「『収監砦編』 後編」

424話 「サナの無手試合 キング・レイオン戦 前編」


 アンシュラオンが小百合やシーバンたちと接触した翌晩、待ちに待ったサナの『キング戦』がやってきた。


 対戦情報はすでに客側にも告知されているので、朝から会場入りする者もいたくらいだ。


 通路には屋台も増設されて、まるでお祭りのような騒ぎになっている。



「もうキング戦か。すごいな。スピード出世だ」


「また運営の仕込みか?」


「そうとも言いきれないぞ。黒姫ちゃんは強かったからな。レイオンの相手をしてもおかしくはないだろう」


「それよりレイオンだぜ。あいつ、いつもならもう少し休むだろう? こんな短期間で試合をやるなんて珍しいな」


「それだけ金が必要なんじゃないのか? 対戦相手がいるなら儲けるチャンスだしな」


「また俺らから巻き上げるつもりかよ! ふてぇ野郎だ!」


「だが、ミャンメイちゃんをゲットできるチャンスだ! 可能性はゼロじゃないからな! 今回こそ嫁さんを手に入れるぞ!」


「そうだと嬉しいが…今回は条件が違うみたいだぞ? ほれ、ここ。パンフレットに書いてある」


「えーー! マジかよ! せっかく期待してきたのにやる気が削がれるぜ!」


「まあ、待てよ。どうやらまた違う趣向があるみたいだぞ」


「そうなのか?」


「おっ、出てきたぞ。まずは話を聞いてみようぜ」



 ちょうどリングの上にアナウンサーが出てきたところであった。


 客は期待の眼差しで見つめる。





「皆様、大変お待たせいたしました。本日のメインマッチ、キング・レイオンと黒姫選手の戦いがもうすぐ始まります。その前に今回のスペシャルマッチのご説明をさせていただきます。多少ルールが変わっておりますので、どうぞお気をつけください」





 リングアナウンサーが手招きをすると、四角い大きな白い箱が運ばれてきた。


 遠目で見ると小さく感じられるが、三メートル半程度の立方体なので、実際はかなりの大きさだろう。


 誰もがその箱を不思議そうに、あるいは興味深そうに見つめていた。



 なぜならば―――リボンが付いていたからだ。



 誕生日プレゼントのように箱の縦横をリボンテープで巻いてある。


 中身はまったく想像できないが、こんな演出があればどうしても期待してしまうというものだ。


 客全員の視線が集まったのを確認して、説明は続けられる。





「まずは残念なお知らせをさせていただきます。従来のキング戦ではミャンメイ嬢が賞品として出されておりましたが、今回はありません!」





「ええええええええええええええ!!」


「ひーーーーーっ! 嘘だと言ってくれーーーー!」


「俺の夢がーーーー!!」


「帰る! 帰るぞ! やっていられるか!!」


「一緒に風呂に入って背中を流してもらう夢が潰えた!」


「この世界は絶望だ!!」




 客から嘆きの声が聴こえてくる。


 それも当然だろう。レイオン戦に彼らが注目していたのはミャンメイがいたからだ。


 その目玉商品がなくなったのでは、はっきり言って魅力は半減。いや、二割以下に激減だ。


 女が目的の客にとっては見る価値もなくなるはずだ。


 だが、話がそれで終わらないことも知っているので、客がぞろぞろと帰ることはなかった。


 運営が自身に対して不利なことをするわけもない。最初にこれを述べたのは、次にそれ以上のメリットを提示するからだろう。


 何よりもリボン付きの箱の中身が気になってしょうがない。


 なぜかはわからないが、あそこには夢と希望が詰まっている気がしてならないのだ。





「皆様の残念なお気持ちはわかります。とても魅力的な女性を失うことはつらいことです。ですが、このたび新たな希望がここに舞い降ります!!」





 リングアナウンサーが、リボンに手を伸ばす。


 シュルシュルシュルッ


 ゆっくりゆっくり、もったいぶるように解いていく。





「さあ、ごらんください! これが今回の賞品だぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」





 カパッ バフンッ


 最初から切れ筋を入れておいたのだろう。


 軽く押し込んだだけで大きな白い箱が割れていく。



 パーーーーーーンッ!!



 まず聴こえたのは、破裂音。


 大きめの乾いた音が会場に鳴り響いた。



「うわっ!!」


「伏せろ!!」



 地下にいる人間の大半は元筋者ばかりなので、銃かと思って反射的に身を屈めてしまう。


 冷静に考えると客も選手も全員が前科者だ。なんとも物騒な会場である。


 ただし、この乾いた音は当然ながら銃声ではない。



 ハラハラハラハラッ



 伏せた彼らに舞い降りてきたのは、大量の『紙吹雪』であった。


 いわゆるお祝いの時に使うクラッカーだが、この世界、特にグラス・ギースでは馴染みがないので勘違いをしてしまっただけである。



 これはクラッカー。



 となれば、おめでたいことが起きる前触れだ。


 ピカピカピカッ ドンドンドンッ


 直後、色とりどりの光が箱の中から放出され、同時に太鼓のような音が軽快なリズムで鳴り響く。


 これも単なる複数の発光ジュエルを並べ、クロスライルのクルマにも積まれていた音を再生するジュエルを使っているだけだ。特別なことはしていない。



「あれ…? 銃弾じゃ…ないのか?」


「なんか音が聴こえるぞ?」


「リングのほうか?」


「この音は…打楽器かな? 何か妙に踊りたくなるリズムだが…」



 ここで客も、この音が危ないものではないことに気付く。



 そして恐る恐るゆっくりとリングを見ると―――



 フリフリフリッ フリフリフリッ



 そこには派手な恰好をした【女性】が、扇を振りながら楽しそうに踊っていた。


 女性の数は、六名。


 赤、青、黄、緑、紫、白のそれぞれ六色のチャイナドレスに似た衣装を着て、軽快なリズムに合わせて踊っている。


 ドレスのスリットは大きく開かれており、踊るたびに艶かしい素足がチラチラと見える。


 踊りも腰を振りながら胸や股を強調させるものであるため、相当扇情的なものに感じられた。



 視線が―――集まる。



 単に見るというレベルではない。


 多くの男性陣が、リングの上にいる女性たちに釘付けになっている。


 あまり語りたくはないが、彼女たちの魅惑的な姿に下腹部を膨らませている者もいたくらいだ。


 この地下では治安の悪化を懸念してか、ホステスや売春婦のような者は存在しない。


 それゆえに久々に見るエロティックな雰囲気の女性に対し、無意識のうちに興奮してしまったのだ。


 こればかりは責められない。哀しい男のさがであろう。





「おお、なんと魅惑的な姿でしょうか! まさか地下にこのような素晴らしい天女たちが舞い降りるとは! こんな幸運な日が来たことを女神に感謝せずにはいられません!! さて、この女性たちですが―――」





 目に引き続き、全員の耳が説明に集中する。


 全神経をフル稼働しているためか誰もが声を発しない。聴くことだけに熱中しているのだ。


 学校の先生や講師だったら、これほど気持ちのよい瞬間はないだろう。


 誰もが自分の声を待ち望んでいる。心の底から続きを聞きたがっている。まさに快感である。


 そんな充実感に満たされながら―――







「なんと今回の賞品は―――彼女たちだぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」







―――「っ―――――――――――!!!」






 この瞬間、会場全体に静寂が訪れた。


 ドンドンドンという太鼓の音と、彼女たちが踊る音以外は何も聴こえない。


 それだけ多くの者たちが度肝を抜かれて硬直していたのだ。





「えー、改めて申し上げます。今回のスペシャルマッチの賞品は、彼女たちとなります。計六名、抽選にて公平に分配いたします。派閥は関係ありません。公正に抽選を行います」





「―――っ!! あ…あ? え? ほ、本当…か?」


「こ、こりゃ…なんと言えばいいのか……」


「えと…女が六人…だよな? わ、若い女だよな!?」



 ようやく正気に戻った彼らが、じっと六人の女性を見つめる。


 十八歳くらいのピチピチの肌をした女性もいれば、二十代の成熟した女性もおり、三十代前後の妙齢の女性もいる。


 年齢層としてはまったく問題がないどころか、嫁にすることを思えばほぼ完璧である。



 その誰もに言えることが―――クオリティが高いこと。



 明らかに可愛い。明らかに美人だ。明らかに身体付きが良い。


 顔も身体もかなりのレベルにあるのは間違いない。


 一人ひとりはミャンメイに見劣りするかもしれないが、それに近いレベルの女性が六人もいるのはすごいことだ。


 なにせここは地下。若いだけでも貴重なのに可愛いともなれば、もはや『超高級品』である。




 では、誰がこの女性たちを用意したかといえば―――




(うむ、ディスコとは懐かしいな。子供の頃を思い出すよ)



 アンシュラオンは、その光景を見つめながら何度も頷いていた。


 今回の演出の参考にしたのは、地球の子供の頃に世間で流行していた『バブリーな踊り』である。


 ボディコン姿で扇を持って踊りまくるという狂気の時代が、かつての日本ではあった。


 今ではなかなか信じられないが、まだバブルが弾けていない(と思っていた)頃には、こういう破廉恥なものが流行ったものである。


 もちろんグラス・ギースにこんなものは存在しないので、誰もが面食らっているようだが、効果は絶大。


 その扇情的な踊りに飢えた男たちは釘付けだ。



(わざわざ持ってきた甲斐があったな。事前に話を通しておいたからスムーズに輸送もできた。やはり地下はガバガバだな。利益をもたらす者には甘い)



 よく見ると女性たちの首には、ジュエル付きの首輪がはめられている。


 モヒカンには常時使えるように【ラブスレイブ】を用意させているので、そのストックを持ち出したのだ。


 アンシュラオンはサナが初勝利をあげた日に、すでにこの話を打診していた。


 本日運営側の快諾を得られたので、遠慮なく地下に女性を持ち込んだというわけだ。



(地下では女性に最大の価値があることはわかっていた。最初にスレイブ商を押さえていたオレの勝利だな)



 そのアンシュラオンの目論見通り―――




「か、金はある! 金はあるぞおおおおお!! 嫁をくれ!!」


「ば、馬鹿! 俺だって貯め込んだ金があるんだ!! 俺にくれぇえええ!」


「うるせえ! こっちが先だ! 何年『女ひでり』が続いていると思ってんだ!! 急を要するんだ!!」


「頼む! こっちを優先してくれ!!! このままじゃゲイに襲われちまうよ!」



 客たちが一気に食いつく。


 大勢押しかけたため、一部の客がリングに上がりそうになるほど盛況である。


 物の価値は需要と供給によって決められる。需要過多になれば当然価値も上がってくるだろう。


 今、地下で一番値が張るのは、やはり女性なのだ。





「み、皆様、どうぞ落ち着いてください! ああ、触ってはいけません! 大事な賞品です!! どうか触らないでください!! では、詳しいルールのご説明をいたします! 今回のスペシャルマッチも前と同じく、この女性たちは『黒姫選手に賭けた』お客様だけに抽選権が得られるようになっております! どうかご注意くださいませ! もちろん金額によって確率は変動いたしますので、奮ってご参加ください!!」





「おおおお! 黒姫ちゃんに全財産を投入だーーーーー!」


「なにっ!! 負けるか!!! 俺が先だああああああ!!」


「全部持ってけ!!! 遠慮するな!!」




「えー、押さないでください。どうか押さないでください。制限時間はたっぷり設けておりますので、ご自宅からお金を持ってくる暇は十分にございます」




 ある者は全財産を投入し、またある者は大切な道具を質に入れ、それでも足りない者は借金をする。


 こうして圧倒的大多数の人間がサナに賭けることになるのであった。




 ルールを一度まとめておこう。



1、六人の女性は、黒姫に賭けた客から抽選で分配される


2、女性は黒姫が勝った場合のみ分配される


3、黒姫への賭け金は戻ってこないが、賭けた金額によって当選確率は高まる


4、賭け金の総額から運営側に四割が渡され、残りの六割は試合の勝者に与えられる



 基本的なルールはミャンメイが賞品から外れただけで、レイオンが今までやっていたものと大差ない。


 仮にサナが勝てば、彼女に賭けた客の中で女性が分配される。


 負ければ何も得られないので、ある意味において抽選権を金で買うようなものであろうか。


 逆のレイオン側の視点に立てば、勝てばそのまま金が手に入り、負けてもペナルティは存在しない。


 ように見えるが、実際は負けたらミャンメイの所有権がアンシュラオンに渡るので、彼も負けられない戦いに身を投じることになる。


 また、運営側にしても無条件で四割の金額が手に入るので損はしない。


 アンシュラオンはこのマッチメイクのために、レイオン側に多額の金を支払っている。


 勝っても多少の損失が出ることになるが、サナの経験値とミャンメイの権利が手に入るのならば安いものである。


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