425話 「サナの無手試合 キング・レイオン戦 中編」


「わー、なんかすっげえな。舞台の上で踊ってら。あんなの初めて見るよ」


「ええ、そうね。賑やかでいいわね」


「なぁ、ニーニア、お前もそう思うだろう? …って、なんで顔を隠しているんだ?」


「えっ!? だ、だって恥ずかしくて」


「恥ずかしい? 何が?」


「トットは何も感じないの?」


「何も…って? 楽しそうだなーとは思うけど…何か恥ずかしいのか?」


「…そっか。トットはそっち系だもんね。何も思わないんだね」


「なんだよそっち系って! また誤解されるだろう!」



 無手の試合会場にはトットとニーニア、それと付き添いでマザーもやってきていた。


 トットはたまに来ることもあるが、マザーやニーニアがここに来ることは珍しいことだ。


 同じ派閥同士かつ同じグループの関係者が出るので、せっかくなので観戦にやってきたのだ。



 そして、踊り狂うラブスレイブたちを目撃する。



 ニーニアは思春期なので同性とはいえ顔を赤らめている一方、トットは何も感じていないようだ。


 あんなに扇情的な踊りなのにまったく反応しない。彼からすればリオのカーニバルを見ているような気分なのだろう。


 変わった服装や踊りには興味を示しても性的な反応はない。


 歳相応の男子、たとえばルアンならば少しはドキッとするものだろうが、トットに関してはまったくの皆無だ。


 枯れ果てて痩せ細った老人のようにピクリともしない。まさに不動で鉄壁だ。実に清々しい。


 ゲイだから仕方がないことである。責めてはかわいそうだろう。



「でも、同じ派閥で戦うのか。なんだかもったいないな。どうせなら他派閥と戦ったほうがいいんだよな。そのほうが相手から力を奪えるのに」


「彼はあまりそういうことを考えていないようね。彼女を強くすること以外はどうでもいいような印象を受けるもの」


「うーん、そこもよくわからないんだよな。いきなりやってきてこんな好き勝手にやれるんだし、金はありそうだけど…何者なんだ?」


「ただ者ではないわね。やり方はともかく、これだけの人を夢中にさせるなんて簡単なことではないわ。彼には天性の資質があるのね」


「資質って?」


「人を惹きつけるもの。違った言い方をすれば、騒動を起こす能力かしら。どこにいても何か問題を起こす子っているでしょう?」


「ただの迷惑なやつじゃないか!」


「そうね。でも、規模が違う。彼が来て、たった数日で地下が変わっていく。私たちが五年いても何も変わらなかったのに、どんどん空気が変わる。これは一つの才能ね。英雄、奸雄かんゆう梟雄きょうゆう、いろいろな言い方はあるでしょうけど、そういう人が歴史に名を残すのよ」


「…まあ、破天荒なやつだってのは認めるよ。ただ、巻き込まれるあの子がかわいそうだな」



 個人的には、ゲイに心配されるサナがかわいそうな気がしないでもない。


 ということで、代わりにニーニアが心配してくれる。



「サナちゃん、大丈夫かな? レイオンさんと戦うなんて…怪我でもしたら…」


「大丈夫よ」


「どうしてそう言いきれるの?」


「普通の女の子が、彼のような『大きな人』と一緒にいられるわけがないもの。私はね、あの子の中に強い力を感じるの。とてもとても強い力よ。その『器』はね、あまりに大きすぎて他の人じゃ一杯にすることはできないの。だから彼という巨大なエネルギーの塊を欲したのね。羨ましいわ。まさに【相思相愛】だもの。これこそ女神様の御業と呼ぶに相応しいわ」


「マザーって、時々すごいこと言うよね」


「あら、そう?」


「ずっと思っていたけど、昔はすごい人だったの? そのカーリスって場所で偉い人だったとか?」


「ふふふ、そんなわけないわよ。だったら、ここにいるはずもないでしょう?」


「それもそうだけど…」


「『マザー』という役職にいると、いろいろなものが見えるようになるだけよ。その子の内面を見るようになるの。でも、あの子の深い深い【黒】は…さすがに見通せないわね。ともかく大丈夫よ。ああいう子は何があっても死なないの。女神様がそういう【宿命】を与えているのよ」


「宿命か…。私にもあるのかな?」


「ええ、あるわよ。一人ひとりが一本の糸になって、一つの大きな織物を編んでいるの。派閥ごとにリーダーがいて、派閥全体でグラス・ギースを支えているように、その上にまとめる人が必要になる。あの子たちはそういう人たちね。それだけの違いよ」


「じゃあ、レイオンさんもそういう宿命を持っているの? 強くて守ってくれるもの」


「そう…ね。彼の場合は大変かもしれないわね。ニーニアは、どっちを応援するのかしら?」


「私は両方かな。二人とも無事であってほしいもの」


「とても良い願いね。では、そうなることを一緒に祈りましょう」



 マザーたちは試合会場の二階席で静かに試合を見つめる。


 会場にいる他派閥の男たちにとっては女性を巡る戦いでも、彼女たちにすればラングラスの未来を決める戦いである。


 仮にレイオンが負けることがあれば、派閥内での勢力図が大きく変化することになるからだ。


 今まで彼が力によってまとめてきたものが崩れれば、内部で何が起こるかわからない危険性をはらんでいる。







「それでは、黒姫選手の入場です!!」







 トコトコトコッ


 サナが西側の通路から歩いてきた。


 その恰好は、アカガシと戦った初戦から何も変わっていない。


 赤い武術服を着て、布で顔を覆っている。


 すでに武器の試合で素顔の半分は見られているが、一応は隠すことを徹底しているようだ。






―――ワァアアアアアアアアア!!!






 パチパチパチパチパチパチッ!!!!


 ドンドンドンドンドンドンッ!!!!




「黒姫ちゃーーーんっ!! がんばってーーー!!」


「レイオンなんてぶっ殺せ!!!」


「頼むよ! 本当に頼むよぉおおおおおおお!」




 彼女は何もしていない。ただリングに上がっただけだ。


 そうにもかかわらず、今までに聴いたことがないほどの猛烈な声援がサナに飛ぶ。


 中には本気で涙を流して懇願したり、土下座する男もいるくらいだ。



 この段階で、会場全体がサナの味方であることがわかる。



 もともとスペシャルマッチの内容が、「キングを倒して賞品を奪い取れ!」という内容だったので、客は常に対戦者を応援してきた。


 ただ、今までは一人しか幸せを得られない仕組みだったし、対戦者当人にも権利があったので半ば諦めムードもあり、惰性的に賭けをやっていた人間も多い。


 どうせ当たらないけど買わないと当たらないから買うか、という宝くじによくありそうな買い方である。


 が、今回は客に六人もの配当がある。


 しかも客だけで分配される仕組みなので、誰もがより確率の高い淡い期待を胸に抱いているというわけだ。



(浅ましいやつらだが、こんな連中でも応援はあったほうがいい。サナも嬉しそうだ)



 アンシュラオンは、声援を送られてやる気になっているサナを見て満足する。


 やはり観客は多いほうがいいし、応援してくれる人がいればモチベーションも上がるだろう。







「続きまして、キング・レイオンの登場です!!!」







―――ブゥウウウウウウウウウウウッ!!!





 サナとは正反対に、レイオンのコールには盛大なブーイングが発せられる。


 キングに勝たなければ女性は手に入らないため、罵声にもいつも以上の力が入っていた。


 レイオンが通路から姿を見せ、少し歩く。



 その瞬間―――




―――ピタ




 突如としてブーイングが止まった。


 誰もがリングに歩いていくレイオンに釘付けになる。


 客の男どもがレイオンをここまで凝視するとは、実に珍しいことでもある。


 彼らは男になど、さして興味はないはずだ。



 ではなぜ、彼らが注目したかといえば―――




「れ、レイオン、大丈夫なのか?」


「何か問題か?」


「い、いや…そうではないが…いいのか?」


「質問の意味がわからないな。問題ないと言っている」


「そ、そうか…わ、わかった」



 思わずリングアナウンサーが確認してしまうほど、彼の様子はいつもと違った。


 まず、身体全体が小さくなっている。これは比喩ではなく、表現通りの意味だ。


 より詳細に述べるのならば、筋肉がしぼんで縮小し、全体的に一回り小さくなった。


 昨日までの弾力のある大きな筋肉は見る影もなく、胸骨が浮き出ている様子がはっきりとわかる。


 肌の艶も悪い。まるで死人のように土気色をしており、生気というものがまったく感じられない。


 それに伴って頬がこけ、目も少しだけぎょろっと飛び出ているようにも見える。


 髪の毛も死んだ犬のようにへなっと垂れ、病人かと疑うような見た目だ。


 ボクサーの過度の減量中のように、おおよそ戦えるといった状態ではない。歩みもふらふらしており、軽く押したら簡単に倒れそうだ。




 レイオンが―――弱っている




 これだけ見た目が変わってしまえば客だってすぐに気がつく。気付かないはずがない。



 そして―――





―――ワァアアアアアアアアアアアア!!!





 パチパチパチパチパチパチッ!!!!


 ドンドンドンドンドンドンッ!!!!



 サナに勝るとも劣らない声援がレイオンにも注がれる。


 ただし、その意味は真逆だ。




「なんて酷いコンディションだ! よくやった!」


「まったくだ!! 初めてお前に感謝したぞ!!!」


「ナイス自殺点!!」


「これもう勝ってんじゃね!? 始まる前から黒姫ちゃんの勝ちじゃね!? 早く抽選してくれよ!!」


「いやっほーーーーー!! 今日は最高だ!!!」




 観客の誰もがキングの最悪のコンディションを称賛している。


 そのままの状態だったならば勝ち目が薄いと思っていたが、ここでぐっと勝率が高まったのだから当然だろう。


 こうして思いもよらぬ拍手に包まれながら、レイオンがリングたどり着く。


 その隣には、ミャンメイもいた。



「兄さん、やめたほうが…あまりに調子が悪いわ」


「馬鹿を言うな。俺はキングだ。戦うことが仕事だ」


「で、でも…これじゃ…」


「心配はいらない。お前はセコンド席で見ていろ。今日は賞品じゃないから気楽だろうしな」


「昨日、何があったの? いきなりこんなことになるなんて…」


「心配するなと言っただろう。まだ【馴染んでいない】だけだ。…大丈夫だ。すぐに戻る」


「無理はしないで…」


「そんな泣きそうな顔をするな。俺は死なない。死ぬまで死なない。ここで負けるわけにはいかないんだ」



 レイオンは気合を入れて歩を進める。


 それを見守りながら、そっと離れるミャンメイ。


 今にも倒れそうな状態ながら、彼の目に宿る強い意思の力に気付いたのだろう。


 たしかに身体は最悪だが、試合を諦めたわけではないのだ。





 サナとレイオンは、掃除が終わったリングの上に降り立つ。



 リングの上はざっとホウキで払っただけなので、まだ紙吹雪が何枚か残っていた。


 それを見つけたレイオンは、苦々しい表情を浮かべる。



(あの男、俺が寝ている間に勝手に話を進めたのか)



 スペシャルマッチの内容は、自分に打診があったときとは大幅に変更されている。


 他のことはどうでもいいが、地下に女性を連れ込むとは聞いていない。


 問題は、それによって人々に悪い刺激を与えている点だ。


 現代社会に生きていると、酒やタバコ、筋肉増強剤などが当たり前に存在するが、本来の人間の生活には不要なものが多い。


 過労死にしても、従来人間が持つ回復力を何倍も上回る労働によって引き起こされる『人災』である。


 勤勉は美徳だが、もっと穏やかに暮らし刺激物が少ない生活を尊べば、肉体は浄化され、神経的刺激も減り、不安も減って必然的に病気が減っていくものだ。



 それと同じように従来の地下は、それなりに平穏だったのだ。



 刺激物が少ないからこそ、人々はむしろ穏やかに暮らそうと考えていた。


 余計な騒動を嫌い、規律ある行動を取ろうと努力していた。



 そう、アンシュラオンが来るまでは。



 こうして女性が連れ込まれれば、今まで溜まっていた欲求が爆発しかねない。


 特にラブスレイブは奴隷的要素が強いというか、まさにそのものである。


 そんなものに慣れてしまえば、女性に対する扱いにも変化が生まれるかもしれないのだ。


 それに伴って性犯罪が起きやすい土壌が生まれるかもしれない。


 客は誰もが浮かれているが、レイオンはそうした点まで憂いていた。



(やつはそういうことを考えていないのか? …いや、わかっていてやっているんだ。だから、たちが悪い。これ以上の横暴は止めねばならない。調子が悪いからといって、ここで負けるわけにはいかない。俺は勝たねばならないんだ)





「それでは本日のメインマッチ、キング・レイオン選手と黒姫選手の試合を開始しま―――」





 と、リングアナウンサーが言いかけた時である。



 すっとサナが前に動いた。



 同じ派閥である。もしかしたら握手でもするのかと思って、誰もがそれに対して何も感じなかった。



 そして、それはレイオンも同じ。



 体調が悪いことに加え、アンシュラオンの勝手な振る舞いに頭を痛めていた彼は完全に油断していた。


 いつもならば鬼気迫るような表情で相手を睨みつけているのに、今回ばかりはぼけっと下を向いて考え事をしていた。



 サナが腕を引いて、足を踏み出す。



 ドンッ



 力強く床を踏みしめ、拳を突き出す。



 その一連の動作は、極めて自然に行われた。


 まるで朝の挨拶のように、まるで目覚まし時計を止める仕草のように、ご飯を食べる時の箸の扱いのように、すべてに違和感がなかった。


 だが、一人だけ強い違和感を感じた者がいる。



 ゴスッ! ボキンッ



「ぐふっ…」



 肋骨が折れる音が体内で響く。


 見ると、サナの拳がレイオンの脇腹にヒットしていた。



「なっ―――」


「…しゅっ」



 そして、反射で身体が折り曲がり、下がってきた顔面に―――渾身の一撃。


 戦気を乗せた虎破をぶっ放す。



 メキメキッ ドーーーーンッ!!!



「っ―――!!!」



 振り抜いた。思いきりぶん殴った。


 そこに手加減や容赦などありはしない。教えられた通り、相手を殺すつもりで殴ったのだ。


 これで顔面が吹き飛ばないレイオンもさすがだが、完全に無防備で受けてしまったので目の前が真っ白になる。


 ぐらぐらと世界が回り、意識が飛んでいく。



 ふらふらふら ばたん




 そのまま―――ダウン。




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