431話 「目覚めしキング・レイオン 後編」


「うううっ…うううっ!! き、気持ちいい!!! 気持ちいいぃいいいいいいいいいいいいいいいい!!」



 レイオンが追撃すら忘れて、自分の身体の感触に打ち震える。


 拳を思いきり握ること、走ること、殴ること。


 臓器が動いている、血が巡っている、筋肉が躍動している。


 運動不足の人間がいきなり全力運動をするとつらいだろうが、それに慣れてくれば筋肉の躍動はむしろ快感になっていく。


 動けることが気持ちいい。何も気にせず戦えることが最高に心地よい。



 だから、叫ぶ。




「うおおおおおお!!! 気持ちいぃいいいいぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」




 ブオオオオオオオッ


 全身から強烈で鮮烈な戦気が放たれる。


 まさに生まれ変わったフレッシュな勢いを感じさせる波動だ。


 男が気持ちいいを連発するのだけはやめてほしいものであるが、それだけ彼にとっては大きな出来事だということだ。


 今までのことを思えば仕方ないだろう。




「…むくり」



 サナが起き上がる。


 両手にはまだ強い痺れが残っているのか、腕の動きが鈍い。


 これが本当のレイオンの拳。本来の威力なのだ。



「やつは認めがたい男だが、恩人であることには違いない。だから俺も約束を果たす! 手加減はしないぞ!!」



 レイオンが立ち上がったばかりのサナに走る。


 それを見たサナは横に飛び退く。


 直進してくる相手をかわすには、こうして角度を変えてしまうのが一番だ。



 が―――



 ぎゅるっ ドンッ!!



 床を強く踏みしめたレイオンが直角に曲がって、一瞬でサナに追いつく。


 この大きな身体で機敏な動きをすることは驚きであるものの、実際のところパワーでなんとかなってしまうのが戦いの世界だ。


 水泳にしてもハイレベルの世界では、より抵抗の少ないスムーズな動きが求められるが、実力差がある場合は雑なバタ足でも力があるほうが速く泳げる。


 生粋の戦士であるレイオンの身体能力は高い。


 魔獣が跋扈する荒野を生身一つで生き抜く連中なのだ。強くて当たり前だ。



「…っ!」



 サナは再びガードの構え。


 両手をクロスさせて最大限の防御態勢に入る。



「関係ない!!」



 そのサナを―――蹴り飛ばす!!



 ドンッ! ミシミシッ!!



 ガードなど関係ない。その上からかまわず蹴りを入れる。


 サナはかろうじて防ぐも、すぐに後ろに下がる。


 すでに打ち合うという選択肢はない。今は逃げるのが先決だ。



 レイオンはさらに追撃。


 再び一瞬で追いつくと、蹴り。



 ドンッ! メキメキィイイッ!!



 ガード越しにもう一度蹴りを入れる。


 その光景は、まさに子供を思いきり蹴る大人の構図である。




 そして―――ぶらん




 サナの左腕が垂れ下がった。


 よく見ると不自然に角度が少し変わっている。折れたのだろう。


 復活したレイオンのパワーは凄まじく、ガード越しでもダメージを吸収しきれない。


 当然スピードも上がっているので、くるとわかっていてもよけられないのだ。



 それでもサナは、戦う姿勢を曲げない。



 なんとか踏ん張ると、残った右手でレイオンの脇腹に拳を叩き込む。



 ゴンッ



 なかなかいい音がした。腰が入った良い一撃だ。


 防御の直後にこれが打てるのは、彼女が左腕を【わざと犠牲にした】からだ。


 最初の一撃で何度も受けると危険と判断した彼女は、即座に左腕を捨てる決断をした。


 このあたりも今までの経験が生きているのだ。戦罪者を見捨てたことが見事に活用されている。



 しかし、その決断をしたとて―――



 ぐんっ!



 今のレイオンの身体には通じない。


 死ぬ前の全盛期の力を取り戻した彼の肉体は、鋼のように硬く、タイヤのように弾力がある。


 サナの拳、それも弱った一撃など簡単に受け止めてしまう。



 攻撃に失敗したのならば、次は反撃を受ける番だ。



 サナは攻撃直後で動きが止まっている。


 そこにレイオンの強烈なアッパーカット。


 身体をねじり捻り、地面すれすれを這ってきた拳が急上昇。


 全力でサナのアゴを捉える。



 ごっ



 拳が当たる。


 レイオンの身体は大きい。拳だけでもサナの頭の半分以上はある。



 それが―――振り抜かれる。




 ゴオーーーーーンッ!!!




 サナの頭が跳ね上がった。


 それだけにとどまらず、宙を吹っ飛び、すでに透明の壁はなくなっているのでリングの外にまで飛んでいく。



 ドンッ どさ



 会場の床に激突。そのまま動かなくなる。




 強烈。あまりに熾烈。




 約束通り、レイオンは手加減をしていない。


 今の攻撃もサナを殺しても仕方がないと思って放った一撃だ。


 大人が本気で繰り出す暴力がいかに怖ろしいかを痛感する。


 ただし、レイオンはそんなことを気にも留めていない。


 感じるのは、ただただ快感である。



(こんなに…こんなにも!! 健康とは素晴らしいものだったのか!!)



 人間の欲望は大きく深く、お金が欲しいやら彼氏彼女が欲しいやら、俗的な欲求ばかりを抱くものである。


 しかし、寝たきりになってはそれもすべて無意味。


 全世界を動かす金を手に入れても、自身が寝たきりの植物状態だったら意味がない。価値がない。使う暇がない。




 健康こそが―――最高の贈り物




 なぜ神たる自然法則は病気を与えるのだろう。老いや苦痛を与えるのだろう。



 それは、今ある幸せを教えるためである。



 病気にならねば健康のありがたみはわからない。


 同時に病気の人の気持ちもわからない。彼らの痛みや苦しみがわからない。


 だから【叡智】を求め、人は底辺を自ら望んで生きるのである。



 肉体が一度死んだことで、彼は知った。



 全力で戦う喜び、すなわち【武人の悦び】を!!



 知った、知った、知ったのだ!!!




「俺は!! 俺はぁああああああ!! うおおおおおおおおおおお!! 幸せ者だぞおおおおおおおおおおおおお!!」




 ボオオオオオッ


 猛る、猛る、猛る。


 レイオンの戦気が燃え滾る。






「す、すげぇ!! レイオンが…咆えてる! あんなの初めて見た! うほっ!」



 出ました。トットの「うほっ」。


 彼にとってこれは最上級の褒め言葉だ。(男限定)


 同時に彼の出番は、一発ゲイを披露したところで終了だ。


 気持ち悪いので続きは割愛させていただきたい。異論はないと思う。あったらぜひご退場願いたいものだ。



 その代わり、マザーとニーニアに再び出番がやってくる。



「ど、どうなったの!? どうしてあんなに血を出しても死なないの!? あっ、死んでほしいってわけじゃなくて、すごくよかったんだけど…」


「怖かった?」


「ちょ、ちょっとだけ」


「そうよね。あんなに血を噴き出して生きているほうが不思議ね。でも、人間の身体って思った以上に強く出来ているのよ。だって、これは『生命のかたち』なんですもの」


「生命の…かたち? 人の身体が?」


「その一つの形態ね。手や足や頭というものだけではなくて、人って本当はもっと大きいの。なにせ女神様から魂を分けられた子供なのですもの。その力と可能性は、食べて寝るだけじゃないのよ」


「でも、血が出たら多くの人は死んじゃうよ」


「ええ、それもまた事実ね。ああいうのは本当に強い人にしかできないことなの。武人と呼ばれる人たちは、肉体と精神面で私たちより何十倍も上にいるわ。とびきり生命力が強いってことね。怪我を負った聖騎士の人もね、本当に死にそうになったのだけれど突然快復したの。次の日にピンピンしてたから、シスターたちはみんな驚いたものよ」



 人間の身体には驚異的な生命力が宿っている。


 物的な側面だけを見ても、細胞単位、遺伝子単位で怖ろしいまでの情報量と作業量によって形成維持されていることがわかるだろう。


 そして、それを支えるのが精神であり【霊】だ。



「今、この会場には多くの人たちがいるわ」


「…? うん、会場の人がいるね」


「それだけじゃないのよ。【彼の光】に多くの人が集まってきているの。人間だけじゃないわね。ああ、すごいわ。光の精霊もいるわね。こんな場所には滅多に寄り付かないのに。それに白狼様の眷属までいらっしゃるなんて…身震いするわ。生命の復元を見守ってくださっているのね」



 マザーは手を合わせると祈り始めた。


 そのいきなりの行動に、ニーニアが怪訝な表情を浮かべる。



「な、何を言ってるの? 誰もいないよ? お客さんしかいないわ。も、もしかしてまた冗談? 今度は騙されないからね!」


「ふふふ、そうかしら? 世の中にはまだまだニーニアの知らないことがたくさんあるのよ。世界の成り立ちを知っている人間のほうが、ずっとずっと少ないのですから」


「え…? じゃ、じゃあ、本当にいるの? 目に見えない人たちがいるの!?」


「こればかりは元神官職ですもの。嘘はつけないわね。ええ、いるわよ」


「本当に見えるの? 本当?」


「ええ、私には【そういう能力】があるのよ。術士ならば見える人も多いけど、一定以上の霊格になると簡単には見えないらしいわね。彼もまだ見えていないみたい」



 マザー・エンジャミナには、いくつか特殊なスキルがある。


 その中の一つ『上級霊視』は、文字通り物的な世界だけではなく霊的な世界を『る』能力だ。


 霊視というと、世俗的なテレビのスピリチュアル番組で「見える! 見える! そこに霊がぁ!」というパフォーマンスがあるが、あれは基本的には嘘と思ったほうがいい。


 一般的に霊視には七段階の能力があるとされ、地上の人間のレベルでは下級レベルが限界で、せいぜい見えるとしても「殻」程度にすぎない。


 殻はいかようにも変化させられるので騙すのは簡単だし、それを見て大騒ぎする連中を、さらに見て楽しむのが低級霊の娯楽である。


 そもそも人間そのものが霊であり、肉体はその表現媒体にすぎないのだから、霊が見えるからといって驚く必要はない。


 鏡を見れば、そこに自分という霊がいるのだ。珍しくもないだろう。



 それを踏まえていえば、マザーの霊視は『上級』の名が入っている通り、普通の人間には見えない上位精霊すら見ることができるスキルだ。


 今この会場には、数多くの精霊やかつて地上で生きていた人間の霊が集まっている。


 そのすべては地上で、自然や各種生物のために働いている存在である。


 たとえば花が一つ咲くのにも、自然界を構成している精霊の力が必要だし、花それぞれに妖精と呼ばれる担当者がついている。


 よく「お花の妖精が~」と言われるのは、霊視能力がある人間が彼らに気付いていたからだ。


 日本でも平安時代くらいまでは霊視能力は普通にあったものなので、当時の人間にはしょっちゅう見えていたのだろう。


 それが自然を切り開き、文明が発達するに従って便利な環境に順応したがゆえに、そういった能力が落ちていった。これも武人が弱った過程と一緒である。



 彼女には『視える』。



 ここにいる白狼はくろうの眷属が。



「白狼様って…女神様の旦那様? 昔話で聞いたことがあるかも」


「そうね。かの御方おんかたは、生死を司るといわれているの。私たちが何度も地上に生まれ変われるのは、白狼様のお力があってのことよ。あまり有名ではないけれど、そういう意味で一部では強い信仰があるわね。カーリスも白狼様に対して女神様と同等の敬愛の念を捧げているわ」


「眷属って、部下とかそういう意味だっけ? どんな形をしているの?」


「下位の眷属は白い狼の姿をしているわ。上位の方々も大きな白光びゃっこうの狼の形をとることもあるけれど、本来の姿は光そのものね。地上にいるときは私たちに近い恰好をしないといけないルールがあるから、狼の姿になるのよ」


「へー、不思議。なんで狼なんだろうね」


「ええ、不思議ね。本当に不思議。下位はともかく上位の方々は簡単に見られるものではないもの。その方々が彼に魅入っているわ。期待しているのね」



 アンシュラオンは、周囲にそんな者たちがいるとはまったく気付いていない。


 術士レベルは高いが本来の意味で視えてはいないし、おそらく因子レベルだけの問題ではないのだろう。


 マザーのように特殊なスキルがないと、ここまでの上位精霊を視ることはできない。



 そして、白狼の眷属は【生死を担当】する。



 アンシュラオンがこの世界に再生した際も、彼らは力を貸している。それが彼らの役割だからだ。


 レイオンの急回復も彼らの働きあってのことだ。


 王気によって【呼び寄せられた】彼らが、アンシュラオンの願いを叶えるために力を貸し与えたのである。



 眷属が力を貸すこと自体は珍しいことではない。


 病弱な母の長生きを願う少女の祈りに応えるため、眷属が派遣されて寿命を延ばすこともよくある。


 これは贔屓をしたのではなく、少女が「援助に必要な霊的条件を整えた」のである。


 願いという心のエネルギーを使い、祈りという手段で通信を行い、助けを求めた。


 自らの努力によって道を切り開いた者に平等に力は与えられるものだ。


 何もしないで「あれが欲しい」「これが欲しい」と思う怠惰な者より、他者のために努力をして条件を整えた側を優先することこそが平等と呼ぶに相応しいはずだ。



 ただし、それは下位の存在たちであり、上位の眷属がやってくることは普通はありえない。



 わかりやすく言えば、下位の眷属がヒラ社員だとすれば、彼らは課長や部長といった存在といえる。


 アンシュラオンの王気の光は、最低でも課長クラスが自ら赴く必要がある「案件」だということだ。


 また、精霊たちも同じだ。


 自然がほぼ完全に荒廃した北部の大地で、これほど多くの精霊たちを見ることはまず不可能といえる。


 彼らもアンシュラオンの「白い太陽」の輝きに惹かれてやってきたのだ。



 なればこそ、期待。



 アンシュラオンという存在、彼が成すことに期待しているのだ。


 それが人類の進化に大きく寄与すると彼らは知っている。




(すべては彼の存在によるもの。彼によって大きく歴史が動こうとしている。そんな場に居合わせたことはまさに光栄…と言いたいけれど、それが幸せかどうかは人それぞれかしら。ただ、私にとっては本当に重要なことだわ。【神託】にあった王とは、彼のことなのね)




 『神託の聖女』からマザー・エンジャミナは、一つの言葉を預かっていた。





「あなたの歩む先に、いずれ【白き王】がやってくるでしょう。それはあなたが忘れた頃に、ひっそりと何気なくやってくるでしょう。おそらく最初は気付かないはずです。我らの守護者である白騎士を見て知っているあなたには、彼が少しだけすごい人にしか見えないからです」




「しかし彼は、白騎士よりも遙かに大きな力を持っています。とてもとても大きな力です。【太陽の王】に匹敵する人類史に名を遺す王となるでしょう。ただし、残念なことに【眼】が開いていません。あなたのような【世界を視る眼】がないのです」




「それは危険なことです。力の使い方を誤り彼が【黒き魔人】になれば、文字通り世界は滅ぶでしょう。それではいけません。彼は【蛇】ではないのです。再生の役割がない世界は循環が止まり、進化の終わりを意味します」




「なればこそ、あなたの役目は彼を支えることであると知るでしょう。王の眼となり盾となり、彼の役に立ちなさい。視えない世界から忍び寄る魔の手を事前に察知し、助言する存在となりなさい。珍しい力を持ち、年老いても美しいあなたをきっと彼は気に入るでしょう。しかし聡明なあなたは、強要ではなく自ら望んでそれをやろうとするでしょう。それがあなたの幸せにもなります」




「授かった【神託】は以上です。私にも詳細はわかりません。矮小なる我々地上の人間に、いったい何がわかるでしょう。【輝ける意思】に【宿命の螺旋】の一部を視せていただいたにすぎません。そのすべては複雑に絡み合い、最後は一つの巨大な織物になりますが、その全体像を見ることは人間には不可能です」




「さあ、もう一人の私よ、お行きなさい。あなたが自分の使命に出会う日まで、あなたがやりたいことをしなさい。すべては良きに計らわれます。信仰を忘れず、待つことです。光の女神の守護と、闇の女神の祝福があらんことを」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます