ものすごく【不安】になるのよ。きっと彼が彼女を愛しすぎているからだろうけれど…あの子がこのまま育っていけば、それそのものが脅威になってしまうかもしれない。そんな気がしてならないわ)



 アンシュラオンの妹としてサナはやってきた。


 もちろん二人は血の繋がった兄妹ではない。しかし、二人が一緒にいても違和感はない。


 まるで最初からそうなることが自然だったように一緒にいる。


 それそのものが、すでに予定されていたように。


 エンジャミナが自らの意思でグラス・ギースにやってきて、好きに生きてきたにもかかわらず最後はこうして神託の通りになったように。


 アンシュラオンのことは神託のおかげで多少ながら理解できているが、では、あの子供はどうだろうか。



 あの子は、いったい何者なのだろうか?



 世界を大きく動かせる王に溺愛されている彼女は、実はとても重要な存在なのではないか。


 女によって王が狂うことはよくあることだ。男が女性に執着することは珍しいことではない。


 すべてはサナ次第。彼女こそが歴史のキーパーソンではないだろうか。


 今は言葉を話せないようだが、もし言葉を発するようになればどうなるか。


 彼女の言葉一つで、あるいは感情一つで国や民族が簡単に滅びることも大いにありえることだ。



 かの大陸王がそうだったように。



 そんな不安がエンジャミナの中に渦巻いていた。


 だが、今はすべてを見続けることしかできない。それもまた責務であると感じる。


 今この場に自分がいることには何かしらの意味があるに違いないのだ。






「こ、これは…し、試合終了……」


「止めるな」


「えっ!?」



 審判が倒れたサナを見て試合を終わらせようとするが、またもやアンシュラオンが止める。



「まだ終わっていない。いや、始まっていない」


「だ、だが…その……これはもう…」


「お前はもう下がっていろ。巻き添えになるだけだ。勝敗はオレが決める」


「…は、はい」



 ついにレフェリーまで除外されるという超異例の事態が発生。


 それに対して誰からも異論は出なかった。


 審判も観客も、ただただ見ていることしかできない。


 結界が消失した段階で、またはレイオンが復活した段階で、勝負はイレギュラーなものとなっている。


 もはや常人が関われる領域を逸脱しているのだ。これも仕方がないだろう。



「サナ、立てるな?」


「………」


「あの一撃は致命傷ではないはずだ。まだ戦えるぞ。さぁ、立つんだ」


「…ぴくっ」



 アンシュラオンの声にサナが反応する。


 指がわずかに動き―――



 ぴくぴくっ ぐぐぐっ



 手が動き、腕が動く。


 身体を引きずるようにして、サナが上半身を持ち上げる。



「首は大丈夫か?」


「…こくり」



 サナが頷いた。



 見たところ頭は―――無事。



 アンシュラオンの予想通り、致命的な状況にはなっていないようだ。


 もし首の骨が折れていたら頷くこともできないだろう。


 人間の首は脆そうに見えるものの、衝撃に対してそれなりに強く出来ている。


 交通事故の車内映像を見るとわかるが、思った以上に首は伸び縮みをする。


 初めて見たらびっくりするくらいにだ。それによって衝撃を吸収する仕組みになっている。


 また、サナが派手に吹っ飛んだことからも、衝撃を逃がそうと努力したことがうかがえる。


 ただし、無傷というわけではない。



「…ぺっ」



 こんっ ころころ


 サナが口から折れた歯を吐き出す。


 前歯だ。


 覆面から少しだけ覗いた彼女の愛らしい顔から、パーツが一つ欠けていた。


 口の中も切れており、かなりの出血が見られる。見た目ではわからない脳へのダメージもあるかもしれない。


 それでも、こう述べる。



「あとでくっつける。歯の一つくらいは問題ない。やれるな?」


「…こくり」


「よし、いい子だ」



 サナは立つ。


 立って、戦おうとする。


 彼女はアンシュラオンの言葉には逆らわない。言われた通りに動く。


 以前、ホロロが一番スレイブらしいと述べたが、サナという究極の存在を除けば、という注釈が常に付きまとうだろう。


 サナこそがアンシュラオンの願望をすべて叶える存在。


 彼女だけが唯一無二の存在。


 この黒き少女だけが白き魔人を満足させることができる、ただ一人の存在だ。




 トコトコ



 サナが歩き、リングに向かっていく。


 何一つ文句も言わず、愚痴も吐かず、彼女は淡々と歩いてくる。


 身体にはまだダメージが残っている。ふらついている。


 あれだけ強烈な一撃を受ければ当然だ。普通ならばドクターストップである。



 そうでありながら、その目には闘争への意欲があった。



 まだ彼女は、レイオンを殺そうと思っている。


 こんな状況になりながらも、その目的だけは何も変わっていないのだ。


 その光景もまた異常だ。一般人から見れば常軌を逸している。


 否、武人から見ても怖ろしいことであった。


 リングにいたレイオンも、思わず背筋が寒くなる。



(この二人は…なんなんだ! なぜホワイトは、妹をここまで追い込む!? 妹が傷つくことが平気なのか!?)



 ミャンメイを大切に思い、危険なことから遠ざけようとしているレイオンからすれば、アンシュラオンの行動は理解できないものだろう。


 もちろん、平気なわけがない。


 あの仮面の下では、歯を噛み砕きそうなほど歯軋りをしている鬼の形相があった。



(サナ…!! ちくしょう!!! あの野郎、サナの可愛い顔を狙いやがって!! 最終的には絶対に治すし、仮に顔が潰れたくらいでサナへの愛情が変わることはないが、オレの可愛いサナを…!! くそっ!!)



 心の中でアンシュラオンは激怒している。


 相手に対してもそうだが、珍しく自分自身に対しても怒っている。


 腕組みをしている手にも力が入り、ギリギリと指が皮膚に食い込んで服が破れているほどだ。


 少し前のアンシュラオンを思い出せばわかるが、自分もまたレイオンと同じ、いや、それ以上の過度な溺愛をしていたものである。


 だが、今は武人。


 サナが武人としての資質を開花させたことで状況は大きく変わった。



 愛とは、何だろう?



 いきなり哲学的なことを述べて引かれたかもしれないが、これはとても重要な話題である。


 愛とは、ただ溺愛することではない。ただ守ることだけではない。


 それだけでは人は弱ってしまう。衰退してしまう。


 子供を甘やかすだけでは、弱い人間になってしまう。だから母親は決死の思いで叱咤し、子供を一人で行かせる。


 転ぶかもしれない。痛いかもしれない。泣くかもしれない。


 しかし、そのすべてが糧となる。力となる。経験となる。



 それが、愛となる。



 よく地上の凄惨なる光景を見て、「神は我らを見捨てた!」と叫ぶ者がいるが、それは大きな間違いだ。


 過ちの中で苦しむのは自分たちの選択のせいであり、また同様にその中にあってこそ人は叡智を学ぶ。


 すべては愛を知るための道標なのだ。それこそが、より深い愛情であるといえるだろう。


 それと同様に、アンシュラオンのサナへの愛情は日に日に高まる一方である。



(サナが死んだら、オレも死のう)



 すでにそのレベルにまで至っている。


 「この男のことだから、どうせ口だけだろう?」と思ってはいけない。


 サナは完全にアンシュラオンのものとなっている。それは逆にアンシュラオンもサナと同一になりつつある、ということを示していた。


 サナが絶対的に従うのならば、アンシュラオンも絶対的にすべてを捧げるべきだ。


 そうした自己犠牲の愛が、しっかりと根付いている。そこまで愛が高まってしまったのだ。


 だからサナが痛みを味わえば、それを彼女が上手く認識していなくても、アンシュラオンは痛いのだ。



 アンシュラオンは心で血の涙を流し、サナに武人の道を示す。



 白き王が溺愛する黒き少女の成長は、世界にいかなる影響を与えるのか。


 この段階ではまだ未知数。誰もわからない。





「…ぐっ」



 再びレイオンと対峙したサナは、右手を上げて構える。


 左手は折れてしまっているので、右手だけで戦うしかない不利な状況だ。



(殺したくないのならば戦闘不能にするしかない。完全に意識を断ち切る!)



 ここでレイオンは、サナに対して手加減をするのではなく、一気に勝負を決めることを誓った。


 中途半端に叩いても彼女に後遺症を残すだけになってしまう。


 ならば一気呵成に攻めて意識を刈り取るしかない。



「すうううぅうう……ふぅううううう!!」



 深呼吸をして―――変化


 レイオンから発せられる波動が大きく変化した。


 今までは自分の身体が蘇って半ば興奮した状態だった。相手より自分のことばかりを考えていた。


 だがこの瞬間、相手を倒すことだけに集中する。



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