429話 「武人の身体 後編」


 ミャンメイが叫ぶ。


 アンシュラオンの【王気】に触れた彼女の心が、激しい情動に襲われ、叫ばずにはいられない!!



 溜まっていたもの! 感じていたもの!


 不安だったこと! 哀しいこと! 納得できないこと!


 怒っていること! 嬉しいこと! 楽しいこと!


 そうあってほしいと思っていること! こうありたいと願うこと!!


 わたしが望むこと!! こうしたいこと!!



 そのすべてを吐き出さずにはいられない!!!




 いられないぃいいいいいいいいい!!!!





「兄さん!! 立って!! 立ってよ! 兄さんはいつだって強かったじゃない!! だからずっと強くいてよ!! 強くて大きい兄さんが大好きなの!! 私の憧れなの!! だから強くなきゃいけないの!! こんなところで負けないでよ!!」




 兄。


 子供の頃から妹は強くて大きな兄について回っていた。


 彼女にとって兄とは男の象徴であり、この世界で一番頼りになるものなのだ。


 だからずっと強くなくてはいけない。何があっても負けてはいけない。




「いつだって思い通りにならなくて! それが当たり前だと思っていて! でも、そんなことはもう嫌なの!! 私は私の思い通りにしたいの!! だって、そうでしょう!! 私だって人間だもの! 思っていることや考えていることだってあるわよ!! そう、そうよ!! 私は道具じゃない!!」




 すべてを受け入れて生きてきたわけではない。


 嫌なことを我慢してきただけだ。耐えてきただけだ。


 世の中は不平等だ。荒野は人間に優しくない。女はいつも男に利用される。


 それを受け入れるのは、そうしないと暮らせなかったからだ。


 本当は嫌だ。


 そんなことは望んでいない。


 誰だって平等に扱われたいし、生き甲斐を見つけたい。


 私は私だ。一人の女であり人間だ。




「悔しくないの!!? 兄さんは悔しくないの!! いつも誰かの思惑に翻弄されて、望まないことをしていて!! 今はニーニアより小さな女の子に倒されて! 兄さんは悔しくないの!!! 私は悔しいよ!! 兄さんが倒されて悔しい!! 絶対に認めたくない!! 立って!!! 立って!!! やるなら最後まで意地を通してよ!! そんな兄さんなんて見たくないからね!!! こんなの、こんなの―――!!」







「私は嫌だよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」







 はぁはぁはぁはぁ


 息を切らす



 どくんどくんどくんどくん


 心臓が高鳴る



 ぼぉぼぉぼぉぼぉ


 魂が燃える



 彼女の中にある『白い太陽の残滓』が燃え盛って、後押ししてくれている。


 もっと叫べ。自分が言いたいことを言え。


 誰に遠慮しているんだ。何を怖れているんだ。


 顔も知らないクズどもに批判されることを怖がっているのか。


 くだらない。くだらない。くだらない。


 そんなことで自分の輝きを見失うなんて、愚かなことだ。



 たたきつけろ。叩きつけろ。叩き付けろ!!



 想いを、想いをおおお! その想いをおおおおおお!!!



 ぶちまけろおおおおおおおおおおおおお!!







「にいさああああ呼嗚呼嗚呼嗚呼アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああんっ!!」






 ミャンメイから白い光がこぼれる。



 白い太陽から溢れる力が彼女の魂を経由して、倒れているレイオンに注がれる。






(…あつ……い。あつい……)



 レイオンが熱を感じる。


 すでに血流が止まって体温が急激に下がり、寒気すら感じていた彼に、突如として強烈な熱気が浴びせかけられた。


 それはまるで水風呂に入っていた人間に熱湯をぶっかけるようなもの。


 いくら寒いからといって、いきなり熱湯をかけるなんて酷すぎる。もう少し順序や程度というものがあってしかるべきだ。


 そんな抗議の声すら無視して、熱量は注ぎ続けられる。



(この熱は…ミャンメイなのか? 俺は…俺は……ぐうっ…からだが……くそっ、やはり……うごかん)



 ミャンメイの声は聴こえていた。


 殴られて骨に亀裂が入る音すらぼやけているのに、彼女の声だけははっきりと聴こえる。


 これは言葉だが、厳密な意味で言葉ではない。


 【振動】だ。


 ミャンメイの魂が振動し、想いを発している。それをレイオンの魂が同じ振動数で感知している。


 だから聴覚は必要ない。ただ感じればいい。



 しかし、現実は残酷だ。



 身体は動かない。キノコが破損したせいで機能を停止している。


 妹の声援に応えようと動きたいのは山々だが、どうしても動かないのだ。


 仕方ない。これが法則というものだ。死人が蘇らないように、いくら想いが強くても地上では物的法則が優先される。



 レイオンは一度死んだ。



 肉体機能が停止したところを医者に助けられ、博打要素の強い手術によってかろうじて生き延びたにすぎない。


 いや、逆だろうか。


 追われていた医者を助けようとした結果が、このざまである。


 自分の甘っちょろい正義感などまったく通じなかった。ただただ強い力の前にゴミクズのように殺されてしまった。


 後悔しているのか?


 そのことを悔やんでいるのか?



(ミャンメイを巻き込んだことは…俺のミスだ。もう一度やり直せたら…)



 そうか。悔やんでいるのか。



 そうか。そうか。そうか。そうか。



 なるほど。なるほど。なるほど。







「レイッ―――ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」







「っ―――!!!」





 ビリビリビリビリィーーーーーーーーーーーーッ!!



 グラグラグラグラグラッ



 アンシュラオンから発せられた凄まじい大声に会場全体が揺れる。


 ミャンメイの叫びも心に響いたが、比べるのもおこがましいほどに規模が違う。


 大地が揺れている。遺跡全体が揺れている。


 たった一人の男の声に揺れている。


 しかもその言葉は、声援とはまったく違う。





「お前も甘えるなぁあああああああああああああああ!!」





 

 ビシビシビシッ バリーーーーーーンッ!



 言葉に力があるとは、まさにこのこと。




 声が―――【結界をぶち破った】




 大気の振動そのものが違いすぎて物理的な力になったのだ。


 プライリーラでさえ殴っても破壊できるか怪しい術式である。


 それを拳でも足でもなく、ただの声でぶち破る!!


 破天荒、ここに極まれリ!! 極まれり!!




 ドーーーーーンッ!! ごろごろごろっ どすん




 そして、そのままサナごとレイオンを吹き飛ばす。


 サナは自力でリングにとどまったが、レイオンは転がってリングから落ちてしまった。



「兄さん!」


「触るな!!」


「っ!!」



 助けようとしたミャンメイをアンシュラオンが止める。


 結界が破壊されるなど想定されていないため、レフェリー以外が触ったら負け、というルールはないが、そもそもこの男がそんなことを考えているわけもない。


 ただただ激しい怒りをぶつける!!




「レイオン、貴様!! それでも兄か!! 妹の声援を受けたにもかかわらず、まだ眠っているのか!! なんとふがいない! なんと弱い!! それでも武人かぁああああああああああああああああああああああああああ!!!」




「ひぅっ!!」




 ビリビリビリビリィーーーーーーーーーーーーッ!!



 ドーーーーーーーーーーンッ!!



 アンシュラオンが叫ぶたびに会場が揺れる。


 これはもう天変地異に等しい威力だ。音波兵器に匹敵する。




「お前は何のために戦っている!! 守るためか!! 勝つためか!! 復讐のためか!! そんなことはどうでもいい!! いいか!! 武人に必要なのは、強くあることだ!!! ただただ強くあることだ!! それができなくて、なにが武人かああああああああああ!!」




「肉体が弱っている? 動かない? 甘ったれるんじゃない!!! 気合で動かせ!! 気迫で叩き起こせ!! それができないのならば、そもそもお前に戦う資格などはない!!!」




「武人に肉体の強さなど必要ない!! 必要なのは気迫だ! 気合だ! 気合だ!! 気合だぁああああああああああああああああああああ!」





 昭和の匂いが漂う『精神論』である。あるいは軍国時代を彷彿させる。


 正直、これは嘘だ。


 武人にとって肉体は重要だ。因子の覚醒も肉体に作用するので重要視されている。


 弱い心であってもゼブラエスのような肉体を持っていれば、そこらの魔獣に負けることはない。


 四大悪獣が襲ってきても返り討ちにできるだろう。



 しかし、である。



 この世界は意思が具現化しやすい環境にある。


 思ったことが実現しやすい条件が整っている。


 意思は、その意思は、猛々しい意思は、燃えるような意思は、輝きをもって世界を構成する!!!


 燃えろ、燃えろ! 燃やせ、燃やせ!!!






「お前の魂を燃やせええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」






 ボオオオオオオオオッ



 アンシュラオンから凄まじい【王気】が発せられる。


 太陽そのものが目の前にあるほどの熱量。


 それでいながら火傷をすることもない圧倒的な炎。


 それも当然だ。これは魂を【再構築】させる強烈な力なのだから!!



「…っ!」



 まずそれに反応したのは、サナだ。


 両手で自分の肩を抱きしめ、うずくまる。


 彼女の漆黒の世界に白い光が集まっていく。



 なんという―――快感。



 頬が赤くなる。身体が震える。


 彼女が初めて感じる『エクスタシー』に打ち震える。


 ベルロアナとの勝負の時も同じような王気を受けたが、あれから成長して感情が芽生え始めたサナにとって、これは強烈な力であった。



 次にレイオンである。


 彼が王気を受けるのは初めてのことだ。


 その彼には、劇的な変化が生まれていた。



「がはっ!!」



 どくんっ どくんっ!!



「ぶはっ!!」



 どくんどくんどくんっ!!



「がはっ! げほっげほっ!!」



 レイオンが激しく痙攣している。


 電気ショックで止まった心臓を動かそうとするように、身体が大きく跳ね上がる。


 そのたびに彼の口からは紫色の液体が大量に吐き出されていた。



 どくんどくんどくんっ どくんどくんどくんっ!!


 ぎゅるっ ぎゅるるるっ ぎゅるるるるうるるるっ!!



 強制的に血流が生まれ、回り、全身を駆け巡る。


 それと同時に吐き出す血液も多くなる。



 バンッ ぶしゃーーーーーーーーっ!


 ドバドバドバドバッ ドバドバドバドバッ



 仕舞いには、ついに血管が破裂し、皮膚を突き破り、全身から出血するという異常事態に襲われる。


 身体中から血を噴き出す。


 この段階で、誰もが死を連想するだろう。


 明らかにおかしい。絶対に死ぬ。生きているわけがない。


 そう、それが『常識』だ。




 だが、この男は―――【非常識】!!!




 だからどうした!! それがどうした!!!



 そんなものがどうしたぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!




 どくんどくんどくんっ!


 どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ!


 どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ!


 どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ!



 どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ! どくんどくんどくんっ!



 ブシャーーーーーーーーーー!!



 その出血量は数リットルというレベルではない。


 浴槽一杯に溜まってもおかしくないほどの血液がレイオンから湧き出す。


 彼の体重からすれば、血液量は8リットルくらいはありそうだが、軽く十倍に匹敵する量である。




「に、兄さん! な、何が…! ああ、兄さん!」


「ミャンメイ! 弱気になるな! 君は兄を信じていればいい!」


「ほ、ホワイトさん、これは何が起きているんですか!!」


「武人という存在を普通の人間と同じに考えてはいけない。まったく別の生物なんだ。因子が覚醒するとそうなるんだ。いや、そもそもこれが本当の人間の姿なんだよ。こいつは今、本当の武人として蘇ろうとしている」


「こんなに血が出ているのに!?」


「そうだ! 心配する必要はない! 立て、レイオン!!! このまま負けてミャンメイを手放すつもりか!! オレの妹に負けたままでいるつもりか!! 全力も出せずに満足か! お前はそれでいいのか!!」






「この―――馬鹿者がぁあああああぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁああ!」






―――白い爆発





 レイオンの中で、何かが起こった気がした。


 すでに彼の意識は休眠状態に入ろうとしていて真っ暗だったが、そこに白い核弾頭がぶち込まれる。



 最初に光があった。



 宇宙を創造した絶対神と呼ばれる存在は、究極の力そのものだった。


 その根源は光。


 無限のエネルギーであり、叡智であり、愛もまたそこから生まれたものだ。


 生命のすべてが宿っており、その根幹があり、すべてを創造する力。



 これは―――女神すら超える力





「ううっ…おぉおお……ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」





 ぶしゃっ ぶしゃっーー ごぼごぼっ


 全身から血を噴き出しながら、レイオンが腕に力を入れていく。


 ぎゅるっ ぎゅるるんっ


 それに伴って血液が巡り、彼に力を与えていく。



 動く、動く、動くっ!!



 手を動かし、足を動かし、最初は赤子のようにたどたどしかったが、次第に全身に力が入るようになっていく。



 そして―――








「俺はぁああああ!! 俺はぁあああああああああああああ! うごくぞおおおおおおおおおおおおお!!」








―――立つ





 立つ立つ立つ!!



 立つぅうううううううううううううう!!




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