430話 「目覚めしキング・レイオン 前編」


「うううっ…ううううううう!! うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」



 立ち上がったレイオンが叫ぶ。


 ブシャーーッ ドバドバドバッ


 身体からは、いまだに血液が噴き出し続けている。出血量は減るどころか増え続ける。


 だが、彼は生きている。生きようとしている。


 その心が身体に強烈に作用する。



「ぐうっ…! げぼっ!」



 ドバドバ ドバドバッ


 紫色の血液を口からも吐き出す。



「ぐうううっ!! あああぁあああ!!! ぐううっ! ちくしょう!! いてぇええええ!! いてぇええええんだよおおおお!!」



 そして、突然暴れ出す。


 がくんっ どんどん どんどんっ!


 立ったのも束の間、再び膝をついて床を叩いている。


 ただでさえ出血している最中にそんなことをしたものだから、さらに血液は流れ出る。


 やはりこの光景は異常だ。




「兄さん! どうしたの!?」



 ミャンメイは言われた通り、兄に触れることはなかった。


 いや、触れられない。


 あんな状態のレイオンにどうやって触れればいいのだろうか。


 あまりの痛みに我を失っているので、妹のミャンメイであっても近寄れば危険だ。



「心配はいらないよ。身体の中の異物を吐き出しているんだ。あの血液は、あいつにとって不要なものなのさ。今は肉体操作ができないから強烈な痛みが神経に走っているだけだ。あの程度で死ぬことはない」



 近くまで歩いてきたアンシュラオンが冷静にレイオンを観察する。


 一般人にとっては異常な光景でも、武人にとってはそこまで珍しいものではない。



「オレだって昔は何度もああなったもんだよ。姉ちゃんにボコられたら、あんなのは日常茶飯事さ」


「あ、あれで…ですか?」


「ああそうだよ。風邪になれば熱が出るだろう? それと同じさ」



 身体には病原菌が入ると、熱を出して除去しようとする【免疫機能】がある。


 あるいはウィルス性のものならば、下痢になって体外に出そうとする。


 人間にとってはつらい症状だが、身体は必要だからそうしている。むしろそうしないと治りが悪くなるのだ。


 それを大騒ぎして薬を無闇やたらに投与するから、人間という種は弱くなっていった。


 発展途上国の人間が自国の汚い水を飲んでも大丈夫だが、今の日本人が飲めばすぐに病気になってしまうだろう。


 惰弱、脆弱、軟弱だということだ。



 それは今の武人にも当てはまる。



 かつての武人は誰もがアンシュラオンのように強かった。


 因子レベルが高かったので、肉体能力も極めて高かったのだ。


 だが今の武人は弱くなり、簡単に死ぬようになった。甘やかすようになったからだ。


 だからキノコなどというものに頼らねばならない。胡散臭い水や石に頼らねばならない。



 そんなものは―――不要!



 不要と言ったら不要!!


 武人には、不要である!!




「がぼっ…ぶはっ!!」



 ぼちゃぼちゃっ どぼん


 レイオンが最後にひときわ大きな紫色の塊を吐き出す。


 それは心臓に付着していたキノコだ。潰れて使い物にならなくなったキノコだ。


 そうにもかかわらず血は止まらない。



 ドバドバドバッ ごぷぷっ



「人間の血液量を考えれば、あいつが出している量はおかしい。ならば答えは簡単だ。今この瞬間、身体が血を生み出しているんだ。燃えるように爆発的にな。これこそが生命の誕生だ」



 血液は武人にとって非常に重要だ。


 それ自体が力の源であるといっていい。


 ならば武人の因子が活性化すればするほど、製造される血液量が増えることになる。


 今レイオンの因子は、いまだかつてないほどに燃え盛っている。


 アンシュラオンの王気、人類の霊を導く最強の力によって【創造力】を与えられ、極限にまで高まっている。



 王気とは、創造の力だ。



 絶対神そのものでもある自然法則の中において、王気もまた法則だ。


 その中でもっとも力強い法則が、王気なのだ。


 意思がある限り、武人として戦う本能がある限り、肉体はそれに応え続ける。



 じゅうううううっ ぴたぴた



 破れた血管が、血の熱量と、大量に生産された血小板によって急速に付着修復されていく。


 『自己修復』スキルと原理は同じだ。遺伝子情報を参照して、元通りにしようとする力が発生しているのだ。


 アンシュラオンは『スキル』と称しているが、これもまた武人本来の力なのである。


 武人因子の覚醒によって技が使えるようになるのと同じく、肉体の中には完全なる情報が眠っている。


 突然スキルを覚えるのも、最初から持っているものを引き出しているにすぎない。



 つまり究極の武人とは、『すべてのスキルを持っている』と述べることもできるのだ。



 現在のレイオンは一時的にブースト状態になっていて、自分が持っている実力以上の力を引き出している。


 言い換えれば、これも『グランド・リズリーン〈偉大因子共鳴〉』に近しい現象だろうか。


 べつに強くなるわけではない。ただの修復なので血の沸騰のように危険ではない。


 眠っていた血が覚醒し、本来の武人としてあるべき姿に戻ろうとしているだけだ。



「本来の武人とは何か。それは戦闘力があるというだけの話じゃない。存在そのものが強いんだ。人間の無限の可能性を体現する存在なんだ。あいつがどんな病気かは知らないが、そんなもの―――なんてことはない!!!」



 そんなものが、なんだというのだ!!


 たかが心臓が止まっているだけで死ぬような弱い存在が、本物の武人であるはずがない!!



 心臓がないだと? ならば生み出せばいい!


 血がないだと? ならば作ればいい!


 もともとこの世界は塵から作られたのだ。


 それくらいできなくて、なんとするか!!



 蘇れ!! よみがえれ!! よみがえれ!!!



 よみがえれぇえええええええええええ!!


 心を燃やして、すべて蘇ってしまぇえええええええええええええええ!!






「ぐうううっ―――おおおおおおおおおおおお!!」






 ボオオオオオオオオッ


 レイオンから激しい戦気が噴出する。



 ごぼごぼごぼっ ごぼぼっ


 壊れた臓器が復元していく。



 ガゴッ ゴギッ ギチチチッ


 折れて亀裂が入った骨がくっついていく。



 ぐぐっ ぐぐぐぐっ!!


 痩せ細った筋肉が盛り上がる。



 普段は無愛想で無口な男。


 ぶっきらぼうだが妹には優しい兄。


 くだらない正義感で身体が死ぬような馬鹿な男。



 だが、その本質は―――武人!!



 武人ならば、立て!!


 自らの力で、自らの意思で、立て!!!




 立ち上がって―――





 戦えぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!






「はぁはぁはぁ!! はぁはぁはぁ!!」




 じゅううううううっ むわむわ


 まるでサウナにいるように、レイオンの身体から大量の蒸気が沸き上がる。



(なんだか…心地よい)



 全身の垢をすべてこすり落としたような感覚。


 適度な睡眠を取り、頭がすっきりとしているような感覚。


 軽いジョギングを終えて、身体が温まってきたような感覚。


 ただ立っているだけで心地よい。満たされる。充実する。



(そうだ…心臓は! 心臓はどうなった!!)



 無意識のうちに恐る恐る心臓に手を当てる。


 いつからだろう。これが癖になってしまった。


 そしていつも、かろうじて動いていることに安堵する。



 それが―――どっくんっ!!



「っ!!」



 どっくんっ! どっくんっ! どっくんっ!!


 弱々しかった心臓が、凄まじい自己主張を繰り返してきた。


 押し当てた手を、さらに押しのけるくらい激しくだ。



「こ、これは…どうなっている!? 俺はどうなった!! どうしてこんなことが…!」


「ようやく目覚めたようだな」


「っ! お、お前は…!! 俺に、俺に何をした!!? 説明しろ!」


「さぁ、知らないな。それをやったのはお前自身だ。オレに訊かれても知るわけがない」


「俺…が? こんなことを? 馬鹿な! そんなことができるわけが―――」


「できる!!!」


「っ!!」



 アンシュラオンがレイオンに近づくと、心臓に手を当て―――発気。


 どんっ!!!



「ぐうううっ!!」



 強い力にレイオンが吹き飛ばされ、壁に激突する。



「いきなり何をする!!」


「油断しているお前が悪い。試合前に奇襲を受けたことをもう忘れているようだな」


「くっ…!」


「心臓を見てみろ」


「心臓…?」


「今放った力は、さきほどあの子が殴ったときより強いものだ。お前の心臓はどうなっている? 止まっているか?」


「っ…!」



 慌てて心臓に手を当てるが―――



 どっくんっ! どっくんっ! どっくんっ!!



 むしろさきほどよりも強い力で押し返してきた。


 「当たったけど、それが何か?」くらいの感じだ。まったくもって平然としている。



「なっ…!! なぜ!!」


「それが通常の状態ということだろう。武人のお前に言うのもなさけないが、武人を侮るなよ。オレたち武人は戦うための存在だ。存在自体をかけてすべてと戦うんだ。それそのものが『生きざま』なんだよ。それを信じていないから肉体が弱る。うつ病で自分が弱っていると思い込むのと一緒だ」



 自慢げに説明しているところ申し訳ないが、ちょっとたとえがおかしい。


 レイオンの場合は本当に心臓がやられていたので、精神病で身体が弱ることとは別問題だ。


 ただ、言いたいことはわかるし、間違ってはいない。


 武人が人類の可能性であることは事実である。


 一見すれば「こんなの卑怯だ! 酷い設定だ!」と言いたくなるようなことも、彼らはやりのけてしまう『可能性』を持っている。



 そう、可能性だ。



 いつだってこんな凄いことが起こせるわけではない。世の中には必ず法則があり、絶対の自然法則に違反することは不可能だ。


 だからこれも法則の一部といえる。



 いえるのだが―――驚異的



(たしかに噂では聞くが…本当にこのようなことが起こせるのか!? いったい何が起こったんだ! …そう、そうだ! こいつだ! こいつがやったんだ! そうとしか考えられない!!)



 レイオンの精神が肉体を凌駕したのはたしかだろう。


 ずっと歯を食いしばって生きてきたのだ。ミャンメイと同じく悔しい想いを抱いてきたのだ。


 こんなところで負けてたまるか、という気持ちはあった。


 あったが、それでも身体は動かなかったのだ。



 すべてはアンシュラオンが―――【霊的法則を動かした】せいだ。



 『王気』という巨大な力を無意識のうちに発動させたのだ。



 それはまさしく偉大なる【王】の輝きである。



 まったくもって理不尽。究極のご都合主義である。


 しかし、地球を生み出したのが神の力であるように、世界は驚くべきほどの叡智と驚異に満ちているのだ。


 たかが人間一人程度、しかもこんな矮小な存在を蘇らせるなど、たいしたことではない。




(なんという男だ…! 俺が思っているよりこいつは…!)



「おい、ぼけっとするな。まだ試合中だぞ」


「っ!」



 レイオンが反射的にリングのほうを向くと、サナがこちらに向かって跳んでいたところだった。


 サナはレイオンの顔面に向かって、蹴りを放つ。


 レイオンは咄嗟に片腕でガード。


 バシッ


 サナの鋭い蹴りを軽く受け止める。



「身体が…動く!」


「当然だ。何を驚いている。うちの妹のほうがよほど冷静だぞ」



 レイオンが自らの身体の変化に驚いている間に、サナはさっさとリングに戻っていた。


 彼女にとっては、レイオンの変化などどうでもいいのかもしれない。


 このあたりはさすがのクールさだ。



「審判、試合続行だ。いいな?」


「あ、ああ…だが…あの……いいんですか?」


「何か問題か?」


「い、いえ。は、はい。大丈夫です」



 その事態に周囲の人間は完全に置いてけぼりだ。


 審判も思わず敬語になるほど驚いている。驚愕している。


 なにせ床には、大雨で住宅が浸水したかのように、いまだレイオンが流した血に塗れているのだ。


 それと比べてレイオンの身体のなんと綺麗なことか。


 この男が流した血とは到底思えない。



「ホワイト、礼は言わんぞ」


「お前に礼など言われるのは気持ち悪い。絶対にやめろ。お前がやることは一つ。あの子と全力で戦うことだ。そのためにわざわざこんな手間をかけている。少しは役立ってもらうぞ」


「…いいだろう。だが、あの子が負けても後悔するなよ。俺のように心臓が止まっても責任は取れないぞ」


「やれるものならばな。甘く見れば食われるのはお前だ」


「それはすでに思い知っているさ」




 ドンッ



 レイオンはリングの上に跳躍。サナと向かい合う。


 その動きも実に軽々としたものだ。



(まったくもっておかしな話だ。何一つ理解しきれん。しかし、俺は戦える。戦えるんだ。もしそうならば、そんな夢くらい見たっていいはずだ)



 なぜこうなったのか正直わからない。


 わからないが、身体が動くという事実を受け入れるほうが現実的だろう。


 いつもままならない現実に苦しめられてきたのだ。たまには良いことがあってもかまわないはずだ。


 それに自分は、頭であれこれ考えるのは苦手である。



「いくぞっ…!!」



 レイオンがサナに向けてダッシュ。


 足に力を入れる。


 この時、わざわざ「俺はこれから足をこう動かして、こうして動かして、こうやって前に進むんだ」と考える者はいない。


 精神を担当する潜在意識が、身体に刻まれたデータを参照して「走る」という行動を自動的にやってくれる。


 だから何も考えないで力を入れる。



 ぐうううっ バンッ



 身体が躍動する。前に進む。


 床を抉らんばかりに強く蹴り上げ、身体が浮遊する感覚に包まれる。



「…っ」



 一瞬でサナのもとに到達。


 彼女も注視していたが、「見る」という動作が追いつかないほどの速さだった。



 そして拳を―――叩きつける!



 ドガスッ!!



 思いのままに振り抜いた拳が、ガードしたサナの腕を叩く。


 ミシミシミシッ ぶわっ


 骨が軋む音と同時にサナの身体が浮き、弾ける。



 ドンッ ごろごろごろっ



 吹っ飛んだサナがリングを転がっていく。


 ただ、追撃はなかった。


 レイオンは、ただただリングの上に立っていた。


 立って、立ち尽くして、感触を噛み締めていた。




「き、気持ち…いいい!!!」




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