427話 「武人の身体 前編」


 サナのボディブロー、というよりは、身長的に自分が一番打ちやすい場所が腹だったわけだが、だからこそ体重が乗った一撃が炸裂する。



 バーーーンッ!!



「っ―――!」



 身体の中で雷が落ちたかのような衝撃が走り、レイオンが硬直。


 虎破を打てるほどの時間こそなかったが、アカガシの胃を破壊した拳打だ。


 その拳をまともに受ければ、今のコンディションでは相当なダメージとなるのは必定である。



「ぐうっ…!! こんなもの…で!」



 レイオンは耐える。耐え忍ぶ。


 意地もあるのだろう。この程度の拳で倒れるわけにはいかない。


 しかし、必死に身体を動かそうとするものの、まったく動こうとしない。



(このポンコツが!!)



 自分の身体がこんなに憎らしく思えたことはない。


 自身に悪態をつくが、だからといって何かが変わるわけではない。



「…しゅっ」



 そこにサナの追撃。


 再び腹に拳を叩き込もうとする。



「させる…か!」



 レイオンは必死に肘を下げてガード。


 かなり体勢が崩れたが直撃するよりはましだ。強引に守りに入る。


 が、サナの拳は腹にはこなかった。



 軽く下がったと思ったら―――膝に蹴り。



 メキィイイイッ


 膝の横、関節の部分を狙って鋭い一撃が入る。



(ぐっ!! フェイント…か!)



 これもフェイント。腹を殴ると見せかけてのローキックだ。


 ミシミシと骨が軋むが、折れてはいない。肉体制御が不安定でも痛み自体はコシノシンの影響でまったく感じていないので、そこは問題ない。



 問題は、ここでサナが小柄の利点を最大限活用してきたことだ。



 バシバシッ


 再びサナがローキックを放つ。


 今度は予期していたのでレイオンも足を上げてガード。


 やはり体重が軽いので威力はたいしたことがない。予測できれば普通に対応できる程度のものだ。


 それでも彼女はさらにローキックを放ち続ける。


 バシバシッ



「…しゅ」



 しかも時折、拳打を放とうとするフェイントも交える。


 だがやはりローキックに終始するだけだ。



 バシバシッ バシバシッ


 バシバシッ バシバシッ


 バシバシッ バシバシッ



(煩わしい!)



 体調が悪いことに加えて何度もフェイントに引っかかったので、レイオンとしては腹が立っても仕方がないだろう。


 サナが小さいがゆえに、足元への攻撃はさらに見えづらいのも苛立つ要因となる。



(そんな蹴りが通じるか! 足元にいるのならばちょうどいい! こちらが蹴り上げる!!)



 ブンッ!



 今度はレイオンが、逆にサナを蹴り上げようと足を振り上げるが―――



 すすっ くるり


 サナは回り込むようにして回避。


 その姿は、レスリングでタックルをしながら相手の足を軸にくるりと回って、背中を取る光景に似ていた。


 コンディションが悪くてモーションが大きくなったこともあるが、彼女は最初からしっかりと準備をしていた。


 執拗にローキックを放ったのも、この大振りの一撃を引き出すためなのだろう。


 だから簡単にかわせる。この攻撃を事前に予測していたのだ。



 そして回りこんだサナが、膝の裏に蹴り。



 バシッ がくんっ



「っ…!」



 レイオンの膝が、崩れた。


 いわゆる膝裏を狙った『膝かっくん』である。


 攻撃のために体勢が崩れていたことに加え、ここは構造上曲がりやすいように造られている。


 体重が軸足一本に集中している時だからこそ、サナの一撃でも簡単に相手の膝を曲げられたのだ。



「…しゅっ」



 続けてサナの攻撃。


 膝が曲がって、身体が屈んだ状態のレイオンの背中に―――拳打。



 ゴシャッ!



 鈍く、それでいて嫌な音がレイオンの身体の中で響く。



「ぬぐっ!!」



 その瞬間、レイオンは全身に強い痺れを感じた。


 サナが狙ったのは背骨。それも腰のあたりの骨だ。


 裸の写真を見るとわかるが、人間の背骨は厚い筋肉に守られておらず浮き出ている。


 そのわりに背骨には多くの血管や神経が集まっているので、人間にとっては急所の一つといえる場所だ。


 その腰の部分に、岩よりも硬い武人の拳が叩きつけられたのだ。


 もし腰痛で苦しむ人だったならば、それを聞いただけで悶絶してしまうかもしれない。



 人間にとって一番大切なことは『立つ』ことだ。



 立つことができなければ寝たきりになり、身体はすぐに弱ってしまう。


 床擦れに苦しみ、運動不足になって筋肉は痩せ細り、気持ちも落ち込んで地獄のような日々を送ることになるだろう。


 当然、格闘技においても立つことは重要だ。殴るにしても蹴るにしても、腰を経由しないものは存在しない。



 がくっ ずんっ



 レイオンの身体が、さらに沈み込む。


 腰に受けたダメージで下半身が一時的に麻痺してしまったのだ。片膝をつくように座り込む。


 すると、ちょうど後頭部がサナの目の前に下りてきた。


 その後頭部に向けて―――


 ボオオオッ


 サナが戦気を燃やしながら狙いをつける。



「っ!!」



 攻撃の気配を察したレイオンが、必死に前のめりになって飛び退く。


 もはや体裁を気にしている様子はない。緊急避難のように前に身を投げ出す。


 それと同時に、サナの虎破が発動。



 バーーーーンッ!!



 大きな音がした。


 拳の速度と威力が空気の壁を破壊した音だ。


 強い武人の戦闘中に大きな音がするのは、こうした大気との激突が大きな原因であるとは前にも述べた。


 つまりサナの攻撃もまた、武人としてそれなりのものになりつつあることを示している。


 だからこそレイオンは飛び退いたのだ。それだけ危ない攻撃であったことを証明している。



 じゅううっ



 残念ながら、あるいはレイオン側からすれば幸いにも攻撃は直撃しなかった。


 が、掠っていた。


 レイオンの髪の毛がごっそり飛び散り、焼け焦げ、耳の裏側が少しハゲてしまっている。


 もしまともに当たれば致命傷だったに違いない。




 痺れから回復したレイオンは後頭部を押さえながら間合いを取る。


 それから驚愕の眼差しでサナを見つめた。



(この少女…!! なんという戦い方をする! まるで戦闘マシーンだ!)



 キングと称されたレイオンでさえ、サナの戦い方には畏怖すら覚える。


 的確に人間の弱点を狙い、力を削いでいく。そして隙あらば急所を容赦なく狙う。



 一番怖いことが、【殺気が無い】ことだ。



 当たり前のように人を殺そうとする。呼吸をするかのように自然にだ。


 希薄で無機質な感情を含めて、それが戦闘マシーンのように映る。


 少なくとも闘技場での戦いとは違う。実戦のみを想定した戦い方だ。




 その後もサナの猛攻は続く。



 まずは腹から下を執拗に狙っていき、相手が体勢を崩したところで強い攻撃を当てていく。


 時にはフェイントを交えることも忘れないし、当てる自信がある時は実際に放ってもいく。


 これを見る限り、サナにはしっかりとした攻撃パターンが確立されつつあるようだ。


 彼女はルアンに教えたことも聞いていたし、実戦でマフィアの大男たちとも何度も戦っている。


 大人の男性相手にも対等に戦える術を編み出したことは、大きな成長といえるだろう。



 しかしながら、相手はレイオンだ。他の武人とはレベルが違う。



 であれば、サナがこうして攻勢に出られていることには大きな理由がある。


 それはもちろんレイオンのコンディションが悪いことに尽きるだろう。


 もう少し詳しく述べるのならば、【戦気の放出が異様に弱い】ことが挙げられる。


 通常の放出が炎だとすれば、今は焚き火が消える前のわずかな『くすぶり』に近い。


 かろうじて中心部が熱を帯びて煙が出ている程度のものだ。実に弱々しい。



(戦気が弱すぎる。あれでは本来の二割にも満ちていないだろう。肉体が異様に弱っているんだ。あの顔を見ればすぐにわかる)



 アンシュラオンがレイオンの表情を見れば、どんな状況なのか手に取るようにわかる。


 目は大きく見開かれて強張っており、余裕がまったくない。情報を収集しようと必死だ。


 身体があまりに衰弱していて、意識とまったく噛み合っていない状態なのだ。


 当人の意識は避けたつもりでも、身体が0.3秒以上も遅く反応するのでくらってしまう。


 攻撃にも戦気が乗りきらず、あの体格差があってもサナと互角という体たらくである。



(サナはそれをよく見ている。だからああいう戦い方を選んだんだ)



 彼女が前に出て打ち合ったのは、最初の奇襲でレイオンが万全でないと確信したからだ。


 戦気を扱えるようになって彼女の『観察眼』も精度を上げている。


 今までは漠然とした感覚にすぎなかった戦気の質や量が、実際に目で見てわかるようになったのだ。


 相手との実力差を測るうえで、これはとても大切なことである。





 そのまま戦局はまったく変わらず、サナが押し込んでいくことになる。




 となればもちろん―――





―――ワァアアアアアアアア!!





「うおおおお! いけえええ! やっちまえ!」


「そのまま決めていいんだぞ!! 遠慮しないでぶっ殺せ!!」


「これはいける! いけるぞ!!」


「俺の夢が叶う日がキタァアアアアアアアーーーーーー!!」


「子供は三人作るからな!!」


「俺は六人作るぞ!!」


「馬鹿言うんじゃねえ! 手に入れるのは俺だ!!」




 観客は大盛り上がり、大賑わいだ。


 運営側の明らかなサナ贔屓とレイオンの不調を受けて、まさかの勝利の可能性に沸いている。




「ちょっとちょっと! これはまずいって! レイオンが負けちゃうよ!」



 一方、二階席で戦いを見ていたトットたちは、予想外の出来事に驚愕していた。


 今まで無敗のチャンプとして君臨していた彼が、あんな小さな少女に打ち負けているのだから無理もない。



「レイオンさん…すごい苦しそう」


「そうね。かなり無理をしているみたいね。いつもの彼とはまるで別人だわ」


「みんなレイオンさんを敵視して、あれじゃかわいそうだよ。ずっとがんばってきてくれたのに…」


「ええ、そうね。ぶっきらぼうで無愛想だけど、彼は常にがんばってきたわ。いつも何かに悩んで、何かに苦しんで、自分を痛めつけるようにして生きてきたわね。でも、そういう人生だからこそ得るものは多いのよ」


「負けても得られるものがあるってこと?」


「それも大切ね。もし人生が勝ち負けだけの世界だったら、こんなに哀しい世の中はないわ。だから勝っても負けても教訓を学べるように、この世界はしっかりと創られているのよ。ただ、私が言っているのは少し違うわね。まだ彼が負けるとは限らないわよ」


「あそこから勝てるの? どう見ても難しそうだけど…」


「私は武人のことには詳しくはないから、体験談でしか言えないけれど…前に聖騎士の人が酷い怪我で衰弱したことがあったの。それはもう死ぬ瀬戸際だったわ。神官の癒しでもどうにもならないほどだったのよ。それがね…」


「それが? どうなったの?」


「ふふふ、それは秘密」


「あー、ずるい!」


「ええ、ずるいのよ。でも、それはすべて必然によって起こるもの。奇跡という呼び方は失礼よ。だって、彼らはいつだって決死の覚悟で生きているのですもの」


「何の話?」


「ニーニア、しっかりと自分の目で見ていなさい。今私たちが見ているものは、もしかしたら歴史に語られる一つの小さなエピソードになるのかもしれないのだから。これはとても貴重な体験よ」


「…え?」


「ああ、レイオン!! くらっちまったああああああああああああ!!」


「っ! レイオンさん!!」





 彼女たちが話をしている間に―――サナの拳がレイオンの【心臓】にヒット。




「っ―――ぐふっ!!」




 たまたまバランスを崩した際に、胸ががら空きになってしまった。


 そこにサナの渾身の右ストレートがヒットしたのだ。


 ハートブレイクショットと呼ばれるように、心臓への一撃を受けると身体が完全に止まってしまうものだ。


 しかもレイオンの心臓は手術をしたばかり。



 どくんっ どくんっ ピタッ―――



(しまった…! 心臓が…! キノコが!!)



 その衝撃で心臓が本当に止まった。


 まだ縫い付けたばかりで完全に定着していないため、本来ならば最低でも二日以上の安静は必要であった。


 ゴロツキと戦うくらいは軽くこなせても、武人と本気で殴り合うことはあまりに危険だ。


 正直、サナの実力は無手においても、そこらの中鳴級の武人に匹敵する。


 身体が小さくパワーに欠けるため威力そのものは弱いのだが、アンシュラオンに叩き込まれている攻撃の質はかなりの脅威だ。


 身体の外ではなく、中に響くパンチが打てる。これがすごい効くのだ。



 重要なパーツである心臓が止まる。



 武人は血液を力の源にしているため、血流が止まるということは急激なパワーダウンを意味する。


 これは本格的な緊急事態だ。


 身体が動かない。


 ぴくりとも動かない。



 そこに―――



「…ふうう」



 ぼおおおおおおっ


 サナが腰を下ろし、拳に力を溜める。


 彼女は溜める作業が苦手なので速度は遅い。今のレイオンが見てもスローに感じられる。


 しかし、動かない身体で視覚だけ正常というのも地獄である。


 どんどん自分を打ち負かす力が集まっていくのだ。それをただ見つめるしかないことは恐怖でしかない。



(動け! 動け…!! 動けええええええ!!!)



 レイオンが必死に身体に命令を送る。


 だが、現実は残酷だ。すでに死んでいる身体が命令に応じることはなかった。


 ぼおおおおっ ピカーーッ


 サナの練気が終了。右手に最大限の戦気が集まる。


 こちらが動けないことに勘付いているのだろう。ゆっくりと確実に仕留めるために、腕をじっくり引き絞る。





「うごけええええええええええええええええ!!!」





「…しゅ」




 サナが足を踏み出す。


 腰が回る。


 引き絞った腕が放たれる。



 ごんっ



 石同士がぶつかったような音がした。


 そこからさらに、押し込む。



 ぎゅるうううう



 力が拳に集中する。


 再び心臓に当たったサナの拳が―――炸裂。






 ドオオオオオオーーーーーーーーーンッ!!!





 メキメィイイイイイイイッ! ボンッ!!



 凄まじい衝撃がレイオンの身体の中で吹き荒れる。


 これは破壊するためだけに放たれた一撃。


 数多くの武人たちが敵を滅するために日夜修行に励み、考え、練り出し、ようやくにして一つの形にした究極の【型】。



 全身が一つの力の流れになった素晴らしい虎破が―――砕く。




「ぶ―――はっ!!」




 どばっ ごぼぼっ



 レイオンが吐血。大量の血液が口からこぼれている。


 しかも、その色は赤ではない。


 なにやら紫色をした濁ったものである。おおよそ人間のものとは言いがたい色合いだ。


 中のキノコが衝撃で破損したのだろう。


 潰れて浸されていた水が噴き出し、混ざり、それが巡り巡って穴があいた肺を経由して口から出されたのだ。



 ぐらぐら どすんっ



 そして、レイオンは本日二度目のダウンを喫することになった。


 しかし、最初よりも重傷。明らかに致命傷である。



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